第五章 03 手形屋に入金
03 手形屋に入金
今度は何も落とさず、無事に宿に帰り着いた。部屋に置いてあるリュックの中から、固い板の入った袋を取り出す。
「うん、あるある」
袋の中身を確認し、私はうなずく。5ミリぐらいの厚みの金色の板に、黒く自分の手形が浮かび上がっている。
「手形の本人しか使えん物だからな。盗まれることはまずない」
私は手形を腰のポーチにしまい、また宿の外に出た。手形屋は貝取屋の近くにあるので、さっきと同じ方向に行く。
やがて『手形屋・ツウギ』の看板が見えてきた。私とノアタムはその建物に入る。銀行のような広間とついたてで区切られたカウンターがあり、椅子に座った人魚と半透明の精霊が二人一組で窓口の受付をしている。
トトラが行った時は手形屋は混んでいたそうだが、今はそれほどでもなかった。私は空いた窓口に向かう。
「いらっしゃいませ」
「ええと、手形に入金と、ちょっと両替をしたいんですけど」
30,000テニエルのうち、一部を入金して一部を生活費に回そう。私はそう思いながら手形と大金貨三枚を取り出した。
「では、まずご入金のお手続きをさせていただきます。書類にご記入をお願いします」
受付の人魚がそう言ってペンと二枚の書類を差し出した。
書類にはすでに『 年 月 日』『ご入金 テニエル』『申込者 』『手形屋・ツウギ』と印字されていた。そしてそれぞれに『手形屋保管』『お客様控え』の印字もあった。
これは活版印刷ってやつかな、インクがあって、木もあるんなら、木を掘って、書類によく使う文字を印刷しておくこともできるわけか。私はそう思いながらペンを手に取った。
木の軸に金属のペン先が付いたペンを、机の脇のインク壺に入れる。そして書類に記入しようとして、手が止まる。
「えっと……。今日は何月何日でしたっけ」
年はさっきもらったチラシで判明したが、月日はわからない。
「今日は契世暦5999年、三月十日になります」
受付の人魚は笑顔で答えた。日本でも、銀行の窓口で日付を尋ねる人は珍しくないはずだ。私は特に不審がられず、日付の情報を入手した。
私は二枚の書類に日付を書き込み、入金の所に、『25,000』、申込者に『シン』と記入する。それ以上私が書くところは無さそうだ。私はペンを置き、書類を差し出す。
「こちらの30,000テニエルのうち、25,000テニエルをご入金と言うことでよろしいですか?」
「はい、5,000テニエルだけ細かいのに両替してください。銀貨……1,000テニエル二枚と、あと500テニエルの銀貨でお願いします」
普段使いするにはこのぐらいの貨幣がちょうどいい。
「ではまず、ご入金の処理をさせていただきます」
受付の人魚が言い、精霊がうなずく。精霊は私の手形に手を伸ばし、指先で触れる。半透明の体が、指先だけ、不透明になる。
「こちらの手形に25,000テニエル入金します。お預かりしている金額は、125,000テニエルとなります」
精霊は私を見つめてそう言った。女性タイプだが精霊なのでやはり綺麗な顔だ。声も爽やかだが、ついたてに阻まれて隣の窓口に残高が聞こえないぐらいのちょうどいい声だった。
「よろしいですか? では、こちら、控えになります」
受付の人魚はそう言うと、こぶし大の木を取り出した。はんこのようだ。それを朱肉のようなスタンプ台に押しつけ、『手形屋保管』『お客様控え』の両方に判を押した。そして控えの方を私に差し出した。
押された判の中には、『手形屋・ツウギ』の文字と、今日の日付が入っていた。日本でもよく見かける事務用スタンプのように、日付の数字だけ入れ替えられるようだ。
「では、両替の準備を致します」
受付の人魚はそう言って手形も私の前に戻した。私は控えと手形をしまって両替が終わるのを待つ。
やがて、カウンターの上に大銀貨二枚と小銀貨六枚が並べられた。
「5,000テニエル分の銀貨です。よろしいですか?」
私はうなずき、銀貨も財布にしまう。
「他に御用はございませんか?」
「はい、ありがとうございます」
私は手形屋での手続きを終え、外に出た。
「入金ってあんな風にするんだ。ほんと、銀行みたい」
近くに人がいないことを確認し、ノアタムに話しかける。
「うむ。これで大量の現金を持ち歩かずにすむから安心だな」
「控えはずっと大事に取っとくべき?」
「まあしばらくは記録として手元に置いた方がいいだろう」
「今日の日付もわかって良かったよ。オーレの町がどれだけ遠いかわからないけど、お祭りまでまだ一ヶ月以上あるんなら、急いで出発しなくてもよさそうだね」
「そうだな」
「とりあえず、お腹空いてきたし、ご飯たべようっと」
私はおいしそうな店を探し、中に入った。
海草サラダと、ブータッポのフライ、ゆでメーコ、合わせて100テニエルのセットを頼んだ。トンカツと白米、千切りキャベツに似た食事が出てきた。
朝からいろいろあったので、私はゆっくりその味を堪能し、疲れを癒やした。




