第五章 01 高貴な人魚
第五章
01 高貴な人魚
何!? 何を言ったのこの人!? 私をかわいいって!? 何なのいきなり!?
私は動揺しつつ後ずさった。だが、落としたチラシはまだ相手が持っていることに気づき、それ以上離れるのをやめる。
「ごめんごめん、びっくりさせちゃったかい? このチラシは僕もさっき貝取屋でもらったんだ。本当はお嬢様の恋人探しで、たくさんの人が集まるんだろう? 僕も今、恋人募集中でね。お祭りに行けば素敵な出会いがあるかなって思っていた所なんだ」
彼女は笑った。
一人称は『僕』なんだ、爽やかイケメン男性みたいなしゃべり方だなあ、女の人だけど……。私は落ち着かない頭でぼんやりとそんなことを考えた。
「僕はルユーグ。きみは?」
「あ……私は、シンです。こっちはノアタム」
名乗りながら、私は脳内で、ルユーグ、ルユーグと繰り返した。なんとなく、聞き覚えがあるような気がする。
ルユーグ、るゆーぐ、るゅーぐ、りゅーぐ、りゅーぐー、竜宮?
「あっ!」
彼女の名前と外見に見覚えがある理由がわかった。
リュウグウノツカイだ!
日本で時々、漁船の網にひっかかったり浜辺に打ち上げられたりしてニュースになる深海魚だ。そのたびに映像が流れるし、外見が特徴的なので記憶に残っている。銀色に輝く体をして、頭や胸元から、赤く長いひれが伸びている魚だ。
目の前の彼女は、それに似た名前と外見を持っていた。
「ああ、やっぱりフルネームじゃなくてもばれちゃったか。僕って有名人なんだなあ。しょうがないよね、この国の第三王子なんだもの」
彼女、ルユーグはそう言った。私の納得を別の物と勘違いしたようだ。というか、えっ、王子!?
目を見張る私に、ルユーグは続けた。
「そう、僕はこのヒーズル国の三番目の王子、ルユーグ・ヒーズルだよ」
王子? ということは男性!? あっでも、人魚は性転換が可能だし、男も女も『王の子』ではあるから『王子』って呼んでもいいのか? ていうかこの人が王子!? あっ王子様だから『竜宮の使い』から『使い』が取れて名前が『竜宮』だけになったのか!?
私は混乱してどう反応していいかわからなかったが、ルユーグは私に微笑みかけた。
「そんなに緊張しないでくれ。王子だって一人の人魚であることに変わりはないよ。失恋だってするしね。
僕は最近、恋人と別れたばかりなんだ。僕はこの間まで男だったんだよ。好きな子を振り向かせるために男になってね、男の間は彼女も僕を好いてくれてたけど、僕はやっぱり、自分は女でいる方が好きなんだ。でも女に戻りたいと告げたら、彼女は『恋人は男がいい』って言って、それで別れちゃったんだ。
だから、今は僕は女に戻って、女の姿の僕でも好きになってくれる人を探してるんだ。お互いに『この人のためなら自分が男になってもいい』って思えるような相手と出会えたらいいなと思ってね」
ああなんか、さっきノアタムに聞いたような話だ……。私がそう思っていると、ルユーグが私に近づいてきた。
「きみもこのお祭りに行くって事は、お嬢様の恋人になろうとしてるんだろう? ただのお嬢様より王子の方が良くないかい? 僕、自分の体が全体的に白っぽいだろう? だから赤いうろこや黄色い肌をしてる子って好みなんだ。特に黒髪の子は好きだなあ」
ルユーグは手を伸ばして私の髪に触れようとしたが、私は後ずさってそれを避けた。
「あっその、私は、お祭りが楽しそうだから行こうかなってだけで、恋人とかそういうのは別に、まだ、考えたことないです……」
私は広げた両手を前に突き出し、彼女が近づくのを制する。
「そうなんだ。残念だな。でも、お祭りには行くんだね。じゃあ、そこでまた会えるといいね」
ルユーグは笑いながらチラシを私に差し出した。
「あっ、はい……」
チラシを受け取りながら、どんな顔をしたらいいかわからず、私はただうなずくだけだった。
「じゃあ、またね」
そう言ってルユーグは笑顔で去って行った。
彼女の姿が見えなくなるのを確認して、私は大きく息を吐いた。




