第四章 17 次の目的地
17 次の目的地
「ひゃーっ! びっくりしたー!」
店を出て、近くに人がいないところまで泳いでから、私は息を吐いた。
「貝を売るだけのつもりが、いろいろなことが起こったな」
トトラ達の前では黙っていたノアタムも、また話し出す。
「あの子の話もだけど、それをあんたに質問すると、そこからまた疑問が膨らんでっちゃうからさ……」
私は頭に手を当てた。一度に得られた情報が多すぎる。
「結構長いことお店にいたねえ。とはいえ、お昼にはまだ早いか」
私は辺りを見回す。貝取屋は時計塔の近くにあった。一本しかない針は左斜め上を指している。朝の十時過ぎといったところか。
「30,000テニエルももらっちゃったけど、これ、両替しないと使いづらいよねえ。ていうか、全部持ち歩かずに、ちょっと貯金した方がいいかも」
私は金貨をしまった腰のポーチを押さえた。
「そうだな。せっかく相場以上に高く売れたのだから、落としたりする前にそうした方がいい」
「ええと、通帳、じゃなくて手形を手形屋に持って行くんだよね。宿の荷物に入れてあるから、一度帰らないと」
私の右の手の形が写し取られた金属板。それがこの世界の通帳なのだと、以前ノアタムに説明された。
「あっそうだ、あのチラシ、もっかいよく見てみよ」
私はポーチを開き、さっき受け取ったチラシを取り出した。大きな字で書かれた見出しをもう一度読む。
『ギームメーコ家主催 武闘大会
時 : 契世暦5999年 五月一日~三十日
場所 : オーレの町 ノアタム様のほこら周辺
種目 : 布剣試合、腕相撲大会、早泳ぎ競争、的当て競技など
毎日各種の試合を開催し、その日の成績優秀者に賞金を進呈』
「勝てるかどうかはわかんないけど、他に用事があるわけじゃないし、お祭りだから行くだけでも楽しそうだよね」
「そうだな」
「オーレの町ってどこにあるの?」
「他の町への行き方は、町の施設で尋ねると良い。魚車屋はもちろん、鑑定屋でもいい。鑑定屋は旅の魔物狩り屋がよく立ち寄る場所だからな。その町の周辺の地図が掲示してあるはずだ」
「えっ、そうだっけ!?」
「お前は精霊や窓口のやりとりに気を取られすぎていたのだろう。壁に地図があっても目に入っていなかったようだな。今度、鑑定屋に行ったらよく見てみるといい。
それから、双牙舎で尋ねても良い」
「そうがしゃ?」
初めて聞く単語が出てきた。
「この世界における警察のようなものだ。ノアタムアでは性犯罪は少ないが、それ以外の悪事を働く者はやはり存在するからな。それに、落とし物や迷子だって発生する。秩序を守る組織は必要だ」
「確かにねえ」
「双牙とは、さすまたのような武器だ。先端が二つに分かれているので、『二つの牙』という意味の名が付けられた。
双牙を持っているのが『双牙兵』、双牙兵の集まる場所が『双牙舎』だ」
「日本で言う『警察官』と『警察署』みたいな感じ?」
「そうだ。だから道に迷ったときは、双牙舎に行くと教えてもらえるぞ」
「そっか。じゃあ、そこで聞いてみよう。双牙舎ってどこにあるの?」
「町の中心部近くにあるはずだがな。入口に双牙のレリーフがあるから見ればわかるはずだ」
「さすまたみたいなやつだね? じゃ、帰りながら気をつけて見てみようっと」
私は宿に向かって泳ぎだした。
「オーレの町って遠いのかなあ? お祭りに間に合うようなら魚車じゃなく素泳ぎで向かってもいいけど……。あ、そういえば今日って何月何日?」
私は手に持ったままのチラシをもう一度見た。
「まだお祭りは始まってないみたいだから五月じゃないよねえ。ええと、一ヶ月は三十日しかなくて、一年は十ヶ月なんだよね」
私はさっきのノアタムの説明を思い出そうとした。だが、地球の暦と違うので、感覚がつかみにくい。
「暦を詳しく把握したいなら、手帳でも買ったらどうだ」
「手帳! 売ってるの?」
「もちろんだ。料理屋のメニューや宿帳など、紙や筆記用具はあちこちで目にするだろう。当然、それらを売る施設もある」
「そうなんだ。カレンダー付きの手帳があるとわかりやすいよね。
あっそういえば、さっき聞き忘れたこと思い出した!
女のままでいたがる人魚が多いのは何で、って話で、『量産品の服は女物ばっかり、娯楽小説で活躍するのも女ばっかり』ってあんた言ったよね? 服とか、娯楽小説もあるんだ?」
「ああ、ようやく気づいたのか。うむ、あるぞ。
服は、仕立屋でオーダーメイドで頼むこともできるが、悠長に服の仕上がりを待つ暇のない旅人も多い。だから仕立屋とは別に、量産品の服を売る服屋もある。
そしてもちろん、本屋もある。娯楽小説やビジネス本など、様々な本がな。魚車に乗っているときに他の客が読んでいただろう」
「あっそういえば、店づくりがどうとかいう本を読んでる人いたっけ!
服屋に本屋ねー。他に聞くことがありすぎて忘れてたよ。貝取屋に行ってから、いろんなことが起こりすぎたもん。いきなり『結婚して』って言われたし。
あそうだ、これも聞きそびれてたけど、ノアタムアの人って結構気軽に結婚するの?」
「いや、シンの記憶にある人間社会とそうは変わらんだろう。出会ってすぐの相手に求婚する者は珍しいだろうな」
「ああ、じゃやっぱ、あの子が特別なんだ。このお祭りも結婚相手探しを兼ねてるって言ってたし、お金持ちの考えることは違うねえ」
私は手元のチラシをひらひらさせながら泳ぎ続けた。
「だが、お前にずいぶん好感を抱いていたようだな」
「私じゃなくて貝への好意でしょ。それに、私は今のとこ、男になる気も結婚する気も無いよ」
「まあ、それはシンの好きにするがいい」
「……それにしても、いきなりあんなこと言われるなんて、ラノベの『異世界に行って美少女に迫られる』展開みたいだよねえ」
「確かにな。どうだ、迫られた気分は」
「女の子にもててもしょうがないよ」
「今は女でも、シンもあの娘も、男になることはできるのだぞ」
「そうかもしんないけど、どうせ迫られるなら、現時点でイケメンの男性に迫られたいよ」
「ほう、相手が男ならよかったのか」
「そりゃ、今は私は女だもん、どうせ迫られるなら男のイケメンがいい……」
ノアタムの質問に、私は苦笑しながら答えていた。
チラシはそのまま手でひらつかせていたので、ノアタムとの話に気を取られた拍子に、手から滑り落ちてしまった。
「あっ! チラシ!」
私は貝取屋を出た後、周りに人がいない場所に行くため、高い位置まで泳いでいた。ビルの四階ぐらいの高さだろうか。そのまま宿に向かって泳いでいたので、手から離れたチラシを追いかけるのも一苦労だった。
チラシは建物の影に隠れたり、風にあおられて少し浮き上がったりと、不規則な動きで私を翻弄した。
それでも、やがて地面に舞い降りる寸前のチラシと、その先にいる人魚が見えたので、「すみませーん! 捕まえてくださーい!」と呼びかけながら私はチラシを追った。
チラシの先にいた人魚は振り返り、舞っているチラシに気づくと、それを手に取ってくれた。
「あっ、ありがとうございますー!」
私はその人魚の元へ泳いでいった。




