第四章 15 質問その2(ノアタムアの設定について)
15 質問その2(ノアタムアの設定について)
「えっと、じゃあ最後に聞きたいんだけど、あんたさっき、魚の繁殖方法についていろいろ説明したよねえ。どれもその生物にとって必要な方法だからそうなった、みたいな話」
「うむ。わかってくれて嬉しいぞ」
「じゃあさあ、なんでノアタムアの人魚は女が多い設定にしたの? それはあんたが決めたことなんだよね? 進化の過程でそうなったとかじゃなくてさ」
私の質問にノアタムはしばらく黙り、やがて真面目な顔をして話し出した。
「……そうだな。ノアタムアの人魚がまず女として成熟したり、性転換は可能だが女の方が数が多い設定は、わしが考えた」
「なんで?」
「まず、最初に女として成熟する設定だが、これは、生殖に年齢制限のある性別に生まれついた方が、自分が子を持つことについて考え始める時期が早いだろう、と考えてのことだ。
ノアタムアの人魚は、女は五十代ごろまで、男は一生、生殖が可能だ。契世暦の五十代は、地球の人間の四十代だ」
「ああ、人間でもそのぐらいに更年期になるって言うもんねえ」
「うむ。ノアタムアの五十代は、肉体的には人間の四十代と同じだが、社会的な地位は、人間の五十代と同じだ」
「そっか、人間の十六歳がノアタムアでは成人扱いだもんね。ノアタムアの方が一年が短いから、そうなっていくんだ」
「そうだ。そして、シンがいた時代の日本では晩婚化が進んでいただろう。女も男も、ある程度の年齢までは仕事に打ち込み、それから結婚、と考える者が増えたようだ。
だが、男は三十代でも四十代でも生殖が可能だが、女は年齢が上がるにつれて妊娠が難しくなる。これは人間の肉体のどうしようもない事実だ。
また、人間は出産にも体力を使う。医学が発達していない時代には、出産で命を落とす女は多かったのだ」
「うん……そういう話は聞くよね」
「だから人間の女は、肉体的には若い内に子供を産んだ方が良い、という現実を突きつけられる機会が多い。
だが人間の男だって、生殖能力は年齢と共に少しずつ落ちていくのだ。女のように閉経という明確な変化がないだけで。
それに子供を成人まで育てるには時間がかかるし、費用も体力も必要だ。だから子供を持つならば、あまり高齢にならないうちに行う方が良い。
しかし若いうちは自分が生きるのに精一杯で、子を持つことを真剣に考えない者も多いだろう」
「確かに、私だって今、結婚や子供って言われても、とてもそんな気持ちにはなれないよ」
「だが、自分が年を取り、人生の終わりが見えてくると、次世代に自分の血を残したい、と考えが変わる者も多いのだ。しかし、自分が高齢になりすぎて、もっと若いときに子供を作っておけば良かったと後悔しても、もう手遅れ。そんな状況に陥る者も少なくない。
人間ならば、女は閉経したら妊娠はできない。男だって、生殖可能な年齢の女に伴侶に選ばれるほど健康で経済力が無ければ、子孫は残せない。
ノアタムアの人魚は性転換が可能なので、女としては卵を産めなくなっても、男になって精子を出すことはできる。とはいえ、老齢にさしかかってから焦るのではなく、もう少し若いうちに子を持つ選択肢もあったはずだ。
だから、ノアタムアの人魚は、まず女として成熟する設定にしたのだ。
生殖にタイムリミットのある性別に生まれついた方が、自分が子を持つことについて、少しは危機感を持って人生設計を立てる者が増えるかと思ってな」
「なるほど……」
私はノアタムの話にうなずいた。
「あんた、いろいろ考えてたんだねえ。あっそれに、日本でも『二十代の間に結婚したい』とか、『三十歳を過ぎたしそろそろ相手が欲しい』とか、数字の区切りに合わせて行動したりするよね。でもノアタムアの暦で三十代なら、日本の暦で言ったらもう少し若いはずだし、日本で『三十代で結婚したけどなかなか子供ができない、二十代の内に結婚して産んでおけば』って思うようなことも少ないんじゃない?」
「確かに、契世暦の三十代は日本で言う二十代後半から三十代前半だ。社会的には日本と同じ三十代でも、肉体的には若いからもっと体力がある。
だが、ノアタムアの人魚は、高齢だから子供ができにくいということはない」
「えっ、そうなの?」
「人間には排卵周期というものがあり、妊娠しやすい時期としにくい時期がある。排卵は女の体内で起こっているので、目に見えずわかりにくい。基礎体温を測ったり、毎月の月経周期から予測したりするが、生理不順だとそれも不明瞭だ。また、ホルモンバランスが崩れると、月経はあっても排卵はしていない、ということもある。
それらは若くても起こるが、年齢が上がるにつれて排卵の回数や卵子の質は下がっていく。
そして人間は、女の体内で受精を行うから、妊娠したかどうかすぐにはわからない。次の月経が遅れるのを確認し、妊娠検査薬を使い、病院で検査、などの手順を踏まねばならん。
だがノアタムアの人魚は卵を産む。一ヶ月気合いを入れて念じていれば、卵を産むことができる。それは体の外に出てくるので、目に見えてわかる。そこにパートナーの男の精子をかけ、受精した卵を女の腹に貼り付ければ、確実に妊娠できる。……妊も娠も『体内に子を宿す』という意味の漢字だから、ノアタムアの卵婦を表現する言葉としては微妙にずれるが、まあ意訳と言うことでいいだろう。
人間の女は、月経があっても、妊娠出来るとは限らない。
だが、ノアタムアの人魚は、五十代ごろまでの卵を産める女なら、相手の男さえいれば必ず妊娠出来る」
「そうなんだ……。日本だと、不妊治療に何年も通う人が増えてる、とか聞いた覚えがあるけど、ノアタムアの場合は、子供が欲しい人はすぐに妊娠出来るんだ。いいね」
「うむ。それに、さっき説明したように、ノアタムアの人魚の出産は、人間の出産ほど苦痛を伴わない。
もちろん妊娠中は卵に栄養を与え続けねばならんし、子供が生まれた後も育てる体力が必要だ。だが、人間の暦で四十代までなら、それらがなんとか行える年齢だろう。だから卵を産める年齢に区切りをもうけたのだ」
私はノアタムの説明を聞き、納得した。
「なるほどね……。
それにしても、人魚の繁殖方法、全体的には魚っぽいけど、魚みたいにたくさん卵を産むわけじゃないんだね。魚って小さい卵をたくさん産むイメージがあったけど」
私の言葉を聞き、ノアタムは真顔のまま続けた。
「それはな、たくさん生まれるならば、たくさん死なねばならんからだ。
確かに、一度に小さな卵を多く産む魚は多い。それは、食われることを見越しての戦略だ。
シンだって、食事で魚卵をよく食べるだろう。卵は栄養があるので、他の生物から狙われやすい。一匹の魚が万単位の卵を産んでも、その中で成魚になれるのは一匹か二匹、という話を聞いたことはないか? 結局、次世代の親になれるのは、親と同じ数だけ、ということだ。そしてそうでなければ、生態系のバランスが崩れる。
生物が繁殖のために使えるエネルギーには限りがある。同じ量のエネルギーで、大きな卵を少数作るか、小さな卵を大量に作るか、という選択になる。
小さな卵を大量に産む魚は、子育てをしないことも多い。卵の数を増やす戦略で、卵の成長は自然に任せ、その中の一つか二つが成魚まで育てば良い、というやり方だ。
人魚も下半身は魚だからな。どんな卵をどのように産む設定にするか、選択肢はいろいろあった、だがわしは、人魚の卵が多く死ぬ設定は作りたくなかった。だから、一つの卵を腹にくっつけ、大事に守り育てる、という設定にしたのだ。
人魚は上半身は人間だからな」
「……」
「人間も、医学が発達していない時代、産婦と赤子の死亡率は高かった。
だが、ノアタムアでは、出産で命を落とす女も子供も少ない。
人間のように、体内から赤子を出すわけではないからな。母体は、表皮が少し傷つくだけ。それは回復魔法ですぐに治る程度の傷だ。
赤子も、卵の膜の外からある程度、中の様子をうかがえる。卵に光を当てると膜が透けて中が少し見えるのだ。人間の妊婦が超音波検査を受けるようなものだ。いざというときは、外から卵の膜を破り、処置することが可能だ。
だから、ノアタムアは中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界だが、出産に関しては母子共に生存率が高い。
生存率が高いのであれば、魚のように何千何万と卵を産む必要は無い。一生のうちに数回、繁殖の機会があれば良い。
子供が欲しいカップルの元には、すぐに子供ができる。出産は命の危険を伴わない。ノアタムアはそういう世界にしたかったのでな」
ノアタムはそこまで話し、私の反応を見た。
私はしばらく黙った後、答えた。
「……そうか……。あんた、そこまで考えて設定を作ってたんだね。ちょっと見直したかも」
「神だからな。当然だ」
私が褒めるとノアタムはさっそくどや顔になった。
「すぐに調子に乗る……」
「ああそれから、双方向に性転換は可能だが女の方が数が多い設定についても、シンに質問されていたな。
これは、最初に女として成熟するなら、そのまま女として過ごしたがる者が多いだろうと考えてのことだ」
「こっちはシンプルな理由だね」
「女として成熟する設定から順を追って考えていくと、そうなったのだ。
加えて説明すると、双方向に性転換が可能な設定は、それならば性犯罪が起こりにくいと考えたからだ」
「あっそうか、異性の裸が見たくて欲求不満になるとかないもんね。どうしても見たければ自分が性転換すればいいんだし。それに男にも女にもなれるなら、どっちの性別の気持ちもわかるはずだし、異性に乱暴するような人は減るはずだよね」
「うむ。それにノアタムアの繁殖方法は今説明したとおりだから、人間のように性暴力で妊娠することはあり得ない」
「ああ、それはいいことだよね。
あっでも、人間だと、結婚に踏み切れないまま恋人状態を続けてたけど、子供ができたからようやく決意して結婚する、って場合もあるよね。
あと、結婚はしてるけど、子供は自然に任せるって夫婦とか。ノアタムアだとそういうこともないわけ?」
「そうだな。ノアタムアでは、子を作る気は無かったが愛欲の果てに妊娠した、といった状況にはならん。子は、欲しくて作る人のところにしかできないのだ。だから子のいない者も多い」
「え……それじゃあ、人口が減ってっちゃわない?」
「だがさっきも言ったように、自分が年を取ってくると、子孫を残したいと思う者は増えるのだ。
ノアタムアでは、子供は、欲しいと思う人の元にしかできない。だが、子供が欲しいと思ったら、ほとんどのカップルはすぐに子供を授かることができる。カップルの片方が五十代以下で、生殖機能に病気や怪我がなければな。
だから毎年、一定の数の子供が生まれ続けている。
ノアタムアの人口はそれで安定しているのだ」
「なるほど……」
一通りノアタムの説明を聞き、私はうなずいた。
「疑問はすべて腑に落ちたか?」
私は少し考えてから、答えた。
「うーん、そうだねえ、大体は……。あとなんかあったかな……」
「まあ、また疑問が浮かんだらわしに尋ねれば良い。わしはお前のそばにいるのだからな」
「そうだね。一度にいろんな話を聞いてパンクしそうだよ」
「あまり長く話していると、話の途中であの娘が帰ってくるかもしれんしな」
「それに充分長く話したし、ちょっと休憩しよ」
私はノアタムへの質問を終え、応接室の椅子の背にもたれて大きく息をした。ノアタムも椅子の背もたれの上に乗って静かになった。
そうしてしばらく休んでいると、やがて、賑やかな声が応接室に近づいてくるのが聞こえてきた。




