第四章 06 魚車からの風景
06 魚車からの風景
ベージンザメが泳ぎ、二匹の間につるされた私達も前に進む。
魚車は、大きなハンモック、またはブランコに揺られているような乗り心地だった。
ベージンザメは二匹いるが、左右の御者がバランスとをってうまく操っているので、どちらかが先に行きすぎることはなかった。客席は傾くことなく、まっすぐに前に進む。
先ほど遠巻きに見ていたとおり、ベージンザメの泳ぐスピードはゆっくりだった。自転車ぐらいの早さだろうか。それでも自力で泳ぐよりは早いし、何より楽だ。
魚車は魚車屋を離れ、町の外に進んでいった。住宅や店などの建物が視界から消え、広がる海底と、点在する海藻や木々の茂みが目に入ってくる。
「大人しい子だねえ。なんて名前?」
私の肩で静かにしているノアタムを見ながら、魔物狩り屋の一人が声を掛ける。
「ノアタムです」
「神様の名前だ。立派だねえ」
他の魔物狩り屋もそう言って微笑む。やはりペットにノアタムと名付けるのは珍しくないようだ。
「この人のおかげで出発が結構早くなったから、日暮れより前にツウギの町に着きそうだよね」
「うん、休憩所で休んでもね」
魔物狩り屋二人がそう会話をするので、私は相づちを打った。
「あ、休憩所があるんですか」
そう言ってから、しまった、と思った。これはこの世界の一般常識かもしれない。そんなことも知らないのかと不審がられたらどうしよう。
「この辺は初めてなの? そりゃああるよ。ツウギの町はタヴィデの町からそんなに離れてないけど、素泳ぎだと朝から晩までかかるぐらいには距離があるもの。人魚だってベージンザメだって途中で休むところが欲しいよ」
「ツウギの町は結構大きいから、町周辺の休憩所も割と大きかったはずだよ」
「乗り合い魚車が行かないようなさびれた町だと、休憩所も無いからその辺の海底で休憩、とかあるけどね」
「そうなんですか」
私は笑顔でうなずいておいた。そこまで妙な質問ではなかったようだ。それに、途中で休憩出来るのはありがたい。
『素泳ぎ』という言葉は初めて聞いたが、おそらく人間における『徒歩』のような意味だろう。道具を使わずに潜ることを日本語で『素潜り』と言うし。
ノアタムに尋ねるわけにもいかないので、私は自分で推測して納得した。
やがて、魔物狩り屋達は仲間同士で会話を始めた。商人風の乗客は魚車に乗ってからずっと本を読んでいる。時々、表紙に書かれた日本語訳の『雰囲気の良い店づくり』というタイトルが見える。やはり彼女は商人のようだ。
私は魚車に揺られながら、静かに風景を眺めることにした。
後ろを振り返れば、タヴィデの町はもう見えなくなっている。
そして右斜め前方に、同じ植物の生えた空間が見えてきた。海底の広い面積を、白い実の付いた同じ背丈の植物が埋めている。自然に生えた植物の茂みではなく、人為的に作物を植えた空間であるとわかる。
「ああ、ギーム畑だ」
魔物狩り屋の一人が言う。
「ほんとだ。隣はメーコ畑だね」
別の魔物狩り屋が答える。
あれがギームとメーコなんだ……と私も口に出さずにうなずく。
遠くてはっきりとは見えないが、どちらも麦や稲ぐらいの大きさの茎と葉を持ち、タンポポの綿毛のように白くて丸い実を付けているようだ。
電車から田んぼや麦畑を眺めているようだ、と私は思った。
魚車の右側はしばらく畑が続いていった。
やがて、左側には、大きな立体物が見えてきた。雰囲気は、ビニールハウスが並んでいるのを電車から眺めるのに近い。だがビニールのように透明ではなく、金属か木で骨組みを作った建物に、縄で編んだ網が張られているようだった。その中を、魚の群れが泳いでいるのが見える。
これがおそらく、魚の養殖場だろう。私はノアタムを見るが、他の乗客の手前、ノアタムは黙っていた。
「ああ、魚を育ててる。ブータッポかな」
「うーん、遠くてわかんないね」
魔物狩り屋達の会話で、私は自分の推測の答え合わせができた。
自分が今まで食べてきた、人魚の世界の食事。それはこのように育まれていたのだ。
魚車で移動しながら、私は感慨深い気持ちになった。
やがて、視界の先にいくつかの建物が見え始めた。




