第四章 05 ツウギの町へ
05 ツウギの町へ
倉庫やベージンザメ用の建物とは違う、『魚車受付』の看板のある小屋。大きな窓のある壁があり、そこに人魚が座っている。ここが受付だろう。
窓から建物の中を覗くと、書類の載った机や棚が見える。日本にある、レトロな駅の切符売り場のようだ。
私が近づいていくと、受付の人魚は顔を上げた。
「いらっしゃいませ。魚車にお乗りですか?」
「あ、はい。ツウギの町に行きたいんですけど」
「お一人ですか? 魚車には、単独で乗られますか? それとも、乗り合いがよろしいですか?」
「ええと、乗り合いでお願いします」
「では、300テニエルになります」
隣町に行くバス代が三千円と思えば高いが、タクシー代ならば安い方かもしれない。私はそう考えながら財布を取り出した。
受付の人魚に料金を渡すと、引き換えに札が手渡された。それは手のひらに収まる木製の板で、赤い塗料が塗ってあった。日本語訳された『魚車屋 タヴィデの町』の文字が、ベージンザメの絵と共に彫られている。
「これをあちらの御者に渡して魚車にお乗りください」
受付の人魚が示す方向には、ハーネスを付けられたベージンザメが数匹と、まだその背には乗っていない御者が数人、それから乗客らしき人魚も何人か見えた。
「はい、ありがとうございます」
私は受付を離れ、示された場所に行く。
そこはバスの乗り場のように、待機状態の御者と魚車が何組もいた。だが、今にも出発しようとしているのは、手前の一グループだけだった。
魚車屋のスカーフを付けた人魚が二人、スカーフを付けていない人魚が五人。皆どことなくそわそわした雰囲気で、何かを待っている。
「あ、これで六人になったね」
魔物狩り屋らしき人魚が、近づいてくる私を見て言った。
「お客がこれだけ集まればもう十分でしょう?」
別の魔物狩り屋らしい人魚も御者を振り返った。
乗客らしい人魚は合わせて五人いた。体格の良い、旅の魔物狩り屋風の人魚が四人と、体の細い、商人風の人魚が一人。
「そうですね。六人いらっしゃったので、これから出発します」
御者は乗客達にそう答えた。私は二人いる御者の片方に受付でもらった札を渡す。御者は札を確認し、身につけた鞄にしまった。
この札は切符代わりで、赤が乗り合い魚車の色なのだろう。乗り合いとはいえ乗客数は少ないので、魚車に乗るときに御者が乗客の顔を確認すれば、札を回収しても問題ないということかもしれない。
ノアタムに話しかけるわけにはいかないので、私はそう推測した。
二人の御者はスタンバイしていた二匹のベージンザメの背に向かう。五人の乗客達も、二匹のベージンザメの間につるされた大きなハンモックに座りに行く。私も彼女達の後に続いた。
「助かったよ。乗り合いのお客がなかなか六人集まらなかったから」
ハンモックに向かう途中、剣を腰に下げた、魔物狩り屋風の人魚が私に声を掛けた。
「そうそう、四人じゃ単独の魚車は定員オーバーだし、でも乗り合いの魚車だとこうして他の人を待たなきゃならないし」
魔法使い風の服を着た人魚も私に言う。魔法使い風とはいえ彼女の腰にはナイフがあり、体格も良かった。
この四人はそれぞれ大きな鞄を持っていた。私のリュックと同じく、着替えなどの旅の荷物だと思われた。やはり四人パーティの魔物狩り屋のようだ。
さっき見たように、一匹のベージンザメが運べるのは人魚三人ほどのようだ。彼女達は体格も良く荷物も多いので、乗り合いの魚車でないと四人一緒に魚車に乗れないのだろう。
「五人でも、しばらく待ってお客が来ないと出発してくれるんですけどね。それまでずいぶん待たされますから。あなたが来てくれたから、こうしてすぐに出発できますよ」
商人風の人魚が私に微笑んだ。
彼女は四十代ぐらいの温和そうな人魚だった。武器を身につけておらず、体も細い。魔物狩り屋四人は着古した厚手の服を着ているが、彼女の服は薄くなめらかだった。荷物もそれほど大きくない。だから彼女に商人のような印象を受けたのだ。長旅ではなく、商談で隣町に数日出張、といった雰囲気だった。
「私も、ちょうど出発出来て良かったです」
私は彼女達にそう答え、共にハンモックに座った。
魚車は日本のバスのように、何時何分に発車、と決まっているわけではないようだ。そういえばノアタムが以前、ここは現代日本ほど時間に追われる世界ではないと言っていた。ノアタムアの時間の単位は一時間半が『一時限』で、あとはその半分か四分の一の長さしかないのだとか。乗り合いの魚車の出発時刻は乗客が集まったとき、というゆるい決め方のようだ。
私がそう考えているうちに、魚車の準備も整ったようだ。左右のベージンザメの上から、御者二人が声を掛ける。
「では、行きます」
「行きます」
御者は餌袋を振り、ベージンザメを操り始めた。




