第四章 04 魚車屋
04 魚車屋
町を構成している店や住居などの建物がまばらになっていく。タヴィデの町の北の端に来たのだ。
北の端には、小型の牧場のような開けた空間があった。そして、大きな魚が泳いだり、海底に体を落ち着けたりしている。
その大きな魚は、ジンベイザメに似ていた。大きさは数メートルほどで、平たい体をし、ゆったりと泳いでいる。灰色の体に白い点の模様があるのも似ている。だがジンベイザメよりひれが大きく、力が強そうだった。
魚の胴体には、馬や犬に付けるハーネスのような物が装着されていた。植物の繊維を編んだらしい縄が、左右の胸びれを通りながら胴体を一周している。人魚が両肩にリュックサックを背負った形に近い。
そしてリュックサックの袋に当たる部分に、縄で形作った椅子が設置されていた。そこに人魚が腰掛けており、杖のような物を振っている。シルエットとしては亀にまたがった浦島太郎に近いが、人魚なのでまたがることができないため、椅子に腰を落ち着けているようだ。
「あれがジンベイザメ……いや、ベージンザメだね?」
私が尋ねると、ノアタムはうなずいた。
「ベージンザメの背中に乗っている人は……御者?」
「そう、魚車の御者だ」
「駄洒落……。まあいいや、で、御者が持ってる杖みたいなのは何?」
「ベージンザメの餌だよ。ベージンザメは体は大きいが小さなエビなどを食べる生物なのでな。目の粗い袋に餌を入れ、棒でベージンザメの鼻先にそれをつるし、餌を少しずつこぼすことで、ベージンザメの進行方向を人魚が制御するわけだ」
「馬の鼻先ににんじんをぶら下げてるみたい……。でも、実際にエビが出てくるわけだから、ベージンザメを騙してるわけじゃないのか。
で、ベージンザメがつるしてるのが……」
ハーネスからは縄が二本、飛び出していた。ベージンザメの左右の胸びれ、人魚で言う両肩のあたりから海底方向に向けて一本ずつ。それが大きな袋状の網の両側につながっている。網の中には無数の箱や袋が入っていた。
「運搬用の網だ。舗装された道があるわけではないので、地上の馬車のように海底を車輪で走るわけにはいかん。だから人も物も、ベージンザメにぶら下げた網で運ぶのだ。荷物は冷蔵箱や冷蔵袋に入った魚介類だったり、冷やす必要のない普通の荷物だったり、いろいろだ。
魚車に車輪はないが、日本語訳における魚車の『車』は、『乗り物』のような意味だ」
「漁船が網を引っ張ってるみたい」
私は日本人だったころにテレビで見たと思われる映像を頭に浮かべた。船につながれた網の中に魚が大量に入っている姿だ。
「漁船も魚車も、網が最適だからそれを使っているのだ。
人魚ほどの大きさと移動速度ならば水の抵抗をそれほど意識しなくて済むが、ベージンザメほどのサイズになると、水の抵抗を考えざるを得ない。
魚車が運ぶ荷物の一つ一つは、基本は人魚が一人で運べるサイズになっている。そこで運ばれている冷蔵箱や冷蔵袋も小さめだろう。入れ物が破損した場合、小分けしてあれば中身がすべて水中に散らばるのを防げるというメリットもあるしな。
だが、それをまとめて入れるのが大きな一枚布の袋では、船の帆が風をはらんだような状態になり、結局ベージンザメに余計な重みがかかってしまう。だから目の粗い網で海水がすり抜けるようにしてあるのだ」
「そうだね、荷物だけでも結構重そうだし、減らせる負担があるならその方がいいよね。
ああ、人魚の入る網は、荷物用とはちょっと違うんだ」
自分達の近くにいたのは、荷物を運んでいるベージンザメばかりだった。だが、次にやってきたのは、人魚を運んでいるベージンザメだった。
人魚が乗っている網は、縄で編んだ大型のハンモックのようだった。
「荷物用の網は荷物が落ちないように口をせばめる必要があるが、人魚は自分で落ちないように網に乗っていられるので、ある程度の開放感はあってもいい。荷物と同じ形で運ばれたくないというのも自然な感情だしな」
「あ、あんな風にしてるのもある」
今こちらにやってきたのは、ベージンザメ一匹が大きなハンモックをぶら下げ、人魚三人を運んでいる魚車だった。
だが、次に町の外からこちらへ近づいてきたのは、二匹のベージンザメの間に更に大きなハンモックをぶら下げ、そこに六人ほどの人魚が乗っている魚車だった。
「ベージンザメは力の強い魚だが、馬力ならぬ魚力には限度があるからな。個体差があるとはいえ、一匹が運べる量は人魚数人だ。もっと大勢を運ぶ場合は、ああして複数のベージンザメに網をつなぐ」
「ふうん。でも、一匹に数人ずつ乗ってけばよくない? なんで五、六人まとめて魚車に乗る必要があるの?
……あ、そうか五人パーティとか組んでる場合は、みんなで同じ魚車に乗りたいよね」
「うむ。それに、シンのように一人旅をしている者もいる。一人の移動に魚車を使うのは贅沢だが、数人で乗り合わせるなら使ってもいいか、と考える者も多いのでな。収容人数が多めの魚車も需要があるのだ」
「そっか、一匹のベージンザメの魚車はタクシーで、複数のベージンザメの魚車はバスって感じ?」
「そうだな。それにツウギの町は大きいので、行きたがる人魚が多い。だからお前の言葉で言うバスが日に何回も出発しているはずだ。受付で尋ねてみるといい」
ノアタムはひれで牧場の中を指さした。そこには事務所のような小屋があり、『魚車受付』と書かれた看板があった。
「じゃ、行ってみようっと」
「ああそれから、他の人魚と乗り合わせるので、わしはこれから黙るからな。魚車に乗って移動している間、畑や魚の養殖の風景が見えるだろうが、わしに話しかけられても答えんからな」
「ん、わかった」
私が小屋に向けて泳ぎ出すと、ノアタムは私の肩にとまり、黙った。
町の外から泳いできた魚車は、魚車屋の敷地内に入ると、速度を緩める。御者がそのように操るようだ。
魚車屋の敷地内には、魚車屋のスタッフらしい人魚が何人も泳いでいた。皆、灰色に白の水玉模様のスカーフを首に巻いている。よく見れば、御者も皆そのスカーフを付けていた。それが魚車屋の人魚の証なのだろう。ベージンザメの模様をモチーフにした布のようだ。
ベージンザメが運んでいるのが人魚の場合は、ベージンザメが魚車屋で止まると、乗客の人魚達がそのまま泳ぎだし、その場を離れていく。
荷物を運んでいる場合は、倉庫らしきところでベージンザメが停止する。そして、魚車屋のスタッフが荷物を一つずつ倉庫の中に運んでいった。荷物が小分けされているので、倉庫に移し替えるのは人力でやれるようだ。
人や物を運び終えたベージンザメにはスタッフが近づき、ハーネスを外し始めた。御者もベージンザメの背から降り、杖の先にぶら下げた餌袋を広げ、ベージンザメに食べさせ始めた。
無事に人や物を運び終えると、ベージンザメは餌がたくさんもらえるようだ。だから縄を外しても逃げ出さないのだろう。縄のなくなったベージンザメを、魚車屋のスタッフが柔らかそうなブラシで撫でる。ベージンザメは気持ちよさそうに目を閉じる。
魚車屋には、牛舎のような、屋根のある大きな建物もあった。餌をもらい終わり、ブラッシングもすませたベージンザメがその中に入り、海底にゆったりと体を落ち着けて休んでいる姿が何匹も見える。
ベージンザメは魚車屋で大切にされているようだ。
周りの様子を見ながら泳いでいるうちに、私は小屋に着いた。




