第四章 03 人魚や物の運搬
03 人魚や物の運搬
まずは鑑定屋に寄り、今日魔物と戦った分を換金する。ゴブリンとキヴァーヲを一匹ずつしか倒せていないので、228テニエルにしかならなかった。大赤字だ。
だが、手に入れたニッコ貝を売れば黒字になるはずだ。
鑑定屋を出て、私はノアタムに話しかけた。
「じゃあさっそくツウギの町に行きたいんだけど……今から行ける? 遠いの?」
「そこまで遠くはない。人間で言う徒歩一日、つまり人魚の体でそのまま泳いで朝から晩までかかるぐらいだな」
「てことは、今はお昼過ぎぐらいだから、今日行くのは無理か。……あ、でも、ファンタジー世界って馬車とか出てくるよね。ノアタムアにもそういうのある?」
「うむ。あるぞ。馬ではないがな」
「へえ、イルカとかに車を引かせるの?」
「海生哺乳類がノアタムアにいては困ると言ったろう。だがイメージは近い。
ベージンザメという、大きくて大人しいサメを使うのだ」
「ジンベイザメ……」
「ベージンザメだ。このサメの引く馬車ならぬ『魚車』は、人魚だけでなく荷物を運ぶのにも使われている」
「へえ、何を運ぶの?」
「シンが毎日食べている物はどこから来ると思っているのだ。大きな農場や漁場で安定して食材を収穫し、各町に運搬するのでなければ、これだけ豊かな食生活を送れないだろう」
「そっか、確かに、町の南で魚とか取ってる人って見かけないもんね。よそから運んでくるんだ」
「うむ。タヴィデの町の南は山や林だが、北にはツウギの町があるので、北は人や物の行き来が多い。『魚車屋』も町の北にある。魚車でツウギの町に行くなら、宿をチェックアウトしてこれから向かうか」
「そうだね。魚車ってどんなのか気になるし、乗ってみたい!」
私とノアタムは宿に向かって泳ぎだした。何日も過ごしたタヴィデの町ともこれでお別れだ。
「あ、そういえば、今日の宿代って今朝もう払っちゃったけど、それってどうなるの?」
この世界では宿代は先払いだ。だからいつも魔物狩りに出かける前に宿の受付で500テニエルを支払っている。
「ん、まだ昼過ぎだからな。今日の宿泊をキャンセルすると八割は返金されるだろう。遅い時間になるとキャンセルしても返金無しだろうが」
「えっじゃあ早く行かないと!」
私は急いで宿に向かった。
宿の受付の人魚は今日で宿を発つことを告げると返金に応じてくれた。400テニエルが戻ってきた。私は部屋の荷物をまとめ、部屋の鍵を返却する。
宿を出て、町の北に向けて泳ぎながら、私はノアタムにぼやいた。
「どうせ今日出発するなら、朝からチェックアウトしとけば良かったなあ」
「そうだな。他の町に行く場合は前日までに決めて、朝、当日の宿代を払う前に荷物を持って宿を出た方が良いだろう」
「じゃあ次からはそうしよっと。
……あ、そういえば、さっきあんたが、食材は農場や漁場で、って言ってたよね。農場ってことは、海藻の畑みたいなのがあるの? 地上で地面に種をまいて植物を育てるみたいに、海底に種をまいて海の植物を育てるわけ?」
「そうだ」
「なるほど。じゃあ、漁場は、イワシの群れみたいなのが大量に泳いでる場所があって、漁師の人魚がそこに毎日出かけていって魚を捕ってくるってこと?」
「野生の魚を捕る人魚もいるが、町で食べられている魚の多くは、養殖物だ」
「へえ、海の中で養殖ができるの」
「もちろんだ。人間の世界でも、海の中に網を張って魚の養殖を行うだろう。人魚も同じだ。檻や網で一定区間を囲い、その中で魚介類を育てるのだ」
「そうやって育てた魚介類が町まで運ばれてくるんだ。
……あれ? でもさ、人間は陸の上で生きてるから、海から魚を引き上げたらそれで魚は身動き取れないけど、人魚の世界じゃ魚を運ぶのは海の中だよねえ。運んでる最中に逃げちゃわない?」
「基本は氷で締めて運搬するのだ。魔法には氷を発生させる物もある」
「え、でも、人魚の使う魔法は一瞬で消えるんじゃないの?」
「そうだ。例えば戦闘で氷の魔法を使う場合、魔法で出現させた氷は敵に投げつけられ、すぐ消える。
だが、『残氷の魔法』という物がある。『残氷の魔法』が使われた容器の内側に人魚が氷の魔法を使うと、容器の中に氷が残る。『残氷の魔法』は難しいので、精霊がこの魔法を掛けたアイテム、『冷蔵箱』や『冷蔵袋』を人魚が購入して使うのが一般的だ」
「あ、台所の話の時に言ってたよね。かまどに火を点けるには、『着火の魔法』ってのを使わないといけないって。でもそれ難しい魔法だから、誰でも火が点けられるマッチみたいなアイテムが作られてるって」
「うむ。だが、火は薪などに最初の着火さえできれば、あとは薪自身が燃えていく。だから着火は、小さい炎を短時間、人魚の力でこの世界にとどめることができればよい。そのため、『着火の魔法』が使える人魚はそれなりにいる。
しかし、『残氷の魔法』は、氷をずっとこの世界に出現させ続ける魔法だ。氷そのものは時間と共に溶けるが、溶けた氷は水となってこの世界に残る。ここは水中だから人魚の目には氷が水になったのは見えづらいがな。
それに、マッチほどの小さな火と違い、『残氷の魔法』は容器全体にその効果を持たせねばならん。だからこの魔法は『着火の魔法』よりも難しく、主に精霊が使う魔法なのだ」
「そうなんだ」
「魚車屋の近くに行けば、魚車が『冷蔵箱』や『冷蔵袋』を運んでいるところも見えるだろう」
「うん、そろそろ着かないかな? ベージンザメってのがどんなのか見たいし」
私は進行方向の先に目をこらした。そうして泳いでいると、やがて、町の建物が尽きる辺りに、大きな魚の影が見え始めた。




