第四章 02 食材のバリエーション
02 食材のバリエーション
まだ昼過ぎの時間帯なので、林の外は明るい。今日は早めに魔物狩りを切り上げたので、疲労もそれほどではない。
ノアタムと並んで泳ぎながら、私はふと最近の要望を思い出した。
「そういえばさあ、あんた、私と話しながらこの世界の物のネーミングとか細かい設定決めてるよねえ」
「う、いや、そう思ってもはっきりそう言ってくれるな。お前とわし以外はそのことを知らん。設定としては『ツウギの町』も、ずっと昔からそういう名で存在していたのだ」
「あーはいはい。でさあ、あんたがそうやって後付け設定を作れるなら、肉が食べたいんだけど」
「肉? 毎日食べておるではないか」
「魚肉じゃなくて、動物の肉だよ。牛とか豚とか、鳥でもいいや。魚介類は確かにおいしいけど、毎日そればっかりだとね。もっと食材のバリエーションが欲しいよ」
「うーむ……肉なあ……」
ノアタムは泳ぎながら長いひれで腕組みをした。
「最初の日に私が炭水化物を食べたいって言ったからギームとメーコができたでしょ? あのときみたいに、肉の設定もしてよ。牛や豚そのものじゃなくてもいいけど、哺乳類の肉が食べたいんだよ。……ああ、クジラとか哺乳類だよね?
日本人て確か昔からクジラ食べてたんだよね。世界的になんか言われてた気がするけど……海に住む人魚が海に住む哺乳類を食べるのは、また話が違ってくるんじゃない?」
「いや、問題はそこではなくてな。クジラにしろイルカにしろシャチにしろ、海に住んでいても哺乳類は皆、肺呼吸をしているのだ。だから定期的に水面に体を出して大気を吸わなければならん。
ノアタムアは深海にあり、ノアタムアの住民は地上とは交流を持たず、その存在すら知らんことになっておる。水面上で呼吸をするような海生哺乳類にノアタムアまで泳いでこられると困るのだよ」
「ああ~そうなのかあ~」
私はうめく。ノアタムはしばらく考え込んでいたが、やがて言った。
「待て。要は味が異なれば良いのだろう。牛肉や豚肉のような味のする魚がいる、ということにすればいいのだ。そうだな……。
牛肉のような味のする魚の名は『ウーシポ』、
豚肉のような味のする魚の名は『ブータッポ』、
鶏肉のような味のする魚の名は『トリポイ』でどうだ」
名前は牛っぽい、豚っぽい、鶏っぽい、から考えたな? と思ったが、私は触れないでやった。
「うんうん、いいよいいよ。これで牛肉とかが食べられるんだ!」
「牛肉ではないよ。今までは料理屋のメニューに『魚の炒め物』と書かれていた文字が、これからはシンの目に『ウーシポの炒め物』などと映るだけだ。お前がその料理を注文しなかっただけで、ウーシポやブータッポの炒め物はこの世界にずっと存在していたのだ」
「はいはい、あっじゃあさ、あと卵とか牛乳とかも欲しいんだけど。後付け設定ついでに今考えてよ」
「後付けとか言うな。卵は、魚卵ではなく鶏卵のことだな? では、トリポイの産む卵は、魚卵だが、大きさも味も鶏卵に似ているということでどうだ」
「あ、それでいいよ。鶏っぽいんだもんね。ウーシポとブータッポの卵は……牛と豚は卵なんか産まないか。ウーシポの卵は、牛乳っぽいとか?」
「んー、だが、卵と乳は違うからな。……そうだな、日本では牡蠣を『海のミルク』と呼ぶだろう。ノアタムアでは、『キーカ』という貝が白い体液を持ち、キーカ貝から搾ったエキスをシーズ水と混ぜた物を『ルクミ』と呼んでいる、ということにしよう」
「貝と乳だって違うじゃん……。まいいや、味が牛乳に似てるんならそれでもいいよ」
「味だけでなく、栄養もな。ルクミは栄養豊富でちょっとお高い飲み物なので、取り扱っていない飲食店も多いからシンは今まで遭遇しなかったのだ」
「あーわかったよ。ネーミングも雑すぎて聞き返す気にもならないから何も言わないよ」
「シンには日本語のアナグラムに聞こえるかもしれんが、人魚の言葉では何かいい感じの語源を持つ言葉になっているのだ」
「はいはい」
「だが、『違う味が食べたい』というのは良い欲望だ。違う味を求めれば摂取する食材も増える。様々な栄養を様々な食物から取ることができる。人魚の体力の向上や、文化の発展につながっていく」
「へえ、じゃあ私、いいことしたんじゃん」
「設定としては、ノアタムアでは昔からウーシポやブータッポが食べられていたのだ。トリポイの卵も調理に使われており、ルクミも飲まれていて……」
そんな話をしているうちに、私とノアタムはタヴィデの町に帰り着いた。




