第三章 16 収入と支出と甘味
16 収入と支出と甘味
町に戻った私は鑑定屋に向かった。鑑定屋に着くころには日が落ちかけていたが、まだ鑑定屋は開いていた。
私の蓄光石の光は、563テニエルになった。ゴブリンの基本価格は、一匹150テニエルとのことだった。それを二匹、50テニエルのザーコウオと80テニエルのキヴァーヲを二匹ずつ倒したのだから、妥当な金額だろう。
私はお金を受け取り、窓口を離れた。外に出ようとしたところで、時計塔の鐘が鳴る音が聞こえた。
「夕の五刻となりました。窓口の業務を終了させていただきます」
受付の人魚と精霊がお辞儀をし、精霊はそのまま消えていく。
鑑定屋の外に出てから私はノアタムに言った。
「鑑定屋も夕方六時にああいう風になるんだ」
「うむ。手形屋と同じだ」
「それにしても、今日は五六三〇円も稼いだんだ! 一日の稼ぎとしてはそこそこだよね!」
私はその成果に満足していた。鑑定屋に来るたびに、換金出来る金額が増えている。自分は異世界でお金を稼いでいるのだ、という喜びがわく。
「そうだが、収入と支出のバランスは取れておらんからな。もう少し、倒す魔物が増やせるといいのだが」
「え、そうだっけ。えっと……」
私はざっと計算した。
まず、宿代が一泊500テニエル。朝食は50テニエルの店が多い。昼は、はさみパンが大体50テニエルで、ジュースなどを買うと10テニエルほど。夕飯は、おなかが空くので、200テニエル分ほど食べることが多い。
合計すると、一日の支出は約810テニエル。
「うわっ、確かに赤字だ」
「そうだろう。だが、あと300テニエルも稼げばプラスになる。ゴブリン二匹分だ。やってやれないことはないだろう」
「そうだねえ……。でもさ、朝から出かけて昼にお弁当食べるだけじゃ、夕方には疲れてきちゃうんだよ。おやつとか持って行きたいんだけど……この世界にはお菓子ってないの?」
「菓子か……。いや、ないことはないぞ。シンがたまたま、お菓子を売っている店に遭遇しなかっただけだ」
「本当~? パン屋とかにお菓子が売っててもおかしくないじゃん。あんた、私に聞かれるまでお菓子を設定することを忘れてたんでしょ」
ノアタムは決まりの悪そうな顔をしたが、平静を装って答えた。
「いや、シンが見かけなかっただけで、ノアタムアにはちゃんと菓子もあるのだ。
キーヴィーという、糖分の多い海草の実があってな。その実から糖度の高い液体を作ることができる。粉状ではないが、そのメープルシロップのような液体を『砂糖』と日本語訳してもいいだろう」
「キーヴィー……きび……サトウキビのキビ? その名前、今考えた?」
「いいから。それと、この世界の海草は大きな花を付ける。だから地上の花が蜜を作って虫を引き寄せ、受粉の手助けをさせるように、蜜を作る海草もあるのだ。だから、その蜜を集める、小さくて蜂が飛ぶように泳ぐ甲殻類もいる。『水蜂』と言ってな。水蜂は巣に花の蜜をため込むので、この世界には蜂蜜も存在する」
「ミツバチならぬ、ミズバチか……。焦って今、設定を考えたにしては面白いじゃん」
「そういうことを言うな。わしにだって神としての体面があるのだ」
「はいはい。じゃあ、砂糖や蜂蜜があって、小麦粉と米粉……ギームとメーコがあるわけだから、それなりの物を作れるよね。あっでも、クッキーにはバターとか使うけど、油ってある?」
「シンが今まで食べてきた料理には炒め物もあっただろう。ノアタムアにはもちろん、油もある。
地上における油は水より軽く、水に浮くが、ノアタムアの油はノアタムアの木の実からの抽出物で、水より重い。だから瓶に詰めたり、鍋に満たしたりできる。ブリーオの実から作るのが一般的だな」
「ブリーオ……オリーブか……」
「だからそういうことを言うなと言うのに」
「わかったわかった。じゃあ、クッキーみたいな焼き菓子とか、ドーナツみたいな揚げたお菓子もありそうだよね。あとは……クリームの載ったケーキとかは……」
「ノアタムアの油でホイップクリームが作れんとは言わんが、水中で形を維持するのは難しいから、高級品だろうな」
「なるほど。でも、パウンドケーキみたいなのなら作れそうだよね。これでいろんなお菓子に出会えそうだよ! 食べ物屋にもデザートメニューが増えるかも! おなか空いたし、そろそろご飯食べに行こうっと」
増えたのではなく、シンの目に入っていなかっただけだ、などのノアタムの弁明を聞き流しながら、私は飲食店を探した。
私はおいしそうな店に入り、メニューを開く。そこには新しい文字が見られた。
『魚のフライ 50テニエル
魚とエビのフライ 70テニエル
海草フライ盛り合わせ 60テニエル』
メニューの影で私は小声で叫んだ。
「わーっ! フライが増えた!」
「増えたのではない。以前はシンの目に映る日本語訳が、『油を使った調理』はすべて『炒め物』になっていただけだ。その『炒め物』のうち、油を多く使う調理法の日本語訳が『フライ』と具体的になっただけだ」
ノアタムもメニューに隠れながら小声で反論した。
メニューには他にも新たな単語があった。
『木の実の蜂蜜漬け 50テニエル
薄焼き砂糖ギーム 50テニエル
薄焼き砂糖メーコ 50テニエル
四角焼き砂糖ギーム 60テニエル
四角焼き砂糖ギーム(木の実) 70テニエル』
「わあ、デザートだあ!」
私は歓喜の声を上げた。毎日、精神も肉体も使っているので、甘い物に飢えていたのだ。
メニューの横には、ホットケーキやパウンドケーキのような挿絵が描いてあった。
「『薄焼き』ってのがホットケーキで、『四角焼き』ってのがパウンドケーキのこと? で、『砂糖ギーム』が小麦粉に砂糖を混ぜた生地で、『砂糖メーコ』が米粉に砂糖を混ぜた生地って感じ?」
「そう考えるとわかりやすいだろうな」
「なるほど。どれにしようかなあ」
私はしばらく迷った後、30テニエルの海藻サラダと、魚とエビのフライ、60テニエルのギームのスープと、四角焼き砂糖ギーム(木の実)、50テニエルの木の葉のお茶を頼んだ。
フライは、魚の開きにパン粉を付けて揚げた、アジフライに似た形の物と、日本でもよく見るエビフライの形の物が出てきた。ノアタムアにはパンがあるからパン粉があってもおかしくない。さくさくしたパン粉の食感が、魚やエビのおいしさを引き立てる。
四角焼き砂糖ギーム(木の実)は、果物の入ったパウンドケーキに似ていた。砂糖ギームの生地は柔らかく甘味があり、果物には爽やかな酸味があった。一日の疲れが回復する感じがする。
私は満足して夕食を終えた。
たくさん食べたので、金額は合計で280テニエルになったが、この食事をエネルギーにして明日また頑張ろう、と思った。
私は宿に帰り、満たされた気分で眠りについた。




