第三章 03 銀行みたいな施設
03 銀行みたいな施設
洗濯物を乾かす必要はないので、私は部屋に戻り、洗った物を片付けた。それからベッドにもぐって休んでいると、いつの間にか寝ていたようだ。目が覚めた私はトイレに行くついでに廊下の窓から外を覗いた。
「夕ご飯……にはまだ早いかなあ」
日光はやや弱くなりかけといったところだった。夕方の手前の時刻のようだ。トイレから部屋に戻り、ベッドに腰掛ける。
「そうだ、シン、夕飯の前に金を両替しに行かんか?」
ノアタムが隣にやってきて言った。
「明日は魔法屋に行くからそれなりに出費があるし、宿代も食事代も毎日使っている。それに引き換え、魔物はそれほど倒せていないので収入が少ない。手持ちの金が減ってきただろう」
「確かにねえ……」
私は胸元の蓄光石を引っ張り出して眺める。キヴァーヲ一匹とザーコウオ二匹は倒したが、その輝きはまだ銅の色だ。鑑定屋に行っても大したお金がもらえないことはその色でわかる。
「最初に財布から出てきた大金貨と小金貨は手つかずだけど、数千円ぐらいの夕飯に十万円に相当する金貨を出してお釣りくれって言うわけにもいかないし」
10,000テニエルの大金貨と5,000テニエルの小金貨はまだ『人魚の財布』に入っている。だが、がま口の中の銀貨と銅貨はかなり減ってきていた。
「両替ができる所ってあるの?」
「あるとも。『手形屋』と言ってな。通貨を両替したり、所持金を預かったりしてくれる施設がある」
「へえ、銀行みたいな施設があるんだ」
「うむ。ちょっと鞄を探って、手のひらサイズの金属板が入っていそうな袋を出してみろ」
ノアタムがリュックを示すので私はその中を探る。すると確かに、中に固い板が入っているらしい袋が見つかった。
袋を手に取り、中身を取り出す。
出てきたのは、つや消し加工をされた5ミリぐらいの厚みの金色の板だった。そこに黒い手形が押しつけられている。力士の色紙のように広げた手ではなく、指を閉じた状態の右手一つがちょうど収まる大きさの板だった。
「これ誰の手形?」
「お前のだよ」
「え?」
私は自分の右手と金属板の手形を比べてみる。確かに形やしわがぴったり一致した。
「ほんとだ……いつの間にこんな物が」
「大体の人魚は所持している物だからな。特に旅人はこれを持っていないと不便だ。全財産を現金で持ち歩くのは不用心だからな。その手形は通帳のようなアイテムなのだ」
「ほう」
私はその金属板をのぞき込んだり裏返したりしてみた。だが、手の形以外の情報は記されていないようだ。
「残高とかが書いてあるようには見えないけど」
「人魚の目にはな。だが精霊なら読み取れる。その板も精霊が作ったアイテムなのだ」
「へえ、ってことは、『手形屋』も鑑定屋みたいに、精霊がいるんだ」
「うむ。現代の日本には民間企業の銀行がいくつもあるが、この世界で銀行に相当する施設である『手形屋』は国営の施設だ。だから鑑定屋と同じく、各町に一つだけ存在する。
日本人が銀行の窓口で口座の開設を頼み、預金通帳をもらうように、人魚は手形屋の窓口に行ってその金色の板、『手形』をもらう。
『手形』は精霊が作ったアイテムだから、人魚が手を押しつけると手の形が黒く写り、その人魚の個人情報が記録される。手形には金銭の出納データも記録されるので、人魚は手形屋の窓口で、日本の銀行のように、金を預けたり引き出したりできるのだ」
「ふうん、精霊は、ATMが通帳の磁気データを読み取るようなことをやってくれるんだ」
「そう。そして、手形屋は預かった金を融資に使い、利益を得る。
それが個人の人魚に利子として配分されることはないが、人魚が手形に金銭を出し入れするのに手数料はかからない。だから大量の現金を持ち歩くリスクを、無料で回避することができる。
手形屋と利用者、双方にメリットがあるので施設の運営が成り立っている」
ノアタムの説明に、私は少しひっかかった。
「……ん? でも、この蓄光石に貯まる光って、換金できるわけだから、お金のデータが蓄積してくようなもんだよね? だったら、蓄光石に光を溜めたままにしておけば、現金を大量に持ち歩かなくてもいいってことにならない?」
私は蓄光石をつまみ上げてノアタムに尋ねる。
「いい質問だ。
だが、蓄光石と手形には、大きな違いがある。鑑定屋で換金したときのことを思いだしてみろ。『この蓄光石は、あなたの物ですか?』などと聞かれはしなかっただろう」
「あ……」
私はノアタムの言わんとすることを察する。
「そっか、蓄光石って、本人確認をしないんだ」
「そうだ。そもそも蓄光石は、魔物と戦うときに身につけておかねばならん。紛失の可能性はそれなりに高い。だからこまめに鑑定屋に行って換金した方がいいのだ。
蓄光石の色は、蓄積した光が500テニエル未満なら銅色、蓄積が500テニエル以上5,000テニエル未満なら銀色、それ以上なら金色、というざっくりした分類になっているだろう。
5,000テニエル、日本で言う五万円以上はすべて金色だ。
蓄光石の光は精霊が鑑定するので、いくら金額が増えても間違えることはない。だが、遅くとも蓄光石が金色に輝いたら鑑定屋に行く、というのが魔物狩り屋の一般常識だな」
「確かにそんな大金は落としたくないもんねえ。それに金色に光ってたら大金に換金できるってのも一目でわかるし、盗む人もいるかもしんないよね」
「うむ。本人確認をしないとはそういうことだ。
その点、手形はその金属板に本人の情報が記録されている。そして本人が精霊のいる窓口に行かないと金を出し入れできない。だからこうして宿の大荷物の中に置いておいても、盗まれる心配はない。手の形もくっきり写っているし、誰の所有物か人魚にも一目でわかるから、間違うということもない。
だから旅人は現金をあまり持たず、必要な分だけを手形屋からその都度、引き出す者が多いのだ」
「なるほどねー。日本の通帳よりハイテクかも。さすがファンタジーの精霊の力」
私は納得して手形を眺め回す。そして、あることに気づく。
「残高がわからないとこだけがちょっと不便だけと……。
あ! これって私の預金通帳ってことなんだよね。ってことは、いくらかお金が入ってんの?」
「ああ、まあ、ゼロということはない」
「えっいくら!? もしかしてものすごい大金が入ってる!?」
期待した目を向ける私に、ノアタムが言った。
「それほどではない。気になるなら、これから手形屋に行って両替のついでに確認するといい」
「えー……。神の力で一生遊んで暮らせるほどの金額を入れておいてくれればいいのに……。残高が人魚の目ではわからないってことは、どうとでも設定できるってことでしょ? 大金が入ってるって設定にしてよ」
「贅沢を言うな。そんな大金を持たせたら経済的にチートな主人公になってしまうではないか。
その手形には、お前ぐらいの年の者が持っていても不自然でない程度の金額が入っている。この世界に慣れない間は、魔物狩り屋としてまともに稼げんだろうから、ある程度の貯蓄を持たせてやったのだ。それだけでもありがたいと思え」
「……はあい」
実際に魔物狩り屋として稼げていない私はノアタムに反論できず、うなずくしかなかった。
「では、そろそろ支度をして出かけるか。あまり遅くなると手形屋が閉まってしまうからな」
「うん」
私は出かけるためにもう一度服を着て、腰のポーチに手形を入れ、宿を出た。




