第三章 04 手形屋
04 手形屋
部屋でノアタムと話している間に、町は夕焼けに包まれていた。
「手形屋はどこにあるの?」
「重要な施設だから、時計塔や鑑定屋の近くにあるはずだ」
私とノアタムは、まず時計塔に向けて泳ぎだした。しばらく泳ぐと、時計塔が見えてくる。
「手形屋の営業時間は夕の五刻、日本時間で言う夕方の六時までだ。なんとか間に合いそうだな」
時計の針は文字盤の真下より少し右を指していた。五時半ぐらいの位置だろうか。確かに間に合いそうだがギリギリだろう。
時計塔の近くの建物を見ていくと、鑑定屋とは違うが、鑑定屋に似たような建物を見つけた。大きくて頑丈、しかし華美ではない堅固な建物だ。
「うん、銀行って感じだ」
私はうなずく。その印象通り、建物の入口には『手形屋・タヴィデ』と書かれた看板があった。そこを出入りする人魚も見えるので、手形屋はまだ閉まっていないことがわかる。
「では、両替と残高確認をしてくるといい。鑑定屋と同じようにすれば大丈夫だ」
ノアタムはそう言って私の肩に止まった。ここからは黙っているつもりのようだ。
私は手形屋の入口をくぐった。
手形屋の中も鑑定屋と似た雰囲気だった。広間があり、その先にカウンターがある。そこに、椅子に座った人魚と半透明の精霊が二人一組になって窓口の対応をしていることも同じだった。
だが、鑑定屋と違うのは、カウンターがついたてで一定間隔に区切られていることだった。
鑑定屋よりも手形屋の方が個人情報を扱うからか。自分もこれから全財産の確認をするわけだし、会話が隣の窓口の客に丸聞こえにならないように、ついたてがあるのだろう。私はそう推測した。
しかし、それ以外の部分は、鑑定屋とよく似ていた。
制服も鑑定屋の制服のような、真面目で動きやすそうなデザインだった。だがあちらは焦げ茶でこちらは明るめの黄土色なので、見分けは付く。
精霊も人魚と同じ制服を着ていたが、ここの精霊は眼鏡をしていなかった。
広間には『一列になって並び、空いた窓口にお進みください』という看板があった。窓口ごとに『換金』や『蓄光石の制作』などの区別がある鑑定屋と違い、手形屋の窓口はどこに進んでもいいようだ。
鑑定屋も手形屋も、国営の施設だから全体的には似ているが、細部は異なっていた。
私は看板の案内通りに窓口に向かった。若い人魚と、整った顔の精霊が私を出迎える。
「いらっしゃいませ」
受付の人魚が言い、精霊も微笑む。
「ええと、両替と、つ……手形にどれだけお金が入っているか確認したいんですけど」
通帳、と言いかけたが手形と言い直す。
「両替と、残高確認ですね。ご出金はなされますか?」
「あ、うーんと……、とりあえず、いいです」
そもそも手形にいくら入っているかわからない。ここ数日の生活費には、十五万円分の金貨を両替するだけで十分だろう。
「では、お手形とお金のご準備をお願いします」
私はポーチを開き、まず手形をカウンターの上に載せた。
「では、お手形を拝見いたします」
受付の人魚がそう言い、精霊がそこに手を伸ばした。精霊の指先が私の手形に触れる。精霊の全身は半透明だが、指先はそのときだけ、肉感を持って手形に押しつけられた。
『精霊は基本的には映像だけのような状態だが、必要に応じて実体を伴って具現化する。』
魔法でキヴァーヲを倒した後、いろいろ尋ねる私にノアタムはそう答えた。精霊がこうして気合いを入れた分、どこかで魔物が生まれているのかな、と思った。
だが精霊が私の手形に触れている時間はわずかだった。精霊の手は手形から離れ、元の半透明に戻ったようだ。そして精霊は涼しげな女性の声でこう告げた。
「こちらの手形でお客様からお預かりしている金額は……100,000テニエルとなります」
日本円にして百万円だ。私は無言で肩のノアタムに目をやる。そこそこの金を入れてくれたじゃないか。……だが、しばらく魔物退治をしなければすぐに使い切ってしまう額かもしれない。確かに、二十歳ぐらいの年齢なら、不自然ではない程度の貯蓄額といえるかも。そんな思いを込めてノアタムを見たが、ノアタムは黙ってすましているだけだった。
「そうですか、わかりました。あとは両替を……」
私は手形をしまい、金貨を取り出す。なんとかザメの卵を模したという『人魚の財布』に入れた大金貨と小金貨を、カウンターの上に並べる。
「どの貨幣を何枚準備いたしましょうか?」
受付の人魚がそう尋ねる。
「ええと……、じゃあ、銀貨、五枚ぐらい大きいので、あとは小さいのにしてください」
その質問を想定していなかったので、私はとっさに頭を巡らせ、そう答えた。
大銀貨は一枚1,000テニエル。小銀貨は500テニエル。一万円札と五千円札に相当するから、支払いに使えないほど大きな金額ではないが、かさばりすぎない程度の量になるだろう、と思った。
「わかりました。お待ちください」
受付の人魚はカウンターの下を探って手続きを始めた。そういう所も鑑定屋に似ている。
手持ち無沙汰の私は、手形屋の中を眺める。
カウンターの奥を見ると、日本の銀行の窓口の奥のように机や棚が並べられ、人魚達が書類を書いたり何かしらの作業をしたりしていた。一番奥にはやや立派な机があり、管理職らしき年配の人魚が座っていた。よく見ると、彼女の顔には眼鏡がかかっている。
眼鏡を掛けた人魚を見るのは始めてだ。ノアタムが高級品だと言っていたし、銀行の管理職ぐらいの収入があって、老眼が出始める年齢ぐらいの人魚ならば使用する、この世界の眼鏡はそんな立ち位置なのかもしれない。
受付の手続きはまだ終わらなかったので、私はカウンターにいる精霊達を見ていく。ついたてがあるとはいえ、隣の窓口と完全に隔離された空間ではないので、やや高い位置にいる精霊の顔は見えないこともない。だが、自分から見える範囲にいる精霊は皆、女性的な美しい顔立ちをしていた。
ここに男の精霊はいないのか、それとも遠目にはみんな女性に見えるような美人なのか? でも近くにいって顔をのぞき込むのも変だし……などと思っていると、自分の目の前に浮かんでいる精霊と目が合った。さっき残高確認したときに声を聞いたから、この精霊は確実に女性だ。
私の考えをよそに、目の前の精霊は美しい顔で私に微笑んだ。
「あ、どうも」
精霊は穏やかな笑顔で私を見つめている。
「ええと……精霊さんは、なんてお名前ですか」
反応に困ったので、私は鑑定屋の時と同じ質問をした。
「私達、手形屋の精霊は、ティタと呼ばれます。ここはタヴィデの町の鑑定屋なので、私の名前は『タヴィデ・ティタ』となります」
『てがた』だから『ティタ』なのか? とノアタムに聞きたかったが、どうせ今回も答えてはくれないのだろう。
「そうですか、ありがとうございます」
「どういたしまして」
精霊と話している間に、カウンターの上に両替の準備ができたようだ。受付の彼女が説明する。
「では、大金貨一枚と小金貨一枚を、大銀貨五枚と、小銀貨二十枚に交換いたします」
トレイに並べられた銀貨は、結構な量があった。考えてみれば、紙幣でも枚数が増えればそれなりにボリュームが出るのだから、硬貨ならばもっと体積が増えるに決まっているのだ。
少し動揺したが、RPGでただ数値が増減するだけの『しょじきん』とは違い、リアルな異世界の『お金』なのだ、という事実が嬉しくもあった。
「はい、お願いします」
私は金貨と銀貨を両替した。
千円札を四つ折りにしたぐらいの楕円形の大銀貨が五枚と、五百円玉よりやや大きい小銀貨が二十枚。
がま口には入りきらないので、『人魚の財布』の方にも銀貨を入れていく。金属なのでそれなりの重さになるが、そのリアルな重みにテンションが上がることも事実だった。
「他に御用はございませんか?」
銀貨をしまい終えた私に、受付の人魚が尋ねる。
「はい、ありがとうございました」
用事は終わった。忘れ物もないはずだ。私は窓口を離れようとする。
「ありがとうございました。またよろしくお願いします」
受付の人魚と精霊はそう言って頭を下げた。
私は手形屋の出入り口の方向に向かって泳ぎ出す。その方向を向くと、ちょうど壁に掛けられた時計が見えた。針はほぼ真下、夕方六時に近づいている。なんとか営業時間内に手続きを終えられたようだ。
辺りを見回すと、手形屋の中に残っている客は自分だけになっていた。閉店時間が近いし、両替を待っている間に他の客はもう用を済ませて帰ったようだ。
これから宿に戻って手形を片付けて、それから夕食かな、そう考えながら出入り口に向かっていると、鐘の音が聞こえた。
建物の外で鳴っているのは、時計塔の鐘だろう。朝にも聞いた音だ。それから、壁の時計も鳴っていた。そちらを見ると、一本の針はちょうど真下を指していた。
すると、窓口の方がざわつき始めた。振り返ると、椅子に座っていた人魚達が席を立ち、直立の姿勢になった。隣にいた精霊達も、気をつけの姿勢を取っていた。
「夕の五刻となりました。窓口の業務を終了させていただきます」
人魚も精霊もそう言って一礼した。そして精霊は、半透明だった姿が更に薄くなり、消えていく。
「……!」
私はノアタムを見るが、やはり返事はない。
窓口の中の人魚達は、もちろん消えずに残っている。お辞儀を終えた彼女達は、片付けの作業に入ったようだ。
ここにいても、ノアタムと会話はできない。私は急いで手形屋の外へと出た。




