第二章 12 質問(精霊とか魔物とか)
12 質問(精霊とか魔物とか)
ノアタムの説明で、私は魔法や精霊のことがなんとなくわかってきた。
「……あっそうだ、精霊と言えば、鑑定屋で聞きたかったこと思い出した」
鑑定屋を出てノアタムにいろいろ尋ねたとき、質問が多すぎて自分でも忘れていたことを、今思い出した。
「何だ?」
「鑑定屋でさ、受付の人魚は座ってたけど、精霊が隣に浮いてたのは、肉体がないからなんだよね」
半透明で、眼鏡を掛けて、受付に静止している美しい精霊を思い出しながら、私はノアタムに尋ねる。
「うむ。人魚は浮きも沈みもせず静止することはできるが、座っていた方が体は楽なので、生身の人魚は受付で座って仕事をする。だが精霊はどんな姿勢でも肉体の疲労はしないから、受付の人魚の隣に浮いているのだ」
「でも、蓄光石に手をかざして光を吸い取ってたよ? 触ってはいなかったけど、精霊は蓄光石を作ったりもするんでしょ? 他にも薪とか作るって言うし。
精霊に体がなくて何にも触れないんだったら、アイテムを作るなんてできるの?」
「いい質問だ。
精霊は基本的には半透明で、いわば映像だけのような状態だが、必要に応じて、実体を伴って具現化する。アイテムを作る場合などは、精霊が気合いを入れて実体を作り、アイテムに触るわけだ。
もちろんそうやって精神集中する分、精霊のストレスは増えるので、生まれる魔物が増えるわけだが。だから基本的には半透明で過ごしている」
「ふうん、そうするんだ。
じゃあ、魔物は? 魔物と精霊って同じようなものなんだよね?
でも魔物って実体があるじゃん? さっき戦った魔物も半透明じゃなくて、普通の魚と同じような体があったよ。それはなんで?」
「実体がないと人魚に危害を加えられんからな。魔物はずっと肉体を伴って実体化している」
「精霊は半透明で時々実体化するだけなのに、魔物はずっと実体化してて、それでバランスって取れてるの?」
「うむ。精霊は一個体ごとに自我があり、人魚と会話して、要望に応じた行動を行う。最初に設定された能力の範囲内ならば、個々の精霊の裁量で人魚とやりとりを行う。それは複雑な行動だ。
そして精霊は、人魚が指定した時間、例えば朝から晩までなど、ずっと人魚に従わなければならん。
そもそも前にも言ったように、精霊の自我には、『人魚に協力的』という大前提がある。
だから精霊のストレスは、一体でも相当な量なのだよ。町の施設に『精霊』として存在する間は、それは表に出ないがな。
精霊から離れた場所でそれは激しく噴出し、『魔物』として形作られる。
魔物にも個体差はあるが、自我と呼べるほどの物は無い。魔物の思考能力は、戦闘における判断能力ぐらいのものだ。
魔物はただ、人魚に対する強烈な敵意だけを持っている。
だから人魚を見つけたらいつでも攻撃できるように、常に実体化しているのだ」
「……」
昨日も今日も戦った、魔物という存在。
それらは確かに、人魚に対する敵意の塊、とでも言うべき存在だった。
鑑定屋で会話した、穏やかな笑顔の精霊。
あの笑顔の裏に、こんな憎悪が隠されているのか。
いや、隠されているわけではない。精霊と魔物は切り離されているのだ。
だから精霊は人魚と接するときは本当に穏やかで、あの笑顔にも嘘はないのだろう。
だが……。
「魔物を生み出すから魔法、か。あんまり、使わない方がいいのかな……」
私のつぶやきに、ノアタムは答えた。
「シンが魔法を使うことをやめても、ノアタムアの料理は魔法の火や熱で作られているのだぞ。
ノアタムアにおける魔法は、現代日本における電気や水道やガスやガソリンなどと同じだ。人魚の日常生活を便利にする力なのだ。
現代の日本でも、車の免許を持たぬ人間はいる。だが他の人間が車で運搬した物質を利用するから、車の恩恵は受けている。社会の仕組みがそうなっているのだから、一人でそこから離脱するのは難しいし、したところで、社会全体は何も変わらん。
地球は、人間が便利に生活するのと引き換えに、環境破壊などの問題を引き起こしている。
この世界は、人魚が便利に生活するために精霊の力を使い、それと引き換えに魔物が生まれている。
だが、魔物は退治が可能な存在だ。精霊を所持する人魚には多くの税金が課される。それが魔物退治の報酬になっているから、自発的に魔物を倒しに行く人魚が大勢いる。
地球も環境問題の対策に税金を使ったりするが、解決しきれてはいないだろう。
人々の便利さと引き換えに発生する問題の解決、という点で言えば、この世界は地球よりもうまくいっていると思わんかね?」
「……」
私はノアタムの言葉を聞き、黙って辺りを見回す。
深海の木と、草のような海藻によって作られた、深海の林。上空から柔らかな光が降り注ぎ、小さな魚が植物の間を行き来しているのが見える。胸いっぱいに空気、いや海水を吸い込むと、すがすがしい気持ちになる。
深海のノアタムアと、自分の記憶にある地球の光景。比較はしにくいが、ノアタムアの方が、自然環境は破壊されていないような気がする。
現代の日本人が、環境に悪いから電気や水道やガスや車を使うのをやめようと思っても、世界を原始時代に逆戻りさせることはできない。
でもノアタムアは、人魚の世界とはいえ、中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界だ。
近代文明より古い時代の雰囲気があるが、だからといって、現代日本より劣っているとは思えない。それは精霊が便利な力を提供してくれるから、という理由も大きいだろう。
そして便利な力の代償は、魔物という形に具現化し、退治という行動で消滅させることができる。
ノアタムの言うとおり、それは地球よりもよくできたシステムかもしれない。
世界のエネルギーが停滞するより、プラスの精霊とマイナスの魔物という形であっても循環した方がよい、そうもノアタムは言っていた。
それに魔物がいることで、魔物退治で生計を立てる行為が成立する。魔物と戦いながら冒険の旅をする、という行為に憧れを持つ自分のような存在にも、メリットがある。
すべてがうまく収まっている。
「……そうだね。この世界は、これでいいんだ」
私は、この世界の魔法、精霊、魔物の関係について、納得した。
ノアタムは、私がいろいろと腑に落ちた様子を見て、無言でうなずく。
「さて……お弁当も食べ終わったことだし、そろそろまた魔法の練習を始めようかな」
ノアタムと話している間に、食事も全部腹に収まった。
私は瓶詰めのジュースの最後の一口を飲み干し、休憩を終えることにした。




