第二章 09 魔法の練習
09 魔法の練習
私は前傾で泳いでいた姿勢を起こす。海底近くを泳いできたので、海底に直立したのに近い姿勢になる。
「ええと、じゃあ、やっぱり火を出してみたいな! 精神集中して、火よ!って言えばいいの? それとも炎?」
「どちらでも良い。シンが良いと思うやり方でやってみろ」
私はうなずき、両方の手のひらを胸元で向かい合わせる。日本にあるさまざまな創作物で、魔法のようなエネルギー体を、こうやって手元に出している描写をよく見たような気がするからだ。
近づけた手のひらの中に、炎が現れてくることをイメージして……。
「炎……水中で炎ってどうやって燃えるの? 見たことないからわかんないよー! 食べ物屋で厨房をのぞき込んどくんだった!!」
イメージできないので、手のひらの中に炎も現れてこない。
「シン。昨日も言ったが、お前はこのノアタムアで、何度も魔物と戦ってきたのだ。魔法とナイフを使い、魔物を倒しながら一人旅をしてきたのだ。昨日もナイフで魔物を倒せただろう。だから魔法だって使える。『いつもの通りにやれば』いいのだ。シンにはそれができるはずだ」
「……」
ノアタムは真面目な顔でそう言った。魚も真顔をするんだな、と思った。
私はノアタムから目を離し、自分の両手を見つめた。自分も真顔になっていただろう。
海底でも火山が噴火するように、熱を発生させる形で火の魔法は使える、とか昨日ノアタムが言っていた。
だが、かまどで火を燃やすとなると、ビジュアル的に、地上と同じような炎の姿でないと、それが炎だとわからないのではないか。
ならば、ノアタムアで燃える火も、地上と同じような姿なのではないか。
私は火の魔法を使えるのだから、それをこの両手の中に現すことができる。できるはずなのだ。
精神を集中して、世界のエネルギーを借りて、ここに呼び出す。
向かい合わせた両手の中に炎が現れることをイメージしていると、なんだか手のひらが熱くなってきた。イメージが実体を伴って現れてくる、そんな予感がする。
いける。
「炎よ!」
私の声と共に、炎は手の中で具現化した。
それはろうそくが燃えるほどの小さな炎だったが、ろうそくもマッチもない自分の手の中に、確かにともった。
「出た! 出た!」
私は顔を上げ、ノアタムを見る。ノアタムも笑顔でうなずく。
しかしはしゃいだのもつかの間、手の中の炎はすぐに消えてしまった。
「あっ……騒いでたから消えちゃった?」
「集中力が切れた、というのもあるし、そもそも人魚が使う魔法の炎は、あまり長い時間この世界に現れてはいない。
今のは火の魔法の初級レベルだな。中級はもう少し大きい火を、もう少し長い時間、現しておくことができる。
シンは今、魔法の発動のコツをつかんだ、いや、勘を取り戻したのだから、次はもっとうまくできるだろう。中級の火の魔法を習得しているのだからな」
「よし、じゃあもう一回やってみよう。あっでもその前に、水の魔法もやってみたいな。水の魔法は、風が起こるみたいな感じなんだよね」
「うむ。水を動かして流れを作る。人間が『空気の流れ』を『風』と呼ぶように、人魚も『水の流れ』を『風』と呼ぶ。だから水の魔法はノアタムアでは『風の魔法』と呼んだ方がいいだろうな」
「そっか。じゃあ、精神集中して、風よ!って言えばいいんだね。風……風って手の中に起こる?」
私は火の時と同じように手のひらを胸元で合わせようとしたが、疑問が浮かんだのでノアタムに尋ねた。
「魔法は、人魚の精神力で、世界を構成する精霊の力を呼び出すものだ。世界を構成しているのだから、自分の手の中も、自分の頭上も、離れた場所にいる魔物の目の前も、すべて世界の一部だ。だから『その場所に世界のエネルギーが現れる』と精神を集中することさえできれば、どこにだって魔法は発動させることができる。
とはいえ、自分から離れた場所に魔法を発動させるのは難しい。自分の手の届く範囲で精神を集中し、現れた魔法を敵に投げつけるスタイルが一般的だな」
「なるほど」
私は自分の手を見つめ、両手を向き合わせるのをやめた。
どんなやり方だと精神集中しやすいか、具体的に体を動かして考えてみた。
炎は両手の中にともしたが、風は手の中には収まらない。違う場所に発動させよう。だが、離れた場所に魔法を出すのは確かに難しそうだ。手の届く範囲というと、どの辺りがいいだろう。
そもそもどのぐらいの風がどのような形で吹くのだろう。そうだ、人間だって、手を大きく振れば空気が動いて、魔法でなくても風が起こせる。その延長だと考えればいいのか。となると、利き腕にうちわを持って振り下ろすように、自分の右上の辺りから斜め下に向かって風が吹く、というイメージを持てばいいんじゃないのか。
「……よし」
イメージがつかめたので、私はうなずいた。
近くには木々だけでなく、海藻の茂みもあった。地上の草むらのように、何種類もの海藻が生えている。
私はそこへ近づき、精神集中を始めた。
右の手のひらを上に向け、肩よりも高い位置に持って行く。見えない大きなうちわがあることをイメージする。
「風よ!」
私は右手を振り下ろした。
びゅうっ!
大きなうちわを振り下ろしたように、風が起こる。柔らかそうな葉をまっすぐ立てていた海藻が、水流を受けて倒れる。
「やった!」
「うむ、うまいぞ」
ノアタムが近くに泳いできて褒める。
風はすぐに消え去り、倒れた海藻はゆっくりと体を戻し、またまっすぐに立った。
「集中すればもっと強い風を起こせるだろう。今のも初級ぐらいの風の魔法だからな」
「よおし、じゃあ、次はまた火の魔法を……」
どちらの魔法も成功したので気分がいい。私は練習を続けようと思った。
だがそのとき、ざわっとした気配を感じた。




