第二章 08 この世界における魔法
08 この世界における魔法
「さて、シン。昼食の用意もできたし、そろそろ魔物狩りに行くか」
店の中では私の肩の上で静かにしていたノアタムが、店を出たところで泳ぎだし、私に言った。
「うん。昨日ザーコウオと戦ったとこまで行けばいいの?」
これから町の外に出て、魔物と戦うのだ。またドキドキしてきた。
「そこでもいいが、あの辺りには必ず魔物が出るとは限らんだろうな。木々の茂みが小さいのだ。
町の南ではなく南西方面だと、もう少し木々が多いから魔物が出やすいだろう。昨日わしらが立ち寄ったのは藪で、南西方面が林といったところかな」
「じゃ、そこへ行こう。ええと、南西は……」
「太陽があちらにあって今は朝だから、こちらの方向だ」
私とノアタムは町の南西を目指して泳ぎだした。
「今日は魔法を使ってみたいんだけど」
「うむ。ではこの世界の魔法について説明しないといかんな。
シンは、魔法というとどんな物を思い浮かべる?」
「え? ええと、ゲームだとMPを消費して敵を倒す能力だよね。アニメとか漫画でも、呪文を唱えると炎とかが出てきて敵を倒したりとか……」
「そうだな。この世界でも、魔物との戦闘で魔法をそのように使う。
だが、ひっかかるところはないか? 人魚が魔法を使えるなら、精霊の力を込めたランプや薪を使わずに、人魚自身が魔法でそれを行えばいいではないか、と」
そう言われ、泳ぎながら私は考え込む。
「確かに……。ああでも、魔法が使えない人のために、そういう道具が作ってあるんじゃ? 私は光の魔法は習得してないんだし。
……でも、火の魔法は習得してるんだよねえ。じゃあ私だって、その魔法をかまどに放って薪無しで調理したり、魔法の力を固めて薪にしたりできそうなもんだけど……。それってすっごく難しいことなの?」
「その通りだ。シンの魔法はまだまだ未熟だからな……というのは冗談で、人魚は皆、薪を使って料理するのだ」
「え、なんで?」
冗談はスルーして、私はノアタムに尋ねた。
「人魚が魔法を使えるようになるには、精霊に訓練してもらう必要がある。基本的には町の『魔法屋』に通って練習する。
魔法は、火、水(風)、雷、氷、岩などの自然現象を発動させるものや、傷を癒やしたり、汚れを浄化したりするものなど、様々な種類がある。
そして、それぞれの魔法で、初級、中級、上級の区別がある。
初級は、本当に初歩。その魔法が使えるようになった、というレベルだ。魔法を一度も使ったことがない人魚だと、ここを習得するのがまず難しい。
中級は、実際の日常生活で役に立つレベル。魔物と戦うのに使えたり、ある程度の怪我が治せたり、といったところだな。
上級は、専門職レベル。医療関係者は上級の回復魔法を習得し、清掃関係の仕事に就く者は上級の浄化の魔法を習得する。もちろん魔物と戦う場合でも、上級の攻撃魔法が使える者は、優秀な魔物狩り屋として一目置かれる」
「へー。私が習得してるのはどのレベルなの?」
火と水、回復の魔法を習得している設定にはしたが、魔法に級があるとは初耳だ。
「どれも中級だ。シンは無双でチートな主人公とは違うからな」
「えー。一つぐらい上級を設定してくれてもいいのに」
「一つも初級がないだけでもありがたいと思え。大魔法使いになりたければこれから努力すればいいのだ。今後、新しい魔法を覚えてもいいのだしな」
「わかったよ。で、魔法を覚えるってどうやればいいの?」
「魔法屋などの、人魚に魔法を授ける能力を持つ精霊がいる施設に行く。施設は人魚が運営しているので、受付などで使えるようになりたい魔法を申し込み、料金を払う。そして精霊に訓練してもらう。
何も無いところに火や水……海中では風と同義だが……、を起こすのは、人魚が生まれつき持っている力ではない。だからまず、精霊の力を借りて、人魚の体に魔法の発動の仕方を覚えさせるのだ。そして人魚がある程度コツをつかんだら、徐々に精霊の手助けを減らし、人魚自身の精神力で魔法を発動できるようにする」
「ふうん……呪文とかを覚える必要はないの?」
「この世界の魔法には特に呪文はない。気合いを入れるために、『火よ!』とか、『水よ!』とか、発動させるものの名を口にするぐらいだな」
「シンプルだね」
「うむ。呪文ではなく、本人の精神集中が重要だからな。
さて、シン。たとえばRPGで、森に行って戦闘したとする。例えばゴブリンが現れて、主人公が火の魔法で攻撃する。ゲームではよくある光景だ。
しかしその火の魔法は、ゴブリンを焼くだけなのか? ゴブリンの服が燃えたら、それが周りに延焼しないのか? それにゴブリンが火の魔法を避けたら、魔法が近くの木や草に直撃するのではないか?」
私は考え込む。
「え……と……。ゲームだと、物理攻撃は回避されるけど、魔法だと回避されなかったりするよね。魔法は魔物に必ず当たることになってるとか? ……でも、魔法が避けられるゲームもあった気がするし、どっちにしろ、ゴブリンが燃えてたら周りにも燃え移るよねえ……」
「ゲームの戦闘画面をリアルに想像するとそうなるな。それに、敵として現れるのが、魔物と言っても食事や排泄を行う生命体だった場合、倒したらその場に死骸が残らないとおかしい。
けれど普通、ゲームに出てくるモンスターは、プレイヤーが攻撃して倒すと、グラフィックが消滅するだけだろう。
それは、この世界の魔物と似ていると思わんか?」
「確かに……。てことは、魔法も?」
「そうだ。RPGの戦闘画面で魔法を選択すると、火や水などの派手なグラフィックが現れて敵を攻撃するだろう。そしてその映像は、敵にぶつかった後、消える。戦闘画面の背景にダメージを与えたりはしない。
この世界の魔法も、それをイメージするとわかりやすい。
つまり、放たれた魔法は一瞬で消えるのだ」
「……」
私は黙ってノアタムの話を聞く。
「人魚が使う魔法は、『人魚の精神力を使い、精霊の力を借りて、一瞬だけ、その場に世界のエネルギーを呼び出した』状態なのだ。だから人魚の魔法はすぐに消える。
『世界のエネルギーをずっと出現させ続ける』ためには、人魚ではなく精霊の力で、世界に変化を起こしてもらわないといけないのだ。
だから乾葉薪や撤火薪という、『精霊の作ったアイテム』が必要になってくるわけだ」
「ああ! なるほど!」
私はいろいろ腑に落ちた。
「人魚がかまどに魔法の火を放っても、その火はすぐに消えちゃうから、精霊の作った薪がいるんだね」
「そう。そしてアイテムごとに違う精霊が必要になる。精霊が具現化するのも人魚のためにアイテムを作るのも、精霊のストレスになる。だから魔物が生まれる。
それに引き換え、人魚が魔法を使う場合、人魚自身の精神力で精霊の力を一瞬『借りる』だけだから、精霊のストレスはほぼない。だから人魚がどれだけ魔法を使っても、世界に精霊のストレスが蓄積することはない。
だが、人魚が魔法を覚えるときには、精霊の手を煩わせることになる。だから魔物が生まれる。
人魚がその力を得ることで世界に『魔物』を生み出すので、『魔法』という呼び方をするのだ」
私はうなずきながらその話を聞いた。
「そうか、だから『魔法』なんだ。ファンタジーでよく聞く単語すぎて何の違和感も持ってなかったわ」
「この世界では『魔法』の名にはこういう由来がある。そして『魔法』を使うから『魔法使い』だ。魔で導いたりするわけではないので、この世界では『魔導師』などとは言わん」
「ああ、魔導師。中学生ぐらいの魂に刺さる響きだよね。でも導いてないんならそりゃその名前は使えないか」
「そうだな。この世界における魔法は、選ばれた者しか使えない特殊な能力や、禁じられた秘術のような立ち位置ではない。精霊に訓練してもらう必要はあるし、向き不向きはあるが、金を払って何度も練習すれば誰でも習得できる『技術』だ。
日本で例えるなら、勉強して免許や資格を取るようなものだ。
もっとわかりやすく言うなら、普通自動車の運転免許が中級レベルの魔法、その免許を取ってから数年経たないと受験すらできない大型車の免許が上級レベルの魔法、という感じだな。上級の魔法はなかなか習得が難しいから」
「あ、その説明、わかりやすいね。てことは初級レベルの魔法は……」
「うむ。原付の免許のようなものだ。運転免許を何一つ持っていない人間がそれを取る場合、一から交通ルールなどを覚える必要がある。苦手な者はまずそこでつまずく。
だが原付の免許は、普通自動車の運転免許を取れば、同時に取れるだろう。
一度も魔法を使ったことのない人魚はまず魔法を発動させることが難しいから、初級の魔法から習得する。だが、中級の火の魔法を習得している人魚なら、新たに水の魔法を覚えたければ、初級からでなく中級から申し込む者も多い。魔法の発動のコツをつかんでいるからな。そして、中級の魔法を習得すれば、初級の魔法も習得したことになるのだ」
「ああ、なんかイメージできてきたかも。私が三つしか魔法を使えないのも、日本の若者で、免許を何十種類も持ってる人がそうそういないようなものってことだね。三種類なんてノアタムのケチって思ったけど、魔法を免許や資格と考えれば、今はこのぐらいが妥当かあ」
「ケチは余計だ。だが、そういうことだ」
「でも、私は中級の魔法と、初級の魔法も使えるってことだよね。そろそろ、やってみたいなあ」
ノアタムの説明を聞きながら泳ぎ続けたので、私達はすでに町を出ていた。振り返れば町の姿は見えるほどの距離だが、今いる場所には建物も人魚の気配も無く、林のような木々の茂みが広がっていた。
「うむ。この辺りなら練習しても誰の迷惑にもならん。ちょっとやってみるがいい」
「……よし!」
私は気合いを入れ、初めて、魔法を使ってみることにした。




