第二章 06 質問(眼鏡とか精霊とか)
06 質問(眼鏡とか精霊とか)
鑑定屋の外に出て、ひと気の無いところまで泳ぎ、肩のノアタムを振り返る。
「聞きたいこといっぱいあるんだけど!」
ノアタムも私の肩から離れ、私と向き合った。
「うむ。何でも聞くといい」
「えっと、じゃあ……この世界にも眼鏡あんの!?」
「まずそれか。うむ、あるぞ。そもそも眼鏡の歴史は古くてな、地球でも中世ヨーロッパのころには眼鏡は存在したのだ。日本に眼鏡を伝えたのはフランシスコ・ザビエルと言われているな。だから中世ヨーロッパ風ファンタジーの世界に眼鏡があっても全く問題ない……」
「そうじゃなくて! 水の中なのに人魚が眼鏡を掛けるのかってこと! 水中眼鏡みたいにゴムでがっちり止めるならともかく、あんな地上と同じような眼鏡、泳いだら取れちゃわないの?」
「前にも言ったが、地上にも空気の抵抗があるが、人間はそれを意識せず暮らしている。人魚も水の抵抗があることを普段は意識せず暮らしているのだ。だから人魚も眼鏡を掛ける。視力が弱ると生活しづらいからな」
「そうなんだ……」
「とはいえ、現代日本のように量産品がたくさんあるというわけにはいかん。一つ一つオーダーメイドで顔にフィットするように作られている。だから高級品だ。
だが現代日本のように、テレビやパソコン等の電化製品は無い世界だからな。目が悪い人魚はそこまで多くない。
中世ヨーロッパ風の社会で手元ばかり見る行為となると、まず読書が上げられる。俗に『本ばかり読んでいると目が悪くなる』と言うだろう。
だから人魚の世界においても、『眼鏡を掛けている人は頭がいい』というイメージが成立する。
そのため、鑑定屋の精霊は皆、眼鏡を掛けた姿をしている。眼鏡は知性を象徴するアイテムだからな」
「……」
私はノアタムの話を自分の中で咀嚼する。
「えっと……じゃあ、精霊は、目が悪くて眼鏡掛けてるわけじゃないってこと?」
ノアタムの話で更に聞きたいことが増えた。まだいろいろ困惑しているが、私はとりあえず、新たに増えた疑問を口にした。
「うむ。精霊には肉体があるわけではないからな。というか、精霊の説明をまずしなくては。シンが真っ先に眼鏡のことを聞くから」
「だって人魚が眼鏡するなんて思わないよ!」
「興奮するな。
精霊は昨日も説明したように、『世界を構成するエネルギーを、人魚が、人魚の生活に役立つように具現化させた存在』だ。
人魚が国に、『こういう能力を持った精霊が欲しい』と申請し、国から許可をもらうことで精霊は具現化する。
そして申請するのは能力だけではなく、精霊の外見もなのだ。
精霊は人魚のように肉体があるわけではない。基本はあのように半透明で、体重もなく、触れることもできん。だから見た目も人魚が自由に設定できる。公共良俗に反するような姿は国から許可が下りんがな。人魚や、動植物を擬人化、いや擬人魚化した外見が一般的だ。
民間の施設は精霊の外見を売りにして客を呼び込んだりもしている。日本の企業が可愛らしいマスコットキャラを設定して宣伝に使うようなものだ。
鑑定屋は国営の施設だから、精霊のデザインは制服を着た職員と同じ、というお堅いものになっている。だが、鑑定屋の精霊はすべて、眼鏡を掛けた姿に設定されている。眼鏡は知性の象徴だからな」
「……」
私はまたノアタムの話を咀嚼する。
「ええっと……。てことは、精霊は、日本で言うゆるキャラとか萌えキャラとか、そんな存在なわけ?」
浮かんだ疑問を一つずつノアタムに確認する。
「まあ、外見に関してはな。
能力的には、日本の科学文明が行うような行為を精霊が行うので、精霊がいないと施設が成り立たないから、ゆるキャラより重要な存在だが」
「なるほど……。
でも、受付にいた精霊は、コピーしたみたいにおんなじじゃなく、髪型とか顔とか、一人ずつ違ったよ? みんな美人であることは共通だったけど」
「そりゃあ、窓口が複数あるのだから精霊も複数、必要になるだろう。
日本の役所のゆるキャラならば、それぞれの窓口に同じ型のぬいぐるみを飾っておくだけでもいいだろうが、精霊はそうはいかん。作業をするのだからな。
鑑定屋の精霊の場合、『魔物を倒した量を記録するアイテムが欲しい』『そのアイテムの中身を正確に読み取って欲しい』という需要があり、その能力を持った精霊が具現化している。
窓口には人魚の職員もいるが、シンも精霊と会話をしただろう。客の要求は少しずつ異なるからな。精霊が個別に対応できないと不便だ。だから同じ施設にいる精霊は、大体の服装や外見は共通だが、それぞれ別の個体なのだ。だから個体差として、顔つきや髪型を少しずつ変えておくのが一般的だ。持ち主の人魚が精霊にそう指示するのだ。鑑定屋の場合は管理職の人魚だな」
「……指示って……。精霊は人魚に『あなたもっとつり目にしなさい』って言われたら顔ごと変わっちゃうの? 肉体がないからそういうことも可能ってこと?」
「うむ。精霊の申請の書類には、持たせたい能力と、大体の外見デザインを描いて国に提出する。一つの申請で精霊は十名まで所持の許可が下りる。だから提出したデザインとかけ離れていなければ、外見の微修正は可能だ」
「え……。それは、精霊本人が『こういう顔になりたい!』って思うんじゃなく、人魚が精霊に命令して変えさせちゃうわけ? 精霊も普通の人魚と同じように会話できたし、精霊は全部別の個体ってことは、それぞれの精霊に自我があるんでしょ?」
「確かに、精霊にも自我はある。だが、『人魚に協力的』という大前提の元での自我だ。だから人魚が指示すれば、外見を変える程度のことは精霊はすぐに受け入れるはずだ」
「……それじゃあ、精霊って、人魚の道具みたいで、かわいそうじゃない?」
「だからその反動で魔物が生まれるのだよ。シンと会話した精霊も、不満のある顔はしていなかっただろう。
人魚に使役されることで発生する精霊のストレスは、個体の精霊とは切り離された場所に蓄積し、世界の別の場所で魔物として現れてくるのだ。それでバランスは取れている」
私はしばし考え込む。これがこの世界の精霊と魔物の立ち位置ということか。そして魔物を倒すとお金が手に入る。日本で憧れていた、魔物退治で生計を立てる、剣と魔法と冒険のファンタジー異世界が成立している。確かに、これで問題はないのかもしれない……。
私がしばらく黙り込んでいるので、ノアタムが口を開いた。
「それから、精霊がみな美人なのはな、魔物が生まれるというコストを使ってまで精霊を具現化させるのだから、整った外見を設定したいと考えるのが人情だろう。鑑定屋の精霊は地味な方だ。
民間の施設だと、服装からもっとおしゃれにしたり、セクシーにデザインしたりしている」
「え? でも、人魚って女ばかりなんじゃないの?」
私は考え込むのをやめ、ノアタムに尋ねる。これ以上考えても仕方がない。この世界はその仕組みで動いているのだし、自分もこの、剣と魔法と冒険のファンタジー異世界で生きたいと思っている。だから魔物と精霊の立ち位置は、これでいいのだ。
「うむ。だが男の人魚がいないわけではない。それに女の人魚だって、同性のスタイルのいい美人に憧れる場合もある。
だから精霊を男女取りそろえている施設も多いのだ。その精霊に会いたくて店に足を運ぶ、いや泳いでくる人魚が増えれば、店が繁盛するからな。
鑑定屋の精霊だって、一割ぐらいは男の人魚だったはずだぞ。制服が男女で同じだから遠目にはわからんかったかもしれんが」
「え、そうだったんだ。今度行った時はよく見てみよう」
「そうだな。精霊に肉体はないから、男女の差といっても、見た目の胸の大きさや体型が少し変わるだけのことだ。それは髪型や顔つきと同じ、精霊の個体差の範疇だから、精霊の外見に男女差をもうけるのは簡単なのだ。
ちなみにわしも神だから性別はない。繁殖する必要はないし、今のボディである三脚魚も性別が定まっていない魚なのでな」
「あー! 新たな情報をどんどん提示しないで! もー、何聞こうと思ってたかわかんなくなってきたよ。
あっ、えーと、そうだ、人魚の世界にも本があるんだね」
私はとりあえず、『眼鏡は知性の象徴』の辺りで気になっていたことを尋ねた。
「もちろんだ。紙と筆記用具があるのだからな」
「あと何が聞きたかったんだっけ……。いろんな情報が一度に入りすぎてパンクしそうだよ」
私は頭を抱えた。
「今すべてを理解せんでもいいだろう。質問は思い出したらその都度わしにすればいい」
「……それもそうか」
「それより、今日も魔物狩りに行かんか? 魔物狩り屋は普通、街に宿を取り、手荷物だけを持って町の近くの森などに行って魔物を倒し、日暮れごろに町に帰る、という生活をしている。シンもそうしたらどうだ」
「あ、行きたい行きたい! 今日は魔法を使ってみたいなあ。使い方教えてよ。昨日はいきなり戦闘になっちゃったもん」
「わかった。だがその前に、準備をしなくてはな。町を出るのだから、弁当が必要だ。魔物狩り屋用にたくさん売っているはずだから、探してみるといい」
「お弁当持って魔物狩りかあ。なんか、遠足みたい」
「楽しそうだな。良いことだ」
私は町を見回し、飲食店の多そうな方向に泳ぎだした。
「あっそうだ、聞きたいこと一個思い出した! 鑑定屋の精霊、『かんてい』だから『カンティー』なの?」
「……ネーミングに関してはいちいち気にするな」
「質問は思い出したらしろって言ったじゃん」
「すべてに答えるとは言っとらん」
私とノアタムはそう言い合いながら町の中を泳いでいった。




