第二章 05 初めての鑑定屋と初めての精霊
05 初めての鑑定屋と初めての精霊
ノアタムのひれが示す先には大きくて立派な建物があった。だが華美ではなく、かっちりした頑丈な建物だった。
「なんか、区役所とかそんな感じ」
「その印象は間違っておらんぞ。鑑定屋は国営の施設だからな」
入口は一階にあるので、私達は文字盤前から下降する。『鑑定屋・タヴィデ』という看板があった。
「これからシンは初めて精霊を見るわけだが、いろいろ驚くことも多いだろう。だが、あまり鑑定屋内でわしとしゃべるわけにもいかん。質問は後でまとめて聞こう」
「うん。でも、蓄光石の換金ってどうやればいいの?」
私はタンクトップの胸元から銅色に光っている蓄光石を引っ張り出す。今からこの光をお金に換えるのだ。
「鑑定屋の中はわかりやすい作りになっているから大丈夫だ。今は開店したばかりだし、他の魔物狩り屋も換金に来ているから、彼女達のやり方を見て真似するといい」
ノアタムの言うとおり、何人もの人魚が鑑定屋の入口をくぐっていた。剣を腰に付けた筋肉質な人魚や、知的な魔法使い風の人魚などだ。
私はノアタムを肩に乗せ、鑑定屋の中に入った。
入口の先には広間があり、真正面に看板があった。
『換金の方は一列になって並び、空いた窓口にお進みください』と書かれている。
その説明通り、広間の先には窓口があった。カウンターがあり、天井から案内板がぶら下がっている。半分以上は『換金』で、後は『蓄光石の制作』『その他ご相談』となっていた。
中世ヨーロッパ風ファンタジー異世界のはずなのに、ずいぶんと現代の日本っぽい。だが、確かにわかりやすい。
それよりも私を驚かせたのは、そこにいる存在だった。
カウンターから上半身が見えているのは、椅子に座った受付の人魚だろう。下半身は見えないが、宿や店の受付もあんな感じで座っているので、そろそろ見慣れてきた。
受付に座っている人魚は全員、茶色っぽく装飾の少ないかっちりした服を着ていた。カウンターの奥で書類を書いたり棚を行き来している人魚も同じ服なので、これが鑑定屋の制服なのだろう。国営施設の職員、といった雰囲気だ。
これも、ウェイトレス服やコック服の人魚を見ているので、予想外の光景とまではいかなかった。
私が目を見張ったのは、受付の人魚の隣にいる存在だった。
これが人間社会の役所の窓口なら、宙に浮いた存在がいる!と叫んでしまうことだろう。
その存在は宙に浮いているように見えるが、人魚は水中で静止すると誰でもそういう風に見えるので、そこに驚きは無かった。
その存在は、全体に茶色っぽかった。服がという意味ではない。確かに服は皆と同じ鑑定屋の制服を着ているが、顔も髪も全体的に茶色だった。鑑定屋の制服を着た人魚を写真に撮り、セピア調に印刷したようなカラーリングだった。
そして、半透明だった。
普通の人魚とは違う。だからこれが『精霊』なのだろう。
だがそれらを上回る一番の驚きがあった。
その人魚姿の精霊は、眼鏡を掛けていたのだ。
「……!」
人魚が眼鏡を掛けられるのか? 水中なのに? それとも精霊だから特別に掛けているだけなのか!?
私はそんな気持ちを込めてノアタムを見たが、ノアタムは表情を変えずにうなずくだけだった。鑑定屋内ではしゃべらないつもりのようだ。
ノアタムが顎で、あそこにおとなしく並べ、と示す。
カウンターの手前に、人魚達が一列になって並んでいる。換金の窓口の順番待ちの列だ。
私も驚きを隠しつつ、とりあえず最後尾に並ぶ。静かに待っていると、列の先頭から、一人、または数人のグループずつ、換金の空いた窓口に進んでいくのがわかる。日本のスーパーのレジ待ちの列のようだ。
列は順調に進んでいき、私は先頭になった。私も他の人魚達と同じように、空いた窓口に向かう。
窓口には先ほど遠巻きに見た通り、椅子に座った人魚と、宙に浮いた眼鏡の精霊がいた。
「いらっしゃいませ」
座った受付の人魚が微笑む。私は他の人魚が窓口でしているように、首に掛けた蓄光石をカウンターの上に置いた。
その蓄光石を見て、精霊が口を開く。
「では、鑑定いたします。こちらの蓄光石に蓄積された功績は……50テニエルとなります」
精霊は知的で落ち着いた声でそう告げた。精霊は半透明だが、声は普通の人魚と同じように響いた。
「精霊の鑑定にお間違いはございませんか? でしたら、お金を準備いたします」
受付の人魚に言われ、私はうなずく。日本円にして五百円だが、ザーコウオは雑魚の魔物だから、妥当な値段かもしれない。
受付の人魚はカウンターの下に手を伸ばした。そこに金庫か何かあるのだろう。
彼女が作業している間、窓口は沈黙に包まれた。精霊を見ると、穏やかな表情でじっとたたずんでいる。そして私の視線に気づき、私に微笑みかけた。
「あ、あの」
私はその無言の時間に耐えられず、口を開いた。
「何でしょう?」
精霊は穏やかな笑みで私に尋ねる。
「ええと……精霊さんは、なんてお名前ですか」
とにかく何か話さなくてはと思い、今考えた質問を口にする。
「私達、鑑定屋の精霊は、カンティーと呼ばれます。ここはタヴィデの町の鑑定屋なので、私の名前は『タヴィデ・カンティー』となります」
『かんてい』だから『カンティー』なのか? とノアタムに聞きたかったが、ここで話しかけるわけにはいかない。
鑑定屋の精霊、タヴィデ・カンティーは穏やかに微笑んで私を見つめている。何か返事をしなくては。
「そうですか……どうも……」
「どういたしまして」
私がしどろもどろに精霊と会話している間に、受付の彼女の作業が終わったようだ。カウンターの上にトレイが置かれた。
「では、こちらの蓄光石の光を、これだけのお金と交換いたします。ご確認ください」
受付の彼女に言われ、私は気を取り直してトレイを確認する。
トレイの上には10テニエル銅貨が五枚乗っていた。
わずかな金額とはいえ、ノアタムに用意されたお金ではなく、自分で魔物を倒して稼いだお金。
私は誇らしい気持ちでうなずいた。
「では、光を吸い取らせていただきます」
精霊が言い、蓄光石に手をかざした。銅色に輝いていた蓄光石の光が精霊の手に吸い取られ、黒色に戻っていく。
私はお金を財布にしまい、蓄光石を首にかけ直した。
「またよろしくお願いします」
受付の人魚と精霊がそろって頭を下げた。これで手続きは終了のようだ。私は窓口を離れた。
私は、いつもこうやって換金してます、今日が初めてじゃありません、という顔で鑑定屋の出口に向かった。




