第二章 04 朝の時計塔
04 朝の時計塔
町はさっきより出歩いている、いや出泳いでいる人魚が多くなっていた。開店する店も増えてきたようだ。
太陽も少し高い位置に上がり、朝日、という感じではなくなってきた。
ここは海の底なので頭上を見上げても雲があるということはないが、あまり上の方までは見通せなかった。水中なので、縦方向でも横方向でも、距離が遠くなると視界がぼんやりしてくるようだ。
だから空を見上げても、太陽が目に入ってまぶしい!と思うほどではない。日本で、薄曇りの日に雲の向こうの太陽が透けて見える、ぐらいのまぶしさだった。
だが今、自分の目に映っている上空は、曇り空という印象ではなかった。遠くの視界はぼんやりしているが、そこを通ってくるノアタムアの太陽の光は、浅く綺麗な海中から地上の太陽を仰ぎ見た、そんなすっきりした明るさを持っていた。
上空の遠くの様子ははっきり見えないが、地上で鳥が飛ぶように、魚の影が揺らめいているのはわかる。
のどかで爽やかな一日の始まり、という雰囲気だった。
私はノアタムと時計塔を目指しながら、辺りを見回してゆっくり泳いでいた。すると、進行方向から鐘の音が聞こえた。
「あれは、時計塔が鳴ったってこと?」
「うむ。時計塔は朝の七刻と夕の五刻の一日二回、日本で言う午前九時と午後六時に鐘を鳴らす。町の活動時間の始まりと終わりの目安と言ったところだな。鑑定屋の営業時間もその時間帯だ」
「ふうん。昨日の夕方、鐘の音なんて聞いたかなあ」
「シンが寝たのが夕の五刻の前だったか、トイレにこもっていて聞きそびれたかだな」
「ああ、そうかもね」
そう話しているうちに、私達は時計塔の手前まで来た。私はポーチから目覚まし時計を取り出す。
「もっと文字盤の近くに行ったらどうだ」
ノアタムがそう言って上昇を始める。
「あ、そうか」
私達は宿の一階を出てから、その高さでここまで泳いできた。だが人間は地面から塔を見上げるしかないが、人魚は文字盤と同じ高さまで泳いでいけるのだ。この位置からでも文字盤は見えるが、せっかくなので文字盤の真正面まで泳ぐ。
「『塔』っていってもそれほど高くないんだね。もっと高ければ町のどこからでも時計塔があるってわかるんじゃない?」
時計塔は四階建てのビルぐらいの高さだった。町の他の建物よりは高いが、少し離れると見失ってしまう。
「高い塔を建てるには建築技術が要るからな。人魚は人間ほど上り下りの苦労は無いが、縦長の建物にはそれなりの強度が必要だ。町の建造物としてはこのぐらいが妥当だろう」
「なるほどねえ」
私は文字盤の前にたどり着いた。文字盤の真上には鐘が設置されていた。
時計塔の文字盤も、手に持っている目覚まし時計の文字盤も、日本語訳されているのでアラビア数字が私の目に映っている。
時計塔の針は今、ほぼ270度を指している。日本の朝九時の時計を短針だけにした状態だ。だがノアタムアの時計では、針が指しているのは『7』の数字だ。これをこの世界では『朝の七刻』と呼ぶわけだ。
さっき鐘が鳴ったばかりとはいえ、自分の身長ぐらいの大きな文字盤でよく見ると、270度から上に少しずつ針が動いているのが見える。止まっているように見える短針も、よく見れば動いていることに改めて気づき、私は感心する。
私は目覚まし時計の時刻合わせをし、動力のネジを巻いた。これで、あとは毎日ネジを巻けば時計が動き続けるはずだ。
「できた。じゃあ、次は鑑定屋だけど……」
私は時計をポーチにしまい、辺りを見回す。
「うむ。あそこだな」
ノアタムが時計塔の近くの建物を指さした、いや、ひれで示した。




