第一章 10 初めての町の中
10 初めての町の中
「いろんな人魚がいるねー」
私達はもう町の手前まで来ていた。他の町から来たのであろう、大きな荷物を背負った人魚だけでなく、町の住人らしき軽装の人魚が町の中を泳いでいる様子もよく見えるようになってきた。
町にいる人魚達は、スリムだったりふくよかだったり、若かったり老人だったりした。また、背が高い、というか体が長いというべきか、長身の人魚がおり、小柄な人魚もいた。
「……人魚って、みんな水泳選手みたいに痩せてるのかと思ったけど、いろんな体型の人がいるんだね」
他の人魚達の背格好は判別できる距離だが、小声で会話すれば聞こえないだろう、ぐらいの距離だったので、私はノアタムに話しかけた。
「それはそうだ。絵画に描かれる人魚は若く美しい者が多いが、年齢や体型が様々なのは人間と同じだ」
「でも、毎日泳いでるわけだから、みんな痩せてるのかなって思ったよ」
「人魚だって、地上に人間という存在がいると知ったら、『浮力の無い水の上で生活しているのだから、人間はみんな筋肉質に違いない』と思うだろうな。だが人間だって誰もが陸上選手のような体型では無いだろう。ノアタムアは地上とは交流を持たないから人魚が人間を想像することも無いだろうが」
「ああ、確かにそうだね。でも、女の人ばっかりではあるのかな?」
人魚は基本的に女ばかりだと、最初にノアタムが言っていた。
「うむ。人魚は生まれたときは女なのでな、成長してもそのままの性別でいる者が多いのだ」
「ふうん」
そう話しているうちに、私達は町にたどり着いた。境界線が無くても、建物がある場所はもう町と呼んでいいだろう。
ずっと遠くから眺めていた、木と漆喰でできた建物が今は隣にある。さっき聞いたように、出入り口は建物の二階部分にあり、窓には鉄格子がはまっていた。
「看板も日本語訳されてるんだ」
私は小声でつぶやく。その建物には、『軽食・ドリンク』と日本語で書かれた看板があったのだ。
「そうでないとシンは読めんだろう」
「そうだけど……」
私は近くの建物を見渡す。『喫茶』『カフェ』などと書かれた看板がいくつも目に入る。
「なんか、異世界に来たって感じがしない……」
看板だけを見れば、まるで日本だ。いや、日本ですら、おしゃれに横文字で『CAFE』とか書いてあったりするのに。
「わかりやすいのが一番だ」
「そうだけどさあ……。あ、でも、ドリンクって、何を飲むの?」
「シーズ水に海藻のエキスなどで味を付けたものだ。人魚は呼吸すれば水分を摂取したことになるが、甘い液体や酸味のある液体を口にすると疲れが取れるからな。人間がアロマテラピーでリラックスするのに近い。町の外周はドリンクと軽食を出す店が多いのだ。町の外からやってきた者は疲れていることが多いからな」
「なるほどねえ」
私は納得して歩みを進めた、いや、泳ぎを進めた。
看板はすべて日本語だが、建物は中世ヨーロッパ風で、しかも出入り口や窓が人間の町とは違う。建物の間を行き来する人魚も間近に見られる。やっぱり人間の日本の町とは違うのだ、という気分になってきた。
「あ、あれ!」
視界の端に映った看板が気になり、私は泳ぎ止まる。もう一度看板をよく読むと、やはり、『各種武器・取り扱っております』という文字がそこにあった。
「武器屋だ! 入ってみていい?」
日本でも海外旅行でも、まず見られないであろう、『武器屋』。それが町に普通にあるのだ。やはりここは異世界なのだ。テンションが上がってきた。
「かまわんぞ。では、わしは店内では黙っていよう」
「あ、でも、お店に魚を連れて入っていいの?」
人魚が魚を連れ歩くのは人間が手乗り文鳥を連れ歩くようなもの、とさっきノアタムは言ったが、日本ではペット連れの入店が禁止な店は多かったはずだ。
「わしのモデルとなった三脚魚はプランクトンを食べるおとなしい魚だ。静かにお前の肩に乗っていれば見とがめられることは無いだろう」
ノアタムはそう言って私の肩にとまった。
私は安心して『武器屋』に向かって泳ぎ出す。人魚の町は、人間の町と違って地面に道が必要なわけではない。だが、自分が今いる場所は、道のような空間をはさんで何軒かの店が向かい合うように並んでいた。店舗は同じ方向に入口と看板を向けて並んでいた方が、客の入りがいいからだろう。ノアタムに尋ねなくても私はそう推測した。
飲食店の看板が並ぶ通りの角に、『各種武器・取り扱っております』の看板はあった。二階建てで、入口は二階にあった。観音開きの扉が開け放たれており、私はその入口をくぐった。
「いらっしゃい」
店内は十畳ぐらいの大きさで、入口近くにカウンターがあり、中年のたくましそうな女性が座っていた。パッと見は上半身しか見えないので、普通に人間が座っているように見える。だが人間が歩いて店に入るのと違って、自分は泳ぎながら入口をくぐっている。だから視点が天井近くの高い位置にあった。そこから覗くと、カウンターの下に、椅子に腰掛けた人魚の下半身があるのがちゃんと見えた。
「あ、お邪魔します」
私は返事をし、店内を見回す。他に客はいなかった。
店の壁には、ブロードソードや槍などの大型の武器が掲げられ、棚には小型のナイフや斧などが並べられていた。
武器屋だ! いかにもな武器屋だ!
私のテンションは上がる。だが私だって腰にナイフを下げている『魔物狩り屋』だし、さっき実際にこのナイフで戦ったのだ。武器屋に初めて来たかのような表情を見せると不審がられるかもしれない。興奮を抑えながら私は店内を見て回った。
やっぱり剣はファンタジーのロマンだなあ、でもこれだけ長いとちょっと重そうかも、ナイフも装飾が付いて綺麗なのが多いし、ナイフを極めるのもいいかなあ……。そう思っていると、店主に声を掛けられた。
「よく懐いてるねえ。肩の上でじっとして」
「あっ、えっ、はい、そうなんです」
私は振り返る。店主は笑顔で私の肩のノアタムを見つめていた。
「かわいいねえ。なんて名前?」
「ノアタムです」
答えてから私は、あ、と思った。ノアタムはこの世界の神だ。世界名がノアタムアなのだから、神の名前だって人魚達はみんな知っているだろう。せっかくノアタムが黙っているのに、ノアタムの正体をあっさりばらしてしまってどうするんだ。
「あら、神様の名前をもらったのー。いいねえ、ノアタムちゃん」
店主はノアタムに微笑んだ。
どうやら、ペットに神様の名前を付けたと思われたようだ。この世界ではそれが珍しいことではないのだろう。文鳥にマリアちゃんと名付けるようなものか。いや、マリアは神様ではないけど。
緊張が解けてノアタムを見ると、ノアタムと目が合った。うまく切り抜けたな、とでも言いたそうだ。
そのとき、私はあるものを感じた。
「あ、すいません、ありがとうございました」
私は店主にそう言って店を出た。「またどうぞ」の声を後に、私は店から離れた場所に泳いでいく。
「どうした」
店を出たのでノアタムが口を開く。
私は近くに他の人魚がいないことを確認してから、ノアタムに尋ねた。
「ねえ、トイレってどこ?」




