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119 立藤の事

 三月五日になり、在仁(ありひと)は二十一歳となった。思い返せば十八歳でこの奥州へやってきて、三年の月日が経とうと言うのだ。三年間という期間は、在仁が(あざみ)の元で地獄を見ていた期間と同じ長さ。それを意識すると随分あっという間に思えた。

 「あの三年間は一生分のように長く感じられましたが、何故でございましょうか、こちらで過ごさせていただく月日はとても短く思われます。」

誰に言うともなく空を見上げると、足元で白蓮(びゃくれん)が尻尾を遊ばせた。

 「これから、三年間よりももっとずーっと長い時間を、一緒に生きていくのよ。」

どこから聞いていたのか茉莉(まつり)がやってきて言った。

 「そうだね。」

在仁が茉莉に手を出すと、茉莉が嬉しそうに掴んだ。そして藤原家の門扉を後にした。

 忙しい智衡(ともひら)から、在仁の誕生日に少し寄って欲しいと呼び出しがあったのは茉莉の誕生日だった。何かあったのかと思ったが、誕生日プレゼントがあると補足されたので安心して出かけることにした。藤原家から徒歩圏内にある奥州藤原本家は、少し歩けばすぐに着く。療養中の在仁がリハビリがてら通う程度の距離だ。二人で手を繋いで歩くには短すぎるその距離を、二人は少し惜しむように歩いた。

 三月初頭はまだ真冬並みの寒さだ。茉莉は近いとは言えしっかりと着て来たコートの襟を寄せて息を吐くと、息は白いわたあめのように見えた。それを見た在仁も真似て息を吐いた。在仁は智衡から貰った着物姿だった。初めに貰った段ボールには作務衣の他に着物も入っていたのだが、今まで手をつけていなかった。在仁はとりあえず全て袖を通さないと失礼になるかと思って、あえて智衡に会う時に着ているアピールをしておこうと思って着て来た。茉莉は、着流しにコートを羽織った姿に新鮮さを覚えながら眺めた。在仁の容姿は分類すると、清楚な和風美人系なので、和装もまたよく似合った。さぞ智衡も納得する事だろうという佇まいだった。

 「護衛の和田(わだ)紅葉(もみじ)さんって人も、藤原本家に住むんだもんね。在仁が外出する時は絶対いつも貼りついてるんだよね?」

 「まぁ、この距離だから、住む場所としてはピッタリだよね。俺、行動パターン決まってるから甲斐が無い気がするなぁ。茉莉の送迎の他は(かさね)にいるだけだもん。お父さんに一人でどっか行かないように言われてるし、白蓮だっていつも一緒だし。」

 「俺に戦闘力はない。」

 「知ってるよ、役にたたないクソ猫だって事くらい。」

ただの喋る猫の癖に、と茉莉が見下すように言ったが白蓮は気にした様子もなく歩いていた。

 「そっか、じゃあ私の学校の送迎も、二人っきりじゃないんだね。」

 「そうなるね。俺運転させてもらえるのかな…。」

在仁が大好きな下僕の仕事を肯定してもらえるのだろうかと不安になったが、それを含め始まってみなければ分からないので考えるのはやめた。

話している内にあっと言う間に本家の玄関に到着だ。そこには、得意げな顔で待ち構えていた智衡がいた。

 「やぁ、来たな。」

偉そうな様子を見ると安心すらするようになった在仁は、これが三年弱という月日の成せる技だろうかと思った。

 「こっちだ。ついてこい。」

さすが次期当主だけあって、本家を自分のもののように振舞うのだなと思いつつ在仁はついて歩いた。茉莉も在仁の隣を歩きながら、周囲をキョロキョロと見た。

 「こっち知らない。」

 「茉莉が?」

勝手知ったる風に本家に出入りしている茉莉が、知らないエリアだと言うので在仁は意外に思った。確かにいつも通されるエリアとは反対にあり、しかも途中に警備員が立っていた。前を歩く智衡は振り返らずに言った。

 「そうだろう。俺もここで暮らすようになるまで知らなかった。それだけ、外の人間が入る事のないエリアだと言う事だ。ほら、あそこだ。」

言われて見ると、格子戸があった。智衡が持っていた鍵の束から一本取り出し格子戸を開けると、そこには黒い扉があり、別の鍵を差して開いた。扉は重い音で開き、中からは意外と明るい光が差していた。あまり厳重な扉なので中は牢かと思って身構えてしまった。智衡がすっと中へ入ったので、在仁と茉莉と白蓮もついて入った。

中は広々とした書架だった。古い木と紙の匂い、書籍を守るように湿気と直射日光を避けた構造だが、きちんと光を取り込むように出来ていて、あまり閉塞感のない整然とした場所だった。

 「これは…とても広い上に膨大な書籍量でございますね。」

圧巻、というように見渡すと、智衡が二本の鍵を在仁に差し出した。

 「ここの鍵をやる。これが俺からの誕生日プレゼントだ。在仁からは素晴らしい誕生日プレゼントを貰ったからな。」

 「良いのでございますか?」

びっくりした在仁が恐る恐る鍵を手に取った。茉莉も驚いた顔で見ていた。

智衡は自身の誕生日パーティーで在仁から贈られた清め()にとても感動した。その礼を、と言うのだ。

 「言っておくが、ここの書籍は藤原氏が古くから所有していた貴重なものばかりだ。かつて地龍様が古代鬼を斃して解放した古い書架に有ったものを移転したと聞いている。きっと、在仁の知識欲を満たすものが数多くあるだろう。」

 「…う、嬉しゅうございます。」

本音が零れ落ちるように言うと、智衡は嬉しそうに笑った。

 「そうだろう。今後は好きに出入りしていい。どうせ入り浸るだろうから、スペースは作っておいてやった。ゆっくり過ごせ。」

言われた方を見ると、小さな丸いラグの上に落ち着く一人掛けソファとローテーブルが置いてあった。

 「かわいいスペースね。お兄ちゃんが在仁のためにつくったの?」

 「そうだ。護衛が付く事で行動制限はなくなるが、返って窮屈になるだろう。どうせ息抜きする場所もないのだろうからな、疲れたらここへ来ればいい。もちろん、いつでも好きな時に来るといい。ここは限られた者しか鍵を持っていない。滅多に誰も来ないから安心しろ。」

 「…そこまで御心遣いくださるなんて、恐悦至極にございます。」

感動の表情でお礼を言われて、智衡は少し照れたように顔を背けた。

 「いいか、帰る時には施錠を忘れるなよ。」

 「かしこまりましてございます。」

手の中の二本の鍵を、秘密基地の鍵のように思いながら在仁はわくわくとした気持ちで握りしめた。

それを見ながら、智衡は書架内に防音の結界を張ってから言った。

 「和田家の事だが。」

滅多に人は来ないと言っていたのに防音にするので、在仁と茉莉は秘密の話が始まるのかと思い身構えた。

 「いや、防音は一応だ。まだ婚約の件は公表前だからな。で、和田家の事だが、本当はもっとゆっくりと話を進めていたんだ。ほら、在仁はまだ清めの弟子となって一年だっただろう?逢初も三年は修行していたからな、まさかこんなに早く継承するとは思っていなかったんだ。俺達としても、まぁ早くても三年くらいと見積もっていた。」

 「さようでございましたか。」

知らなかったので、と思ったが、知っていたら三年かけるというのもおかしな話なので複雑な感じがした。

 「和田家は昨年大規模な百鬼の案件が発生した事で被害が甚大で、しかも当主・知将(ともまさ)殿は死にかけた。そのような状況の収束を見ない時期であったから、このタイミングには間に合わないと思えた。こちらとしても無理強いも急かすつもりも無かったのだが、こうして何とか間に合わせてくれたのは、やはり和田家が今混乱の中にあるが故だと思う。」

 「奥州との繋がりが必要でございますか。」

復興には金も人手もかかる。現在まだ混乱から完全に立ち直る事のできていない和田家は、何とか他家に対する体裁だけは保っているが、なかなか厳しい状況なのかも知れない。なにより当主・知将が重体で不在だった事は大きい。その重責をすべて担った義将(よしまさ)が上手くこなせなかったために現在の状況に陥っていると考え、義将が自責の念を抱くのも致し方のない事だった。

 「ああ、御館様としては義将殿が当主継承の折に力になれればと考えての繋がりだったようだが、タイミング悪くこうなってしまった。和田家も一刻も早く支援を必要とする状況故、無理にでも間に合わせたのだろう。義将殿もこんな形となった事は心苦しいと言っていた。」

智衡の誕生日パーティーの時、義将は在仁と話して不安を吐露し涙ぐんでいた。あの時はそのままの意味で受け取っていたが、あの涙にはこの件に対する後ろめたさのようなものが含まれていたのかも知れない。在仁はそれを思い出して、少し憂いを帯びた。

 「さようでございましたか。お兄様、ご迷惑でなければ、俺は一度和田家にお礼に伺いたく存じます。」

後ろ盾になってくれる家門に挨拶にいかない訳にはいかない。それを言うと、智衡は少し考えるように頷いた。

 「ああ、是非。和田家には清めの力も必要だろうから、力になって欲しい。だが、今はまだ時勢が悪い。在仁とジャスミンの婚約と和田家の繋がりを公表し、そしてその上で、俺と(ほまれ)ちゃんの結婚式をする。誉ちゃんは地龍当主の娘だから、披露宴は地龍全家門の規模になる。そこで在仁とジャスミンと和田家の姿を見せつける予定だ。出来るだけ和田家には目立ってもらう必要があるからな、知将殿にもその日ばかりは無理を強いるが元気に振舞ってもらわねばならない。その後になるから、早くても四月の後半か、五月あたりになるだろうな。」

 「分かりました。」

 「私も行く。」

茉莉がぐいっと前に出ると、智衡は優しく笑って茉莉の頭を撫でた。

 「ああ、そうしなさい。今回の後ろ盾の公表に伴って、奥州から東京の復興に力を貸す事になる。在仁とジャスミンが行く頃には落ち着いているはずだ。」

 「俺も、微力ではございますが、地を清めさせていただきたく存じます。」

百鬼の案件で汚された土地の清浄を取り戻すために。在仁が我が事のように心を痛めて言うので、智衡は深く頷いた。

 「きっと喜ぶだろう。」

本来はもっと保険をかけるようなニュアンスの繋がりとして提案していた。けれど、それがこのような形で急遽まとまった事は、双方に都合があった事とは言え円満とは表現し難いものがあった。和田家の苦境を思えば、旧知の幸衡が受け入れる事は当然とは言え、義将の心痛が如何許りかと思うと智衡も苦しく思えた。同じ優れた当主の後を継ぐ者として、智衡は義将に共感する所が大きかった。

その心を在仁が少しでも癒せるのであれば、と思いを託すように智衡は在仁の肩に触れた。


 ◆


 それから、二人と一匹は智衡の案内で書架を後にして、来た道を戻った。初めて行った場所なので、次回から自由に通えるように道を覚えなくては。在仁は屋敷内をキョロキョロと見まわしながら歩いた。

 すると、襖の開いた部屋に沢山の焼き物が並べてあるのが見えた。

――――キンっ

在仁の耳朶を不思議な音が震わせた。何だろうかと思い、つい足を止めてその部屋を見た。

 「在仁、どうしたの?」

急に足を止めるので茉莉が問うと、それに気が付いた智衡はその部屋を見て言った。

 「あれは御館様の資産運用だ。」

 「…はぁ。」

幸衡に骨董収集の趣味はない。おそらくこれから値が上がるのだろうと思い、在仁は納得した。けれど、先程の不思議な音が何なのかはよく分からなかった。

 「どうかしたのか?」

 「いいえ。何か、聞こえたような気が、致しましたのみにございます。おそらく気のせいでございましょう。」

僅かな違和感に似た感覚であったため、既に曖昧となってしまった。言葉にもし難い曖昧でうっすらとしたそれを、在仁はきっと気のせいだろうと思った。それを聞いて智衡は再び先を歩き出した。茉莉は少し首を傾げていたが、在仁自身それ以上は説明のしようがなかったため首を振って歩き出した。足元では白蓮がじっと在仁の様子を見ていた。


 ◆


 家に帰ると、在仁は貰った二本の書架の鍵に藤色の紐を結んで大切に自室の机の上に置いた。

 「よかったね。」

分かり易く嬉しそうな在仁に、茉莉も嬉しくなった。鍵を見つめながら座る在仁の隣に茉莉が座ると、当然のように白蓮が在仁の膝に乗った。茉莉は生意気な態度に僅か苛立ちを覚えるがスルーした。

 「うん。嬉しい。」

素直に言う横顔を見ながら、智衡もなかなか在仁のツボを理解しているなと思った。まさか書架の鍵とは、茉莉では到底思いつかない贈り物だ。在仁は逢初(あいぞめ)から渡される本も面白そうに読んでいる。茉莉もたまに覗き込むが、そもそも読めたものではない。古語だったり、古文書だったりするそれらをさらさらと読む教養が、やはり一般武士教育のレベルを超えていると思う。きっとそもそも武家に生まれた事が間違いなのだろう。文官系の家ならばもっと能力を発揮して、中央の官吏として出世しただろうにと思う。だがそれでは茉莉と出会う事はないので、妄想でも愉快に思えない。茉莉は自分で思っておいて嫌な気持ちになったので、やめた。

 「今夜ね、蘇芳(すおう)とエリカがケーキ持って来るって言ってたよ。」

気持ちを切り替えようとして言うと、在仁は嬉しそうなままで茉莉を見た。

 「そうなの?楽しみだね。俺、蘇芳様も橘藤(きっとう)様もお誕生日にお祝いできなかったのに、何だか申し訳ないな。」

 「じゃあ、今年は当日にお祝いしよ。都合が悪くても、おめでとうくらいは言えるでしょう?」

昨年は蘇芳は自身の誕生日にがっつり仕事を詰め込んでいて、実家を黙らせる完全防衛体制だったので付け入る隙もなかった。エリカの誕生日は京都でのいざこざの渦中で祝えなかった。蘇芳は時期をずらしてささやかなパーティを開いたが、エリカは本当に申し訳程度にしか祝えず終いだった。こうして祝ってもらう以上はきちんと相互に祝いたいと在仁は思った。

 「そうだね。そうしよう。」

もし何か立て込んでいても、メールくらいは送る事が出来るはずだと在仁は忘れないように念頭に置いた。

そうしていると、白蓮が在仁の膝の上で言った。

 「しかし、(あるじ)の慧眼には恐れ入るな。和田家と奥州藤原氏の関係は、だいだい主の想像通りだったではないか。」

智衡から聞いた話では、やはり奥州が和田家をバックアップする正当な立場を得るために結ばれた関係だったという事だった。在仁もそんな感じだろうと思っていたので、だいたい正解だった。それを聞いた茉莉は、また少しの疑問を口にした。

 「でもさぁ、和田家って清和源氏傘下でしょう?あっちに頼れる人いないの?」

それを聞いた白蓮が馬鹿にするように言った。

 「和田は遡れば三浦の家門だ。それに清和源氏の旗の下に集う坂東武者たちは元はだいたい親戚だという見方をすれば全体が大家門とも言える。何かあれば源氏に泣きつくのが本来だろうな。だが考えても見ろ、坂東武者は常に鎬を削っていて、その大家門内での家格競争の激しさは熾烈を極める。和田があるがままの現状を伝えて救援を求めれば、確かに望む救援はあるだろうが、一気に家格を落とし、最終的には龍脈守護の座も龍の爪の席も奪われる事となるだろうな。しかも聞けば当主は重体で不在だったというではないか。その代理が未熟な後継者では、ここぞとばかりに入れ食い状態になりかねん。簡単には救援を要請する事も出来なかったのだろう。」

さすがの頭脳である白蓮が考察を口にすると、茉莉は嫌な顔をした。

 「うわ。つら。」

 「そうだね。その状況で何とかここまでやってきたんだから、義将様はむしろ優れたお人だと俺は思うよ。」

復興は遅れ、和田家門内が揺れているとは言っても、きちんと他家に対する体裁を保ち隙を見せてはいない。それを思えば、義将は十分すぎる程に上手くやっているように思えた。その意見に、辛辣なタイプの白蓮も同意した。

 「まぁ、そうかも知れんな。ただ、和田家門内がまとまっていないという事であれば、奥州からの支援を快く思わない者もいよう。結局どう上手く取り繕ったところで、今回の結びつきが、和田家が奥州の支援を受けるためのものだと思われる事は避けられない。もちろんどう思われようと、奥州との結びつきがあれば和田家に手も口も出せまいが。源氏傘下での立場は少し浮くかもしれんな。」

平常時であればこの結びつきに異を唱える事はなかったろうが、和田が奥州の支援を目的としたように思われれば、和田が奥州に身売りしたと言われる事は避けられないと白蓮は思った。これはまだ和田家門内で一波乱ありそうだと。

そこへ茉莉が純粋かつ単純が故のぶっこみをした。

 「でもでも、去年は北条も豪快にやらかしてるし、その所為で平家が(ひがし)に進出してるし?それを思えば案外大丈夫なんじゃない?」

坂東最大家門である北条はやらかしで家格を落としている。それは鎌倉の新年会の席順を見れば明確に分かった。しかもその穴埋めに平家が乗り出してきた。この事は坂東武者たちにとって大きな屈辱であったはずだ。それを思えば、和田が奥州に泣きついて支援を受けようがどうでも良い事だ。どうせ奥州には唸る程金が有り余っているのだから、ここで和田に恩を売っておくくらい痛くも痒くもないと思うだろう。

 「た…確かに、坂東の家門の目が平家に向いているこのタイミングなら、色々と有耶無耶になりそうだな。」

白蓮はその事を加味する事を失念していたとばかりに意見を変えた。

 「ま、その実がどうであったとしても、和田家が清め人の後ろ盾という立場を得る事は本当の事だから。それで和田家が立て直せるなら、俺も安心するよ。」

 「表向きは清め人を援助できるだけの甲斐性がある家だという事になるからな。実際は火の車かも知れないが、清めがいる以上は表向きの姿が全てだろ。」

 「う〜わ〜、清め人のチート感やば。もう在仁最強じゃん。」

なにがどうでも清め人がいれば全部丸ごと勝ちを得るような言い方なので、在仁はそれは言い過ぎではないかと思った。だが、やりようによってはそうなのだろう。例えば葦鶴(あしたづ)や逢初が自身の利を追求して上手く立ち回れば、没落寸前の家門でも忽ち中央で花開く事になるのだろうなと思った。それだけの発言権と物事を動かす力を持っているのだから。まぁ在仁には出来そうにもないが。

 「俺がよわよわなの茉莉が一番知ってるでしょう?」

刀の才はなく、武士としての志はあれど、戦闘力は後方支援止まりだ。在仁は最強なのはやはり茉莉だと思った。

 「ふふ、よわよわ。可愛い。よわよわな在仁は私が守ってあげるからね。」

茉莉が在仁の頭を撫でると、在仁は嬉しそうに目を閉じた。その様子を見た白蓮は呆れたように在仁の膝で丸くなって眠ってしまった。

 「茉莉、もっとやって。」

 「いいよ。頭撫でられるの好きだもんね。そうだ、在仁は誕生日のプレゼント決めた?」

茉莉と在仁の誕生日プレゼントはお互いの言う事を何でもきくという約束だ。茉莉はプロポーズの権利を取った。在仁はどうするのかと茉莉は訊いた。

頭を撫でられたまま在仁は気持ちよさそうに、考えた。

 「う〜ん…まだ。茉莉に、してもらいたい事、色々あるよぉ。迷うなぁ。」

 「そうなの?いっぱいしてあげるよ。」

 「だめ、今日は一つ。楽しみはとっておかなきゃね。」

 「欲張ったって良いのに、控え目なんだから。」

茉莉は、在仁が望む事ならばこのような機会を設けなくても叶えたいと思う。けれど在仁は特別な日のご褒美的なタイミングでなければ解禁する気がないようだ。

そんな在仁が小出しにしようとしている願いはどんなものなのか、茉莉は想像も及ばない。しばらくそうして、在仁が願いを決めるまで待った。

 「決めた?」

 「…ん。決めた。」

ゆっくりと目を開くと、在仁はうっとりとした視線を茉莉に向けた。

 「茉莉、今夜、俺が眠るまで一緒にいて。」

 「いいよ。ここで、在仁が寝るの見守ってればいい?在仁が私にしてくれるみたいに、とんとんしてあげようか?」

 「うん。茉莉の存在を感じて、眠りたいから、傍にいて欲しいな。」

 「分かった。」

いつも在仁は茉莉の部屋で、茉莉が布団に入ったのを確認してから電気を消して出て行く。今日は逆で、茉莉が在仁を寝かしつけてから寝るのだ。茉莉は初めての事に少しわくわくした。


 ◆


 夜になり、蘇芳とエリカが前触れ通りにケーキを持って来たので、晋衡と仁美と六人と一匹で在仁の誕生日を祝った。

その際に、智衡から書架の鍵を貰った事や、和田家の話などをした。晋衡は、在仁が和田家を訪問する際は一緒に行くと言っていた。在仁は、晋衡と和田親子の親しさを思えば是非同行して欲しいと思った。やはりアウェイなので、紹介者がいた方が安心だ。

色々と想像を膨らませて話していたが、晋衡的には和田家門内は現在落ち着いているように見えると話した。やはり義将は優れた人物のようだと知った。

茉莉はその件に対して終始。和田家からやって来る護衛について懸念している旨を口にしていて、晋衡は茉莉が問題を起こさないか心配していた。

そして婚約と和田を後ろ盾とする件についての公表日はまだ決まっていないが、三月中旬頃までにはまとめるつもりだと言っていたので、智衡の結婚式を控え更に慌ただしくなる事は必至だった。在仁は自身の立場を自覚し気を引き締めていかねばと思った。

 誕生日パーティーだと言うのに堅苦しい話ばかりになってしまった事に気が付いた蘇芳が、少し肩の力を抜くように話題転換した。

 「しかし、茉莉様と在仁が婚約とは、めでたいが感慨深くもあるな。また落ち着いた所で祝わせてくれ。」

 「ありがとうございます。俺も、急な事でございましたので、驚いております。」

婚約と言われたのは二日前の茉莉の誕生日の席だ。在仁は未だにこれは現実か?と疑う。

 「茉莉と葛葉さんが京都から帰ってきてからの流れが怒涛過ぎて、どこから驚いたら良いのかって思うわ。私なんか未だに良く分かっていないわ。」

 「エリカは後から話聞くだけだから余計にそうだよね。いちいち情報更新されててびっくりしてるもんね。まぁ、私もよく分かってないから、大丈夫。」

何が大丈夫なのかと思うが、茉莉が大丈夫と言えばだいたい大丈夫なのでエリカは笑っておいた。

 「でも婚約かぁ、羨ましいわ。」

 「何で?エリカもすればいいじゃない。」

 「蘇芳さんは蘇芳さんの決めた段取りがあるから。」

 「…意味分からないんだけど、蘇芳の予定待ちなの?」

 「そうよ。予定表は大体バレているのだけれど、プロポーズはまだ先なの。」

 「何でバレているんだよ??」

茉莉とエリカの会話を放っておこうと思っていた蘇芳だが、蘇芳の頭の中の人生設計がエリカに掌握されている事が判明したので思わず口を出してしまった。

 「何でかしらね。それより茉莉は?プロポーズしてもらったの?」

しらっとかわすエリカに蘇芳は食い下がりたかったが、話題が変わってしまって言葉を飲み込んだ。その様子に在仁は同情するような目を向けていたが、蘇芳が考えをそのまま口にしてしまう所為だろうと察していた。

 「ううん、私がした!」

 「ええ?茉莉がしたの?まぁ、茉莉らしいっちゃ、らしいけど。」

 「うん。在仁がしたいって言ったけど、私が誕生日特権で勝ち取った!証人もいるよ。ね、白蓮。」

話を振られた白蓮は、在仁の膝の上で迷惑そうに顔を上げた。

 「ああ。謎の儀式を見せられた。」

 「や、プロポーズでございますよ。謎の儀式ではございません。」

おかしいなぁと首を傾げる在仁と茉莉に、二人で何をやってるのだろうかと周囲は笑っていた。


 ◆


 そして夜も就寝時刻となった頃、在仁は布団に入った。その傍らには茉莉がニコニコとして見下ろしていた。

 「在仁、おやすみ。」

 「茉莉、おやすみ。」

言葉を交わして在仁が目を閉じると、茉莉はその顔を長めながら頭を撫でた。こうして在仁の寝顔を見る事はそう珍しい事ではない。病院でも見張っていたし、療養中も見守っていた。案外見慣れた寝顔だけれど、いつ見ていても飽きない。そう言えば仁美も晋衡の寝顔をいつまでも見ていられると言っていた。そういうものなのかも知れないと思いつつ、茉莉は在仁の頭を撫で続けた。そうしていつしか在仁の呼吸が寝息に変わったのを確認してから、茉莉はその頬にそっと口付けてから部屋を後にした。茉莉は在仁の一日の終わりを見届けて部屋を出ると、毎日在仁が茉莉を寝かす事を楽しそうにしている理由が、何となく分かったような気がした。幸福そうな寝顔を見れば、茉莉の心は満たされたから。茉莉が在仁に寝かしつけられた日は特に幸福な眠りを得るように、在仁もきっとそうなのだろうと思えば、茉莉は嬉しくなってほかほかとした気持ちで眠りにつく事ができた。

在仁は二十一歳、茉莉は十七歳、今年は一歩進んで婚約者として歩き始める新たな年となる。

茉莉はその事にときめきと高揚感を抱いた。

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