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118 杜鵑草の事

 月が変わって三月三日となり、恒例の茉莉(まつり)の誕生日パーティーが開かれた。しかしそれは例年とは違い、小さな身内の食事会のようなものだった。智衡(ともひら)は茉莉への愛情表現としてこの誕生日パーティーに心血を注いでおり、思い返して見てもここまで小規模だった事は一度も無かった。

 「ごめんね、ジャスミン。色々忙しくて、ささやかな誕生日になってしまった。」

肩を落とす智衡だが、茉莉は満足そうだ。

 「いいって。むしろ私この方が好きだな。」

本家の比較的小さな部屋に、いつもの雛飾りを置いて、茉莉・智衡・在仁(ありひと)晋衡(くにひら)(ひと)()幸衡(ゆきひら)・あきらの他は、蘇芳(すおう)・エリカ・白蓮(びゃくれん)だけだ。賑やかし役のオーディエンス(酷い)のいない純粋な身内だけの祝いの席。茉莉は智衡による強制召喚で祝ってくれる大人達に申し訳なかったので、これが本来のあるべき形だと思った。

 「そんな奥ゆかしい事を言ってお兄ちゃんを慰めてくれるなんて、なんて優しい子なんだ。やっぱりジャスミンは最高だよ。」

 「や、本音本音。」

茉莉は今後はこの規模でお願いしたかった。

 「(とも)は今年も盛大にやりたがったのだがな。何せ立て込んでいる。故に小規模となってしまった。だが気持ちは例年と変わらぬはずだ。」

幸衡がフォローすると、智衡は仕方なさそうに肩をすくめた。

 「仕方ないですよ。来月は結婚式だし。忙しいんだから気を遣わなくていいのに。」

気心の知れた身内だけで少し豪華な料理を囲む席は、十分過ぎる程に良い誕生日だ。茉莉は満足気に笑った。

その可愛らしい笑みを隣で見ていた、在仁は同意するように微笑んでいた。

二人が「ね〜。」と笑い合うのを見てから、晋衡が口を開いた。

 「あのな、実は、二人にプレゼントがあるんだ。」

二人に。そう言われて茉莉と在仁は晋衡を見た。だが話すのは晋衡ではなく幸衡であるようで、晋衡は幸衡に視線を送った。

 「此度の智衡の結婚に先立って、葛葉(くずのは)と茉莉の婚約を公表しようと思う。」

幸衡が端的に言った。

その言葉の唐突さに、二人は言葉を失ってしばらく呆然としていた。

 「それに伴い、いくつか話しておかなくてはならない事がある。」

二人が「婚約」の意味を理解する時間を待たずに幸衡は話しを続けた。

 「葛葉が清めの弟子となった事で、いずれこの奥州が二人の清めを持つ事になると分かった。当然奥州としては三人中二人を手中に収める事は喜ばしい事だ。これ以上ない程の権威とも言えよう。しかしな、それだけに軋轢を生みやすい。他家から無用な妬みを受ける事は必至である上、清めを取るための争いが水面下で激化する事も危惧された。さすがに我ら奥州とて、全国から敵対され孤立する訳にはいかぬ。」

清め人という存在の価値は大きすぎて、地龍内の家々の均衡を乱してしまう。奥州は現最大勢力と言えど、力を持ち過ぎればそのバランスを崩し返って危うくなる。新年会からこちら、在仁が奥州と強固な繋がりを持っていて、決して他家に渡る事はないと示して来た。その事で今はどの家門も大人しい。しかし、それも長くは続かない。奥州ばかりが多くを独占し続ける事を快く思わない者たちの鬱憤が溜まれば、いずれ爆発しかねない。

 「葛葉と茉莉の婚約が成立すれば、葛葉が今後奥州を離れる可能性はかなり低くなる。そうなれば、今はまだ静観している多くの家門が手を出せなくなるだろう。だがその反面、奥州への敵愾心は増す事になろう。」

現在奥州が持てる力のすべてを使って他家を牽制し、全く手を出せない状況を作り出す事は可能だ。けれどそれは長い目で見れば、逆効果。恨みを買っては後々の禍根となる。

 「そこで、奥州の外の家門から、葛葉の後ろ盾となって貰えるよう動いていたのだ。」

幸衡が、ようやくそこで言葉を切った。

茉莉はその話にただ目を白黒させて一生懸命理解しようとしていたが、在仁は静かな目を幸衡に向けた。

 「…和田家、でございましょうか?」

新年会からこちら、晋衡がわざわざ在仁に和田家を紹介したり引き合わせたりしてきた。その意味が、その時はよく分からなかったが、今の話を聞いて符合した。

茉莉は在仁を見上げた。在仁は茉莉に微笑みかけて頷いてから、もう一度幸衡を見据えた。

 「気が付いていたのか?」

幸衡は察しの良い在仁が、新年会から和田家について何か感じていた事は知っていた。すると、在仁は首を振ってから言った。

 「俺の実家は既に取り潰されております。石川家もまた廃され、家門もございません故、縁故も残っておりません。頼るべき血縁も無く、後ろ盾となる家が無い事は意識しておりました。清め人とならせていただいた事で、俺自身の立場を得たとは言え、奥州を頼る身である事は変わりなき事でございます。今後茉莉様との関係を確かなものへと望む時、やはりそれをお支えくださる御方を得る事は必要な事かと存じます。それを思えば、自ずとお考えが見えて参ります。」

在仁の答えに満足したような幸衡に、ようやく茉莉が口を開いた。

 「え?どういう事?在仁は和田家に養子に行くの?」

ちょっとまだ話に付いて行けないっという表情で訊いたが、聞いていた蘇芳もエリカも同じ顔をしていた。

その質問には智衡が答えた。

 「いや、養子に入っても結婚するための踏み台にしかならないだろう。あからさまに和田家を利用したように見えては逆効果だ。ここは飽くまでも後ろ盾という立場で、今後長きに渡り、在仁の立場を支える家門となってもらう。」

在仁がこのまま奥州で生活し、茉莉と結婚して生きていくとすれば、和田家に養子に入る事は形しか意味がない。生家のない在仁が藤原家に婿養子に入るとすれば、和田家に籍を置くことは腰かけにしかならず、踏み台にしか見えない。それではまるで奥州に下に見られて利用されたようで、今後和田家は侮られてしまう。

 「後ろ盾…とは?」

茉莉が首を傾げると、在仁は困ったように眉を下げた。

 「ううん…後援者っていうのかな…パトロン?えっと、身元保証人かな??俺にとっては、そういう助けてくれる存在って事。」

簡単に説明すると、茉莉は「なるほど?」と分かったような分からないような顔をしていた。

 「もちろん、清め人の後ろ盾という立場は、和田家に大きな利がある。在仁の身がこの奥州にあっても、和田家は清めを手にしたも同然という立場を得る事が出来るからな。利害は一致しているという訳だ。これによって、奥州が清め人を独占しているという構図を崩す事が出来る。他家に文句は言わせない体裁だ。」

智衡先生の解説が終わると、晋衡は在仁に少し申し訳無さそうに言った。

 「在仁に黙って事を進めて申し訳ない。だが、これは繊細で大きな事だ。秘密裡に進めなければならなかった。今後長い繋がりとなる事を考えても奥州にとって害のない家門でなければならないし、また他家を納得させるだけの大きな家である必要もあった。」

 「分かります。清め人の後ろ盾となる家を探しているなどと知れれば、パニックになりましょう。俺は奥州に御迷惑をおかけ致しますは本意ではございません。本来俺自身の事でございますのに、ここまでお膳立てくださいまして、誠に感謝させていただいても足るものではございません。ありがとうございます。」

深く礼をする在仁を見て、茉莉は一応頭を下げてから念押しのように訊いた。

 「それって、在仁にとって良い事なんだよね?」

 「もちろん。これで俺はこの奥州で何の懸念も無く平穏に生きて行けるんだよ。これからは奥州だけでなく、和田家にも御恩をお返ししないといけないね。」

穏やかに謙虚な笑みを向けて来る在仁に、茉莉は深く頷いた。

 「わかった。なら私もそうするね。」

大切な在仁の身を守ってくれる和田家を、茉莉も大切にすると決めた。

そうして、一連の話は理解したと判断できた幸衡が再度口を開いた。

 「それでだ。葛葉と茉莉の婚約と共に、和田家が葛葉の後ろ盾となった事も公表するつもりだ。その証として、和田家から人員が送られてくる事になった。」

 「…人員でございますか?」

政治的な理由で結ばれた関係であるため、目に見える形で和田家の存在を見せつける必要があるのは理解できた。在仁はそれが人材というのはどういう事かと首をひねった。

 「ああ、昨年の京都の一件以来、葛葉に護衛を付けた方が良いという話になってな。」

 「護衛?!私がいるのに??」

茉莉が幸衡の言葉を遮って身を乗り出した。在仁は窘めるように茉莉の肩に触れて、茉莉はおずおずと体を戻した。

 「茉莉がいるのは分かっている。だが、ずっと一緒にいる訳ではないだろう。」

 「そうだけど、同じ清めでも逢初(あいぞめ)さんには護衛なんかいないじゃない。」

貴重で希少で類稀なると自慢している清め人の逢初は自由に行動している。ならば在仁だけ何故?と。

 「逢初の事は…鴎音(おういん)の目的に逢初の生存は絶対である故、危険はないものと考えている。もちろん、清め人としての立場故の行動は逢初も自覚しているはずだ。必要な時は奥州から護衛を付けるようにしている。」

 「ほら、逢初は自分の事を最優先にするから、在仁みたいに自ら危険に突っ込んでいかないだろ?それに奥州内では自由に暮らせるっていうのが売りだし。」

晋衡が付け足すように逢初に護衛は不要と示すと、茉莉はそれもそうかと思った。そして幸衡は話を元に戻した。

 「石川(いしかわ)(あざみ)が葛葉を標的にしている事は去る事ながら、京都での一件で鴎音にとって葛葉が邪魔な存在だと認識されたのではないかと危惧している。もしそうなれば、今後鴎音が積極的に葛葉の排除を優先させてくる可能性があるろう。」

幸衡の説明を聞いた茉莉は戦慄した。鴎音が長年をかけて探し出した特別な災い子である薊を、更に時間をかけて特別な絶対呪物として完成させた。間違いなく薊は呪い人である鴎音にとって最高傑作であったはずだ。それを在仁が壊してしまった。それは鴎音にとって大きな計画の綻びに違いない。この事で、鴎音にとって在仁という存在が排除すべき優先対象となった事は想像に難くない。茉莉は、在仁が京都で死にかけたような事がまた起こるのではないかと思うと、背筋が冷える感覚がした。不安になって隣を見ると、在仁は青い顔をして眉を歪めていた。

 「在仁?痛いの?」

 「…うん、ちょっとね。」

恐い事を考えると痛むと言っていた在仁の胸の傷。茉莉は、在仁が茉莉と同じ嫌な想像をしていたのだろうと思った。「ちょっと」と言いながらも胸を押さえる在仁は苦しみを耐えているようで、不安になった茉莉は背を擦った。

 「大丈夫か?」

急に苦しみだした在仁に皆が心配すると、茉莉が在仁を労わりながら言った。

 「石川薊にやられた胸の傷がまだ痛むみたい。思い出すと…。」

言葉を濁したが、茉莉の言わんとした事は伝わった。蘇芳が立ち上がって水を持って来て在仁の前に置いた。在仁は少し落ち着いて、ゆっくりと水を飲んだ。

 「申し訳ございません、情けない所を、お見せいたしました。」

 「いや、こちらこそ、悪かった。今後は気をつけよう。」

幸衡は何も悪くないので、在仁は申し訳ない気持ちになった。そして在仁が落ち着いたのを見てから幸衡は続けた。

 「そういう訳で、和田家から葛葉専属の護衛として人員が来る事になった。葛葉、多少は窮屈に感じるだろうが、これも後ろ盾となる条件の一つと思って受け入れて欲しい。」

 「わかりました。」

後ろ盾となる条件の一つと言われては、在仁も受け入れざるを得ない。素直に了承すると、茉莉が訝しんだ。

 「それってどんな人ですか?いつ来るんですか?在仁とずっと一緒にいるんですか?二十四時間ですか?」

 「茉莉ちゃん、恐いよ?」

追及の手を緩めない茉莉に、晋衡がやんわり注意をしたが、茉莉はギロっと睨んだだけだった。

その茉莉の態度を見た幸衡は嘆息して言った。

 「葛葉と茉莉の婚約を機にしているのだから、それに波風を立てるような者が来る事はない。和田家とて清めの後ろ盾という立場を手放すつもりは無いのだから、安心しなさい。まだ日にちは決まっていないが今月中には来る予定だ。来るのは、智衡のパーティーで会っただろう?和田(わだ)紅葉(もみじ)殿だ。」

 「女の人じゃん!!」

茉莉が勢いよく立ち上がると、幸衡は少し困ったような色を見せた。

 「紅葉殿は独身主義との事だ。なかなかに腕は立ち、また女性らしい視点で気遣いが出来ればとの事で選ばれたらしい。」

 「独身主義なんて分からないじゃない!それに護衛に、女性視点要る?下僕なの?在仁の何なの、その人!」

茉莉がぎゃんぎゃん言う横で、在仁はパーティーの時に会った紅葉を思い出してみた。女性らしさを廃した男武士のような佇まいに、愛嬌のない機械のような様子だった。独身主義、確かに頷ける。それと同時に、女性武士であそこまで男性的に寄せている人を見た事がなかった。重には女性武士が多くいるが、皆自身が女性である事を否定していないし捨ててもいない。女性であり、武士であるのだ。それを思えば、紅葉は男の武士になりたいタイプなのだろうかと思った。そこに「女性らしい視点で気遣い」などという要求をされる事は不本意ではなかろうか、そんな事をぼんやりと想像していると、隣で茉莉が睨んでいた。

 「在仁も何とか言ってよ!」

 「や…茉莉の場合、男でも嫌がるよね?」

蘇芳と在仁の関係を嫌がる茉莉が、在仁の護衛の性別などどちらでも嫌なのでは?と問うと、茉莉は「たしかに。」と言って座った。

ようやく茉莉が座ったので、幸衡が一応念のため説明した。

 「紅葉殿にはこの藤原本家で生活してもらう。基本的には葛葉が外出時のみ護衛として追従してもらう。護衛という立場だが、離れる必要のない雑用であれば命じて構わない。もちろん、重大隊へ行く時も例外なく連れて歩くように。落ち着かないだろうが、茉莉との逢引にも。」

つまり家の外では常時連れて歩けと言う事だ。それはなかなか落ち着かない。

 「わかりました。」

在仁は素直に了承を示した。元よりここまでしてもらって否定する権利などないように感じた。

 「茉莉も、この件に関して我儘言うなよ。」

晋衡が厳しく言うと、茉莉は不服そうに頷いた。

婚約できる事は喜ばしい。けれど、付随する政治的なアレコレが納得いかない。そんな様子だった。


 ◆


 「だってさぁ、私たち恋愛関係なんだよ?何で婚約するのにこんな回りくどくて面倒くさい事になるの?政略結婚みたいじゃない。」

誕生会が終わり帰宅後、在仁が自室で浄化札や月長石を数えたりしている隣で、べったりと体にくっついて座っている茉莉は憮然として言った。在仁は膝に乗って丸まっている白蓮と隣で張り付いている茉莉に気遣いながら作業しつつ言った。

 「ううん…むしろ、政略的な意味合いが全くないからでは?」

 「なにそれ。」

 「だからさ、結婚っていうのは家門同士が縁戚関係になる事だから、お互いに利がないといけないでしょう。でも俺と茉莉にはそういうのがない。だから、後付けでそれを作っていく作業が要るって事。」

 「なんで?別に利なんかなくてもいいじゃない。」

 「まぁ、そういう場合もあるけどさぁ…俺は全方位から常時狙われてる清め人なんだよ、茉莉。何の利害関係もない恋愛結婚には付け入る隙があり過ぎるよ…。」

在仁が苦笑しているが、茉莉は納得がいかない様子だ。

 「政略結婚だったら付け入る隙がないの?」

 「まぁそうだね。俺を狙っている他家が俺に示せるのって精々、今より良い環境や待遇でしょう?それを俺が既に持っていれば、付け入れないじゃない。」

 「なるほど。でもじゃあ恋愛結婚はどうして付け入る隙があるの?」

 「そりゃあ、恋や愛は目に見えないもん。優劣なんか誰にも判断できないでしょう?どうとでも言える。」

平素在仁が語る理想の世界も全て精神論で目に見えるものなどないというのに、こういう時だけやけに現実主義者のように感情を軽視する発言をするので茉莉は不思議に感じた。

 「政治の話?」

 「そう。政治の話。」

飽くまで客観的に見た一般論であると。「ふぅん。」と煮え切らない返事をする茉莉に、在仁は少したらればを話した。

 「例えば、葛葉家が取り潰されてなくて、石川家家門が残っていたとしてさ。」

 「うん?」

 「それでも、茉莉と俺の婚約はなかなか大変だったと思うよ。」

在仁が現在天涯孤独であるため後ろ盾を探す事になった。けれど、もし実家も家門も残っていたとしても、婚約が易くなる訳ではないと言った。

 「どうして?」

 「石川家は奥州の覇権を求めるアンチ奥州藤原氏だった。その所為で長老会に与していたくらいだ。俺と茉莉じゃあ、ロミオとジュリエットだよ。」

 「わお!まじで?」

 「まじまじ。それに、もし石川家と藤原氏が対立関係でなかったとしても、茉莉と婚約出来るだけの利を葛葉家が提示できるとは思えない。御館様はきっとお許しにならなかったよ。それこそ奥州藤原氏の圧力で家ごと潰されちゃうかも。」

 「…うわ。そうなの?…結婚するのって大変なんだね。」

茉莉は今更になって色々と分かったようで、げんなりした顔をした。それから、茉莉の周りに結婚適齢期を過ぎて独身である者たちを思い浮かべた。その人たちも皆それぞれに何か事情があるのかも知れないと思った。

 「そういうこと。茉莉は『昼』のドラマとかの影響を受けすぎ。地龍の結婚は政略結婚だから。」

 「恋愛結婚もこうやって無理くり政略結婚にしちゃうんだもんね。」

 「よく理解できました。」

在仁の肩に頬を乗せて見上げて来る茉莉の額に、在仁が御褒美のように唇を触れさせてから笑った。茉莉は嬉しそうに頬を摺り寄せた。

それから、在仁が札と石を整理し終えて片付けたのを見てから、茉莉はふと気が付いた事を訊いた。

 「じゃあさ、奥州は、和田家に在仁の後ろ盾をやってもらう事で、他家にいちゃもん付けられずに二人目の清め人を手中に収める事が出来るとして。和田家は、清め人の後ろ盾をやってるっていう箔を得る事が出来るっていう相互関係は、釣り合いがとれてるの?」

茉莉の問いに、在仁が動きを止めた。それから、ゆっくりと茉莉の隣に座り直して言った。

 「なかなか難しい事訊くよね。」

 「そう?」

茉莉はただ思った事を言っただけだ。在仁はそういう純粋なやつが結構恐いと思った。

 「これは、俺の個人的な考えだけど…。」

 「うん、言ってみて。」

 「和田知将様・義将様と御館様とお父さんてかなり仲が良いんじゃないかな。今回の話は、その関係を下敷きにしていると思う。お互いに敵になる心配がないって事は大前提で、その上で有事の際に互いに助け合う表向きの関係を作っておきたかったんじゃないかな。」

 「…ま、今んとこ和田家と奥州藤原氏の間に何の関係もないもんね。助け合う理由もないから、困ってても手出しできないよね。」

個人の関係ならば、困った人に簡単に手を差し伸べる事が出来る。だが家同士ではそれもままならない。

 「そういう事。それで…和田家は龍脈を守護しているし、当主は龍の爪のメンバーで、坂東武者の中では北条に次ぐ程の大きな家門だけど、その実大きな功績も力も持っていないのが事実。この先、知将様が家督をお譲りになれば義将様が御当主様となるでしょう?先日のパーティーの時の様子を拝見しても、結構なプレッシャーなんじゃないかなぁ。御館様とお父さんは、それを応援したかったんじゃないかな?困ったら頼ってっていう…。」

在仁が想像で話すと、茉莉はびっくりした顔をした。

 「ええ?そんなハートフルな理由なの??」

 「ハートフル…うん、まぁ、俺はそういう系の意味じゃないかなぁって思ったよ。」

在仁から見て、義将と晋衡と幸衡の様子はそれくらい親しいものだった。それを聞いた茉莉は、思っていた方向性と違って首をひねった。

 「さっきまでの政治の話は?」

 「それはそれ。だから言ったじゃない。恋愛結婚も政略結婚にしないといけないって。人助けも政治的な利害関係にしないと出来ないの。」

 「なんだそれ〜。変なの〜。」

 「だって、困っている家を助けるなら、ウチも助けてくれ〜って言う家が他にもいっぱい出てきちゃうよ?」

 「…確かに、それは困る。」

 「俺は皆助けたいけど、現実的に考えて無理でしょ。」

現実的に無理だと分かっていても、在仁ならば助けようと奔走する事だろうと茉莉は思った。

 「そか。じゃあ、奥州は和田家を助けたいって事だ?」

 「そうかなって、想像。」

実際助ける必要がある訳ではなく、義将が持つ保険としての関係だとしても、在仁は十分に意味があるように思えた。知将と義将の個人的な縁が和田家に清めの後ろ盾という地位を齎せたという事は、当主と次期当主としての立場を守るのに役立つ。知将や義将を欠いては、その地位も無いとすれば、侮られる事もない。もちろん、全ては在仁の想像であり、事実とは異なるかも知れない。

 「私は在仁の想像が本当だったらいいな。在仁の存在が結んだ縁が、そういう優しいものだったら、嬉しいから。」

 「…そうだね。」

在仁に寄り添う茉莉が、ふんわりと言うと、在仁も同意した。世の中なかなかシビアな事が多い。先の六波羅探題(ろくはらたんだい)の事然り、すべてが上手く回っている訳ではなく、すべての善意が上手く作用している訳もない。誰の悪意も無い事が発端で、とんでもない事が起こる事だってある。けれど、誰かの優しさが優しい世界を作っていったら良いな、と素直に言える心を失わない在仁のままでいて欲しいと、茉莉は思ったのだ。

そんな風に思いながら、穏やかな空気を共有していると、在仁が少し意を決したように口を開いた。

 「あのさぁ、茉莉。俺色々言ったけど、ちょっと納得してない部分もあってさ…。」

幸衡の言葉に対してイエスマンだった在仁が、思う所があるのだと言う顔で茉莉を見た。茉莉は、誰にも言わない本音があったのだろうかと思った。

 「なに?」

 「俺、茉莉との関係について、完全に周りに流されてる。」

 「…うん?」

 「俺、付き合う時だって付き合ってって言ってないし、今回だって勝手に婚約公表するからね〜みたいな事言われて、全部いつの間にか周りが勝手に決めてて、俺の意志確認とか何もない。別に反対する気はないけど、何で皆勝手に決めちゃうの?色々嬉しいけど、俺何もしてないよね。」

 「…まぁ、そうだね。…で?」

確かに、在仁が死にかけて「愛してる」と言った事で清め意志が覚醒した。あの告白で、勝手に身内公認カップルになっていた。

そして今回は、ドタバタの末にどさくさに紛れて清め人継承。その所為で立場をしっかりとさせる必要が出て、流れで婚約となっていた。

状況がそれを必然とさせるとは言え、在仁は全くそれらしいイベントを経ていない。けれど、茉莉は「だから?」と平然と訊いて来る。このまるで気にしていない表情に、在仁は色々な事が気になるのは自分だけなのだろうかと疑問に思った。

 「で?じゃないよ。ちゃんと言わせてよ。」

 「何を?」

 「告白だよ。付き合って、とか…結婚して、とか、俺何も言ってないでしょ。」

 「永劫傍にいるって言ってたじゃない。何、言いたいの?」

 「…言いたいよ。てか言われたくないの?」

永劫と言ったのは寂しくなったからで、別に特別な時ではない。今は人生の大きな節目の話をしているのだ。節目は大切では?と在仁が首を傾げると、茉莉はしばらく目を閉じて考えていた。それから、クワっと目を見開いてからはっきりと言った。

 「うん。私も言いたい。今日私の誕生日だから、私に言わせて。」

 「…なにそれ。別に良いけど。誕生日の権利使ってまで逆プロポーズしたいの?」

今年も二人は、お互いの誕生日には、お互いの言う事をきくという約束をしていた。在仁は、当日の夜になっても何も要求して来ない茉莉が、それをどうするつもりなのかとは思っていた。このまま忘れているようであれば、いつ指摘すれば良いのかと思っていたので、ここへ来て主張したことに安堵と同時に驚いた。

 「したい。在仁はいつも沢山の言葉をくれるけど、私は気持ちをうまく言葉に出来ないもん。ここは私の大好きを証明する絶好のタイミングと見た。」

 「そうなの?分かった、良いよ。茉莉が言って。俺はどっちでも良いから。」

流されている感じが嫌だっただけで、別に蘇芳のような拘りはない。在仁はこれが自分たちの意志による婚姻である事を表したかっただけだ。

 「おっけー。」

 「白蓮、証人をしてください。」

在仁が膝に乗っていた白蓮に言うと、白蓮は面倒くさそうにのそりと起きてテーブルに座った。それを見てから、茉莉は在仁を正面に見据えて、キラキラした笑顔で言った。

 「在仁、大大大大大好き!!結婚してください!!」

 「…俺も、大好きです。生涯添い遂げたく…存じます。」

茉莉のキラッキラでドストレートのプロポーズに、在仁の心が射抜かれた。これから言うよ、というストロークがあって尚これだけときめけるのは、在仁自身凄いなと思った。

 「ちょっと、何敬語に戻ってんの。やり直して。」

 「俺も大好き!結婚したい!」

茉莉に負けないようになけなしの元気を振り絞って言うと、茉莉は満足したように笑った。

 「じゃあキスして。」

 「茉莉、これは結婚式じゃないんだけど。しかも洋式?」

 「え〜、駄目なの?」

 「駄目じゃない。」

よく分からない儀式と化した茉莉のプロポーズに付き合うように、在仁は苦笑してから茉莉の唇に触れるだけのキスをした。それを見届けた白蓮が欠伸をして言った。

 「俺は何の証人をさせられたんだ?」

 「プロポーズだってば。」

 「プロポーズでございますよ。」

それは何故証人が必要なのだろうかと疑問を感じながら、白蓮はその場で丸くなって眠ってしまった。

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