表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍種 ドラゴンシード  作者: 字由奔放
星満ちる世の事
1135/1137

19 真珠の事1

 客室据え付けのアンティークのドレッサーの前に座った(つゆ)が、鏡越しに在仁(ありひと)を見た。

 「まさか紫微星(しびせい)様に髪を結って頂けるなんて、何て光栄なのでございましょう。」

うっとりする露の歓喜に、在仁は優美に微笑んだ。

 「ふふ。喜んで頂けて、俺の方こそ光栄でございます。露様の御髪は美しゅうございますね。」

御姫様みたいな艶やかな黒髪を、在仁は綺麗に編み込んでいく。アニメ映画のプリンセスみたいな可愛らしいハーフアップに、露持参の花の飾りのついたヘアゴムを留めて出来上がりだ。

鏡でヘアスタイルをまじまじと見る露の高揚した顔を眺めている在仁は、くんっとズボンの裾を引っ張られて見下ろした。

 「おや、ましろ様。どうなさいましたか?」

屈んで問う相手は、稔元(としもと)(めぐみ)の娘・ましろだ。在仁が名付けた女の子は、早いものでもう二歳になる。

普段、稔元も恵も在仁の元で働いていて、その間ましろは稔元の実家に預けられているため、在仁もこの旅行で会うまであまり会う機会が無かった。だから仲間内もこの旅行で気が付いたのだが、この子、めちゃくちゃ可愛いのだ。

可愛い、と言っても茉莉(まつり)みたいな美貌って訳ではない。稔元みたいな万民が認めるような派手なイケメンでも無く、かと言って恵みたいな慎ましい地味めの器量良しでも無い。顔のパーツが小さくて、何だか儚げと言うか、守ってあげたくなると言うか、チワワみたいな庇護欲をそそる雰囲気なのだ。見ているだけで守ってあげたくなって、抱きしめてしまいそうになる。

 「ましろ。」

 ましろは「ましろ」と言っただけで、問いに対して意味ある言葉を口にしなかった。だが、その手には水色の玉のついたヘアゴムを持っていた。在仁が手を出すと、ましろはそのヘアゴムを渡した。

 「ましろ様も、御髪を結われますか?」

ましろも結って欲しいのかな?在仁が問うと、ましろはコクンと頷いた。

 「か…可愛い。」

キュンっとして呟いたのは在仁では無く露だった。思わずやられてしまったらしい露は、いそいそと椅子を下りてましろに譲った。

 「どうぞ。こちらにお座りになって。」

既に髪を結い終わった露は、在仁に頭を下げてからましろに席を譲った。

そこへ、稔元がやってきて、そっとましろを抱くと椅子に座らせた。

 「露様、ありがとうございます。すみません、ましろは人見知りで、あまりしゃべらないんです。」

 「さようでございますか。稔元様には似ませんでしたか…。」

歌会界の光る君とまで言われた程に浮名を流した稔元に、まさか「人見知り」なんて要素があるはずがない。赤子の頃は誰に抱かれても泣かなくて、多分稔元似だなと思ったものだが。在仁はましろが父親の悪い遺伝子を継承しなくて良かったなと思った。それがまるっと伝わったのか、稔元が何とも言えない複雑な顔をした。

 「さて、ましろ様。どのような髪型にいたしましょうか?」

色素薄めのさらさらヘアーを梳きながら問うと、ましろは露を見つめた。

 「私とお揃いが良いのかしら?」

露の問いに、ましろはコクンと頷いた。その仕草がもう、可愛いの何のって。

旅行中もましろはとっても大人しかった。いるんだかいないんだか分からないくらい大人しい。凄く人見知りかつ甘えん坊で、恵か稔元にくっついて離れない。ぐずるのも両親にしがみ付いて無言の主張をするので、周囲からしたら本当に大人しい子なのだ。可愛いからって手を出そうにも、警戒心の強い小動物みたいに懐かない。それがまたキュンキュンしてしまう。

そのましろが、今日になって自ら在仁に接触してきたのだから、在仁は堪らないの何のって。

 「では、露様と同じ髪型に致しましょうね。」

 「嬉しいわ。ましろ様とお揃いだなんて、姉妹みたいね。」

隣で笑いかける露に、ましろははにかんだ笑みで頷いた。露は末っ子なのでお姉さんになれた気がして嬉しいのかも知れない。

在仁からしたら、ダブル可愛いであるから心臓が痛いくらいだ。

 「女の子とは、こんなにお可愛らしいのでございますねぇ。」

器用に髪を結いながら言うと、稔元が笑った。

 「みちる様の誕生が、益々待ち遠しいですね。」

 我が子の髪を結う日が来るのだろうか。在仁が想像しながら結い終えると、丁度恵がやって来て大感激。速攻で写真撮影会が始まって、在仁もこういう親になるのだなと思った。

 「皆可愛いねぇ。」

眠そうにやってきた茉莉を見たら、寝起きの髪はぐちゃぐちゃだ。

 「茉莉も座りなよ。髪直すから。」

 「ありがと。」

ふわふわの藤黄(とうおう)色の髪を梳かしながら、みちるの髪はどんな色なんだろう思った。


 ◆


夏の日差しの下を歩く真珠(しんじゅ)君崇(きみたか)は、北海道も夏は暑いのだなと感じつつ汗を拭った。

 「私も結って頂きたかったわ。」

 惜しそうに言う真珠に、君崇は笑った。

 「お願いすれば良かったじゃないか。」

 「出来ないわ。子どもじゃないのだもの。」

露とましろのお揃いヘアスタイルは姉妹みたいにキュートで、一気に皆のアイドルと化した。ちやほやされて恥ずかしくなったのか、ましろは露の後ろに隠れてしまったが、露は懐かれたと感じたのか喜んでいた。

真珠もその可愛らしい様を眺めてキュンキュンしていたのだが、在仁に髪を結って貰うという行為についてはたいへん羨ましいと思った。

野分(のわき)消滅に伴い重責を解かれた在仁は、穏やかな暮らしを得るかと思いきや、妊娠発覚により以前よりも忙しそうだった。仲間たちだって嬉しい知らせだったが、在仁のはしゃぎっぷりに、「嬉しいのは分かるが、落ち着け。」とたいへん冷静になった。何だか在仁らしくもなく、周囲の事は目に入らなくなってワタワタとしていたので、真珠はちょっと放置気味だった。

寂しいけれど、致し方ないと思っていたのだ。

 「でも、最近はちょっとずつ落ち着いて来たんだろ?」

 「そうね。ようやく以前の御師様にお戻りになられた感じね。」

その変な状態も沈静化してきて、やっと元の在仁が戻りつつあった。だが、今度は夏バテだのつわりの肩代わりだのと不調状態に突入。結局またも真珠は放置気味。

こうして北海道旅行の面子に入れて貰えたので、忘れている訳ではないと思うのだが。

 「嫉妬?」

 「そうよ。悪い?」

むっとした顔を向けると、君崇はとろけるような笑みを浮かべた。

 「全然。真珠は葛葉(くずのは)さんが好きだから。」

確かに真珠は在仁の事が大好きだ。もちろん性的な意味ではないから、君崇が肯定的に受け入れているのだ。

 「御師様は私の恩人だもの。」

真珠を救って、ずっと欲しくて堪らなかった愛情を惜しみなく与えてくれる人。敬愛する師であると同時に、崇める仏様のような人であり、理想の家族のような人。

元々自立心の強い真珠だが、在仁には甘えたくなる。だから、子らが羨ましいのだ。

 「葛葉さんはおしゃれの達人みたいな人だからなぁ。最初の頃の真珠のデート服は全部葛葉さんのチョイスだっただろ?あの時は髪も結って貰ったの?」

 「ええ。そうね。あの頃は、髪を結って頂いたし、お洋服も選んでくださったわ。」

でも今は…少し寂しい。在仁は博愛の人だ。特別なのは茉莉たった一人で、あとは遍く愛する人。だから真珠は在仁の特別ではない。唯一の弟子だけれど、特別な存在ではないと思う。だって在仁は困っている人がいたら、真珠だろうが知らない人だろうが、等しく助けるだろうから。真珠のような境遇の人がいたら、真珠と同じように助けるだろう。それが在仁であるから、尊敬する。そうあって欲しいと思うし、正しいと思う。それとこれとは別の気持ちでもって、真珠は在仁を求めているのだ。なんだかとっても甘えたい気分なのだ。

 「ねぇ君崇。私の清め意思、私の誠実は、御師様に認められる事だと言ったら、おかしいかしら。」

 真珠が問うと、君崇は何てことも無い態度で答えた。

 「真珠、それはとっても普通の事だよ。普通過ぎるくらい、当たり前の事だ。」

 何てことも無い態度で、さらりと言った。

 「地龍中の武士が、葛葉さんの承認を求めて必死なんだよ。子どもから大人まで。誰もが葛葉さんに認められたいのさ。」

在仁は地龍にとって標の星だ。戦を通して得た求心力は衰える事を知らない。武士たちは在仁に認められる(つわもの)とならんと日々研鑽を積む。まして、紫微星様の御意向ひとつで家門の存亡が決まる世の中だ。在仁の承認は地龍のヒエラルキーに直結する。清き意味でも、打算的な意味でも、あらゆる角度から在仁の覚えめでたき事を皆が望んでいるのだ。

 「なぁんだ。私はとっても当たり前の事を思っていたのね。」

 言われて見ればその通り。真珠は己の卑しさを感じなくも無かったが、普通と言われてほっとした。子どもに嫉妬するのも、普通の事なのだろう。

 「葛葉さんの肯定には、絶対的な力があるからね。」

正しさも誠実さも定義が無い。視点が変われば反転するようなものであるから、求めるものは手探りだ。けれど、在仁が肯定すれば、それが正解だと確信できる。自信が持てる。それは真珠のみならず、多くの者の共通認識なのだった。

もちろん在仁がそんな大層な役割を否定するのは分かっている。けれど、真珠は在仁に絶大な信頼を置いているのだ。だから認められたいと思うのは、当たり前すぎる気持ちなのだ。

 在仁に認められる誠実な人間であろう、今や真珠の指針はそこにあった。


 ◆


 この北海道旅行に君崇がやってきたのは、北海道にある風穴(ふうけつ)の視察を兼ねての事だった。

龍の木の復活と共に、世は聖性と呪性の共存が始まった。まだまだ未知の状態ながら、日々新しい情報が報告されている。新たな『夜』はひっきりなしに現れ、武士たちは対応に追われているのだ。

君崇は風穴担当責任者として、その状況を軽んじて放置できるはずも無い。各地の風穴の視察を含め、四天と協力して動いているのだ。

 真珠は君崇の仕事に同行する事にした。君崇は真珠に旅行を楽しんで良いと言ったけれど、真珠は将来地龍当主の妻となる身を自覚し、自ら同行して状況を知る事を選んだのだ。

 目的地のひとつである風穴は、北海道らしい大自然の中にあり、広大な大地にぽつんとプレハブみたいな管理小屋が置かれていた。そこに研究者や警備員などの数人が常駐。今日は君崇と真珠が来ると決まっていたので、北海道支局員も含めて少々大人数で出迎えた。

 君崇は担当者の説明を聞いてから、改めて風穴周辺の様子を確かめた。真珠には何も分からないが、君崇の見え過ぎる目ならば何かが分かるのかも知れない。隣を歩く真珠が君崇を観察していると、君崇は気遣ったのか話を向けた。

 「北海道には既に四天分室が稼働している。情報は密に共有されているし、四天からの指示も機能している。今回はそれを確かめて、今後のモデルケースの参考にするつもりだよ。」

 風穴由来の『夜』への対応は、各部隊内に四天の分室を設置すると言う案が最有力だ。今は先んじて数か所に設置が成されて、試運転が始まっている。北海道はその一つ。

 「四天分室設置会議は、まだ揉めているのかしら?」

 「ああ。残念ながら、まったく前に進まないね。」

 あの会議は最初から膠着していて、未だに打開されていない。発案者の南木(なぎ)が業を煮やして先に(かさね)大隊に設置してしまった事で、更に揉めてしまった。奥州に先を越されたのは悔しいが、だからと言って易々と受け入れられない。各地の部隊責任者たちが牽制し合っているので、身動きが取れないのだ。

 「慰霊祭が終わったら話が進むと聞いたわ。もう慰霊祭はとっくに終わったのに、どうしてなのかしら。」

家格順が決まる慰霊祭前に大きな決断は出来ないと、皆が判断を保留にしていた。だが、慰霊祭が終わっても状況は変わらず。

真珠はその膠着に焦れた。四天分室は今後必要な事であるから、プライドとか政治を優先させるべきではないと思うのだ。

 「既に重大隊に設置されている以上、全国への設置は避けられない事は、皆分かってはいるんだよ。最初から葛葉さんの支持がある案件だしね。だから今は構図づくりをしようとしているんだろうね。」

 「構図?」

 「ああ。今のままで設置となれば、四天分室自体が奥州発案で全国配備される訳だから、奥州の手柄だ。設置場所は部隊内だけれど、設置と稼働の主導権は四天側にあって、各部隊は四天の下に置かれる印象になるだろうね。ごねている連中は、それを変えたいんだよ。どうにかして、奥州発案の手柄を有耶無耶にしたい。どうにかして、主導権を部隊側にして、四天分室の権限を最小限にしたい。どうにかして、これ以上は独立機関の侵攻を止めたい。そういう腹なんだろう。」

 既に稼働している場所が問題なく結果を出しているとなれば、これ以上ごねても四天分室設置を避けられないのは明らかだ。だったら、設置を前提として話し合いが成される。今の会議は一見膠着しているが、構図を作り変えるための駆け引きの場となっているのだ。

 「馬鹿々々しいわ。」

 呆れた真珠の素直なリアクションに、君崇は肩を竦めた。

 「けれど、これが今の地龍の社会だ。各家門は地位を守る為に必死だ。それは一見醜く愚かな争いだろうが、家門の中には懸命に生きる民がいる。家門を守る事は、民を守る事だ。政治は私欲のゲームじゃない。地龍組織をより強く、より良くするための、競争なんだよ。」

 「だとしても、四天分室の設置は急がれるべきだわ。こうしている間に無用な犠牲者が出ては取返しがつかないのだもの。政治には、もっと誠実さが必要だわ。」

 「それは御尤もだね。」

まさしくその通り。君崇の納得に、真珠は苦笑した。別に君崇を論破しかった訳ではない。欲しいのは常に誠実だ。

在仁ならば、こういう時も嘆くだけではなく、有効な働きかけをして状況を打開するのだろう。けれど真珠はただここで誠実さを説くだけ。地龍当主の妻とは、清め人よりも組織の中枢で権力を持つ身であるはずなのに。見習いの真珠はまだ無力で、己の不甲斐なさを思うのだった。


 ◆


 地龍様は独裁運営を否定する。だから家門競争を静観し、独立機関を作った。

地龍本家はその運営方針の元、各所が道理に反していないか目を光らせているに留まる。余程の事が無ければ介入はせず、評価は年に二回の家格順公表で下される。

真珠は今後、君崇と結婚すれば地龍本家の人間となるのだから、そうした運営方針に則って生きる事になるのだ。

だから在仁のように自由に理想を説き、民を先導するような事は出来ない。将来清め人になったとて、在仁を模倣する事は出来ないのだ。

 「独立機関が思うように機能しないのは、地龍本家が強制力を持って働きかけないからでしょう?独立機関を作ったのは地龍様なのだもの。そこは強制しても良いのではないかしら。」

 視察を終えてやってきたカフェレストランは、ランチタイムぎりぎりの遅めのお昼ご飯であるためか、真珠と君崇の貸し切り状態だった。

 「それは当初から言われている事だね。でも僕は、やはりそう言う訳にいかないのだと思うよ。」

地龍様の運営に口を出す事は不敬だが、二人だけなのでオフレコ。以前の真珠ならば己が身を弁えて口にする事の無いゾーンだったが、今後の立場を思えばこそ、あらゆる事を勉強するつもりで言う。もちろん、信頼する君崇にだけだ。君崇はその一つ一つの意見にきちんと耳を傾けて、誠実に答えてくれる。その態度が、共に生きて行こうとしてくれていると感じる。

 「どうして?」

 四天分室設置が難航しているのは、独立機関と武家の対立関係の所為だ。

それは独立機関設立以来続く、なかなか溝の深い問題なのだが、真珠はそれを理解できないのだ。

 「地龍様権限で独立機関の力を押し付ければ、表面上は理想とした統治体制が完成するだろう。でもそれって、結局独裁じゃない?だったら地龍様が独裁運営をしたって同じ事だと、僕は思うよ。独立機関もそれぞれが自らの力で地位を確立していくしか無いんだよ。」

古くからの長老会の暗躍や、転生者による独裁運営、そうしたものからの脱却を望む恭は、地龍の民の持つ本来の力強さで組織を運営していく未来を信じている。

独立機関統治の体制を地龍様の権力ひとつで完成させたならば、武家はそれに従うしかない。独立機関は地龍当主独裁運営を避けるためにつくったのに、地龍当主権限にて独立機関統治を強制したら元も子もない。そんなのは、結局のところ、地龍当主の言いなりの独立機関による組織運営になってしまう。まるで意味の無い行為である。独立機関の地位確立に必要なのは、地龍当主の強権であってはならない。独立機関自らが武家と対等に渡り合える信頼と力を築き上げねばならないのだ。

そのために、恭は独立機関と武家の対立を辛抱強く見守っているのだ。

それはとても強い事だと、改めて真珠は思った。

真珠はこうして四天分室会議が揉めているだけで焦れてしまう。偉い人の強権で事を治めればいいのに、と単純にも思ってしまう。けれど地龍様はこれまでこういう問題を根気強く見守って来られた。その胆力は並ではないはずだ。

 「それって本当に、凄い事だわ。」

 光を信じる強さは、在仁の清め意思にも通ずる。だから地龍組織と在仁は共に歩めるのだろう。真珠の感嘆に、君崇はやんわりと言った。

 「まぁ、そうは言っても、地龍様はこれまで何度も独立機関を擁護しているんだけどね…。」

 司法局に強制捜査権を与えると宣言したり、それなりに独立機関をプッシュしているのだが、武家はなかなかしぶとく抵抗を続けているのが実情だ。

古くから地龍を支えて来た武家と違って、独立機関は生まれたてほやほやの赤子のようなものであるから、いきなり対等にやり合おうなんて無茶な話だ。重要なところで恭が補助するのは、独立機関をつくった責任のようにも思えた。

 「武家は長く続いた治外法権的な統治体制を変えたくないのよ。」

 「気持ちは分かるけど、それがブラックボックス過ぎるんだよね。こうやってあんまり抵抗されると、疚しい事を隠しているのかと勘繰ってしまうよ。」

 それまでは各家門に一国並みの統治権限があった。ほぼ全ての事が家門内で片付いた。だから悪しきがのさばる事もあり、正しきが葬られる事もあり、慣例が形骸化されなあなあになっていた。その中にどんなヤバイ事案があっても、目をつむってスルー。すべては法律よりも当主の御意向次第。そんなヤバヤバな状態だったのだ。

 「まあ、恐ろしい。」

 君崇のブラックジョークに、真珠は淑やかに笑ったけれど、心の中で蘿蔔家を思い出していた。ブラックボックスとは、蘿蔔家によく似合う表現だ。司法局の力がもっと強ければ、蘿蔔家はもっと早く断罪されて、被害は小さかっただろう。真珠ももっと早く地獄から脱出できた。だが、あんな闇の箱がそうそうあろうはずがない。

 「箱の中の闇を隠したいのではなく、これまであった権利を失いたくないのでしょう。力が削がれると感じるから、武家は抵抗するのだわ。」

 「そうだね。武家は強き事が重要だ。力こそ、強さだから。」

 色気の無い会話をしていたら、美味しいランチを完食していた。真珠はもっと味わって食べれば良かったと惜しく思った。

 

 ◆


 ランチが終わると、君崇は真珠を連れて北海道支局の警備部へ向かった。

真珠は君崇がいなければ立ち入る事の無い場所に興味津々だ。

 「先程、風穴を見て来たよ。」

 声をかけられたのは部長の(とどろき)だ。ヒグマみたいな無骨な男が、愛想も無く答えた。

 「そうですか。管理は問題ないと思っていますが、何かあればおっしゃってください。」

 「風穴管理はこちらの仕事だ。むしろこちらから問いたいね。風穴に関して管理不足があれば報告してくれ。」

風穴は君崇を責任者とした風穴管理専門部署が請け負っているので、轟は無関係者だ。なのに生真面目に管理責任を負おうとするのは越権。君崇は苦笑して問い返したが、轟は真面目な顔で首を振った。

 「何もありません。北海道は他地域と違い、生霊神(むすぶのかみ)による『夜』側の統制があります。その分揺らぎは少なく、討伐も易い。ですが、風穴由来の『夜』に関しては神の手の範囲外のようです。『夜』同士の諍いが増え、『昼』の社会生活に影響を及ぼしています。そうした部分の管理は我々支局の責任枠ですので。」

 「ああ。風穴由来の案件を含めれば、風穴担当と各地の部隊の業務の境界は曖昧になる。だからこその四天分室だとも思うのだが。」

風穴自体の管理は君崇。風穴由来の事象の研究は四天。風穴由来の揺らぎは部隊。それぞれの責任の所在は分割されるが、現実問題それらを切り離して当たるのは無理がある。だから皆で協力していかねばならないのだが、実際は難しい。

 それらを聞いていた真珠は改めて面倒くさいなと実感した。

 「構図が整えば良いのかしら。」

 武家が納得する構図さえあれば、そこに正しい循環が生まれるのだろうか。

 う~ん…と考えた真珠に、轟は難しい顔で言った。

 「やめておいた方がよいです。下手に手を出すと藪蛇でしょう。子どもじゃああるまいし、己の立場くらい己で工面します。後が無くなれば無駄なプライドを捨てるしかなくなりますから、その方が今後の為でしょうね。」

北海道は独立自治区で、支局は独立機関だ。アンチ武家な轟の発言に、真珠は目を丸くした。

 「四天分室設立について、四天側にもやり方はあるんですよ。風穴の脅威が高まる中ですから、脅しのネタはいくらでもあります。けれどやらない。何でか分かりますか?」

 「いいえ。どうしてでしょう?」

 「余計な事をせずとも、状況が窮して泣きつくしかなくなると分かっているからです。武家サイドが素直にお願いしてくるのを、待っているんですよ。」

 「ええ?…ほ、本当ですか?」

 なんだそれ。真珠は武家の政治に巻き込まれた四天を可哀想な立場と思っていたのだが、全然負けていないではないか。武家は武家有利の構図で四天分室をつくりたい。四天は武家サイドが紛糾しているのを、時間の問題だと思って放置している。まったく穏便に協力体制を作る気が無さ過ぎる。仲が悪すぎる。

 真珠が慄いて君崇を見ると、君崇は何とも言えない苦い顔をした。

 「色んな見方があるねぇ。」

 立場も考え方もそれぞれ。だから意見は多岐に渡る。四天分室設置会議の膠着の理由は何なのか。有識者の意見も割れる中、真珠が分かった事は、こうした者たちを一つにまとめて組織が成り立っていると言うのは、とても奇跡的だと言う事。それをまとめて行く地龍様は、とても大変なのだ。そして、その妻も然り。

 自分に務まるだろうか。そう将来に不安を抱く時、正解不明の迷路と感じる。けれど、正解はある。北極星だ。在仁が指針。

 真珠は在仁に恥じない生き方をしていれば、きっと道は開けると信じられる。


 ◆


 「やっぱり明日は御師様に髪を結ってって、お願いしようかしら。」

帰り道。急に真珠が言うと、君崇は不思議そうに首を傾げた。

 「どうして?子どもじゃあるまいし、言えないんじゃなかったの?」

 「だって、頑張る為には元気が必要でしょう?御師様の御褒美があれば、元気が出るもの。」

甘えたい時に甘えたら良いのだ。そうしたらきっと元気が湧いて、力強く道を切り開いて行ける。

真珠がそう言うと、君崇はずっこけた。

 「ちょっと…そう言うの、僕の抱擁とかであって欲しいんだけど?」

 「あら、それはごめんあそばせ。」

揶揄うように笑った真珠に、君崇は苦笑した。

 「さ、帰りましょう。今夜のディナーは何かしら?楽しみだわ。」

 この旅行は毎日超豪華ディナーだ。真珠は嬉しそうに君崇の手を引いて帰路についたのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ