表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
龍種 ドラゴンシード  作者: 字由奔放
星満ちる世の事
1133/1135

17 千之助の事

 スイーツ爆食会を終えた光胤(みつたね)を誘った千之助(せんのすけ)は、静かなホテルの庭を歩いていた。

 五十嵐(いがらし)の所有だと言う大きな洋館は当然貸し切りだ。周囲に民家や店も無く静かで、少し歩けば五十嵐自慢の温泉施設があるらしい。北海道支局長とは言え、北海道の王様みたいな人だなと、千之助は雑な感想を抱いた。この北海道旅行には子どももいるが、どの子も良い子ばかりで、五十嵐の騒騒しさが際立ってしまい、駄目な大人みたいに見えた。ゴーイングマイウェイな五十嵐の生き方を、牽引力と言い換えると頼もしいのだろうが、組織で役職を得ていた千之助の立場からは、一緒に働くのは面倒くさそう、としか思えない。(あかね)(ゆかり)もよくやっていると、感心するばかりだ。

 「元気でやってんのか?」

 黙って歩いていた千之助に、光胤が先に口を開いた。

 「まぁね。色々と差し迫った状況が終わったお陰で、心置きなく引退できたよ。ブラック労働から解き放たれた分、これからは自分を労わっていくつもりだ。」

 こうして二人で並んで歩くのは、物凄く久々だ。

千之助が隣を歩く光胤を見れば、その姿は若い頃のままだ。神様になったあの頃のまま。光胤は人と会う時、いつもかつての姿を模している。この姿の光胤と一緒にいると、千之助自身が過去に引き戻されるような感覚がする。若くて未熟だったあの頃の自分に。

 だが実際はあれから随分と時が経つ。ざっと二十四年程が経つと自覚すると、光胤の変わらぬ姿の異常さを感じる。

 「隠居すんのは早いだろ。暇持て余してんじゃねぇの?」

 「まさか。御館様に頼んで、記憶系ラボを持たせて貰う事になった。今はまだ準備段階だけど。今後の部隊における処理班の在り方にも、少しは役に立てるつもりだ。」

 「なんだ。働いてんじゃねぇか。」

 三月末に(かさね)大隊を辞めて、五月までは野分(のわき)消滅に全振りしていたが、それからは千之助専用のラボを持つために動いていた。希少な記憶系術者を育成しつつ、術の研究などをする施設だ。規模は千之助一人で回せる小さなものだが、重大隊副大隊長だった経歴による発言力や影響力は小さくない。今後の部隊の在り方を少しでも良くする為に、出来る事があるはずだと思っている。

まぁ、今まで何度も過労死しかけたので、今後は健全な労働環境を整えるつもりだ。

 「趣味と実益を兼ねてるだけだ。忙し過ぎて所帯を持ちそびれた所為で、私生活が空洞だ。どうしようもないよ。」

 「かわいそ。」

 五十代でも結婚できるよ、と励まさないのが光胤だな。千之助はポケットから飴を出して光胤に放った。光胤は黙ってキャッチすると、迷わず舐めた。

 「お、いちご味だ。」

 にこっと笑った光胤の変わらなさが、千之助には懐かしかった。

 別にこれまで没交渉だった訳では無いのに。こうして会ってのんびりと話す機会は無かったが、連絡自体は頻繁にしていたので、本当に久々と言う訳ではないのに。何だか、二人の間に流れる空気感が、懐かしいと思った。

光胤は飴を口の中で転がしながら言った。

 「あーあれはどうなった?四天分室。」

 「相変わらずだな。慰霊祭が終わったら話し合いが進展するって予想もあったが、実際は膠着したままだ。お陰でお館様が持って行く流れだろうな。いつもの事だ。」

 「馬鹿だな。源平でやり合ってる内に(ゆき)がかっさらってくのなんか、これまで何回あったんだよ。いい加減分かり切ってるだろ。ごちゃごちゃやってると奥州が得するだけだ。」

 「それは実の弟の事を言ってる?」

平家の当主は光胤の実弟・宗季(むねすえ)だ。源平を馬鹿だと嘲笑うと言う事は、宗季を馬鹿にする事なのだが。千之助が半笑いで問うと、光胤は肩を竦めた。

 「言ってる。宗季は元気なのか?」

 「源氏とバチバチやるくらい元気だよ。気になるなら自分で連絡すれば良いのに。」

 「めんどい。」

 ま、元々そんな距離感の兄弟だ。光胤は北海道から出られないが、連絡なんかいくらでも取れる。いい大人なので、その辺は自分で何とかするはずだ。何かあるなら千之助に頼るだろうから、こちらから余計な手を差し伸べる必要はない。千之助は深くは追及せずにスルーした。

 それよりも、だ。

 「光。葛葉(くずのは)くんに繚乱の力を使わせるような事を言わないでくれないか。」

 「あ?」

 さっきのスイーツ爆食会で、光胤は在仁(ありひと)に繚乱の力を使う事を勧めた。共感体質の力で茉莉(まつり)のつわりを肩代わりする在仁に、繚乱の力でつわりを消せば良いと提案したのだ。

その事を、千之助は咎めているのだ。

 「野分消滅の際、彼は繚乱の力を使い果たして消えた。間違いなく、あの力は彼を削る。俺たちは彼に繚乱の力を使わせたくないんだ。」

 千之助の大真面目な顔に、光胤は目を見開いた。

 沈黙の中に、ガリっと飴を噛む音がした。

 「あの力は葛葉の気持ちに呼応する。今後絶対に使わせないって事は、無理なんじゃないか?」

 「世が清浄で正常であれば、使う必要はないだろ。」

 千之助の意見に、光胤は呆気にとられた。見ればやっぱり大真面目だ。

 「そう言うの、俺様のポジだと思ってたんだけどな。」

甘いのは、光胤の十八番だ。この世は甘くて良い。光胤の想いは、実現が困難だからこそ、優しくて切ない。その気持ちに寄り添うのが千之助の立場であり、自ら提唱するような性格ではなかったはずだと光胤は言うのだ。

 「理想を口にする事すら出来ない世の中じゃあないはずだ。もう葛葉くん一人に、背負わせる訳にはいかないだろう。」

 「また、葛葉、か。」

何だかな、と独り言ちた光胤は、風そよぐ木々を眺めながら言った。

 「繚乱の力はただでさえ規格外だ。なのにそれを持つ葛葉の器は、あまりにも弱い。葛葉を繚乱にした運命を司る神は残酷だな。」

強い者が繚乱であれば、もっと何事もスムーズだったのに。光胤の示唆したものを察した千之助は首を振った。

 「葛葉くんの器がああなった責任の一端は、俺たちにある。悪いのは神ではなく、不甲斐ない俺たちだよ。」

 「なんだそれ。少しは神にも責任を負わせろ。力ある上位者が傍観していた罪は重い。」

 「流石、神様は言う事が違うな。」

揶揄った千之助に、光胤は苦々しい顔をしたが、何も言わなかった。

 在仁の事を考えると、色々と複雑な気持ちになる。戦も野分も、全部を在仁に背負わせ過ぎた。便利な存在を使い潰すようなつもりは微塵も無かったが、結果的にそうだったかも知れない。もし地龍がそういう組織だったとしても、在仁は清浄と正常を求めて戦ったに違いない。在仁の心は不屈だ。けれど、反して体は脆弱だ。

 「この先の彼の人生に、これまでのような重責は不要だ。」

 「ああ、そうだな。」

 もう、在仁を縛るものは何もないはず。

 だから幸福であって欲しい。それが救いだ。在仁の幸福が、千之助にとって一つの救いだ。

 「千、お前…。」

 光胤が千之助に何か問おうとすると、千之助は遮って別の事を言った。

 「そう言えば、退職する際に自分の中で過去を精査したんだ。これまでの事で、未清算だった事を片付けるべきだと思ってね。」

 「うん?」

 「光胤には、沢山の貸しがあったよね。貸した金を返して貰っていないし、他にもアレコレと手を貸した分のツケが溜まっている。」

 「はぁ?どんだけ昔の話引っ張り出してんだよ。」

 「悪いね。俺は忘れられない性分なんだ。何一つとして忘れてあげられないんだから、観念してくれ。」

 「こわぁ…。何なんだよ、急に。」

 「折角だから、溜まっているツケを、返して貰おうと思ってね。」

にっこり笑った千之助に、光胤は警戒したのか半歩下がった。そんなに怯えなくとも、神様相手に千之助が敵うはずもない。

千之助は光胤を追い詰めるように言った。

 「まさか神様から金銭を巻き上げようなんて思っていないよ。体で払ってくれれば良いんだ。実労でね。」

 「…おいおい、俺様に何させようって言うんだよ。」

光胤は千之助の意図を察して怪訝にした。

 「千、お前まさか、今回の旅行、借金の取り立てに来たんじゃないだろうな?」

 「よく分かったね。」

そう、千之助がこの旅行に同行したのは、目的があったのだ。

光胤を使って、手に入れたい物があったのだ。

 「何だ?何をすりゃいい?」

仕方なく受け入れた光胤が嫌そうに問うと、千之助は逃がさないようにまっすぐに見据えた。

 「貪狼(とんろう)の牙を手に入れたい。」

 「…マジか。」

まさかそんな事を言われると思わなかったのだろう、光胤は髪をくしゃくしゃかき回しながら天を仰いだ。

 「あれは持つ者の術力循環の安定を助けるはずだ。」

 「…葛葉のためって事か?」

 「葛葉くんのか弱い術力器官は、他人の術力圧で循環を乱される程に繊細だ。貪狼の牙があれば、少しでも役に立つだろう。」

 「貪狼の牙の入手には、星を読まないとならない。」

 「だから青藍(せいらん)殿を連れて来た。他にも協力者を連れて来た。」

 「もし手に入れても、貪狼の牙は加工が必要だ。」

 「職人はいる。葛葉くん専属の、特別腕の良い職人がね。」

否定するための懸念事項の列挙に、千之助は全部手を打って来ている。否定材料が無くなって、光胤は徐々に逃げ道を失って行く。

 「貪狼の牙は入手困難の割に、効果は弱い。苦労に見合わない、期待外れの可能性もある。」

 「それでも構わない。僅かでも、葛葉くんのためになるなら。俺の貸しを、俺が何に使おうと勝手だろう。」

揺るがない千之助に、光胤は困惑して、先程遮られた問いを言い直した。

 「千、お前、何でそこまで葛葉に拘る?」

おかしい。光胤の疑問は尤もだろう。在仁にとって千之助は、沢山いる仲間の一人でしかないはずだ。関係はそう近くない。なのに千之助は在仁に肩入れし過ぎている。

その客観的な疑問に、千之助は本音を吐露するように言った。

 「彼には、お詫びをしなければならないんだよ。」

 「侘び?」

 「重のラボに野老(ところ)の侵入を許したのは俺の落ち度だ。その所為で葛葉くんの命を危険にさらした。俺は葛葉くんの生活をサポートすると約束したのに、実際は何もしていない。」

 「そんなん、これまで葛葉に協力して来た分で足りるだろ。」

 「これまで俺が彼に協力していたものは、全てが世の為に還元された。俺がした事で、彼個人の為にした事は何一つとして無い。だから、彼個人の為に何かしたいんだ。」

さっき千之助が言った「葛葉くんの器がああなった責任の一端は、俺たちにある。悪いのは神ではなく、不甲斐ない俺たちだよ。」その言葉が、光胤に再び重く響いたのが見て取れた。

 「光。俺は忘れない。忘れられないんだ。」

記憶系術者は、すべてを蓄積している。千之助はすべてを記憶している。だからこそ、取りこぼしたものを、放置できない。

 「難儀な奴だな。お前も。」

 お前()。その言い方が、光胤自身を指しているのが分かった。

 お互いに難儀な性格なのは、十分に分かっているのだ。

 親友だから。


 ◆


 貪狼と言うのは北海道に生息しない『夜』だ。

北斗七星の第一星である貪狼星から命名され、まるで闇夜のように真っ黒な狼の姿をしている。…らしい。

 「貪狼は滅多に人前に現れない。群れの生息地は土地神しか知らぬ故、目撃情報は非常に少ない。」

 青藍が分厚い書物を開いて解説するように言うと、隣でウザい程のワクワクした波形の松葉(まつば)が同調した。

 「星の名前を持つ『夜』は、特に古いんです。中でも貧狼は幻とも言われる希少種ですよ。」

星オタクの松葉が興味を持っているのを、青藍はまるで無視だ。それに倣って全員が松葉を無視した。

 「だが、ソイツが希少なのは、獰猛で出会い頭に殺されるからだって説もあるだろ。」

 「ああ…目撃者が生きて帰らないからって事か。」

逢初(あいぞめ)の意見に、葦鶴(あしたづ)が納得した。

 「そのような危険な『夜』の牙など、どうやって手に入れると?」

 惟継(これつぐ)が怪訝にしたのは当然だ。何せここには、武士が惟継一人しかいない。

 光胤、千之助、青藍、松葉、逢初、葦鶴、惟継。この奇妙な面子で出かけたのは、皆が寝静まった真夜中だった。

 この面子、千之助が貪狼の牙を入手するために集めた選抜隊なのだ。

 今回の北海道旅行で何とか貪狼の牙を手に入れようと考えた千之助が協力を仰いだ特別任務班であるから、必要な役割は足りているはず。それでも少々心許ないのか、惟継は刀の柄を握って仲間の人数を確認した。一人で全員を守れるのか、と。

 その仕草を見て、千之助が言った。

 「大丈夫です。光がいるので。」

 「ああ…。」

 光胤は神様なので、貪狼より強い。そういう意味と思った惟継に、光胤が肩を竦めた。

 「貪狼は上下関係を守る。土地神には歯向かわねぇよ。」

 「ならば安全と?」

 「…まぁ、な。」

 その妙な返答は何なんだろうか。もし安全なのだったら、惟継は何のために呼ばれた要員なのか。訝し気にした惟継が疑問を口にする前に、逢初が質問をした。

 「貧狼の牙は定期的に生え変わるんだろ?」

 「ええ。貪狼の生息地にはたくさんの牙が落ちているはずです。今日はこれから、それを拾いに行きます。」

 「貪狼の目を盗んで、落ちている牙を拾うだけって事ね?」

 答えた千之助に、葦鶴はしっかりと確認をした。先頭を歩いていた光胤は足を止めて振り返り、全員に指をさした。

 「欲張るなよ。アイツ等は強欲な人間が嫌いだ。持ち帰るのは葛葉のために必要な一個だけにしろ。目を付けられたら追っかけて来る。」

 「土地神には逆らわないのでは?」

 惟継の疑問に、光胤は何も言わずに前を向いた。嫌な予感しかしない。

 だが、今更引き返せる訳も無い。この面子が千之助の要請に応えたのは、在仁のためだからだ。

 「さて、この辺りで良いか。」

 足を止めた光胤が周囲を見渡した。

 いつの間にか、周りに何もない場所にいた。建物や人工物が何も見えない、だだっ広い野原だ。空には雲ひとつ無くて、満天の星空が広がっていた。

 「ここが貪狼の生息地か?」

 惟継が問うと、松葉がウザい笑みを向けた。

 「違います。これからこの場所に、貪狼の生息地を呼ぶんです。」

 「…よぶ。」

意味が分からないが、松葉に得意げにされると若干イラつく。説明不足の松葉に苛立ちを向けると、青藍が書物を捲りながら言った。

 「貪狼の生息地は、本来人が立ち入る場所ではない。偶然に辿り着くとすれば、何かに導かれたか、化かされたか。そうした場所に意図的に行こうとしても不可能だ。だが、土地神の協力があれば、この場所に生息地を呼ぶ事が出来る。」

 「正確に星を読み、正しく召喚陣を練る事が出来るなら。だけどな。」

 補足した光胤の髪が揺れた。風も無いのにふわっとした圧が広がって、同時に光胤の姿が変化した。

 白い長髪に、雲母のような光を持つ硬い肌、民族的なひらひらとした布地の衣裳。明らかに人外。

 これが生霊神か。

 皆が息を飲んでいると、躊躇いも無く千之助が指示した。

 「この場所に召喚陣を敷きます。皆さん、協力してください。」

 言われると、青藍と松葉が空を見上げた。手には羅針盤に似た器具。そして逢初と葦鶴が、青藍を中心にした円を描くようにぐるぐると歩き出した。惟継は邪魔にならないように数歩下がったが、光胤が「円の中にいないと食われるぞ。」と言ったので戻った。

 「演算は?」

 「全部記憶して来ました。」

 手筈はすべて千之助の脳内だ。便利なデータベースに笑みを浮かべた青藍は、迷いなく召喚作業を開始。

 手慣れた全員の協力は、野分を消す為の作業で培われた絆が成せる業だった。

 しばらく作業を続けていると、光胤が呼んだ。

 「そろそろだ。準備は?」

 「おっけ。完成した。」

 千之助が答えた時、野原には大きな円陣が浮かび上がっていた。

 すると、暗闇だった野原に、ぽつ、ぽつ、と光が灯った。

 「貪狼は星の光を貯め込んで発光するんです。まるで星そのもののように。」

松葉の解説と同時に、辺りの空気が変わった。

 「きた。」

 一瞬だけぶわっと光が満ちたと思うと、周囲には真っ黒な狼の群れが、じっとこちらを見つめていた。

 「あれが、貪狼。」

 大きい。千之助が想像していたよりもずっと大きな狼は、体がキラキラと光っていて、まるで星空みたいな模様だ。こちらを警戒しているのか、距離を保ったままで視線を動かさない。

本来獰猛であるはずなので、その視線に少し怯んだ。後退りした足が、ザリっと地面を擦ったのは、砂利のような感触だった。

見下ろせば、淡く発光した白い何かが無数に敷き詰められている。屈んで目を凝らし、ゆっくりと手に取ると、それは牙だ。

 「これが、貪狼の牙か。」

 千之助が辺りを見渡すと、地面は牙で埋め尽くされていた。皆がその有様に唖然としていると、光胤が言った。

 「この場所を維持できる時間はそう長くない。アイツ等はこっちに任せて、とっとと牙を拾え。」

 「あ、ああ。」

皆で屈むと、光胤が惟継を呼んだ。

 「若様はこっちを手伝え。」

 こっち、と言われた惟継が見ると、貪狼たちが駆けて来る。

 「おい、貪狼は土地神に逆らわないんだろう?」

 「ああ、そうだ。あれはじゃれてるだけだ。」

 「じゃれて…?」

明らかに目をギラつかせて突進してくる貪狼の群れを、まさかじゃれているなどとは思えない。惟継が刀に手をかけると、光胤が叫んだ。

 「何か投げて気を逸らせ。とにかく捕まらねぇように走れ。追いつかれたら死ぬぞ!」

 「はぁ?!」

 「向こうはじゃれてるつもりでも、人にとっちゃ致命傷だ!」

 「洒落にならん!」

 「ようはデカい犬だ。」

 「どこが、犬だ!」

言いながら走り出した光胤を、複数の貪狼が追いかけて行った。だが残った貪狼は既に惟継をロックオンしている。惟継はフェードアウトのタイミングを失って、もうとにかく走るしかなくなった。

足元に転がっている棒状の何かを蹴飛ばして目を引くと、屈んで牙を選んでいる千之助たちから貪狼を引き離すように走り出した。

 「くそ、何だこの損な役回りは!道理で碌な説明が無いまま連れて来られた訳だ。知っていたら断った!」

 「惟継殿は断りませんよ。葛葉くんのためですからね。」

 悪びれ皆無の千之助の回答に、惟継は舌打ちを飲み込んだ。

 千之助が手元に落ちている牙を選んでいると、欠けているものもある。欠損の無いものを選り分けていると、青藍が拾った牙を見せた。

 「これはどうだろうか?」

 「師匠、こっちの方が大きいですよ。」

 「大きければ良いのか?」

 「ならもっと大きなヤツを探そう。」

辺り一面が牙だらけなので選び放題だ。

 「貪狼は生息地を変えないんです。牙は定期的に生え変わるんで、この大量の牙は大昔からの蓄積なんですね。」

 「この欠けているのは古い牙なのかも知れない。歯ですからね、いずれ劣化するのは仕方ないんでしょう。」

 「貪狼は術力を持つ『夜』だ。貪狼にとって牙は武器だ。武士にとっての刀と同じように、術力を纏わせて戦う。そのため、牙には術力を制御する機能があると言われる。抜け落ちた牙にもその機能が残っていて、持つ者の体内の術力循環を安定させると、言い伝えられる。」

 「だが、抜けた歯は、貪狼にとって不要なものだ。残っているのは、そう強い効果ではないんだろう?」

 「そうだね。生え変わるのは、術力を通して武器にするから劣化しやすい所為なのかも。」

 「とすると、耐久性はそう無い。入手は困難だけど、絶対のアイテムではないのか。」

 「だとしても、少しでも葛葉くんを守る力になるはずです。」

ジャリジャリと雑にかき回して、より大きな牙を探しているのは、何だか潮干狩りみたいな絵面だ。

話しながらやっているものだから、とっても呑気に見える。

その間も必死に走っている惟継は、たまらず叫んだ。 

 「話はいいから、早く選べ!」

『夜』との追いかけっこは鬼とのそれに似ている。持久戦なんか勝ち目がない。惟継は足元に落ちていた棒状のものをぶん投げたが、放物線を描いて飛んでいくのが、もしかして人骨じゃね?と気付いた。さっきから蹴ったり投げたりしていたが、全部人骨だとすると、この場所でどれだけの人間が犠牲になったのだろうか。ぞっとした惟継は、焦って速度を上げた。

 「早く!」

一人だけ命懸けなんですけど?惟継の悲鳴に、光胤は他人事のように言った。

 「若様、横から来てるぞ。」

 「うわぁっ!」

やっべ。マジで。間抜けな叫び声は惟継に似合わなくて、光胤は面白そうに笑っていた。

ちなみに「若様」は、平家本家直系嫡男で次期平家当主だった頃の名残だ。重盛の懐刀だった頃の光胤にとっては、重盛の後継者は惟継だった。だがその立場は返上し、既に若くも無い惟継にとって、「若様」は何だか揶揄われているような呼び方であるからやめて頂きたい。やめろと言えないのは、光胤が神様だからに他ならない。

その無慈悲な神様は惟継が慌てふためくのを面白がっているのだから、たいへん腹立たしい限りだ。クソ神様が。

 「もう、これで良いだろ!」

 自棄になった惟継が足元の牙を見もせずに千之助に投げると、千之助は難なくキャッチ。

 「あ、これ大きいですね。どうですか、皆さん。」

 「良いな。一番大きい。」

 「同感です。多分、ボスの牙ですよ。」

 「ボスとかいんのか?」

 「いるでしょ、群れで生きてるんだから。」

 「は、や、く、し、ろ!!!」

殺すぞ。惟継が殺気を出したので、皆がやれやれとでも言いたげに立ち上がった。

 「光、お疲れ。もう良いよ。」

 「おう!じゃ帰すぞ!集まれ!」

 皆が光胤の元に集まると、惟継が慌ててやってきた。ついでに千之助の肩をどついた。「光、お疲れ。じゃないだろ。」と文句を言われたので、「ああ…。惟継殿も、お疲れさまでした。」と取って付けた労いを口にした。惟継は不服そうだったが、在仁のためなのだから文句を言えまい。

 ごちゃごちゃ言っている間に、ふっと蝋燭の火が消えるように、辺りが一瞬暗くなった。

 その次の瞬間、景色が元の野原に戻っていた。ついでに光胤も人の姿に戻っていた。

 「あの群れを俺一人で引き付けるのは無理がある。何で北辰隊の他の連中を呼ばないんだ。」

一人で汗をかいている惟継がボヤくと、千之助は素知らぬ顔で答えた。

 「彼らを呼ぶと葛葉くんにバレます。バレたら絶対に来たがるでしょう。葛葉くんを危険な場所に連れて来られませんよ。」

 「…。」

物凄く複雑な顔で言いたい事を飲み込んだ惟継は、嘆息して空を見上げた。

 その視線を追って、全員が空を見上げた。

 「綺麗ですね。」

 千之助の視界には、一面の星空が広がっていた。

 隣に立っていた光胤が手を出した。

 「拾ってきたヤツ、見してみ。」

 素直に拾ってきた牙を光胤の手に乗せると、光胤はにっと笑った。

 「なかなか良いの選んだな。」

褒めた光胤は、牙をぎゅっと握りしめてから千之助に返した。

 「これで多少は耐久性が上がった。」

 「ありがとう。」

 「もう借金はチャラだかんな。」

 冗談めかして言う光胤に、千之助は笑った。「あのワンコたちの相手すんの疲れるんだよ。」と言いながら、光胤も空を見上げた。

 「葛葉くんが理想とする、星が満ちる世の中と言うのは、こういう景色なのかな。」

 ふと千之助が呟くと、皆が同意するような沈黙を返した。

 人は皆星影。そう言う在仁の美しき心を、大切に守りたい。そう思うからこそ、皆が協力したのだ。

 在仁が幸福たる事は、千之助にとって一つの救済だ。これまで身を粉にして働いて来た先にある世の中が、より良いものだと言う証明のように思えるから。すべては無駄では無かったと思えるから。

 この星が満ちる夜空を、在仁の理想に重ねて思いを馳せていると、光胤が大きな声を出した。

 「そうだ!」

 「なに?」

情緒の無い光胤を見ると、大きな笑顔で言った。

 「子どもの名前決めた!みちる!星が満ちる世の願いを込めて、みちるって名前にしよう!葛葉とジャスミンの子どもにぴったりだろ?」

 子の名付けを保留にしていた光胤が、最高の閃きを自慢するように笑っていた。

 「うん。良い名前だ。光にしては、悪くないよ。」

 「俺様はいつも最高だろうがよ。」

拗ねた声が子どもみたいで、千之助は懐かしくなった。

何年経っても千之助にとって光胤は最高の親友だと思ったけれど、まぁそれは言わずと分かり切っている事であるから、敢えて口にする必要も無いだろう。

 今はただ、この美しい星空を共有していたいと思った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ