12 要の事3
櫓家の開かずの蔵にあった品々を売りさばくオークションを開こう!と言う企画は、発案の翌日にはプロジェクトチームが立ち上がっていた。それは要と胡桃が本気を出したからだ。
頼優が、要と在仁の為ならば是非もないと協力するのは当然の事。重要な所を逃すはずもない幸衡のバックアップも確保。それぞれの上司の承諾と協力を得たのはスタートラインだ。
そこからが二人の凄まじさだった。
まず、在仁の名前を使って、エリカと司法局へ話を通した。
奨学金資金が増える上、話題性しかない企画であるから、橘藤家はノリノリで承諾。
司法局も晦冥教の負の遺産が公正に洗浄されるとあって諸手を挙げて賛成。元より入手経路が犯罪っぽい気配しかしない品々ながら、古き事であるから証明できなかったのだ。司法局としては返したくない品だったが、やむを得ず相続人に返還するしかなかった。それに対して要の行動は見上げた善良さだったので、司法局は更に協力的になった。丁度、晦冥教専門部署担当となっていたのばらが、オークションの不正取締担当を買って出た。
双方とも良く知っている人であるからやり易い。
そして胡桃が八尋を、要が道白をスカウトして来た。二人とも龍涙星曼荼羅捜索に一役買った実力から、情報通で美術品や収集家にも詳しいと思ったからだ。
更に奥州一の趣味人と名高い和衡にも協力を仰いだ。そうしたら和衡宅に居候している誠太郎も釣れた。晦冥教関係で手伝える事があるなら雑用でもやりたいと言うのは、とても助かる猫の手だった。
その上、惟継の全面協力も取り付けた。
惟継がこの春から始めた美容商売は、要を広告塔として宣伝している。みよの薬のおかげでアラビックリ超イケメンに生まれ変わった要は、惟継にとって重要な広告モデルだ。このオークションの話題性からして、要の顔が有名になる事は必然であるから、協力して損はないと判断した模様。
しかも、このオークションは大きな慈善である。櫓家の財は九州を治める結城家を凌ぐと言われる程の莫大なものだ。それをまるごと慈善に寄付すると言う精神性には、紫微星様の星影という印象が強いだろう。正常で清浄たる世の一助となる星の光を、人々に知らしめる最高の機会だ。その要がみよの薬の使用者である事が広く周知出来れば、美容商売のイメージもアップし、確実に売り上げが上がる。
完全に打算でしかない惟継だが、要としては美容商売の売上が上がればみよの研究開発を支える事になるはずと思い、これもみよへの御礼の形だと判断した。
ここまで来ると、要と胡桃がいなくても何とかなってしまいそうな布陣である。
だが、この企画は要と胡桃が主体となって実行すると、在仁に宣言したのだ。だから二人は普段の仕事の合間に連絡を取り合いながら調整し、仕事が終わった夜に集まって話し合いをした。
場所は奥州藤原本家内にある北辰隊拠点だ。要は胡桃を源氏本家に招くとまた何か起こるかも知れないと警戒しているため、北辰隊員の立場を使って自分が奥州に通う事にしたのだ。
そんな夜の北辰隊拠点は、二人きりだった。
「オークションはネットオークション形式で、開催日程はこのまま順調にいけば来月になりそうです。」
胡桃が言うと、要は持ち込んだノートパソコンを操作しつつ答えた。
「開催費用は筆頭三家門をはじめとし、皆様があらゆる方々にお声かけくださり集めてくださいましたので、十分かと。」
紫微星様主催とあっては開催費用が集まらないはずがない。筆頭三家門はもちろんの事、八尋・道白・和衡・惟継という顔の広い参謀タイプが集まっている所為でスポンサー集めは余裕過ぎる。何事もお金があればたいへん順調だ。
「品物の方はどうですか?」
「惟継様が司法局から品物を運び、全ての品に鑑定書を手配しています。青藍様と、それから総角様が、品物に呪いや邪術などがかけられていないか、再度検査してくださっています。」
「総角様が?」
「ええ。晦冥教の負の遺産の整理ならばと。」
胡桃の報告に、要は神妙に頷いた。
これは要の私情で始めた事だ。けれど櫓家の財は晦冥教の活動資金だった。蜻蛉を仇としてきた者たちにとって、このオークションは正しい清算行為なのかも知れない。要は思っていたよりも、崇高で正しい催しになっていると気付いた。
「何か、私がとても卑しい気がしてきました…。」
「何でですか?要様はこれだけの莫大な財を慈善に寄付するんです。こんな事、普通は出来ませんよ。晦冥教案件と言う側面でしたら、このオークションに関しては要様が最たる被害者と言う御立場ですし。」
櫓虎太郎が捨てられたのは、蜻蛉が櫓家を乗っ取って狂わせたからだ。晦冥教は要の人生をまるごと狂わせたのだから、要はれっきとした被害者だ。その立場で、他の仇討人たちに気後れする必要はなかろうと。
「いやいや。私は単純に、胡桃様を傷付ける者を排除したいだけですよ。それしか考えてませんでしたから、皆様に申し訳なくて。」
「…そう、ですか。私は気にしてませんよ。まぁでも、要様の苦労を思えば、排除すべきですよね。」
手を動かしながら言う胡桃を、要は手を止めて見た。なんだかわざと照れ隠しで目を合わせないように見えた。
オークションのプロジェクトチームメンバーには、要と胡桃の関係については話していない。櫓家の財を売って寄付金にする企画とだけ伝えてある。その腹に、要を狙うハイエナ根絶があるとは知りもしないはずだ。
けれど惟継は二人の交際を知っているのだし、何か察している可能性は無くも無い。としても何も言って来ないので、どうでも良い事だ。
要が胡桃を見るのを止めてPC画面に視線を移すと、胡桃が訊いた。
「頼優様はなんと?」
「私の好きにせよと。」
「それは、オークションの事ですか?それとも私との事?」
「全部です。」
「ぜんぶ。」
「ええ。すべて、私の好きなようにせよ、と仰せです。例の屋敷守の事も含めて、何もかも全部。」
「…すんごい信頼関係ですね。普通そんな事あり得ませんよ。」
要が顔を上げると、流石に驚いた胡桃と目が合った。やっと、目が合った気がした。
「一応、頼優様の命の恩人ですからね。私。」
「恩で許容してるんですか?」
頼秀に殺されそうになっていた頼優を助けたのは要だ。確かに一応命の恩人ではあるが。胡桃が問うと、要は「冗談ですよ」と面白そうに笑った。
頼優の支援が無ければ、要の身分では転移扉を使う事も出来ない。こうして日々の打ち合わせに奥州まで通うなんて不可能なのだ。それも信頼に含まれる特権だった。
「頂ける信頼が大きい程、身が引き締まります。」
「それは分かります。とても。」
要の意見に胡桃が同意した。主の信頼は、責任の重さだ。裏切れない。ある種の軛。それが主従だろうと。
けれど要は、胡桃と幸衡はまた別の関係だろうと思った。血の繋がった本物の兄妹であるから。
「胡桃様はどうですか?幸衡殿はどのようにお考えなのでしょうか?」
「分かりません。私からは何も言ってません。でも多分、全部知ってると思います。その上で何も言われません。それがどういう意図なのか、私には分かりません。」
この奥州で、幸衡が知らない事があろうはずがない。まして本家屋敷内の事だ。胡桃が要と交際している事は、幸衡にバレているはずだ。要もそう思う。けれど幸衡は沈黙。こうして奥州に出入りでき、胡桃とも会える。オークションにも全面協力。それが黙認なのか、監視なのか、試しているのか、胡桃に分からない事が要に分かるはずも無かった。
◆
鎌倉に建てられる紫微星様の御屋敷は、要が屋敷守に決定した事で、全面的に要の担当案件となった。と言っても、やる事は源氏の窓口業務であり、実際の全面的担当者は八尋なのだ。何故この件が八尋に乗っ取られたのかは、要もよく分からない。土地の買い上げとか普請とかを考えて業者を呼んだら、何故か八尋が来たのだ。頼優も意味不明がっていたが、八尋の仕事には一分の隙も無く、断る由も無くまとまらざるを得なかった。
「要くんが屋敷守になったと言う事は、屋敷の件は紫微星様の許可を得たと言う事かな?」
図面を再確認しつつ着工スケジュールを調整しに来た八尋は、いつもの穏やかな笑みで訊いた。
「ええ。紫微星様の御了承は頂きましたので、予算内で最大限のお仕事をしてください。」
「それは良かった。これで安心して仕事ができますよ。折角建てても、紫微星様のお気に召さないのでは、残念にも程がある。」
言いながら出して来たのは、屋敷に設置する警備システムの詳細だった。要はそれを見て、要塞か?と思ったが、紫微星様の屋敷であるから当然の対応と納得した。
「これは実現可能ですか?」
一介の不動産仲介業者では設置不可能なそれに、要は一応確認した。八尋は感情の読めない柔和な笑みだった。
「ええ。そこは私の得意分野ですので。」
警備システムが?ますます謎が深まった。だが深堀はしない。火傷したくないので。
「ならばお任せします。八尋様は紫微星様の信頼も厚く、幸衡殿も一目置かれる御方ですから、問題ないでしょう。」
謎の人物だが後ろ盾が確かだ。要が資料を捲ると、八尋が言った。
「完成した暁には、要くんが暮らす事になる。屋敷が立派であればある程、要くんの格が上がり、一目置かれると言う訳だ。やり甲斐がある。」
「そこはやり甲斐にカウントせずとも…。」
「いやいや、紫微星様の意図を思えばこそだよ。」
そう言ってから、八尋は親切そうに教えた。
「以前、和田家傘下の男が、強引に和田紅葉様と婚姻をまとめようとしたらしい。そうしたら紫微星様が大激怒。結果、男の家は没落したとか。その際、北辰隊員との関わり方に注意するように釘を刺したらしい。けれど、そうした事実は時と共に風化する。喉元過ぎれば熱さを忘れるのは人間の長所で短所だ。要くんは普段は鎌倉様の御側を離れないのだから、北辰隊である事実は薄れ易い。」
要は八尋が全部知っているのだと分かった。胡桃との交際も、オークション開催の理由も。やはり食えない、謎の人物だ。けれど北辰隊員である。在仁が認めた星影を、敵とは思えなかった。
「だから要くん。風化しない牽制として、せいぜい威圧感のある屋敷にしようじゃないか。」
「紫微星様の御屋敷としての相応しさを優先してください。」
「はは。それはもちろんだとも。紫微星様はあれで恐ろしい人だからね。ぴったりだと思うよ。」
確かに一理ある。要は在仁の聖人たる面と恐ろしい面を思い出した。
打合せが終わり、八尋を見送る際、要は何となく尋ねた。
「どうして…八尋様はすべてご存知の上で、協力してくださるのですか?」
屋敷の事も、オークションの事も。
その問いに、八尋はにっこり笑った。
「要くんは私の仲間だからね。」
「仲間…。」
去って行った八尋の姿が見えなくなった頃、要はやっと思い出した。八尋の婚約者は、幸衡の義妹・海里那月だ。確かに幸衡の義妹と交際すると言う意味では仲間だ。けれど八尋は元々奥州人ではないか。しかも幸衡の覚えのめでたい優秀な人物だと言う。
「全然仲間ではありませんよ。」
要はまるで共感出来なかった。
◆
胡桃との交際は決して公言できるものではない。
要はよく分かっている。お互いに機密事項を漏らす訳にもいかず、隠し事は常だ。けれどこういう仕事柄、例え家族にだって話す事は許されない。だから同じだ。別に当然の隠し事で、互いに何も思わないはず。
軸足はブレない。だから、周囲が邪推するような諜報事案には発展しない。けれどもちろん、それは心ひとつだ。信頼は、目に見えず手に取れない。所詮はきれいごとだ。
その言い分が通用するのは、紫微星様くらいだ。
おそらく結婚は不可能だ。結婚できる関係ならば、絶対に結婚しただろう。けれど、だからと言ってどうしてもしたいと言う訳でもない。欲しいのは制度による社会的な承認ではない。胡桃の心だ。だから別にロミジュリ的な関係でもない。少なくとも、今のところは。
頼優は要を信頼して静観している。
けれど、幸衡はどうか。何を思って放置されているのか不明だ。この放置期間に何かを査定されている可能性もある。知らぬ内に採点が終わって、ある日突然に不合格を突き付けられると想像すると、ぞっとする。
ただ、胡桃は普段通り。
胡桃は幸衡を慕っている。尊敬し、信頼し、親愛を抱いている。だから悪いようにはしないと知っている。要は胡桃のその考えに頼って、大人しく様子を伺っている。
そうやって精神バランスをとっていたある日。
北辰隊拠点にてオークションの打ち合わせを終えて、鎌倉へ帰ろうと廊下を歩いていた要の目の前に、突然幸衡が現れたのだ。
「遅くまで、ご苦労だな。」
「恐れ入ります。」
待ち伏せされていた、そう直感した。夜の廊下に佇む幸衡の静けさは、何の圧も無いのに、息苦しくなった。
地龍筆頭家門トップ当主を前に、礼を欠く訳にいかない。要は地龍様を前にするくらいの深いお辞儀をした。
頭を下げながら、急に一つの考えがよぎった。幸衡は胡桃を大切にしているからこそ、要を排除する可能性がある。この場合、胡桃の信頼と矛盾しない。
「件の屋敷の屋敷守になるらしいな。」
唐突の問いは、何の面接だろうか。要は狼狽を顔に出さぬように背筋を伸ばして立った。疚しい事はない…はずだ。恋人の兄に対する態度としての正解を模索しながら答えた。
「はい。紫微星様より拝命致しました。」
「それで釣り合いが取れると?」
釣り合い?要は一瞬迷った。けれどすぐに分かった。胡桃の立場との釣り合いだ。奥州藤原氏の御姫様との、格が釣り合うのかと。
櫓家は没落してもう無い。その財は全部手放す。要の地位は鎌倉様の側近秘書である事。そして紫微星様の屋敷守。その役職で、胡桃に釣り合うか?
「釣り合いは、取れません。出自は変えられません。」
誤魔化しはきかない。そんな相手ではない。勝負できるような虚飾はない。真実だけで向き合うしかない。
「では、心は?」
幸衡の無風の波形が、ただそこに存在していた。不動。圧倒的不動には、冷たさと強さがある。けれど、その問いからは別の感情をくみ取れる。
「心の釣り合いは、取れます。…いえ。今では私の方に偏っているかと。」
はじめは胡桃の告白だった。けれど今は要の方が惹かれている。そう思う。純粋な好意が嬉しくて、すぐに好きになった。驚く程に単純で、その分余計なものが無くて良かった。初めての恋だし、大切にしたい。歳の分だけ要の方が重いかも知れない。だから、釣り合いは取れていないかも知れない。好きの釣り合いもまた、目に見えず、手に取れない。問いは、主観的なものを求めているはず。
幸衡は「そうか」と独り言ちてから、冷たく言った。
「オークションなどせずとも、余計な羽虫など、私が黙らせる。」
それはどういう意味だろう。要は迷った。
余計な羽虫…とは、オークション開催理由である例のハイエナ女子たちの事だろうか。かの女性が胡桃に無礼を働いた事を知っているとしたら、とんだ情報網だ。
ハイエナ女子対策としてオークションなんか開催しなくても、幸衡がなんとかすると言うのは、胡桃の安全確保の為だろうか。それとも、ひいては要との交際を認めると言う事だろうか。
非常に分かり難くて、要は何と答えたら良いか困った。これも試されているのだろうか。けれど、逃げられない。答えを間違えたら、どうなるのだろうか。不安になりつつも、何とか言った。
「それは私なりの誠意であり、求愛行動のようなものです。」
幸衡が黙らせると言うのだから、事実黙らせるのだろう。そこを疑う事は無い。けれど、だから要にひっこんでいろと言うならば、是とは言えない。
「きゅうあい…。」
若干引いた言い方だった。言い過ぎたか。
「お前にとって、あれは何だ?」
明確には言わない。要とも、胡桃とも。曖昧にして、けれど核心を突く。何故かじわじわと追い詰められている気がした。それでも、反射で答えた。
「癒しです。」
「いやし…。」
また引かれた気がした。
「かの御方は、お可愛らしい。私にとって、何よりの癒しです。」
照れ隠しは愚行だ。大きく見せるのも駄目だ。全部見抜かれる。本心と言葉の隙間にあるものを見抜かれる。そこにある人間性を掌握される。
だから心と言葉の齟齬を最小限に心がけて言うと、幸衡は小さく息を吐いた。吐息で笑ったような気がした。
「同感だ。」
同感。可愛くて、癒される。要にとっての胡桃の魅力に、幸衡が同意した。それは兄としての親愛に見えた。兄妹の絆を感じた。
「お前はあれに何を差し出せる?」
差し出す。捧げる。恋愛とは、そういうものだろうか。要は逡巡してから思うままに言った。
「何も。」
「何も?」
「何もありません。私は私である事しか、何もありません。」
「癒しを受け取って、何も返すものが無い?」
「そう、ですね。むしろ、教えて頂きたいです。私は何を返せますか?」
恋愛で授受すべきものは気持ちではないだろうか。それはきれいごと?分からない。答えが分からないので、素直に問うてみた。幸衡が欲するものは、何なのか。
例えば、妹の恋人を査定しようとするならば、相手の年収とか資産とか甲斐性とか性格とか家族構成とか、そういうものを見るのだろうか。そんなものは問わずとも分かっているはずだ。幸衡ならば。だったら、どうして今この場で待ち構えていたのか。要から、何を聞きたいのか。
問い返されると思っていなかったのか、幸衡はすぐには返答しなかった。だから要は続けた。
「先日、かの御方に尋ねました。私のどこが好ましいとお思いかと。かの御方は、良い人だから好きだと、おっしゃいました。」
「良い人。」
「ええ。良い人、という意味は、分かりません。ただ、私はこれからも良い人であらねばならないと思います。」
そう伝えると、幸衡はゆっくりと瞬きをした。それは言葉を理解する時間に見えた。
「ならば、そうせよ。」
「ええ。」
瞬きと同じくらいゆっくりと踵を返す幸衡が、最後に一つ尋ねた。
「優先順位は?」
「主です。」
迷い無く言った。最優先は頼優だ。それは変わらない。
胡桃ではない。
その答えに、幸衡は背を向けて言った。
「それで良い。」
肯定は、意外だった。
静かに遠ざかっていく幸衡に、要は深く礼をした。
何とか乗り切ったという実感は、あまりなかった。現実感の無い時間だった。何となく、首の皮一枚繋がったような、九死に一生を得たような気がした。今の会話を交際の承認と受け取る厚かましさは無く、けれど否定はされなかったと言う事実が残った。
◆
その事を、帰ってすぐに頼優に伝えると、頼優は嫌そうな顔をして言った。
「幸衡殿が?なんだそれ、こっわぁ。」
あんまりなリアクションに、要は肩の力が抜けた。
「お前、闇討ちされるんじゃないのか?とんだ相手に手出したな。」
「手を出されたのは私ですが。」
揶揄う頼優を見ていたら、小さい事のように思えたが、錯覚だ。
「争いの種になりませんよね?」
「知らん。むこうの出方次第だ。」
「やるんですか?」
「やるだろ。」
なにを?源氏と奥州藤原氏で戦だなんて言うまいな。要は政争の材料のされるのだけは嫌だと思ったが、先ほどの幸衡を思い出してみても、そういう感じではなかった。胡桃が悲しむ事はしないと思えた。
「勝てますか?」
「勝てないな。」
「即答して良いんですか?」
「駄目だろ。」
源氏が奥州藤原氏に勝てるはずがない。けれど鎌倉様がそれを言っちゃあおしまいだ。頼優は要にだけ見せる子どもみたいな笑みで言った。
「骨は拾ってやる。」
「絶対に生き残りますよ、私は。しぶといんですから。」
「だろうな。」
ばしっと背を叩かれたのは、激励だった。要を応援している。その励ましが何よりの安心だった。
◆
その後、幸衡は何も言わず、あまりにも普通に時が過ぎた。
結局あれが何だったのか、要には分からない。けれど、おそらくずっと監視されている。
北海道旅行が迫る中、幸衡の真意は気になるところだ。要と胡桃は来月のオークションの開催に向けて忙しくしていて、毎日のように会っている。だがそれは事務的な打ち合わせであり、会う頻度に反して色気は皆無だ。
そのオークション準備は、優秀過ぎるプロジェクトチームのおかげで、各所の協力者に不足は無く、あまりにスムーズに事が運んでいた。
すべては「紫微星様」と言う最強の看板の成せる業だ。何もかもを、「紫微星様」の名で突破してく。何の障害も無い。その分、名を汚せないという責任を自覚する。
「ネットオークションのHPは義姉たちが手伝ってくれてます。そういうの得意なんで。」
胡桃がまるで自分の事のように自慢するのは、実に可愛らしかった。要は頷いてから、別の事を尋ねた。
「胡桃様。御義姉様方のご結婚については、どうなっておられますか?」
不意の問いに、胡桃はきょとんとして答えた。
「え?棗姉様と那月姉様は、御館様の介入を避けるために、籍だけ入れるつもりなんです。でも紫微星様は御祝をしたいので、仲間内だけでパーティーを開こうとおっしゃっています。私としては、二人の婚礼衣装姿を見たいとは思いますが、結婚式をすると御館様に乗っ取られるので。」
「はは。幸衡殿は余程嬉しいのでしょうね。」
「ええ?違いますよ。結婚式を政治イベントにされるんです。だから嫌なんですよ。」
全否定の胡桃が顔を歪めたが、要は違う気がした。幸衡が妹たちの結婚式を乗っ取るのは、最大の御祝い行為なのだろう。大切だから、盛大にしたいのだ。
「愛ですよ。」
「違いますって。何言ってんですか。ほんと。全然分かってないですよ、要様。」
胡桃がぷんぷんするのは可愛くて、要は何も言わなかった。
でも、今の要は幸衡の愛情を信じられた。何故か、そう思ったのだ。




