11 要の事2
要は胡桃を侮辱した女性の事が、どうしても許せなかった。
もちろんすぐに頼優にチクって対処して貰ったので、二度と源氏本家屋敷に立ち入る事はできないはずだ。
だが、似たような手合いは今後も現れるのだろうと想像すると、これまでのように無視しているだけで良いとは思えなかった。
何か手を打たねば。今後もしまた胡桃に接触するような事があれば、謝っても謝り切れない。
想像し得るリスクを回避しておくのは、仕事の上では当然の予防策であり、要にとって身に着いた考え方である。
だから一晩かけてじっくりと考えた。
そして、一つ覚悟を決めたのだった。
◆
翌朝、要は最速で在仁に先触れを出してアポ取りをした。
元々北辰隊なので一応出入り自由の身だが、正式に話があるのできちんと時間を取って貰ったのだ。
間に胡桃が入っているので優先的に調整して貰えて、午後のおやつ時に在仁の自宅を訪ねた。
「こんにちは。要様。お待ちしておりましたよ。」
にっこりと玄関で迎え入れた在仁は、先日と違ってしっかりとした顔。憑き物が落ちたような、悪い夢から醒めたような、そんなすっきりとした表情だった。
「こんにちは。紫微星様。本日は急な申し出にも関わらず、早速お時間を頂戴いたしまして、まことにありがとうございます。」
丁寧に頭を下げると、在仁は少し面食らった顔をしてから笑った。
「何だか、改まってご丁寧になさると、身構えてしまいますね。」
先触れの地点で、要が何か込み入った話をしに来る気配は感じていたはずだ。人より繊細な事に敏感な在仁なので、敢えて要が畏まって訪ねて来る事を深読みしているはず。要は恐縮しながら、在仁に促されるままにリビングに入った。
前回、要がここに来たのは数日前。在仁と茉莉の意味不明夫婦喧嘩を仲裁した時だ。要がそれを思い出したのと同時に、在仁も同じことを思い至ったらしく眉を下げて言った。
「要様、先日はありがとうございました。醜態を晒しましたのみならず、お手数をおかけ致しました。」
「いえ。たまたまですよ。」
よく考えたら、あの日は胡桃を迎えに来たので、アポなし来訪だった。在仁は何故要がいるのか知らないままだったのだから、普段の要は勝手に訪ねて来る人だと思われているかも知れない。そのレベルの気安さを前提とすると、今日みたいに先触れをして時間を調整してもらった事は、確かにちょいと警戒してしまうかも知れない。
要はそう気付いたが、敢えてその辺の事はスルーしておいた。
当たり前のように部屋の中に存在している胡桃が会釈で迎えると、二人に椅子を勧めた。そしてお茶を淹れて出した。
要は胡桃が差し出した冷たい麦茶の入ったグラスを見てから、在仁の前に置かれた湯呑を見た。在仁に合わせて要にも温かいお茶を出しても良いのに、人によって飲み物が異なる。外から来た人は、真夏の外気で汗だくだから。細やかな気遣い。
同じ秘書業でも、要は頼優の側近秘書と言う立場で、やっている事は事務仕事ばかり。対して胡桃のやっている紫微星様専属秘書の業務はオールラウンドだ。源氏本家ではそれぞれの専門担当者に振り分ける業務も、胡桃は一挙に担っている。だから来客でお茶まで出す。
清和源氏本家中枢と、紫微星様という個人事業主では、規模も量も何もかも違う。けれど、同業として尊敬するところが沢山ある。
要は単刀直入に用件を話さずに、礼儀的に世間話を挟もうと思った。部屋の中には、在仁と胡桃と要だけだった。茉莉は既に産休中だと聞いたのだが、今この場にはいない。
「茉莉様は如何なさいましたか?」
「休んでおります。」
つわりで寝ているのだ。要はすぐに理解して頷いた。妊娠を要因とした不調は病ではないので、何と言うのが正解だろうか。失礼にならない言葉を探していると、返答を待たずに在仁が言った。
「茉莉は健康で丈夫でございます事が取り柄の一つ故、此度の不調には大分まいっているようでございます。なれど、要様のお陰様にて、胎児に必要な食事を欠く事はございません。胎児も無事に成長しております。まこと、ほっと致しました。」
茉莉は怪我の経験はあろうが、病の経験がほぼないのだろう。すっかり不調が通常運転になってしまっているっぽい在仁からしたら大した事ではなくとも、耐性の無い茉莉にはかなり辛いはず。そもそも妊婦のつわりはなかなかしんどいと言う話は聞き及ぶのだから、誰であっても決して楽ではなかろう。ならば茉莉にとっては尚更か。
けれど、在仁が共感能力で一時的につわりを肩代わりしている間に、茉莉は必要な食事をとる事が出来ている。だから、化け物クラスの術力器官を形成中の胎児も、問題なく成長中と言う訳だ。
「いえ。一応、申し上げておきますが。私は決して、紫微星様が肩代わりなさる事を良いと思っている訳ではありません。」
「ふふ、さようでございますね。それは皆様からも言われております。茉莉も全く納得しておりませんので、少しでも共感されるかも知れないから、と看病もさせてくれません。」
だから茉莉が寝ているのに、在仁が付き添っていないのか。確かに在仁は隙あらば茉莉の不調を肩代わりしてしまいそうだ。要は相変わらず危うい人だなと思った。
へらっとする在仁に、横から胡桃が口を挟んだ。
「笑いごとではありませんよ。」
「申し訳ございません。」
確かに笑いごとではないが、苦言を呈した胡桃が、世話の焼ける弟の面倒をみる姉のように見えた。要は良い関係だなと思った。
場の空気は穏やかで、要はそろそろ話を切り出そうと腹をくくった。
「紫微星様。本日はお願いがございまして参りました。」
「お願い、でございますか?要様が、俺に…。何でございましょうか。」
全くこれっぽっちも心当たりが無いとばかりに在仁が不思議そうな顔をした。
「その件をお話させて頂く前に、まずは謝罪せねばならないのです。」
「謝罪?要様が、俺に…?」
ゆっくりと首を傾げた在仁に、要は深々と頭を下げた。
「実は昨日、源氏の者が胡桃様に無礼を働いてしまいました。既に頼優様によって処罰されておりますが、その事を謝罪せねばなりません。紫微星様の大切な秘書様に無礼を致しまして、たいへん申し訳ございませんでした。」
「え?」
なんだって?急に難聴になった仕草で、在仁が胡桃を見た。聞いてないんだけど?と言う視線に、胡桃は困った顔で要を見た。
胡桃は要から、今日やってきた用件を何も聞いていないのだ。
だから胡桃は戸惑いながら言った。
「えっと、要様、その事はもう良いじゃないですか。あの場で終わった事ですから、私は何も求めません。要様のお考えで処罰を下されたのでしたら尚更、掘り返す必要はありませんよ。」
「え?ちょっと、お待ちを。胡桃様は昨日鎌倉を訪ねておられたのでございますか?」
在仁が話を整理しようと待ったをかけるので、胡桃は仕方なく言った。
「そうです。例の鎌倉の御屋敷の図面を、見せて貰いに行きました。」
「屋敷の、図面…。ああ、え?図面?」
明らかに鎌倉の屋敷の件を忘れていたリアクションだ。要は、在仁が胎児に夢中過ぎて色々ポンコツになってるなと思った。いや、なっていたのか。あの夫婦喧嘩から、在仁はやっといつもの調子を取り戻しつつあると聞く。チューニングが出来れば、要の知っているあの紫微星様になってくれるだろう。
「そうです。転移扉に近い土地に、大きな御屋敷が建つんですよ。図面はこれです。」
「うっわぁ…。え?」
胡桃は必然的に図面を出さざるを得なくなって、仕方なく昨日受け取った図面のデータを見せた。ノートパソコンの画面を向けると、在仁は驚き過ぎて言葉を失った。
そりゃあそうなるだろう。とんでも無い立派な屋敷なのだ。要が無言で胡桃を見ると、胡桃は肩を竦めた。
在仁は恐縮して受け取り拒否するかも知れない。どう言いくるめるか、まだ決めていないのだ。だから、要は話を進める事でそこを回避した。
「それで、ですね。その図面をお見せする際に、胡桃様に接触し侮辱した者がおりまして。その者は、元より私に秋風を送っておりまして、胡桃様を侮辱した理由は、邪魔者を排除する為だったようなのです。」
「うん?えっと?要様狙いの女性が、胡桃様を牽制なさったと?」
ゆっくりと訊き返している間に、在仁の闇色の瞳が現実にチューニングされてくのが分かった。鋭く細められたと思うと、在仁が言い直した。
「ああ…。俺が新年会にて要様の御縁談につきまして釘を刺させて頂いた為でございますね。あれにて政略婚の申し込みは出来なくなりましたから、表面上は恋愛結婚である必要がございます。ハイエナ女子の方々は、打算を隠して要様と恋愛結婚なさらねばなりません。その為に戦っておられるのでございますね。わぁ、超モテ期でございますね。」
「その通りです。新年会から半年以上経過し、多少動き易くなったようです。何とか自然の流れで私と恋愛を経て結婚にこぎつけようと言う腹の女性たちが、親のコネを使って源氏本家屋敷にバイトに来るのです。昨日の女性を罰したところで、同じ手合いが後を絶ちません。女性たちは生家の密命にて派遣されておりますので、そう容易く諦めるはずもなく、私も対応に困っておりまして。その私の脇の甘さが、胡桃様にご迷惑をおかけする事となりました。申し訳ございません。」
「いえ。飽くまで要様と恋愛を経てゴールインしたいと言う働きかけでございますので、御家や御立場を使い排除なさる事は難しゅうございましょう。要様の脇の甘さなどではございませんよ。それに、俺は部外者でございますので、胡桃様が許容なさっておられるならば、俺から申し上げる事はございません。」
在仁は確認するように胡桃を見た。具体的にどういう無礼を働かれたのか知らんが、胡桃が許しているならば。その視線に、胡桃は力強く頷いた。
「大丈夫ですよ。要様が守ってくださいました。私、泣き寝入りなんかしないんで、本気で駄目なパターンだったら徹底的に反撃します。ノープロブレムですよ。」
「さようでございますか。ならばようございました。なれど…何故に胡桃様を牽制なさる必要が?」
疑問を口にした在仁が要を見ると、要が胡桃と一度目を合わせてから在仁に向き直った。
「それは、私と胡桃様が交際しているからです。」
「うっわ?え?要様と胡桃様が?胡桃様と要様が?全く存じませんでした。いつからでございますか?」
反対にしても同じである。在仁が動揺して椅子から滑り落ちそうになると、胡桃がその腕を引いて言った。
「今年のバレンタインに、私が要様にチョコを渡したんです。」
「半年前!」
うっそ、そんなに前?と呟く在仁のショックに、要はぺこり。
「報告が遅くなり、申し訳ありません。」
「いえいえ。そのような御報告義務はございませんので、結構でございますよ。ただ衝撃的過ぎただけでございます。」
はぁ…胡桃様と要様が…。と呟く在仁は本当にびっくりしてしまったようだ。鋭い在仁に今までバレなかったのは、別に全力で秘匿して来た訳では無く、単純に会う機会が少なすぎただけだ。驚かせて申し訳ない。要が胡桃を見ると、胡桃も要が明かすと思っていなかった訳だから、ちょっと驚きの顔だった。そういう情報は共有しておくべきだった。反省しつつも、本題はまだこれからだ。
「そ…うなので、ございますねぇ。それで胡桃様が絡まれてしまわれた…。」
当て馬か。と言う呟きに、胡桃は嫌そうな目を向けたが、要は話を推し進めた。
「このままでしたら、昨日のような女性は今後も後を絶たないと思います。けれど、私と胡桃様の立場で、交際を公言する事は憚られます。」
「それは、そうでございましょうね。」
鎌倉様側近秘書と、奥州藤原氏当主の義妹。何かロミジュリ的な?客観的に軋轢があり過ぎて交際自体を内密にすべきでは?戸惑う在仁の頷きを見てから、要が持って来た荷物から紙を出した。
「ですから、そうした者たちを無くす為に、お力添え頂ければと。」
それは司法局から届いた、櫓家の財についての報告通知だ。そこにはとんでもない額が記載されている。
「そちらは例の櫓家の蔵から略奪された物のリストと、時価概算の合計金額です。」
「「え??」」
その金額を見て、在仁と胡桃が目をシパシパさせた。見間違いではない。
「予め司法局には相続放棄の意向を伝えていましたが、捜査により略奪品が明確となった事で、もう一度考えてから答えを出すようにと。」
「そりゃあそうですよ、こんな金額…。本当に相続放棄するんですか?」
胡桃が唖然として問うと、要が居住まいを正して在仁を見据えた。
「これが本題なのですが、私はこれを相続した上で、全額を九州の術者学校の奨学金制度に寄付したいと考えています。つきましては、その事実を公にして頂けませんでしょうか?」
「ちょ…、え?全額?」
要と在仁を見比べるように視線を行き来した胡桃は、要の話の意味が分からなかった。
けれど、在仁は少し、ほんの少しだけ考えるような間を持ってから頷いた。
「分かりました。ならば、俺からもお願いがございます。」
「ちょっと待った。紫微星様、説明してください。私、置いていかれています!」
無理矢理引き留めた胡桃に、在仁は優しく微笑んで解説した。
「要様のモテ期の要因の中でも最大と言えるのが、櫓家の財の存在でございます。要様目当てのハイエナにとっては、要様の財力が魅力なのでございますよ。先程もおっしゃられた通り、要様は櫓家の財を相続放棄なさる御意向でございましたが、飽くまで私的な内容でございます故、公表するべき手段も機会もございません。結局、殆どの方々が要様を億万長者と思っておられるのでございますよ。」
「まぁ、確かに要様が自分から相続放棄なさった事を喧伝するのもおかしいですしね。」
一介の秘書風情の私情を公表する場などない。精々がSNS程度だが、要はそうしたツールを使用していない。
「ですから、要様はその財を手放された事を、公になさろうとおっしゃるのでございます。」
「それが例の奨学金制度への寄付ですか?」
胡桃が尋ねると、要が返答した。
「ええ。紫微星様に関わる事ならば、どのような小さき出来事でも地龍中に知れ渡ります。私が財を手放した事は、誰もが知るところとなりましょう。」
ああ、そういう…。胡桃が理解して引き下がると、要は少し悪びれて肩を竦めた。自分の都合に在仁を利用しようとする事への、罪悪感だ。腹をくくったつもりでも、これで良いのかと少し迷った。だがもう撤回出来ない。一度口にした言葉は、取り戻せないのだ。
「ただ、これまで奨学金制度へ寄付なさった方の実名と金額は明かされていません。ですから、紫微星様にお力添えいただき、橘藤様にご公表頂く必要があります。」
「確かにそうですね。これまでも多くの御家が多額の寄付をしています。それを差し置いて、今回ばかりを公にする事は少々角が立ちませんか?皆さん紫微星様ポイントを争奪しているんですから、寄付した事を公表して貰いたいはずです。ついでに金額も公表して貰いたいはずですよ。」
「そんな事をしたら寄付金額を競うデッドヒートが起こりますよ。」
胡桃の意見に要が眉を顰めた。紫微星様関連は冗談で済まされないのだ。
そこへ、在仁が落ち着いて言った。
「櫓家の財は、晦冥教の活動資金として蓄えられた悪しきものでございます。晦冥教に関わる清算と言う名目でございますれば、こちらのケースのみを公表する事は別段の問題はないものと思いますよ。」
「ああ、だったら司法局にも協力して貰って公表できそうですね。」
櫓家の蔵にあった財は蜻蛉が悪どい手段で集めた汚い財なのだ。それを全部、地龍の清き未来の為に寄付すると言うのは、たいした善行である。そう言う事なら橘藤家のみならず、司法局も手を貸してくれるだろう。胡桃が納得して言うと、在仁は閃いて目を見開いた。
「あ!でしたら、もっと派手にいたしませんか?」
「派手に?」
要が在仁の勢いに気圧されてたじろぐと、在仁はぐいっと前のめりになった。
「櫓家の財は金銭では無く、物品でございます。それを換金いたしませんと、寄付金には出来ませんでしょう。ですから、その為のオークションを開くのでございます。例の奨学金に寄付する為、という名目にて、俺主催の大々的なオークションに致しますれば、時価よりも落札額が跳ね上がり、話題も跳ね上がりましょう。そこまで致しますれば、要様が億万長者でございます事は否定できましょう。」
「派手すぎますね?!」
要は自分で想定していた事を遥かに上回ってしまった事態に、目を回しそうになった。
当初は、橘藤家公式から、櫓家の全財産が奨学金に寄付されたと公表してもらうだけのつもりだった。それで十分に周知出来ると思った。要には期待する財力が無い。だったらハイエナはもう寄って来ないはずだ。
「紫微星様ご主催だなんて、やば過ぎるとしか言えませんよ。」
語彙力が死亡する程にやばい。要の雑な慄きに、胡桃が笑った。
「同感ですね。ですが、確かにやるなら徹底的にやった方が面白くありませんか?要様も助かって、奨学金制度も助かって、更に紫微星様ポイント稼ぎたい家門サイドも燃えて、良い事ずくめじゃないですか。とんだフェスティバルですよ。そんなの私、全力投球しますよ!」
「いやいや、紫微星様ポイントを稼ぎたい家門サイドを煽って荒稼ぎしようとしてますよね?」
「荒稼ぎじゃありません。慈善に充てるんですから、良い事なんです。」
とんだ火種にしか思えない。要は龍涙星曼荼羅捜索における全国の過熱ぶりを思い出して、荒れるなぁと確信した。けれど、胡桃も在仁も全く悪びれもなく笑っている。
「やりましょう、要様。」
「そうですよ。それとも、やっぱりお金が惜しくなったんですか?」
挑発するように言う胡桃に、要はあっさりと負けた。
「分かりました。やりましょう。ですが、紫微星様にご負担を強いる訳には参りません。紫微星様プレゼンツは、お名前のみをお借りする形で、実際はすべて私と、胡桃様にお任せください。」
ちらっと胡桃を見たら、全力で頷いていた。もう一緒にやる気満々だ。要はその態度に励まされて、前向きになった。
確かにここまでしたら目的は確実に達する。折角寄付するのだから、少しでも金額が高くなった方が良いだろう。オークション、良いじゃないか、やってやろう。
「あ、そう言えば、紫微星様。先程何かおっしゃいませんでした?私にお願いがございますとか?」
はたと気付いた要が問うと、在仁が穏やかに頷いた。話の流れが明るかったので、要は完全に油断していた。
「ええ。こちらの御屋敷の事でございます。」
例の図面を指さして言う在仁に、スルー出来たと思っていた二人はびっくりした。
「「え…。」」
在仁が屋敷を受け取り拒否する可能性を危惧して、警戒しつつ耳を傾けると、在仁はPC画面を要に向けながら言った。
「これだけご立派な御屋敷なれど、実際に俺が利用致しますのはほんの僅かでございます。やはり、それでは勿体のうございます。」
鎌倉の屋敷は正直不必要なものだ。在仁はこの自宅があり、鎌倉までは転移扉で一瞬だ。敢えて鎌倉に居を構える必要性が皆無。だから利用頻度がかなり少ない事は、端から分かり切っているのだ。九州の別荘だって年に数回しか使わないのだから、管理の方が手間とお金がかかっているのだ。
「御屋敷は住みませんと朽ちてしまいますので、俺が利用致しません間、どなたか管理なさる御方に住んで頂く必要がございましょう。」
元より管理人は手配するつもりだ。この大きさであるから、常駐する管理人の他にも使用人が必要だろう。要としても、その辺は当然だと思っていた。
「なれど、仮にも俺の屋敷でございますので、どなた様でも、とは言い難いものでございます。俺の信頼できます御方にお任せできますればと。」
「それは、そうですね。」
要は在仁の闇色の瞳が何を言わんとしているのか分からず、戸惑いを禁じ得なかった。
そに、在仁が結論を伝えた。
「ですから、要様が住んでくださいませんか?」
「はい?」
「こちらの御屋敷が出来上がりました暁には、要様に住んで頂きたいのでございます。」
「私が?えっと、私に管理人をせよと?」
「いえ。実務は専門担当者を配備くださって結構でございます。お仕事はこれまで通りに続けて下さい。要様にはこちらの御屋敷で暮らして頂くのみでございます。俺たっての願いにより、俺の屋敷を護る役割を担っていただきとうございます。」
要が胡桃を見た。
胡桃も要を見た。
二人は無言のまま視線で会話をした。
あの屋敷は地龍本家程近くの一等地だ。源氏が紫微星様に献上した事実は大々的に知らされ、誰もが知る事となるだろう。源氏にとってとてつもなく重要な屋敷なのだ。だが、その屋敷に実際に住むのは要だと言う。紫微星様たっての願いで屋敷守を務めると言う事は、とても大きな信頼の証だ。これまで以上に、要の後ろ盾の大きさを知らしめる事になるだろう。
在仁は要を軽んじる者を許さない。その意思を感じて嬉しい反面、思考の速度に二人は驚いた。大分いつもの調子が戻っているようだ。
そこへ、在仁がぽろっと言った。
「俺の屋敷でございましたら、胡桃様とご一緒におられても、どなた様も疑問に思われませんでしょう。」
「「ぶっ…。」」
待って。何??逢引場所って事ですか?二人は何だか猛烈に恥ずかしくなって顔から火が出そうに熱くなった。
「紫微星様、それは余計なお世話ですから…。」
「なれど、お二人にはご一緒に過ごされる場所があまりございません。よろしければ胡桃様も、そちらの御屋敷に住まわれますか?」
「住みません!」
結婚できないカップルだからって、事実婚に持って行こうとするんじゃない。
胡桃と要は在仁の暴走にたじたじになってしまった。
結局要は、在仁の提案を受けて、屋敷守をする事にした。
在仁たっての願いという体裁の所為で、断れなかったのだ。櫓家の財を手放す事を公にする為に、在仁を利用する事を了承してくれたばかりか、全面協力して貰うのだ。それと交換条件というやり方であるから、要に逃げ場はなかった。
想像しても、あのような立派な屋敷で暮らす事は、借り物とは言え、まるで一国一城の主にでもなったようだ。
果たしてそれが自分に務まるのか?
要はとんでもない事になったなと、いっそ他人事のように思ったのだった。




