第8話 赤スパ救済基金、設立!
株式会社ハウンドラインの本社ビル前には、数十台のパトカーと国税局の査察車両が並び、物々しい警戒線が張られていた。
三十年にわたり探索者を食い物にしてきた悪徳ギルドの幹部連中は、全員手錠をかけられ、青ざめた顔で連行されていく。
役員応接室に残されたのは、粉砕された壁と、呆然と立ち尽くす十数人の若手探索者たちだった。
「お、俺たち……どうなるんだ……?」
「ギルドが潰れたら……背負わされた違約金やローンはどうなるの……?」
血と泥に汚れたスーツを着た若者たちが、絶望に震えながら肩を寄せ合っている。
彼らもまた、かつての俺と同じだ。
夢を抱いてこの業界に飛び込み、悪辣な大人たちに搾取され、逃げ場を失っていたのだ。
「心配いりませんよ、迷い子の皆さん」
凛とした、しかしどこまでも温かい声が響いた。
カノンが歩み寄り、傷だらけの若者たちの前にしゃがみ込んだ。
「過酷な搾取の中で、命の火を絶やさずに耐え抜かれた……あなた方の魂は、誰よりも尊く、輝いています」
カノンがそっと両手を合わせると、背後の光輪から淡い黄金色の光の粉が舞い散った。
ふわぁ……ッ。
光の粒子が若者たちの身体を包み込んだ瞬間、骨折した腕が、切り裂かれた皮膚が、過労で擦り切れた内臓が、音を立てて急速に再生していった。
わずか数秒で、全員の顔に健康的な赤みが戻る。
「う、嘘だろ……!? 傷が……痛みが全部消えた……!?」
「身体が……すごく軽い……!」
「怪我は治りました。あとは――その重たい心の鎖ですね」
カノンが微笑みながら見上げた宙には、俺のスマホが浮いていた。
画面の中では、同時接続者数が二十万人を突破し、信じられない光景が繰り広げられていた。
ピロンッ! ピロロンッ!
赤、虹色、金色――画面を覆い尽くすほどのスーパーチャットが、滝のように降り注いでいたのだ。
《名無し探索者:¥50,000「若手の子たちを助けてやってくれ!」》
《大手クランリーダー:¥100,000「ハウンドラインの被害者支援に使ってくれ」》
《一般リスナー:¥10,000「聖女様の解体ショー最高だった」》
《名無し探索者:¥100,000「悪徳ギルド撲滅祈願」》
《赤スパの弾幕で画面が見えねえwwww》
わずか十分の間に積み上がった投げ銭の総額は、優に五千万円を超えていた。
「レイさん」
カノンが俺を振り返り、悪意など微塵もない、満面の笑みを向けた。
「この現世の紙切れ、すべてこの迷い子さんたちの借金返済と治療支援に充てましょう。困っている方のために使うことこそ、お布施の正しい道ですから」
「……ッ、ああ! 任せろ!」
俺の胃の痛みが、初めて吹き飛んだ気がした。
今こそ、俺がプロデューサーとして動く時だ。
俺は端末を高速で操作し、その場でギルド被害者救済のための専用基金口座を開設した。
そして配信画面に規約と収支管理の透明化ポリシーをリアルタイムで表示させる。
「リスナーの皆さん、ありがとうございます! 今いただいた投げ銭はすべて『カノン被害者救済基金』へプールし、弁護士と探索者協会立会いのもと、ハウンドライン被害者の債務清算へ充当します!」
俺が配信カメラへ向かって頭を下げると、コメント欄が狂乱の歓声に包まれた。
《神運営キターーーーー!!》
《スパチャが本当に救済に使われてる!!》
《レイ有能すぎるだろwww》
《これもう行政がやるべき仕事だろ》
《登録者数五十万人突破おめでとう!!》
若手探索者たちが、目から大粒の涙をこぼしてその場に崩れ落ちた。
「あ、ありがとうございます……! 俺たち、助かったんですね……!」
「聖女様……! 一生ついていきます……!」
「ふふ、丁寧な暮らしの第一歩ですね」
カノンが優しく微笑み、彼らの頭を撫でる。
そして俺の机の上にあった、遠山が突きつけてきた『残債二千万円の借用書』を、光の手がサッとつまみ上げた。
ビリビリビリッ!
光の腕が借用書を粉々に引き裂き、黄金の塵へと変えて空中に散らした。
「レイさんの重荷も、これでおしまいです」
「……っ」
胸の奥に詰まっていた四年間の重苦しい鉛が、すうっと溶けていくのを感じた。
二千万円。
俺を縛り付け、死の淵まで追い詰めた借金が――完全に消滅したのだ。
*
その日の夜。
俺の四畳半アパートのちゃぶ台には、カノンが光の手で温めてくれた特製うどんが湯気を立てていた。
端末を開くと、ニュースサイトはどこもハウンドライン解体の特集一色だった。
チャンネル登録者数は一気に五十万人を突破。
もはや一過性のネタ配信者ではなく、業界の闇を浄化する本物のインフルエンサーとして世間に認知され始めていた。
「借金ゼロ、か……」
俺が通帳の残高を見つめて放心していると、カノンが向かい側で嬉しそうにお茶を啜った。
「レイさん、肩の力が抜けましたね。とっても澄んだ、綺麗な瞳をされています」
「……お前のおかげだよ。ありがとうな、カノン」
素直に礼を言うと、カノンは目を丸くし、それからふわりと花が咲くように微笑んだ。
「どういたしまして。ですがレイさん、世界にはまだまだたくさんの迷い子さんがおられますよ」
「……あん?」
カノンが小さな手で、俺のスマホの画面をスワイプした。
そこに表示されたのは、探索者SNSの新たな急上昇トレンドワードだった。
【急増する偽ポーション被害:水増し粗悪品で初心者の死亡事故多発】
「生き延びたい一心で、粗悪な泥水を買い求めてしまう健気な新人さんたち……なんて切実で、エモいのでしょう!」
「おい、まさか――」
「参りましょう、レイさん! 次は薬に迷う子羊たちの救済です!」
「待て! 俺の借金が終わった初日くらい休ませろぉぉぉ!!」
借金から解放された俺の、新たな胃痛の絶叫が四畳半に木霊した。




