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デスゲーム業界に菩薩が来た〜菩薩系インフルエンサーの迷惑で慈悲深いダンジョン救済配信〜  作者: ランダムアクセス


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第5話 公開成仏RTA

 首筋に食い込むサバイバルナイフの冷たさに、俺の喉仏が小さく痙攣した。


「おい偽聖女! 配信を切れっつってんだろ! それともコイツの血を見たいのかァ!?」


 牙崎ガルドの怒鳴り声が、洞窟の岩壁に反響する。

 血走った目、引き攣った頬、激しい息遣い。

 己の悪行が十万人以上の視聴者に晒され、プライドを粉々にされた男の、完全な錯乱状態だった。


 コメント欄は恐ろしい速度で流れていた。


《ヤバイヤバイヤバイ!》

《ガチの傷害・脅迫事件じゃねえか!》

《警察呼べ! もう通報した!!》

《レイ死ぬぞ! カノンちゃん早く逃げて!》


 手元の端末が、恐怖で震える俺の指先から滑り落ちそうになる。

 このままではガルドがトチ狂って本当に喉笛を掻っ切るかもしれない。

 俺は必死に息を整え、カノンへ叫ぼうとした。


「カノン、いいから配信を――」


 だが、言葉は途中で途切れた。


 カノンが、歩み寄ってきたのだ。

 足音すら立てず、ふわりと風に乗るように、白金の光を纏いながら。


 その瞳には、恐怖も怒りもなかった。

 ぽろぽろと、大粒の涙が彼女の白い頬を濡らしていた。

 宝石のように透き通った光の雫が、暗い洞窟の地面に落ちて淡く弾ける。


「……ガルドさん」


 その声は、震える洞窟の空気を一瞬で鎮めるほどに、深く、澄み渡っていた。


「そこまでして……自分の存在を世界に認めてもらいたかったのですね」


「な、なんだと……?」


「誰にも振り向いてもらえないことが、忘れ去られることが、死ぬほど怖かったのですね。だから、他人に噛みついて、毒を撒き散らしてでも……『オレはここにいるぞ』と叫び続けてこられた」


 カノンの背負う光輪が、淡く柔らかい夕暮れのような温かい光を放ち始めた。


 【共感の涙(エンパシー・ブースト)】。

 人の心の奥底にある罪悪感と、孤独の痛みをすべて白日の下に晒す――菩薩の慈悲の奇跡だった。


「なんて不器用で……なんて健気な魂なのでしょう。寂しかったのですね、ガルドさん」


「な……なに言って……オレは……オレ様はミリオンDチューバーだぞ……! 誰にもバカにさせねえ……誰にも……」


 ガルドの腕から、急速に力が抜けていくのが分かった。

 ナイフを持つ手が、ガタガタと震えている。


「いいのですよ。もう、虚勢を張らなくても大丈夫です。あなたの泥臭い叫びは、しっかりと天に届きましたから」


 カノンがそっと、ガルドの震える右手に自分の手を重ねた。


 その瞬間だった。


 カランッ……。


 乾いた金属音を立てて、サバイバルナイフが岩肌に転がり落ちた。


「あ……あぁ……っ!」


 ガルドが両手で顔を覆い、その場にどさりと崩れ落ちた。

 そして――小さな子どものように、喉を張り裂けんばかりに大号泣し始めたのだ。


「うわあああああああああんっ! そうだよ! オレはただ……すごいねって言われたかっただけなんだよぉぉぉぉぉ!!」


「はい、よしよし。よく頑張りましたね」


 カノンは優しく屈み込み、百万人登録の凶悪Dチューバーの頭をポンポンと撫でた。


「全部オレがやりましたぁぁぁ! 三年前の新人探索者滑落事故も、オレがやらせでワイヤー細工したんですぅぅぅ! 保険金詐欺も、素材の横取りも、全部オレの指示ですぅぅぅぅぅ!!」


 十万人を超える全世界生配信の前で、ガルドは涙と鼻水を垂れ流しながら、過去の犯罪行為をノンストップで自白し始めた。


 洞窟の空気が凍りつく。

 それどころか、高台に残っていたガルド一派のカメラマンや取り巻きたちまでもが、次々と頭を抱えて泣き崩れ始めた。


「すいませんでしたぁぁぁ! ガルドさんの脱税の裏帳簿データ、オレのスマホに入ってます!」

「違法ポーションの横流し先リストも全部提出しますぅぅぅ!」


 コメント欄が、過去最大の勢いで大炎上――いや、大爆笑の渦へと変わった。


《は??????????????》

《公開自白RTAはじまったwwwwww》

《凶悪犯が五歳児になってて草》

《余罪がボロボロ出てきてワロタ》

《はい完全成仏》

《成仏RTA世界記録更新だろこれ》

《名無し探索者:¥100,000「警察への通報代」》

《名無し探索者:¥50,000「綺麗なガルド草」》


「……おいおいおい、マジかよ」


 俺は首をさすりながら、信じられない光景に目を丸くした。

 刃物を突きつけられていたはずなのに、気付けば現場は涙と懺悔の極楽浄土と化していた。


 その直後、けたたましいサイレンの音が洞窟の外から響き渡った。


「警察だ! 動くな!」


 配信を見たダンジョン警察と探索者協会の監査員たちが、完全武装で洞窟へ突入してきた。

 だが、犯人確保のために身構えていた警察官たちも、号泣しながら両手を差し出して自首するガルドたちの姿を見て、ぽかんと口を開けた。


「オレを……オレを刑務所へ連れて行ってくださいぃぃぃ! 罪を償って、丁寧な暮らしを一からやり直したいですぅぅぅ!」


「あ、ああ……とりあえず署まで来てもらおうか……」


 ガルド一派は、涙を流しながらおとなしく手錠をかけられ、連行されていった。

 後に残されたのは、清々しい笑顔で手を振るカノンと、呆然と立ち尽くす俺だけだった。


「ふふ、皆さんスッキリとした良いお顔になられましたね。迷える子羊が道を正す姿……実にエモいです」


「エモいというか、前科持ちが倍増しただけだけどな……」


 俺は深くため息をつき、配信を終了させた。

 画面を確認した瞬間、心臓が跳ね上がった。


 チャンネル登録者数――十五万人。

 ネットニュースのトップには、すでに『大手炎上系Dチューバー牙崎ガルド、配信中に号泣自白で現行犯逮捕』の文字が躍っていた。


 完全なる大勝利。

 炎上系による新人潰しは、カノンの慈悲によって完全に更地へと変わったのだ。


     *


 数時間後。

 ボロアパートへ戻った俺は、動画編集ソフトをカタカタと操作し、今回のダイジェスト動画をアップロードした。

 タイトルは【炎上系Dチューバー公開成仏RTA〜モンスター供養から号泣自白まで〜】。

 公開からわずか三十分で、再生数は五十万回を突破していた。


「まあ、レイさん。画面の中のガルドさんも、とっても輝いていますね」


 カノンが淹れてくれた黄金色の神聖緑茶を啜りながら、俺はようやく一息ついた。


「これであいつの嫌がらせも終わりだ。……まあ、少しはプロデューサーらしい仕事ができたか」


 そう呟いた、まさにその時だった。


 ピロンッ。


 俺の個人端末に、一通のメッセージが届いた。

 送信元の名義を見た瞬間、俺の全身の血がサッと引いた。


 【ブラックギルド《ハウンドライン》代表取締役・遠山】


 本文には、冷酷で慇懃無礼な文面が並んでいた。


『拝啓、黒岩レイ君。元気にしているかね。君のチャンネルが大変な話題になっているのを目にしたよ。つきましては、君の抱えている未登録の聖女について、我がギルドで独占専属マネジメント契約を結びたい。かつての残債二千万円の件も含めて、明日事務所で話し合おうじゃないか』


「……ッ!」


 胃の奥が、かつてない激痛とともに悲鳴を上げた。

 俺を底辺まで搾取し、巨額の借金を背負わせて使い捨てた元凶――ブラックギルド《ハウンドライン》の魔の手が、カノンに伸びようとしていた。


「レイさん? またお友達からのお便りですか?」


「友達なわけあるかぁぁぁ!! 一番ヤバい過去の亡霊が追いついてきやがった!!」


 俺の絶望に満ちた叫びが、夜の四畳半に虚しく響き渡った。

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