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デスゲーム業界に菩薩が来た〜菩薩系インフルエンサーの迷惑で慈悲深いダンジョン救済配信〜  作者: ランダムアクセス


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3/15

第3話 炎上上等、突撃コラボ

 築三十年、家賃三万二千円の四畳半アパート。

 薄汚れた天井のシミを見上げながら、俺は冷え切った緑茶を胃薬とともに喉へ流し込んだ。


 胃の奥がきりきりと軋むような鈍痛を訴えている。


「……夢じゃなかったのか」


 手元の画面に映し出されているのは、昨日開設されたばかりの配信チャンネル管理画面だ。


 チャンネル登録者数、一万五千人。

 推定収益額、六十八万円。

 そして――通知欄を埋め尽くす、数十万件におよぶ誹謗中傷と疑惑のコメント。


《おい底辺、CG合成で聖女ごっこして楽しいか?》

《深層で4K配信とか物理的に無理だろ。完全なヤラセ》

《ガルド兄貴にロックオンされてて草》

《人生終了のお知らせ》

《早く土下座配信しろ詐欺師》


 画面がチカチカと高速で明滅するほどの勢いで、罵詈雑言が殺到していた。


 原因はただ一つ。

 登録者数百万人を誇る大手炎上系Dチューバー、牙崎ガルドの動画だ。

 あいつは昨晩、俺たちの初配信をまるごと取り上げ、『底辺探索者の捏造CGペテン配信を徹底糾弾する』と題した動画を公開したのだ。


 再生数はすでに二百万回を突破。

 さらに今朝になって、ガルドのアカウントから生配信の告知が打たれていた。


『本日正午、B級指定《深淵の亡者洞窟》にて、詐欺配信者レイとの直接対決コラボを敢行する! 逃げたらペテン確定な!』


「完全に殺す気配だな……」


 俺はため息をつき、頭を抱えた。

 ガルドの狙いは明白だ。

 コラボと称して未熟な探索者を危険区域に誘い込み、モンスターを擦り付けて半殺しにするか、あるいはパニックで泣き叫ぶ姿を晒し上げて再生数を稼ぐ。

 業界では有名な『新人潰し』の手口だった。


「レイさん、朝食の準備が整いましたよ」


 鈴を転がすような清らかな声が、狭い部屋に響いた。


 顔を上げると、畳の上に正座した金髪の聖女――カノンが、柔らかな笑みを浮かべていた。

 背負った光輪が蛍光灯の代わりに部屋を淡く照らし、四畳半の隅にある万年床すら神聖な祭壇のように見せかけている。


 ちゃぶ台の上には、コンビニの塩むすびとインスタント味噌汁。

 だが、カノンの指先が触れただけで、おにぎりからは湯気とともに高純度の魔力光が立ち上っていた。

 ただの百二十円の米が、エリクサー並みの超高級品に変異している。


「あのな、カノン。美味そうだけど、俺は今それどころじゃないんだ」


「どうされたのですか? そんなに眉間に深い皺を寄せて」


「炎上だよ、大炎上! 昨日の配信のせいで、悪質な大手Dチューバーに目をつけられたんだ! 今日正午にダンジョンに来いって果たし状が届いてる!」


 俺がスマホの画面を突きつけると、カノンは小首を傾げ、画面に映るガルドの凶悪なツラをじっと見つめた。


 ガルドは刺青風のプロテクターを身にまとい、サングラスの奥からギラついた目で視聴者を煽っている。

 誰がどう見ても、血に飢えた肉食獣のそれだった。


 だが、カノンの藍色の瞳が、ぽっと感動の色に染まった。


「……なんて健気なのでしょう」


「は?」


「見てください、レイさん。このガルドという方、己の存在を世界に認めてもらいたい一心で、こんなにも全身から声を張り上げておられます。まるで、冷たい荒野で親を呼ぶ小鹿のようではありませんか」


「どこが小鹿だ! どう見ても獲物を狙うハイエナだろ!」


「承認という名の温もりを求めてもがき苦しむ、乾いた魂の叫び……エモいです!」


 カノンは胸の前で両手を合わせ、うっとりとため息をついた。


 だめだ。

 この聖女、他人の悪意や殺意をすべて『生の輝き』と『尊い渇望』に自動変換しやがる。


「行きましょう、レイさん。迷える子羊が、私たちとの触れ合いを心待ちにしています」


「待て! 行くわけないだろ! あいつの手口はモンスタートレインだぞ! 凶悪なアンデッドの群れを押し付けられて、事故に見せかけて殺されるのがオチだ!」


「困っている方を放っておくことは、私の教義に反します。それに――」


 カノンはふわりと立ち上がり、慈愛に満ちた笑みを深めた。


「皆さんが仲良く手を取り合えば、洞窟も素敵な憩いの場になりますよ」


 背後の光輪が、ボワッと一段強く輝いた。

 その瞬間、ちゃぶ台の上のインスタント味噌汁が黄金色に発光し、芳醇な香りを部屋中に撒き散らした。


 俺は深く天を仰いだ。

 ……止められない。

 この歩く天災を家に閉じ込めておくことなんて、誰にもできやしないのだ。


「……クソが。こうなったら腹を括るしかねえか」


 俺は胃薬のシートをもう一錠プチッと押し出し、口に放り込んだ。

 探索者として四年、底辺を這いずり回ってきた俺だが、ただ無策で殺されるつもりはない。


 俺は引き出しから予備のモバイルバッテリーを三台取り出し、スマホの配信用アプリのビットレートと遅延設定を高速で調整した。

 相手が配信で潰しに来るなら、こっちも配信で迎え撃つまでだ。


「カノン、約束しろ。俺の合図があるまで、勝手に相手を物理で吹き飛ばすなよ?」


「もちろんです。対話による和解こそが、導師の務めですから」


 その笑顔が一番信用できないんだよ、と喉まで出かかった言葉を飲み込み、俺たちは部屋を後にした。


     *


 正午。

 都内郊外にぽっかりと口を開けたB級指定ダンジョン――《深淵の亡者洞窟》の入り口前。


 立ち入り禁止の黄色いテープの周囲には、すでに異様な熱気が立ち込めていた。


「おい、本当に来やがったぞ!」

「マジでCGじゃなかったのかよ……!」

「金髪の女、マジで後ろが光ってねえか!?」


 集まった野次馬探索者や配信関係者が、どよめきとともに道をあける。


 洞窟の入り口前には、黒塗りのワンボックスカーが横付けされ、大型の中継用カメラを構えたスタッフたちを引き連れた男が仁王立ちしていた。

 牙崎ガルドだ。


「ギャハハ! マジで逃げずに来やがったか、底辺のペテン師コンビがよぉ!」


 ガルドが下品な笑い声を上げながら、俺たちを指差した。

 手元の端末を確認すると、あちらの配信枠の同接はすでに五万人を超えている。

 そして、俺のボロスマホがふわふわと宙に浮き上がり、勝手に配信を開始した瞬間――。


 ピコンッ!


 【配信開始:カノン救済チャンネル】

 【同時接続者数:三万八千人 突破】


 合同配信の告知を見て待機していたリスナーたちが、津波のように雪崩れ込んできた。


《キターーーーー!!》

《本当に現地来ちゃったよwww》

《レイ逃げなかったのか偉いぞ》

《いや後ろの聖女様、生身で見ても発光してて草》

《ガルド兄貴、ペテン師をボコボコにしてやってくれ!》

《両枠合わせて同接八万超えはやばすぎ》


 コメント欄が目にも止まらぬ速度で流れていく。


「ようこそ、迷い子のガルドさん」


 カノンが一歩前へ進み出て、優雅にスカートの裾をつまんで一礼した。


「本日こうしてご縁をいただけたこと、心より感謝いたします。さあ、一緒に温かい交流を深めましょうね」


「あ、あん……? 何言ってやがんだこのアマ……」


 カノンのあまりにも純真で屈託のない笑顔に、ガルドが一瞬だけ気圧されたように眉をひそめた。

 だが、すぐに凶悪な笑みを取り戻し、首の骨をボキリと鳴らす。


「減らず口叩いてられるのも今のうちだぜ。この《深淵の亡者洞窟》の深部にはよぉ、凶悪なアンデッドがうようよいるんだ。てめえらのそのお粗末なペテン手品が、本物の化け物を前にしてどこまで通用するか……見ものだなァ!」


 ガルドが背後のスタッフに目配せを送った。

 その目は明らかに、事故に見せかけて俺たちを罠にハメる計画の開始を告げていた。


「レイさん、ご覧なさい。あんなにも嬉しそうに張り切っておられますよ」


「……あいつのどこを見てそう思ったんだよ」


 俺は額にじわりと滲んだ脂汗を手の甲で拭った。

 もはや引き返す道はない。


「行くぞ、カノン。……絶対に俺の側から離れるなよ」


「ええ、もちろん。丁寧にお供いたしますね」


 百万人超の視聴者が見守る中、俺たちは口を開ける暗闇――最悪の罠が待ち受ける洞窟へと足を踏み入れた。

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