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デスゲーム業界に菩薩が来た〜菩薩系インフルエンサーの迷惑で慈悲深いダンジョン救済配信〜  作者: ランダムアクセス


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2/15

第2話 深層4K配信事故

 ぴこんっ。


 深層の静寂を切り裂いて、軽快すぎる電子音が鳴り響いた。


 見間違いじゃない。

 俺のボロスマホが、ふわふわと宙に浮かんでいる。


 しかも、ただ浮いているだけじゃない。

 カノンが背負う光輪から柔らかな間接照明のような淡い光が降り注ぎ、血と泥で薄汚れていたはずの石壁が、高級ホテルのラウンジみたいに神秘的な陰影を帯びていた。


 画面を覗き込むと、信じられない文字が躍っている。


 【最高画質:4K / 60fpsで配信中】


「浮いてる!? っていうか画質どうなってんだよ! 業務用の中継車でも持ち込まないと無理だぞこれ!」


「画角も完璧ですね。光の加減も素晴らしいです」


 カノンは満足そうに微笑み、宙に浮くカメラへ向かって優雅に一礼した。


「皆さん、こんばんは」


 やめろ。

 頼むから全世界に向けて発信するな。

 俺のこれまでの配信なんて、同接が二桁いけば万々歳、普段は三、四人の常連が愚痴を聞くだけの掃き溜めだったんだ。


 だが、画面の右隅に表示された数字が、目を疑う速度で跳ね上がっていく。


 百。

 五百。

 二千。

 五千――。


 一分も経たないうちに、コメント欄が音を立てて滝のように流れ始めた。


《え???????》

《待って、レイ生きてたの!?》

《死んだら笑ってくれ枠を見に来たら美少女がいるんだが》

《画質えぐすぎ草。深層で4Kは物理法則が壊れてる》

《誰この子!? コスプレ? 新手のアイドル?》

《いや後ろの発光、本物の魔力光じゃね?》


 画面越しに伝わる困惑の熱量に、俺の胃がきゅっと縮み上がる。

 ポケットに残っていた胃薬の包みを、指先で無意識に探ってしまう。


 そんな俺の焦りなど意に介さず、カノンは俺の肩へそっと手を添えた。


「本日より、この迷い子のレイさんと一緒に――丁寧なダンジョンライフをお届けしますね」


 その瞬間、コメント欄のスクロール速度がさらに倍加した。


《丁寧とは》

《ダンジョンで丁寧な暮らしwww》

《レイお前いつの間にこんな美少女囲ったんだよ!》

《いや待て、レイの服血まみれじゃねえか》

《丁寧な生活(出血多量)》


「おいカノン、勝手なこと言うな! ここはC級の未踏破区画だぞ! 丁寧な暮らしができる場所じゃねえ!」


「あら、環境のせいにしていけませんよ。どんな場所であれ、慈しみの心を持てばそこが聖域になるのです」


「説教が強すぎる!」


 俺が絶叫した、その時だった。


 通路の奥から、地響きのような重い足音が響いてきた。


 ずしん、ずしん。


 現れたのは、さっきのゴブリンたちのボス格――体長二メートルを超えるホブゴブリンだった。

 しかも一匹じゃない。手下に十数匹の武装ゴブリンを引き連れている。

 先ほどの騒ぎと血の匂いを嗅ぎつけて、巣の主力が出てきたらしい。


《うわ出たホブゴブリンだ!》

《群れじゃん! ヤバいだろこれ!》

《レイ早く逃げろ! ソロで勝てる相手じゃねえ!》

《配信切って救難信号出せ!!》


 コメント欄が警告で埋め尽くされる。

 だが、カノンは逃げるどころか、琥珀色の瞳をきらきらと輝かせた。


「まあ……! 私たちのご挨拶を聞きつけて、こんなにたくさんの方々が集まってくださったのですね」


「モンスターだよ! 歓迎会じゃなくて襲撃だよ!」


「ご安心ください。歓迎には、心づくしのおもてなしでお応えするのが礼儀ですから」


 カノンが一歩前へ踏み出す。

 ホブゴブリンが咆哮し、巨大な丸太のような棍棒を振り上げた。直撃すれば人間など一溜まりもなくミンチになる一撃だ。


 視聴者の悲鳴がコメントを埋め尽くしかけた瞬間――カノンの背後の光輪が、神々しく回転した。


「迷える命に、惜しみない慈悲を――【千光慈救掌】」


 ぶわり、と空間が白金の光で満たされた。

 展開された光の手は、百や二百ではない。通路全体を隙間なく埋め尽くすほどの光の腕が、扇のように咲き誇る。


 そして――


 ぽふっ。ぽふっ。ぽふっ。


 光の手が、突撃してきたゴブリンたちの頭を、優しく、慈愛を込めて撫で回した。


「ぐ、が……?」


 ホブゴブリンの動きが止まる。

 凶悪だった赤黒い眼が、みるみるうちにトロトロと蕩けていき、まるで温泉に浸かった老人のような至福の表情へと変わっていく。


 次の瞬間。


 ぱぁぁぁぁ……と眩い金色の光が弾け、ホブゴブリンを含む十数匹のモンスター全員が、断末魔すら上げずに光の粒子となって霧散した。


 通路には、チリひとつ残っていなかった。


 静寂。


 そして、数秒の空白ののち――スマホの画面が壊れたのかと思うほどの弾幕が押し寄せた。


《は????????????》

《撫でられて消えたんだけど?????》

《ホブゴブリンが一瞬で成仏したwwwwww》

《公開成仏RTAは草》

《攻撃力カンストしてんのに絵面が聖母すぎる》

《名無し探索者:¥50,000「お布施です」》

《名無し探索者:¥100,000「新手の神様降臨記念」》

《赤スパ飛んでて草ァ!!》


「あ、赤スパ……!? ひゃ、十万円!?」


 俺のこれまでの月収に匹敵する額が、虹色のエフェクトとともに画面を流れていく。


 カノンは満足そうに微笑み、再び両手を合わせた。


「皆さんの温かいお心、確かに受け取りました。それでは本日の丁寧なダンジョンライフは、ここまでといたしましょう」


「あ、待て、勝手に締め――」


 ぷつん。


 カノンが指を鳴らすと、配信はあっけなく終了した。


 通路に静寂が戻る。

 宙に浮いていたスマホが、俺の手元へとふわりと落ちてきた。


 画面を確認した俺は、息を呑んだ。


 配信時間、わずか十五分。

 最高同時接続者数――三万二千人。

 チャンネル登録者数――一万五千人。

 獲得スーパーチャット――六十八万円。


「う、嘘だろ……?」


 底辺探索者として四年這いずり回って、何ひとつ手に入らなかった俺の目の前に、信じられない現実が転がっていた。


 だが、呆然とする俺のスマホが、突如として激しく振動した。


 ブブブッ、ブブブッ!


 画面に表示されたのは、大手動画共有サイトの公式通知。

 そして、SNSの急上昇ランキングのスクショを添付した、見知らぬアカウントからのメンションだった。


 【速報:底辺探索者レイの枠に本物の聖女? CG合成のヤラセ疑惑で炎上中】


 さらに、探索者配信界でチャンネル登録者百万人を誇る大手炎上系Dチューバー――牙崎ガルドの公式アカウントから、直接動画リンクが送りつけられていた。


『おいおい、底辺の黒岩レイ君よぉ! 深層でCG使って偽聖女の仕込み配信とは、ずいぶん手の込んだ詐欺やってんじゃねえか? 今度オレ様が直接、そのペテン暴きに行ってやるよ!』


「……は?」


 乾いた声が漏れた。


 カノンは何も知らず、のほほんと俺の顔を覗き込んでいる。


「まあ、レイさん。さっそく新しいお友達からのお便りですか?」


「友達なわけあるかぁぁぁ!! 初配信で最大手の炎上系にロックオンされてんじゃねえか!!」


 俺の胃痛に満ちた絶叫が、静まり返ったダンジョンの通路に木霊した。

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