第14話 有識者、菩薩を徹底討論す(前編) 〜十トンの隕石と外科医のメス〜
拠点のアパートに厳重に梱包された特大段ボール箱が届いたのは、氷堂セリカとの合同配信を終えた翌朝だった。
「届いた……! 本物の金盾だ……!」
緩衝材を剥ぎ取ると、『登録者数 1,000,000人 達成』の文字が刻まれた重厚な盾が現れた。
二千万円の借金を背負い、ダンジョンの底で胃液を吐いていた俺が、まさかミリオン配信者のプロデューサーになるなんて。
俺が感慨に浸っていると、隣から金髪の聖女が覗き込んできた。
「まあ! 平らで立派なお盆ですね、レイさん!」
「お盆じゃねえよ! DANDAN動画公式の金盾だぞ!」
「表面が輝いていますから、急須とお茶菓子を乗せて運ぶのにぴったりです」
「乗せるな! 茶渋がついたらどうすんだ!」
ありがたみゼロの菩薩にツッコミを入れた瞬間、配信管理PCが甲高く鳴り響いた。
ピコン、ピコン、ピコンッ――!!
SNSのトレンド欄が、突如として一つの生配信にジャックされていた。
『【緊急生討論】聖女カノン――その力は究極の救済か、現実改変による支配か?』
配信元はネット最大手の言論チャンネル『ザ・ディベート』。同接は開始五分で四十万を突破している。
「おいおい……なんで俺たちの特集が組まれてんだ!?」
画面には二人の論客が並んでいた。
熱弁を振るうIT実業家・江戸えもんと、黄色いパーカでシニカルに笑う論破王・パリゆき。
「論客があの二人って、どんな地獄の組み合わせだよ!?」
俺が戦慄する横で、スピーカーから江戸えもんの声が響いた。
『奇跡というものを想像してみてください。多くの方は雲間から差す穏やかな光を思い浮かべますよね。私たちは無意識に、救済は優しく包み込むものだと信じている』
パリゆきが口元を歪めた。
『あー、まさにそうです。人間は都合のいい癒やしを求めてるんですよね。でも、もしその奇跡が十トンの巨大な隕石みたいな圧倒的質量とスピードで激突してきたらどうですか? それでも救いと呼べますか?』
『ハハ、怖いですね』
『ええ。彼女の力は魂と肉体を救う神性的救済なのか、それとも意思や物理法則を強制的に書き換える圧倒的な支配なのか。これが今日の核心です』
コメント欄が狂った速度で流れる。
《ザ・ディベートでカノン特集きたあああwww》
《同接五十万突破www》
《開幕から十トンの隕石言われてて草》
《はい神回確定》
江戸えもんが身を乗り出して反論した。
『私は真の救済という立場です。カノンの力は単なる治癒魔法ではなく、対象を最も健全な姿へと劇的に引き上げるものなんですよ。底辺探索者のレイトと接触した際も、致命傷や骨折だけでなく、慢性的な胃痛や栄養失調まで完全に消し去りました。若手探索者たちも後遺症ゼロで完全回復させている。これぞ究極の恩寵ですよ』
「レイトじゃなくてレイだよ! そこ間違えんな!」
思わず叫んだが、パリゆきが冷ややかに割って入った。
『結果だけ見れば驚嘆しますよ。でも、ボンネットの下で何が起きているかを見なきゃダメなんですよね』
『と言いますと?』
『彼女のプロセスは極めて暴力的かつ現実改変的なんですよ。悪徳ギルドに対し、防弾大理石の壁やスタンブレードを巨大な光の手で粉砕しましたよね。相手の同意を一切得ず、自分の「エモい」という主観だけで環境や精神構造を強制的に作り変えている。これを手放しで救済と呼ぶのには強い危機感を覚えますね』
……ぐうの音も出ねえ。
俺は胃を押さえた。言っていることが一ミリも間違っていない。
俺が青ざめる横で、カノンが首を傾げた。
「まあ、パリゆきさん。十トンの隕石だなんて、私そんなに重くありませんよ? ほら、羽のようにふわふわです!」
カノンがその場でくるりと回ってローブを揺らした。
「お前の体重の話じゃねえよ! 奇跡の威力の話だ!」
「愛と慈悲は、重ければ重いほど満たされるものではありませんか?」
「それを世間じゃ暴力って呼ぶんだよ!」
画面の中では議論がさらにヒートアップしていた。江戸えもんが言う。
『ではモンスターへの対処はどうです? 私はあれを「魂の解放」だと捉えています』
『魂の解放、ですか?』
パリゆきが呆れたように鼻を鳴らす。
『起きてる現象は生命活動の強制終了ですよ。ゴブリンや五十体超のアンデッド、フロストウルフを一瞬で霧散させた。癒やしのカバーをかぶった圧倒的な攻撃力であり、生存本能の完全無視です』
『そこですよ!』
江戸えもんが力説する。
『消滅する瞬間、グールは温泉に浸かったような至福の笑みを浮かべていた。もし天才外科医が、患者に一切の痛みを与えず悪性腫瘍を完全に取り除いたとします。私たちはメスの破壊力を非難しますか? 苦痛からの完全な解放である以上、純粋な治療プロセスです』
江戸えもんの鮮やかな弁舌にリスナーが唸る中、パリゆきが薄く笑った。
『外科医のアナロジーは面白いですね。でも決定的な要素を見落としています。外科医は事前に必ずインフォームド・コンセント――同意を得ますよね? カノンは一切の同意を得ていない。走っていたグールは捕食しようとしていただけです。主観的な感動だけで勝手に苦しみと断定して命を終わらせる。痛みがなければ相手の意思に関係なく消していいというのは、非常に危険な論理ですよ』
痛烈な正論にコメント欄が爆発した。
《パリゆき正論すぎて草www》
《インフォームドコンセント取る聖女www》
《グールに「成仏に同意しますか?」草草草》
《同意書にサインするアンデッドwww》
《はい論破www》
「正論で殴るのやめてくれ……!」
俺は頭を抱えた。モンスターに同意なんか取ってたら食われるだけだが、ロジックとして完璧すぎる。
カノンは手を叩いて微笑んでいた。
「まあ、モンスターさんのお気持ちまで考えてくださるなんて、パリゆきさんはお優しいですね!」
「お前が同意なく消滅させてるって責められてんだよ!」
「ふふ、でも皆さん良いお顔で昇天されましたから!」
一切反省しない善意の怪物に、俺の胃はギリギリと軋む。
その時、パリゆきが眼鏡を押し上げ、冷徹な視線を向けた。
『モンスターは例外としてもいいでしょう。では、その同意なき介入が、明確な意思を持つ人間に向けられたらどうでしょうか?』
『人間に、ですか?』
『ええ。炎上系の牙崎ガルドや、毒島社長への対応です。彼女はモンスターの生存本能を無視したのと同じように、人間の精神的な防壁を完全に破壊しているんですよ』
パリゆきの言葉に、江戸えもんの眉がピクリと跳ねた。
「……うわ、ガルドと毒島の件まで来たぞ……!」
俺が戦慄する横で、カノンは目を輝かせて両手を合わせた。
「次は人間の迷い子さんたちですね! エモい展開になってまいりました、レイさん!」
画面の中の熱戦と、隣にいる怪物の無邪気な笑顔。
俺の胃薬の残機がゼロに近づく中、ディベートはさらに恐ろしい核心へと突入していった。




