第11話 神薬爆誕! 悪徳製薬の公開成仏
「配信を止めろ! 今すぐカメラの電源を切れぇッ!」
白昼のダンジョン入口広場に、ライフエイド製薬代表取締役・毒島剛造の怒号が轟いた。
黒スーツの警備員たちが警棒を手にジリジリと間合いを詰めてくる。
「違法な無許可薬品の製造・頒布! 根拠のないデマによる信用毀損! 我が社の名誉を著しく傷つけた現行犯として、貴様らを即時拘束する!」
立て板に水のように難癖を並べ立てる毒島。
だが、あいにく現代の配信業界において、その恫喝は最もやってはいけない悪手中の悪手だった。
「おいおい、社長自らそんなにカメラに寄ってきて大丈夫かよ?」
俺は手元の端末を操作しながら、冷ややかに告げた。
すでに同時接続者数は三十五万人を突破している。
圧力をかけてカメラを止めようとすればするほど、ネットの炎上は火薬庫に火を放ったように勢いを増すのだ。
《社長自ら凸撃してきたwww》
《恫喝で誤魔化す気満々で草》
《同接三十五万人の前で何言ってんだこいつ》
《逃げ場なしの公開裁判キター!》
「だ、黙れクソガキが! 薬なんてものはな、売れて金になればそれでいいんだよ! 綺麗事で何百人もの社員が食えるか! おい、そのカメラを叩き壊せ!」
毒島が喚き散らし、屈強な警備員たちが一斉に突撃してきた。
だが――彼らの凶器が俺たちのドローンに触れることはなかった。
「あなた、本当は最初からそんな方ではなかったのでしょう?」
凛とした鈴の音のような声が、暴力の狂気をすうっと鎮めた。
カノンだった。
金髪を風になびかせた聖女が、哀しげな眼差しで毒島を見つめていた。
「な、なんだと……!?」
「誰かの命を助けたくて、病に苦しむ人を笑顔にしたくて薬学を志したのに……いつの間にか、数字と利益の濁流に呑まれてしまったのですね。迷い子さん、あなたの魂が悲鳴を上げています」
「う、うるさい! 知ったような口を利くな!」
毒島が一瞬だけ動揺を見せ、直後に激昂して腕を振り上げた。
「【千光慈救掌】」
ゴオォッ……!
カノンの背後から、目も眩むような白金色の光の腕が無数に展開した。
突撃してきた警備員たちの警棒やスタンロッドが、まるで手品のように優しく、音もなく光の手によって抜き取られて宙に集められる。
「ひぃっ!? 武器が……手が勝手に離れた!?」
それだけではない。
光の腕の群れは、広場に停められていた黒塗りワンボックスカーの頑丈なバックドアを一瞬でパカッと開け放ったのだ。
ガシャンッ!
車内から光の手が引きずり出したのは、大量のポリタンクと頑丈なジュラルミンケースだった。
光の手がケースの鍵を優しく撫でると、蓋が跳ね上がり、中の書類とラベルが宙に舞い散る。
「あ、あれは……!?」
「青色着色料十号! それに粗悪魔石の粉末タンク!?」
ドローンカメラが最高画質でその証拠をズームアップした。
ケースの中には、偽ポーションの原価計算書、二重帳簿、さらには『初心者死亡事故の揉み消しに関する示談メモ』までが整然とファイルされていた。
《うわああああ真っ黒じゃねえか!!》
《着色料の業務用タンクで草ァ!》
《死亡事故の隠蔽メモまで出てきたぞおい!!》
《光の手、警察の家宅捜索より有能すぎる》
「ば、馬鹿な……!? 隠し金庫の暗証番号までなぜ……!?」
毒島が膝から崩れ落ち、脂汗を垂れ流す。
そこに、カノンが静かに歩み寄った。
その瞳から、ぽろぽろと大粒の清らかな涙がこぼれ落ちていた。
【共感の涙】だ。
「こんなにもたくさんの命を預かりながら、本当はご自分自身が、一番救われたかったのですね……」
じわり、と温かな光が毒島の巨体を包み込んだ。
その瞬間、毒島の顔から傲慢な仮面がボロボロと剥がれ落ちていった。
「う……うわぁぁぁッ……!」
毒島は地面に額を擦り付け、子供のように声を上げて号泣し始めた。
「すまなかった……! 俺は……俺は本当は、昔重い病気で死にかけた妹を助けたくて、自分の手で特効薬を作りたくて会社を立ち上げたんだ……! なのに、いつの間にか研究費が足りなくなって……安く作れる泥水に手を染めて……事故を隠して……もう引き返せなくなっちまったんだぁぁぁ!!」
全世界三十五万人が見守る生配信の前で、悪徳製薬会社のトップによる完全な自白が行われた。
《うわああガチ泣き自白だ》
《はい成仏》
《公開成仏RTA、堂々の達成www》
《妹さん泣いてるぞ……でもやった罪は償え!》
けたたましいサイレンの音が響き渡り、通報を受けて急行した警察と薬事取締局の車両が広場を包囲した。
毒島と警備員たちは、抵抗することもなく手錠をかけられ、護送車へと連行されていった。
*
「ふぅ……よし、これで全部完了だ」
警察の事情聴取を終えた後、俺はベンチで配信の最終処理を完了させた。
ただ悪党を成仏させて終わりでは、明日から困る探索者たちが出てしまう。
俺は即座に配信の概要欄と固定コメントを更新した。
ライフエイド製ポーションの被害相談窓口の案内、ハウンドライン戦で設立した『カノン救済基金』による治療費の全額補償申請フォーム。
そして――カノンが調合した雑草エキスの成分をもとに、薬草アレルギーの注意点と安全な煎じ方をまとめた『オープンソース版・即席回復薬レシピ』の無料公開だ。
「救われて終わりじゃねえ。明日から困らない形にして初めて、救済の意味があるからな」
呟いた俺の言葉に、配信チャット欄は温かいスパチャと感謝の声で埋め尽くされた。
《レイP有能すぎるだろ……!》
《レシピ無料公開助かる! 明日からこれ飲むわ!》
《救済基金の使い道が完璧すぎる》
《チャンネル登録しました!》
端末の画面を見ると、チャンネル登録者数は怒涛の勢いで八十万人を突破していた。
「レイさん、道端の雑草さんたちにもお礼を言わなければいけませんね。とても立派なお役目を果たしてくれました」
カノンが夕暮れの空の下、足元の草に手を合わせて微笑んでいる。
「そうだな。お前も今日はお疲れ……」
ピロンッ。
その時、俺のスマホが聞き慣れない着信音を鳴らした。
探索者SNSの公式認証バッジがついた、特別なダイレクトメッセージだった。
送信者の名前を見て、俺の思考が完全に停止した。
――【氷堂セリカ(登録者数150万人/公式トップランカー)】
『カノン救済チャンネル様。先ほどの配信、大変興味深く拝見いたしました。一度、当方のチャンネルとコラボ企画をご一緒できませんか?』
「……は?」
画面を覗き込んだカノンが、嬉しそうに目を輝かせた。
「まあ! また新しい素敵なご縁ですね、レイさん!」
「ご縁なわけあるか!! 氷堂セリカっつったら配信界の絶対女王だぞ!? なんでそんな雲の上の化け物から名指しで果たし状が届いてんだよ!!」
借金から解放された俺の胃は、どうやらまたしばらく休まることはなさそうだった。




