第10話 雑草煎じ汁と公開検証
脅迫メッセージが届いた時点で、普通の探索者なら震え上がって口を噤むか、警察へ駆け込むかの二者択一だろう。
だが、あいにく俺にはこの四年間、ブラックギルドの怒号と理不尽のシャワーを浴び続けて培った『ふざけんな精神』が骨の髄まで染み付いていた。
「売られた喧嘩をそのまま買い戻して、倍額で叩き返してやる」
ダンジョン広場脇のベンチで、俺は配信端末を高速で操作していた。
感情任せに本社へ凸撃したところで、相手は大企業の顧問弁護士や警備員を盾にして言論封殺を図るに決まっている。
なら、やるべきことは一つだ。
誰の目にも明らかな証拠を揃え、大衆の目前で逃げ場をなくす『公開検証』の場を作ることだ。
――【緊急生配信:市販格安ポーションの実態を徹底検証してみた】
キャッチーなサムネイル、薬事法や安全配慮を明記した概要欄、切り抜きガイドラインの固定コメント。
枠を立てて告知を流した瞬間、登録者五十万人のチャンネルは一瞬で沸騰した。
平日昼間にもかかわらず、同時接続者数は瞬く間に二十万人を突破していく。
《緊急検証きたあああ!》
《さっきの露店ポーションの件か!?》
《ライフエイド製薬ってマジでヤバいのか?》
《レイPの仕事が早すぎるwww》
コメント欄の温度は上々だ。
よし、あとはカノンに本物の治癒奇跡を見せてもらって――そう思って振り返った瞬間、俺の視界に信じがたい光景が飛び込んできた。
「見てくださいレイさん! アスファルトの隙間から逞しく伸びる、この生命の輝きを!」
カノンがダンジョン広場の植え込みにしゃがみ込み、目をキラキラと輝かせていた。
その両手には、青々とした雑草の束が握られている。
「……おいカノン。お前は何をやっているんだ?」
「何って、お薬の材料集めですよ? 誰にも手入れされず、人々に踏まれながらも、力強く大地の恵みを吸い上げて立ち上がる野草たち……なんて健気で、エモい生命力なのでしょう!」
「いやそれ、ただのオオバコとスギナとドクダミだろ!? 道端の雑草だぞ!?」
「まあ、命に貴賤はありませんよ? 大地の恵みはすべての人に平等です。さあ、調合しましょう!」
カノンが嬉しそうに両手を合わせると、背後から光の手が四本ほどにゅっと生えてきた。
一本の手が雑草を掴み、もう一本の手が光の乳鉢を形成し、猛烈なスピードですり潰し始める。
ガガガガガガッ!
「ちょ、待て! 雑草を光の摩擦熱で粉砕すんな!」
すり潰された緑のペーストに、光の手がどこからともなく取り出した純水と黄金の魔力粒子を注ぎ込む。
たちまち、すり鉢の中で緑色の泡がボコボコと激しく泡立ち始めた。
濁った深緑色。ドロリとした謎の粘り気。魔女が鍋で煮込んでいそうな最凶の暗黒物質が爆誕した。
「できました! カノン特製・大地と光の恵みスープです!」
「毒沼にミント混ぜたみたいな見た目してんだけど!? 魔界の汚泥かよ!!」
「失礼ですね、とっても爽やかな香りですよ? ほら、レイさんも一杯どうぞ」
「飲むわけねえだろ!! 絶対に嫌だ! 俺の命を奪う気か!!」
笑顔で緑の泥水を差し出してくるカノンから、俺は全力で後ずさった。
《草ァ!!!》
《絵面が完全に毒物混入事件で死ぬwww》
《レイさん全力で逃げてて草》
《でも香りはいいの草生える》
コメント欄が大爆笑に包まれる中、広場に集まっていた野次馬から一人の青年探索者がおずおずと名乗り出てきた。
左腕をギプスで吊った、D級探索者だ。
「あ、あの……カノン様、レイさん。俺、昨日の潜入で左腕を複雑骨折しちまって……全治三ヶ月って言われたんです。もし検証に使えるなら、俺の腕で試してもらえませんか?」
「おお、ボランティア助かる! だが安心しろ、もし効かなくてもカノンが後で奇跡で確実に治すからな」
俺は青年をベンチに座らせ、カメラの真正面に据えた。
二十五万人の視聴者が見守る中、俺は二つの小瓶を並べる。
一つは、さっきの露店から回収した『ライフエイド製薬特製・速効回復ポーション(八千円)』。
もう一つは、今さっきカノンが道端の草をすり潰した『緑の泥水(原価ゼロ円)』だ。
「それでは検証を開始します。まずは市販のライフエイド製ポーションから」
青年が青い液体を一口飲む。
数秒後――。
「う……うぷっ!? お腹が……猛烈に痛い……吐き気が……!」
青年が腹を押さえて苦悶の声を漏らした。
骨折した腕には何の光も宿らず、腫れ上がった患部はピクリとも動かない。
《ほら見ろ!! やっぱり毒水じゃねえか!!》
《骨折に一切効いてないどころか腹壊してて草も生えない》
《ライフエイド製薬、完全にアウトだろこれ》
「大丈夫ですか? すぐ中和しますね」
カノンが優しく背中をさすり、青年の胃痛を光の粉で和らげた。
そして――。
「では、大地の恵みをどうぞ」
「ひぃっ……! そ、それを飲むんですか……!?」
目の前に差し出された緑色の泡立つ泥水に、青年が引き攣った悲鳴を上げる。
だが、カノンのあまりに純真無垢な笑顔に気圧され、意を決してゴクリと一気に飲み干した。
その瞬間だった。
ボワッ……!
青年の全身から、目も眩むような黄金の燐光が吹き上がった。
パキパキパキッ! と骨が組み換わる小気味よい音が響き、ギプスが内側から吹き飛ぶ。
「え……? あ、腕が……動く!?」
青年が呆然と腕を回した。
複雑骨折していたはずの左腕が、完全に元通りになっている。
それどころか、日焼けで荒れていた肌が信じられないほどスベスベになり、睡眠不足のクマまで消滅してツヤツヤに輝いていた。
「な、なんだこれ……!? 身体が羽みたいに軽い……! 昨日までの疲労が全部消えたぞ!?」
カノンがふわりと微笑み、カメラに向かって優しく語りかけた。
「大地の恵みは、時に人のつけた値札を軽々と超えるのですよ」
ドカンッ! と画面が揺れるような勢いでコメント欄が爆発した。
《うおおおおおおおお!?!?》
《完治どころか美肌エステまで完了してて草ァ!!》
《道端の雑草 >>> ライフエイド製薬(八千円)》
《製薬業界完全終了のお知らせwwwww》
《雑草以下wwwwwwwww》
同接は一気に三十万人を突破。
まさに大勝利、完全なる公開処刑の成立だった。
だが――祭りの熱気が最高潮に達したその時、けたたましいタイヤのスキール音が広場を切り裂いた。
キキィィィッ!
黒塗りの高級大型ワンボックスカーが二台、歩道に乗り上げるようにして急停車したのだ。
ドアが乱暴に開き、屈強な黒スーツの男たちが十数人、警棒やスタンロッドを手に雪崩れ出てくる。
そして最後の中央車両から、高級スーツに身を包んだ脂ぎった巨漢が降り立ってきた。
男は血走った目で俺たちのカメラを睨みつけ、唾を撒き散らしながら怒鳴り散らした。
「営業妨害にもほどがあるぞ、クソ配信者どもがぁぁぁッ!!」
ライフエイド製薬代表取締役、毒島剛造。
俺は胃の痛みを忘れ、思わず心の中で呟いていた。
(うわぁ……元締めが、自分から配信に映りに来やがったぞ)




