第89話 1605年11月15日
物語は5年後へと進みます。ここからは、これまでとは少し違った視点で琉球の物語を描いていきます。
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5年後――1605年11月。
琉球王国は、この5年間で大きな変貌を遂げていた。
1600年、塩屋村から始まった改革は沖縄本島全域へと広がり、農業、産業、商業、交通、軍事など、あらゆる分野で発展を遂げていた。
この5年間で何が変わったのか。その成果を振り返ってみよう。
「農業・食料」
・王府直轄水田20ヘクタールが完成。琉球米4ヘクタール、沖縄米16ヘクタール。ともに二期作。
・沖縄本島の50間切で合計500ヘクタールの水田を整備。すべて多収穫品種の沖縄米を二期作し、年間籾収穫量は7,000トン。
・王府直轄分272トンを合わせた年間籾収穫量は7,272トン。精米すると約4,727トン。
・塩屋村と近隣3村を含む約154村に、最低1ヘクタールずつ琉球芋畑を整備。年間約1,848トンを収穫。
・塩屋村と近隣3村で始まった共同体方式が沖縄本島全域に普及。琉球芋を共通作物とし、近隣3村では粟、大豆、高粱をそれぞれ分担して栽培。この方式が各地に広がった。
・悠真が現代から持ち込んだ野菜の種によって、オクラ、カボチャ、空心菜、小松菜、ニンジン、トマト、ナス、キュウリ、ピーマン、トウモロコシ、キャベツ、タマネギ、ダイコンなど、沖縄本島で栽培される野菜の種類が大幅に増加。
・各村では野菜の栽培を分担し、共同体内で融通し合う仕組みが定着。
・農民たちは悠真の手を借りず、自力で水田や畑を開墾できるようになった。
・水田はまだ不足しており、各地で自主的な開墾が続いている。
・悠真が持ち込んだ現代の多収穫品種のサトウキビが普及し、黒糖生産量が劇的に増加。
・食料不足は大幅に改善したが、米の供給量はまだ十分ではない。
・宮古・八重山などの離島では、農業改革はまだ十分に進んでいない。
「道路・交通」
・首里を起点とする西海岸・東海岸沿いの主要街道がともに全線開通。両街道とも荷車がすれ違える道幅を確保。
・主要河川には橋が架けられ、物資の輸送が容易になった。
・各間切から主要街道へ接続する道路の整備も進んだ。
・荷車やリヤカーが普及し、農産物や生活物資の輸送量が大幅に増加。
・山間部や村同士を直接結ぶ道路は、一部整備途中。
「商業・通貨・税制」
・王府直営の商店50か所が開業。
・1銭・10銭・50銭の銅銭が発行され、沖縄本島全域に普及。
・農産物の売買や職人への賃金支払いに銅銭が使われるようになった。
・王府による農産物の義務的な買い上げ制度は廃止。
・農産物の税率は従来どおり収穫量の1割を維持。
・残り9割は農民が自由に消費・保存・販売できる。
・王府商店では希望する農民から農産物を買い取り、各地域へ流通させている。
「交易・王府財政」
・那覇の大城商会が発展し、明や南蛮との交易が拡大。
・サンラーが商会の運営を担っている。
・真珠、文具、手鏡、ガラス製品などの交易が継続。
・黒糖の生産増加によって、琉球独自の輸出品が充実。
・王府の農業収入、商店収入、交易収入が増加。
・増えた収入は道路、農地、研究施設などの整備に充てられている。
「鍛冶・木工・陶器研究班」
・首里近郊の鍛冶・木工・陶器研究施設が稼働。
・鍛冶班では金属加工技術が向上し、農具や各種金属製品の製造が進んだ。
・木工班では荷車、農具、建築資材、機織り機などの量産技術が発展。
・陶器班では窯や耐火レンガの改良が進み、陶器製品の品質と生産量が向上。
・三つの研究班が協力して道具や機械を開発している。
・千歯扱きなどの農業用具が各地に普及。
・精密な機械の大量生産は、まだ難しい。
「織物・衣料産業」
・機織り機の増産が進み、各間切に普及。
・織物の生産量が大幅に増加。
・機織り職人は若い女性たちに人気の職業となり、希望者が増加。
・衣料品の供給が増え、庶民の衣生活が改善。
・織物は琉球の重要な交易品の一つとなった。
・手動ミシンは精密部品の製造が難しく、開発が難航。まだ実用化されていない。
「ガラス研究班」
・1602年、陶器研究班から独立してガラス研究班が発足。
・1605年11月時点で研究3年目。
・ガラス炉の建設に成功。
・コップ、瓶、小皿などの製造に成功し、少量ながら販売を開始。
・透明度や品質にはばらつきがあり、改良を続けている。
・板ガラスや精密レンズは、まだ製造できていない。
「軍事・王府軍」
・小西美作守を総指揮官として王府軍を再編。
・常設軍1,000人を編成。
・小西とともに琉球へ落ち延びた旧家臣たちが、軍の指導役を務めている。
・悠真が自衛隊時代に学んだ体力訓練を導入。栄養状態の改善も重なり、兵士たちの筋力、持久力、行軍能力などが大幅に向上。
・小西の戦国時代の実戦経験と悠真の知識を組み合わせ、組織的な防衛・攻撃の新戦略を導入。
・指揮命令系統が統一され、部隊間の連携が強化された。
・手動式ライフルの試作品が完成。ただし量産には至っていない。
・新型弾薬や特殊弾薬は研究段階。
・海上防衛体制は、まだ整備途中。
「情報収集・日本からの移住」
・服部源十郎を中心に情報収集組織が整備された。
・日本国内と琉球国内に情報網を構築。
・薩摩をはじめとする日本各地の動向を収集している。
・5年間で武士や忍びの家族など約300人、日本で職を失った職人とその家族約300人、合計約600人が段階的に琉球へ移住。
・移住した職人たちが琉球の産業発展に貢献している。
「住居・生活環境」
・塩屋村で始まった高床式住居の建築技術が沖縄本島全域に普及し、各村で建て替えが進んで住環境が改善。
・鶏と山羊の飼育が本島全域で拡大。鶏卵、鶏肉、山羊肉が庶民の食卓にも普及し、米、芋、野菜と合わせて栄養状態が改善。
「悠真の5年間」
・この5年間で、悠真が現代へ帰還した日数は合計30日間。
・帰還の目的は、物資の購入、機械の調達、情報収集など。
【首里城・尚寧王】
大城悠真が倒れた。
医者の話では、過労によるものだという。幸い命に別状はなく、しばらく休めば回復するとのことだった。
本人は大丈夫だと言い張っているようだが、余はそうは思わぬ。あの男が琉球に現れてから、早くも五年が過ぎた。
思えば、塩屋村という小さな村から始まった改革が、今では沖縄本島全域に広がっている。米が採れ、民が腹いっぱい食えるようになり、街道が整備され、商いが盛んになった。
かつての琉球では考えられなかったことばかりだ。それもこれも、あの男が休む間もなく働き続けてくれたおかげだ。
余も王として国を豊かにするために尽くしてきたつもりだが、悠真がいなければ、ここまでの発展はなかったであろう。
しかし、余は大切なことを見落としていたのかもしれぬ。悠真とて一人の人間なのだ。
いくら不思議な力を持っていようと、疲れぬわけではあるまい。あの男は自分のことより、いつも琉球の民のことを考えておる。
ならば、今度は余があの男のことを考えてやらねばならぬ。しばらくは仕事を禁じ、ゆっくり休ませよう。
たとえ本人が嫌がろうとも、こればかりは王命として従ってもらうぞ。
余は近くに控えていた侍従に声をかけた。
「浦添親方、名護親方、城間親方の三人を、すぐにここへ呼んでまいれ」
「はっ、かしこまりました」
侍従は深く頭を下げると、足早に部屋を出ていった。しばらくして、三人の親方が揃って姿を現した。
「王様、お呼びでしょうか」
浦添親方が三人を代表して口を開いた。
「うむ。悠真のことで、そなたたちに話がある」
余がそう告げると、三人の親方は顔を見合わせた。
「悠真に一週間ほど休みを与えようと思う。医者の話では、疲労が相当たまっておるらしい」
「ここ数か月は各地の農地や街道を見て回り、首里に戻れば研究施設で職人たちと話し合い、王府軍の訓練にも顔を出していたそうだ」
「確かに、悠真殿は朝早くから夜遅くまで動き回っておられましたな」
浦添親方がうなずいた。
「食事を後回しにすることもあったと聞いております。近頃は顔色も優れませんでした」
名護親方が心配そうに言った。
「昨夜も遅くまで鍛冶研究班の者たちと話をしていたようです。今朝、王府へ向かう途中で突然倒れたとか」
城間親方の言葉に、余は深くため息をついた。
「まったく、あの男は自分の体を何だと思っておるのだ」
しばらく沈黙した後、余は三人を見渡した。
「よいか。七日間、悠真には一切の仕事を禁じる。これは王命じゃ」
「しかし、悠真殿が素直に休まれるでしょうか」
浦添親方が苦笑した。
「休まぬと言うなら、余が直接言い聞かせる」
三人の親方は揃って頭を下げた。
「かしこまりました」
「それから、悠真が休んでいる間の仕事は、そなたたちで分担してもらうぞ」
三人の親方は再び顔を見合わせた。
【首里城・悠真】
俺は目を覚ました。どうやら疲れがたまって倒れてしまったらしい。
確かにここ一か月、少し追い込みすぎた感がある。農地の視察に研究施設の確認、王府軍の訓練と、毎日何かしらの仕事に追われていた。
それにしても、俺のスローライフはどこへ行ったんだ。
とりあえず尚寧王からは、一週間ほど休めと強く言われている。しかも王命だそうだ。
まったく、王様に仕事をするなと命令されるとは思わなかった。
そもそも、ここ一か月ほど無理をしていたのには理由がある。
鍛冶研究班が五年間かけて改良を重ねてきた工作機械が、ようやく完成間近まで来ていたのだ。
これまで琉球では、精密な金属部品を作ることが難しかった。旋盤もあるにはあるが、加工できるものには限界があった。
そこで研究班と一緒に、より精度の高い金属加工ができる新しい旋盤の開発を進めていた。
これが完成すれば、今まで作れなかった部品が作れるようになる。開発が止まっている手動ミシンや、量産できずにいるライフルにも道が開けるはずだ。
あと少し、あと少しと思っているうちに、毎晩遅くまで研究施設に入り浸っていた。
職人たちには交代で休ませていたのに、俺自身が休むことを忘れていたらしい。
まったく、情けない話だ。
だが、あの旋盤だけは完成させたかった。
五年前、俺が持ち込んだ機械を見て驚いていた職人たちが、今では自分たちで図面を引き、改良を重ねている。
あと一歩で、俺が手を貸さなくても精密な機械を作れるようになるのだ。
そう考えると、どうしても途中で手を止められなかった。
しかし、王命には逆らえない。
一週間か……。
これだけまとまった休みが取れるのも久しぶりだ。せっかくだから、塩屋村に帰ってみようかな。
思えば、もう五年も帰っていない。
最初の一年は、首里での仕事を覚えるだけで精いっぱいだった。農地の整備に街道の建設、王府の制度改革と、次から次へと仕事が増えていった。
二年目、三年目になると、研究施設や王府軍の仕事も加わった。塩屋村へ帰ろうと思っても、気がつけば一か月、二か月と過ぎていた。
それでも、帰る機会がまったくなかったわけじゃない。
首里から塩屋村まで、今では街道も整備されている。数日休みを取れば、十分に帰れたはずだ。
なのに、なぜか帰れなかった。
ウシマルさんやタルガニさんにも会いたいし、マカトもずいぶん大きくなっただろう。
そして、かなさん。
あの人は今、どうしているだろうか。
忙しい毎日の中でも、ふとした瞬間に、かなさんの笑顔を思い出すことがあった。
何度か塩屋村へ向かおうとしたこともある。荷物まで用意したのに、結局、仕事を理由に取りやめてしまったこともあった。
会いたくなかったわけじゃない。
むしろ、会いたかった。
それなのに、いざ会えると思うと、どうしても一歩が踏み出せなかった。
五年という月日が、俺とかなさんの間に何か見えない壁を作ってしまったような気がする。
……いや、そんなことを考えていても仕方がない。
よし、明日にでも塩屋村へ帰ろう。
久しぶりに、かなさんの顔が見たい。
【塩屋村・マカト】
朝ご飯を食べ終えると、私は母さんと一緒に家を出た。
十一月に入り、朝晩は少し肌寒くなってきた。袖口から入り込む冷たい空気に、季節の移り変わりを感じる。それでも昼間はまだ暖かく、畑仕事をしていると汗ばむほどだ。
村では二期作目の稲刈りが終わり、今は脱穀や籾の乾燥で大忙しだ。
私も朝から脱穀を手伝っている。昔は大人たちの後ろで作業を眺めているだけだった。籾の入った籠を持とうとしても重く、すぐに地面へ下ろしてしまったものだ。
けれど、今は違う。
腕は痛くなるし、足も泥で重たい。それでも、任された仕事を最後までやり遂げられるようになった。少しずつでも村の役に立てていると思うと嬉しくて、籠を持つ手に自然と力が入る。
「マカト、そっちの籾を運んでおくれ」
「はーい!」
声をかけられ、私は籾の入った籠を抱えて干し場へ向かった。
ところが途中で、籠の底がぐらりと傾いた。
「わっ!」
籾がこぼれそうになり、慌てて籠を抱え直す。何粒かは地面に落ちてしまったが、大半はどうにか無事だった。
私は泥の上に散らばった籾を拾おうとしゃがみ込んだ。
「大丈夫かい、マカト?」
背後から、おばさんの声がした。
「うん。でも、少し落としちゃった」
「それくらいなら平気さ。無駄にしないよう、拾える分だけ拾っておいで」
責められなかったことに、胸の奥がじんとした。私は泥のついていない籾を一粒ずつ拾い集める。
前なら、失敗が恥ずかしくて逃げていたかもしれない。でも今は、失敗したなら、その後にできることをすればいいと思える。
干し場には収穫した籾が広げられ、村の人たちが忙しそうに働いていた。
「今年もたくさん採れたねえ」
隣で作業していたおばさんが、嬉しそうに言った。
「うん! これだけあれば、しばらくお米には困らないね」
広げられた籾を見渡しながら、私は答えた。
昔はお米なんて滅多に食べられなかった。それが今では、毎日のように食卓に並んでいる。
けれど、これは当たり前のことではない。村のみんなが畑を耕し、種をまき、暑い日も寒い日も働いたからこそ、これだけの籾を収穫できたのだ。
私もその一人になれたのだと思うと、胸が少し誇らしくなった。
お昼になると、私は母さんのいる共同炊事場へ向かった。
「母さん、何か手伝うことある?」
「それじゃ、野菜を洗っておくれ。今日は鶏肉と野菜の汁物にするよ」
大きな鍋から、いい匂いが漂っている。立ち上る湯気が、冷えた指先を温めてくれた。
私は野菜を洗いながら、母さんと今日あったことを話した。
「そうそう、隣村の人が来てたよ。今度、大豆と野菜を交換するんだって」
「そうかい。じゃあ、明日は少し多めに野菜を採っておかないとね」
母さんはそう言って笑った。
洗った野菜を籠に移しながら、私は明日の畑仕事を思い浮かべた。朝は少し寒いだろう。でも、今日より手際よく働いて、母さんを驚かせてみたい。
夕方、仕事を終えると、村の人たちが共同炊事場に集まってきた。
炊事場では夕飯の支度が進み、大きな鍋から湯気が立ち上っている。子供たちは食事ができるのを楽しみに待っていた。
私は母さんの隣で、村のみんなの椀を並べた。数を間違えないよう一つずつ確かめ、足りない椀がないことを確認する。
以前なら、誰かに言われるまで手伝おうとはしなかった。けれど今は、次に何をすればいいのかを自分で考えられるようになった。そんな小さな変化が、嬉しかった。
やがて、みんなの椀に汁物がよそわれていく。
今日もよく働いた。
朝に籾をこぼしかけたときは、どうなることかと思った。でも、拾えるものを拾い、最後まで仕事を続けることができた。
お腹もぺこぺこだ。
湯気の向こうで、村のみんなの顔がほころんでいる。私が並べた椀にも、温かな汁物が注がれていた。
さあ、みんなで夕飯だ。
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