第88話 1600年11月15日
投稿おそくなりました
王府直営の商店や街道の整備が始まってから、二か月半ほどが過ぎた。俺は相変わらず首里を拠点に、水田の開墾や各地の工事で忙しい毎日を送っていた。
朝食を済ませ、今日の予定を確認していると、王府の役人が訪ねてきた。「ユウマ殿、王様がお呼びです。那覇から急ぎの知らせが届いたそうです」
「分かりました。すぐに行きます」俺は身支度を整え、広間へ向かった。中に入ると、尚寧王と三司官が揃っていた。
「おはようございます。何かあったんですか?」「ユウマ殿、まずは座ってくれ。日本から知らせが届いた」
「日本からですか?」「うむ。そなたが以前申しておった関ヶ原の戦いだ。徳川家康が勝ったそうだ」
やはり、歴史どおりになったか。王様は三司官に目を向けた。「皆も覚えておろう。ユウマ殿は、戦が始まる前から徳川家康が勝つと申しておった」
「まことに驚くべきことですな」浦添親方が感心したように言った。「これで、ユウマ殿が未来の出来事をご存じだという話も、いよいよ信じざるを得ませんな」
「それで、知らせは誰が持ってきたんですか?」「今朝、那覇港に入った明の商船だ。その船に、日本から落ち延びてきた武士たちが乗っておったそうだ」
「武士ですか?」「十四名おるという。小西行長という武将に仕えていた者たちだそうだ」
小西行長か。関ヶ原で西軍に属し、敗れた後に処刑された武将だ。
「その者たちは、琉球に身を寄せたいと願っておる」「なるほど。それで王様に知らせが届いたんですね」
「うむ。明の商人から、琉球では新しい田が次々と造られ、国が豊かになりつつあると聞いたそうだ。それで、この国を頼ってきたという」
俺たちが進めている開墾や交易の噂が、日本にまで伝わっていたらしい。「王様、その十四名は今どこにいるんですか?」
「那覇で待たせておる。まずは事情を聞かねばならぬ」王様は少し考えてから続けた。「ユウマ殿。以前、そなたは関ヶ原の戦が終われば、日本から忍びを雇いたいと申しておったな」
「はい。覚えています」「この者たちの中に、忍びがいるかもしれぬ」「それは確認してみたいですね」
「余も直接会って話を聞こうと思う。そなたも同席してくれぬか」「もちろんです」
まさか日本へ探しに行く前に、向こうから武士たちがやってくるとは思わなかった。しかも、小西家の旧臣だ。
王様は控えていた役人に命じた。「那覇にいる十四名を首里城へ連れてまいれ。余が直接話を聞く」「はっ、承知いたしました」
役人が退出すると、王様は俺に尋ねた。「ユウマ殿、その小西行長という武将について、何か知っておるか?」
「はい。九州に領地を持っていた大名です。豊臣秀吉に仕え、朝鮮での戦にも参加しています」「島津とは関わりがあるのか?」
「あります。朝鮮では同じ豊臣軍として戦いましたし、関ヶ原でも同じ西軍に属していました」「ほう。同じ側で戦っておったのか」
「ただ、小西家は敗れて領地を失いましたが、島津家はこの後も薩摩を治め続けます」「同じ戦に敗れても、ずいぶん違うものだな」
「そうですね。小西家の家臣たちも、複雑な思いがあるかもしれません」「なるほど。まずは話を聞いてみよう」
昼を過ぎた頃、那覇へ向かった役人が十四名を連れて戻ってきた。
広間に入ってきた男たちは、皆、長旅の疲れが顔に出ていた。腰に刀はなく、城へ入る際に預けたのだろう。
先頭に立つ男は四十代半ばほど。背筋を伸ばし、落ち着いた表情をしている。男たちは揃って膝をつき、王様に礼をした。
「遠路はるばる、よく参った。面を上げよ」王様の言葉に、先頭の男が顔を上げた。
「お初にお目にかかります。拙者、小西家に仕えておりました小西美作守と申します。このたびはお目通りをお許しいただき、まことにありがたく存じます」
「うむ。まずは、そなたたちが琉球へ参った訳を聞かせてくれ」
「はっ。我らが主君、小西行長様は関ヶ原の戦に敗れ、捕らえられた後、京の都にて処刑されました。領地も没収され、家臣たちは散り散りとなりました」
美作守は一度言葉を切った。「我らは戦の後、九州へ戻ることができましたが、追っ手を恐れて身を隠しておりました」
「その後、港で明の商船が琉球へ向かうと聞き、船主に頼み込んで乗せてもらったのでございます」
「そうであったか。それは難儀であったな。しかし、なぜ琉球を選んだ?」
「明の商人から、この国では近頃、田畑が広がり、民の暮らしが豊かになっていると聞きました。新しい国造りを進めておられる王がおられると聞き、最後の望みを託したのでございます」
「そなたたちは、この国で何を望む?」
「我らは主君を失った身。もはや帰るべき場所もございません。どうか、この琉球に身を寄せることをお許しいただきたく存じます。お許しいただけるならば、我らの力を王様のお役に立てたいと考えております」
王様は俺に目を向けた。「ユウマ殿、何か尋ねたいことはあるか?」「はい。少しよろしいですか」
「皆さんは、全員が小西家の武士なんですか?」美作守が答えた。「いえ。十名は小西家に仕えていた武士ですが、残る四名は忍びにございます」
やっぱりいたか。「忍びですか。その四名の代表はどなたです?」一人の男が前に進み出た。
年の頃は三十代後半。ほかの武士たちと比べると身なりは質素で、目立たない男だった。「服部源十郎と申します」
「服部さんは、どちらの忍びなんですか?」「甲賀にございます」
甲賀か。俺も詳しいわけではないが、伊賀と並んで忍びの里として知られている。
「小西家に仕えていたんですか?」「はい。主に情報を集める役目を担っておりました」
「なるほど。では、どうして皆さんと一緒に琉球へ?」
「戦の後、小西家の方々を九州までお守りする役目を引き受けました。我らも仕える先を失っておりましたので、そのまま行動を共にした次第です」
なるほど。それなら四人の忍びが同行しているのも納得できる。
「服部さん、今の日本には、皆さんのように仕える先を失った忍びが多いんですか?」
「はい。戦が終わり、各地に散った者も少なくありません」
「もし琉球で仕事をお願いするとしたら、仲間を呼び寄せることはできますか?」
源十郎は俺の顔を見た。「どのようなお役目でございましょうか」
「日本の情勢を調べてもらいたいと考えています。ただ、詳しい仕事については、皆さんが琉球で暮らし始めてから相談したいと思います」
「承知いたしました。仲間に声をかけることは可能にございます」
王様が口を開いた。「今の日本は、大きな戦が終わったばかりと聞く。琉球としても、海の向こうの情勢を知っておきたいのだ」
「もっともなことにございます」美作守が答えた。
「ところで、皆さんのご家族はどうされているんですか?」俺が尋ねると、美作守の表情が曇った。
「妻子を持つ者もおりますが、皆、日本に残してまいりました。逃れるだけで精一杯でございましたので」
「そうですか。いずれご家族も琉球へ呼び寄せたいですか?」
「それがかなうのであれば、これほどありがたいことはございません」
俺は王様に向き直った。「王様、まずはこの十四名を受け入れてはどうでしょうか」
「うむ。余もそう考えておった」
「ただし、すぐに重要な仕事を任せるのではなく、しばらく様子を見たいと思います」「それがよかろう」
王様は十四名に向かって告げた。「そなたたちの琉球への滞在を許そう。住まいと当面の食料は王府で用意する」
「ありがたき幸せにございます!」十四名は揃って礼をした。
「ただし、王府に仕えるかどうかは、互いをよく知ってから決めたい。それでよいか?」「もちろんにございます。我らに異存はございません」
俺は続けた。「皆さんには、しばらく首里で暮らしてもらおうと思います。日本とは言葉も習慣も違いますから、まずは琉球の暮らしに慣れてください」
「かたじけない」「それから、家族のことも考えましょう。明の商船が日本へ行くこともありますし、連絡を取る方法はあると思います」
「そこまでしていただけるのですか」「家族と離れ離れのままでは、落ち着いて暮らせないでしょう」
俺は源十郎に尋ねた。「服部さん、仲間を呼び寄せるとしたら、何人くらい集められそうですか?」
「今すぐとなれば、十名ほどでしょうか。ただ、各地に散った者たちへ声をかければ、さらに集めることは可能かと存じます」
「将来的には、五十人、六十人という人数でも可能ですか?」
「それほどの人数をお望みで?」「今すぐではありません。長い時間をかけて、少しずつ増やしていければと思っています」
「時間をいただけるのであれば、不可能ではないと思います」
日本に三十名、琉球に三十名。それくらいの人数がいれば、日本の情勢を調べながら、琉球でも人材を育てられるかもしれない。
もちろん、最初から六十名を信用するわけにはいかない。まずは目の前の四人が、どれほどの働きをしてくれるかだ。
「服部さん、まずは日本に残っている仲間やご家族の安否を確かめてもらえませんか。それから、日本の情勢についても、分かる範囲で教えてください」
「承知いたしました」「ただし、危険なことはしないでください。今は無理に動く必要はありません」
源十郎は静かに答えた。「心得ました」
王様が口を開いた。「ユウマ殿、必要な費用は王府で負担しよう」
「ありがとうございます。日本との連絡には、大城商会にも協力してもらおうと思います」「うむ。そなたに任せよう」
美作守が改めて礼をした。「王様、ユウマ殿。我らは命を救われたも同然にございます。このご恩、決して忘れませぬ」
「礼には及ばぬ。そなたたちがこの国で新たな暮らしを始められるなら、それでよい」
話が一段落したところで、王様が十四名に声をかけた。「そなたたち、朝から何か食べたか?」
「いえ。今朝、那覇に着いてからは、まだ何も口にしておりませぬ」
「そうか。ならば、まずは腹を満たすがよい」王様は控えていた役人に命じた。「十四名に食事を用意せよ。余とユウマ殿も一緒に食べよう」
「はっ、承知いたしました」
王様は俺に向かって笑った。「せっかく琉球へ来たのだ。まずは、この国の米を味わってもらおうではないか」
しばらくして、別の広間に食事が運ばれてきた。膳には炊きたての白飯、魚の汁物、焼き魚、野菜の煮物が並んでいる。
十四名は膳を前にして顔を見合わせた。美作守が尋ねた。「これは、琉球で採れた米でございますか?」
「そうだ。琉球米という。まずは食べてみるがよい」
美作守は茶碗を手に取り、白飯を一口食べた。しばらく黙って噛みしめ、もう一口食べる。
「……なんと、旨い米だ」
隣に座っていた加藤吉成も箸を止めた。「美作守様、この米は……」「うむ。これほど旨い米は、食べたことがない」
ほかの者たちも白飯を口にした。「噛むほどに甘みが出てまいりますな」「米の一粒一粒が、しっかりしております」
服部源十郎も黙って食べていたが、やがて俺に尋ねた。「ユウマ殿。この米は、どちらで採れるのでございますか?」
「琉球ですよ。ここで育てている米です」「この島で、このような米が……」
「まだ作り始めたばかりですが、これから田を増やしていく予定です」
美作守が王様に向き直った。「まことに見事な米でございます。長い船旅の後に、このような飯をいただけるとは思いませんでした」
王様は満足そうに笑った。「気に入ったか。ならば遠慮せず食べるがよい。飯はまだあるぞ」
十四名はようやく緊張が解けたのか、箸を進め始めた。おかわりを頼む者もいて、広間の雰囲気が少し和らいだ。
食事が終わる頃、蒸した琉球芋が運ばれてきた。
「次はこれを食べてみてください」俺は芋を一つ手に取った。「琉球芋といいます。皮をむいて、そのまま食べられますよ」
美作守は不思議そうに芋を眺めた。「芋でございますか」「はい。甘いですよ」
半信半疑の様子で一口食べた美作守が、思わず声を上げた。「これは、まるで菓子ではないか!」
加藤吉成も芋を口にした。「なんという甘さだ。砂糖でも加えてあるのですか?」
「何も加えていませんよ。蒸しただけです」
源十郎は芋の断面を眺めていた。「これほど甘いものが、畑で採れるのでございますか」
「はい。琉球ではたくさん作っています」
王様が笑いながら言った。「そなたたち、驚くのはまだ早いぞ」「と、申されますと?」
「今食べた米も芋も、特別な客人だけに出すものではない。王府で働く者たちは、普段から食べておる」
十四名の箸が止まった。「これを……毎日でございますか?」
「うむ。王府では十分な量を確保できるようになった」
美作守はしばらく言葉を失っていた。「我らは、主君を失い、命からがら海を渡ってまいりました。琉球という国が豊かになっているとは聞いておりましたが、これほどとは……」
王様は穏やかに答えた。「まだ国中の民が同じように食べられるわけではない。だが、いずれはそうしたいと思っておる」
「すべての民に、でございますか?」「うむ。そのために、田畑を増やしておるのだ」
美作守は姿勢を正し、王様に深く礼をした。「王様。我らは、まことによい国へ参ったようでございます」
俺はその様子を見ながら、少し嬉しくなった。武士たちにとって、強い国とは兵の数や武器の多さで決まるものだったのかもしれない。
だが、毎日うまい米を食べられることも、国の力の一つだ。今日の食事だけでも、彼らには十分伝わったようだった。。
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