第87話 1600年8月26日
朝、身支度を整えて広間へ向かった。
昨日は銅銭の製造や米の流通について、かなり具体的な話が進んだ。だが、銅銭を作っただけでは意味がない。村人たちがその銅銭を使える場所が必要だ。
今日は王府直営の商店について、尚寧王や三司官と話し合う予定になっている。
広間に入ると、すでに尚寧王と三司官が揃っていた。
「悠真、今日は商店の話であったな」
「これから琉球中に商店を作っていきたいと思っています」
持参した琉球の地図を広げた。
「まず、各間切に王府直営の商店を一つずつ設けます。それとは別に、主要な街道沿いや人の集まる場所にも商店を作ります」
「それほど多くの商店が必要なのか?」
浦添親方が尋ねた。
「せっかく銅銭を作っても、使う場所がなければ村人は米を売ろうとしません。商店で欲しい物が買えるようになれば、銅銭にも価値が生まれます」
「商店では何を売るつもりだ?」
「米や粟、芋などの食料です。それに加えて、鍋や包丁、農具、衣服なども販売できるようにしたいと思っています」
「それらは、どこから仕入れるのだ?」
今度は名護親方が尋ねた。
「鍛冶職人、木工職人、陶器職人たちに作ってもらいます。王府が買い上げて、各商店へ運ぶ仕組みです」
「なるほど。職人も銭を受け取り、その銭で米を買うわけか」
「そういうことです」
尚寧王は地図を眺めながら口を開いた。
「だが、商店を作るだけでは、売る米が足りぬのではないか?」
「ですから、商店の整備と並行して、水田も増やします」
「島中で水田を作るというのか?」
「そのつもりです。ただ、一度に全部はできません。水の確保や用水路の整備も必要ですから、何年もかけて進めることになります」
「ふむ。商店も水田も、長い年月をかけて整えるわけだな」
「そうなります」
これまで塩屋村とその周辺で進めてきたことを、今度は島中で行う。
当然、俺一人でできる仕事じゃない。
王府の役人や職人、各間切の村人たちにも動いてもらう必要があった。
「まずは商店の建物ですが、各間切で同じ造りにしたいと思います」
持ってきた紙を広げ、簡単な図を描いた。
「建物は間口約11メートル、奥行き約7メートル。前半分を売り場、後ろ半分を商品の倉庫にします」
「ずいぶん大きな建物になるな」
城間親方が図面をのぞき込んだ。
「今後、扱う商品が増えることを考えれば、これくらいの広さは必要です。建物は各間切の大工に任せ、王府から同じ図面を渡します」
「米はどこに保管するのだ?」
「各間切に設けることになっている米の倉庫を使います。商店では売る分だけを置き、残りは倉庫で管理します。できれば商店と倉庫は近い方が便利ですね」
名護親方が図面を見ながら言った。
「建物の場所も考えねばならぬな」
「人が集まりやすく、荷車が出入りできる場所を選んでください」
続いて、商店で働く人間の話になった。
「商店には責任者を一人、販売と帳簿を担当する者を二人置きたいと思います。規模の大きい商店には、さらに人を増やします」
「帳簿を付けられる者が、それほどおるか?」
浦添親方が尋ねた。
「最初は王府から読み書きと計算のできる者を派遣します。各間切でも、少しずつ人を育てていきましょう」
「どうやって教えるのだ?」
「まず首里に商店を任せる者を集めます。商品の受け取り方、銅銭の扱い、帳簿の付け方を覚えてもらうんです」
俺は紙に簡単な帳簿の見本を書いた。
「前の日の残り、その日に入った数、売れた数、残った数。この四つを毎日記録します」
「それなら覚えられそうだな」
城間親方が言った。
「銅銭も同じです。朝にいくらあったか、売り上げがいくらか、仕入れにいくら使ったか、夕方にいくら残ったかを記録します」
「不正をする者が出たらどうする?」
尚寧王が尋ねた。
「王府から検査役を巡回させます。帳簿と実際の商品、銅銭の残高を照らし合わせるんです。それと、責任者を同じ商店に長く置きすぎない方がいいでしょう」
尚寧王は三司官に命じた。
「商店を任せる者を選び、仕事を教える準備を進めよ」
「はっ」
三人が頭を下げた。
「次は商品の運搬です」
俺は地図に目を落とした。
「北部の商店まで、毎回首里から商品を運ぶのは大変です。途中に商品を集める倉庫を設け、そこから各間切へ分けて運ぶようにしたいと思います」
「船は使えぬのか?」
浦添親方が尋ねた。
「もちろん使います。海沿いの間切なら、船で運んだ方が早い場合もあります。陸路と海路を組み合わせましょう」
「それなら北部への輸送も楽になるな」
「ただ、陸路の方は街道の整備が必要です。これについては後で詳しく相談させてください」
俺は一息ついて、茶を飲んだ。
「それから、商店で販売する商品ですが、琉球で作る物だけではありません」
「神様の品も売るのか?」
尚寧王が身を乗り出した。
「誰でも買えるような日用品を、六種類ほど考えています」
紙に商品名を書いた。
「歯ブラシ、縫い針、糸、バケツ、固形石鹸、マッチです」
「歯ブラシとは何だ?」
「歯を磨く道具です。石鹸は体や手を洗う物、マッチは簡単に火をつけられる道具です」
「ほう。火をつける道具まで売るのか」
「どれも暮らしに役立つ物ですから、需要はあると思います」
「値はどうする?」
「米の値段を基準にして、村人でも買える価格にします。最初は試しに売って、売れ行きを見ながら調整しましょう」
尚寧王は六つの商品名を眺めていた。
「商店の中心になるのは、琉球で作った商品です。鍛冶職人には鍋や包丁、鋏、農具を作ってもらいます。木工職人には桶や樽、陶器職人には茶碗や皿、甕などを作ってもらいます」
「それだけの品を作るには、職人が足りぬな」
名護親方が言った。
「今いる職人たちに弟子を育ててもらいます。王府が作った品を買い上げれば、職人を目指す者も増えるはずです」
「なるほど。作れば売れるというわけだな」
「そうです。それと、機織り機の製作も進めます。布をたくさん織れるようになれば、生地や作務衣も商店に並べられます」
「作務衣とは、悠真が村人に着せておった服か?」
「そうです。動きやすくて、仕事にも普段着にも使えます」
「食べ物だけでなく、暮らしに必要な物が揃う商店になるわけだな」
「それが目標です。最初から全部の商品を揃える必要はありません。職人が増え、生産量が増えるにつれて、少しずつ品数を増やしていきます」
そこで尚寧王が口を開いた。
「酒も売るのか?」
その言葉に、思わず笑ってしまった。
「もちろんです。泡盛も販売します」
「おお、そうか!」
尚寧王の顔が明るくなった。
「新米が収穫できたら、古米は首里に集めて泡盛造りに回します。酒甕もたくさん必要になりますから、陶器職人にも頑張ってもらわないといけません」
「それならば、酒造りも王府の事業として進めねばならぬな」
「出来上がった泡盛は各間切の商店へ出荷します。それとは別に、一部は首里で長く寝かせて古酒にします」
「古酒か。楽しみだな」
……王様、酒の話になると急に元気になるな。
「さて、商店の話はこれくらいにして、次は水田開発です」
地図を広げ直した。
「今後は各間切で、水田に適した土地を調べてもらいます。平らな土地があればいいというわけではありません。何よりも水が必要です」
「川の近くがよいということか?」
「川から水を引ける場所や、ため池を作れる場所を優先します。それに、洪水で流されるような土地は避けなければいけません」
「土地の調査は各間切の役人に任せるのか?」
浦添親方が尋ねた。
「まずは候補地を報告してもらい、俺も現地を調べます。土地の広さ、水の量、用水路の長さ、必要な人手を確認してから開墾に入ります」
「悠真の神の道具を使えば、開墾そのものは早いのであろう?」
城間親方が尋ねた。
「木を倒したり、切り株を抜いたり、土地を耕したりするのは早くできます。ただし、用水路や畦を作るのは人の手も必要です。それに、田植えや収穫をする人も育てなければいけません」
「つまり、道具だけではどうにもならぬということか」
「水田を作って終わりではありません。毎年きちんと米を収穫できるようにすることが大切です」
尚寧王は腕を組み、しばらく考えていた。
「どれほどの年月が必要になると思う?」
「正直なところ、五年は見ておきたいです。それでも島中の開発がすべて終わるとは限りません」
「五年か……」
広間が静まり返った。
「その間に商店を建て、職人を育て、水田を増やしていきます。全部を同時に進めるので、王府の仕事は相当増えると思います」
やがて尚寧王が口を開いた。
「よかろう。王府直営の商店を各間切と主要な街道に設ける。島中で水田の開発を進め、職人を育て、琉球で作った品を各地へ行き渡らせるのだ」
三司官が一斉に頭を下げた。
「承知いたしました」
尚寧王は俺を見た。
「悠真、これからも力を貸してくれるな?」
「もちろんです。ただ、俺一人でできることには限りがあります。これからは琉球の人たち自身が、できることを増やしていかないといけません」
「うむ。そのための五年でもあるな」
「それと、もう一つ決めておきたいことがあります。街道の整備についてです」
首里から北へ伸びる道を示した。
「街道は西海岸と東海岸の二方向から整備したいと思います。どちらも首里を起点にして、最終的には沖縄本島の北端までつなげます」
「二つの道を同時に造るのか?」
浦添親方が尋ねた。
「西海岸側に500人、東海岸側にも500人。合わせて1,000人の人夫を雇います」
「千人とは、ずいぶん大勢だな」
「五年かけて進めます。既存の道を利用できるところは広げるだけにして、荷車が通れる幅4メートルの街道に整備します」
名護親方が尋ねた。
「千人もの人夫を、どのように働かせるのだ?」
「それぞれの道で人夫を何組かに分けます。木を伐採する組、石を取り除く組、道を平らにする組、排水路を掘る組です。作業を分担すれば、効率よく進められます」
「山道も多いぞ」
「そこは俺が重機を使って手伝います。ただ、水田開発もありますから、ずっと街道工事に付きっきりというわけにはいきません」
「それなら、悠真がおらぬ間はどうするのだ?」
「人の手で進められるところは任せます。大きな岩や切り株がある場所、山を削る必要がある場所だけ俺が行けばいいでしょう」
「なるほど。人夫たちだけでも進められる仕事はあるわけだな」
「それぞれの街道に王府から責任者を置いて、工事の進み具合を報告してもらいます」
少し考えてから付け加えた。
「それと、重機を動かせる者も育てたいと思います。最初は俺が操作を教えますが、いずれは琉球の人たちだけで工事を進められるようにしたいんです」
「神の道具を、我らの者が動かせるようになるのか?」
「慎重に教える必要はありますが、五年あれば操作に慣れた者も育つでしょう。水田と街道、それぞれの現場に任せられる者がいれば、工事はずっと進めやすくなります」
「それは心強いな」
尚寧王が言った。
「ただ、危険な道具ですから、誰にでも触らせるわけにはいきません。まずは信頼できる者を選んでください。操作だけでなく、毎日の点検も覚えてもらいます」
「人選は王府で進めよう」
浦添親方が答えた。
そこで尚寧王が尋ねた。
「人夫の給金はどうする? 銅銭はまだ十分にできておらぬぞ」
「最初は米で支給しましょう。日当は一人につき精米2斤、約1.2キロです」
「千人なら、かなりの米が必要になるな」
「一日で1.2トン。年間250日働くとして300トン。五年間では1,500トンになります」
「千五百トン……」
三司官が顔を見合わせた。
「それほどの米を、今の王府で用意できるのか?」
城間親方が心配そうに尋ねた。
「最初は俺が神の国から米を持ってきます。水田開発が進んで琉球産の米が増えてきたら、少しずつ切り替えましょう」
「どれほど持ってこられるのだ?」
「まずは一か月分の30トンを用意します。その間に王府でも米を確保してください。今後は水田の収穫量を見ながら、持ち込む量を調整します」
「それなら、すぐにでも人夫を集められるな」
「ただ、千人を一度に集めるのは大変でしょうから、各間切から働き手を募ってください。住む場所が遠い人夫には、工事現場の近くに寝泊まりできる場所も必要です」
浦添親方が言った。
「食事の支度や道具の管理をする者も必要になるな」
「食事は雑炊を用意しましょう。大勢の分をまとめて作れば、手間も少なくて済みます」
「それなら炊事を任せる者も集めよう」
俺は地図に二本の線を引いた。
「西海岸の道は、首里から浦添、読谷、恩納、名護方面を通って北へ。東海岸の道も、首里から東側の間切を通り、北へ伸ばしていきます」
「両方とも北端までつなげるのだな?」
「五年後には、荷車で島の北端まで行けるようにしたいと思っています」
尚寧王は地図に引かれた二本の線を見つめていた。
「西と東、二つの街道が島の北まで伸びるのか……」
「道が整えば、商店への商品輸送も楽になります。水田で収穫した米も運びやすくなりますし、人や物の行き来も増えるはずです」
「よかろう。西の街道に五百人、東の街道に五百人。五年をかけて整備を進めよ」
三司官が頭を下げた。
「承知いたしました」
「それと、工事に使う道具ですが、鍛冶職人たちにスコップや鍬、鶴嘴などを作らせてください。足りない分は俺が持ってきます」
「人夫を集めるのと同時に、道具も揃えさせよう」
浦添親方が答えた。
「ありがとうございます。それから、工事を始める前に各間切の役人と一緒に道を調べてください。橋が必要な場所や、崖を削らなければならない場所を先に把握しておきたいんです」
「わかった。まずは道筋を調べさせる」
俺は地図を畳んだ。
これで街道整備の方針も決まった。
西海岸と東海岸、それぞれ500人。
五年間で二本の街道を北端まで通す。
その間に俺は各間切の水田を増やし、王府は商店を整備していく。
やることは山ほどある。
だが、全部を俺一人でやるわけじゃない。
千人の人夫、各間切の役人、鍛冶や木工の職人たち。
それぞれが自分の仕事を進めてくれれば、五年後にはかなりのところまで形になるはずだ。
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