第84話 1600年8月22日
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今日は、いよいよ脱穀の日だ。八月十四日の昼過ぎ、俺は久しぶりに塩屋村へ帰ってきた。村の様子を見て回り、最後に水田へ向かうと、四月二十日に田植えをした稲が黄金色に実っていた。稲穂は重そうに垂れ下がり、風に吹かれてゆっくりと揺れていた。
翌十五日、村人総出で稲刈りを行った。男も女も、鎌を使える年齢の者は全員水田に入り、朝から稲を刈り取った。小さな子供たちも、刈り取った稲を集めたり、束を運んだりして手伝ってくれた。
百メートル四方の水田だったが、夕方までにはすべて刈り終えることができた。刈り取った稲は束ねて、あらかじめ用意した竹と木の干し台に掛けていった。それから一週間、雨に濡れないよう気を配りながら乾燥させた。
そして今日、八月二十二日。いよいよ稲から籾を取り外す脱穀作業を始める。今回使うのは、現代で特注製作してもらった人力式の脱穀機だ。
俺は朝早くから現代の倉庫へ戻り、準備しておいた脱穀機をブラックホールで塩屋村へ運び込んだ。機械は自転車のようなペダルが付いた構造になっている。
人が椅子に座ってペダルを漕ぐと、チェーンと歯車を通して回転が伝わり、前方に取り付けられた脱穀用の円筒が勢いよく回る仕組みだ。人間が自転車を漕ぐ力だけで動かせるように、現代の機械製作会社に頼んで造ってもらったものだった。
俺は脱穀機を干し台の近くに設置し、脚がぐらつかないことを確認した。村人たちは見慣れない機械を興味深そうに眺めている。
「今日はこの機械を使って、稲から籾を取り外します」俺は椅子に座り、ペダルに足を乗せた。「まず、ここを自転車のように漕ぎます」
ゆっくりとペダルを踏み込む。ガラガラガラ。前方の円筒が回り始めた。ペダルを漕ぐ速度を上げると、円筒の回転も速くなる。
「この回転している部分に稲穂を当てると、籾が外れる仕組みです」俺は一度ペダルを止め、村人の一人に漕ぐ役を頼んだ。「ゆっくり始めてください。慣れてきたら、もう少し速く漕いでもらいます」
男が椅子に座り、恐る恐るペダルを踏み込んだ。最初はぎこちなかったが、何度か回すうちに要領をつかんだようだ。円筒が一定の速度で回り始めた。
俺は乾燥した稲束を一つ手に取り、穂先を回転する円筒に近づけた。バラバラバラッ。乾いた音とともに、籾が次々と外れていく。機械の下に置いた受け箱へ、籾が勢いよく落ちていった。
「おおっ!」周囲から驚きの声が上がった。俺は稲束を少しずつ動かし、穂先全体を円筒に当てていく。数秒もすると、ほとんどの籾が外れていた。
「こんな感じです。これなら一束ずつ手で扱くより、ずっと早く終わります」俺は籾の外れた稲束を持ち上げて見せた。穂先には、わずかに籾が残っている程度だった。
「すごいな……」「こんなに早く取れるのか」村人たちが口々に感心している。「ただし、回っている部分には絶対に手を近づけないでください。稲束はしっかり持って、穂先だけを当てるようにします」
俺は実際に何束か脱穀して見せた。それから村人たちにも交代で試してもらった。最初は恐る恐る稲束を差し出していたが、何度か繰り返すうちに慣れてきた。籾が次々と受け箱へ落ちていく。
脱穀を担当する者、干し台から稲束を運ぶ者、脱穀の終わった藁を片付ける者、受け箱にたまった籾を袋へ移す者。自然と役割が分かれていった。そして、もう一つ大切な仕事がある。ペダルを漕ぐ役だ。
最初は若い男たちが交代で漕いでいたが、しばらくすると息が上がってきた。自転車と違って景色が変わるわけでもない。同じ場所で、ひたすらペダルを回し続ける。円筒の回転を落とさないようにするには、一定の速さで漕ぎ続けなければならない。
「そろそろ代わりましょうか」俺が声を掛けると、漕いでいた男はほっとした顔をした。次の男が椅子に座り、ペダルを回し始める。
交代するときは、いったん機械を止める。円筒が完全に止まったことを確認してから席を替わり、再び漕ぎ始める。これを繰り返していく。
最初は男たちだけで漕いでいたが、途中から女たちも挑戦するようになった。椅子の高さを調整すれば、体格の違う人でも問題なく使える。力任せに踏み込むより、一定の調子で回した方が疲れにくいことも分かってきた。
ペダルを漕ぐ者が交代するたびに、周囲から声が掛かる。脱穀する者も次々と入れ替わり、作業は順調に進んでいった。受け箱には籾がたまり、いっぱいになると袋へ移していく。袋は一つ、また一つと増えていった。
俺はその様子を見ながら、改めて人力機械の便利さを感じていた。エンジンを使えば、もっと早く作業を進められる。だが、村人たちが自分たちだけで使い続けられることを考えると、こうした機械にも大きな意味がある。
燃料がなくても動くし、構造を覚えれば修理もできる。何より、今は首里の研究所で鍛冶職人と木工職人が機械の研究を始めている。いずれは、この脱穀機も琉球の職人たちの手で造れるようになるかもしれない。
俺は積み上がっていく籾の袋を眺めながら、そんなことを考えていた。脱穀機の使い方を一通り教え、村人たちが交代で作業を始めたところで、俺はもう一つ持ってきた道具を取り出した。
首里の鍛冶班と木工班が共同で製作した千歯扱きだ。今回は試作品を二台持参している。千歯扱きは、木製の頑丈な台に鉄の歯を櫛のように並べた道具だ。
鉄の歯は鍛冶班が造り、それを固定する木枠と脚は木工班が担当した。俺が現代から持ち込んだ図面を参考に、両班が協力して完成させたものだった。
「みなさん、こちらも試してみましょう」俺は脱穀機の近くに千歯扱きを一台置いた。もう一台は少し離れた場所に設置する。
「これは千歯扱きという道具です。首里の職人たちが造ってくれました」村人たちは初めて見る道具を興味深そうに眺めていた。「この鉄の歯の間に稲穂を通して、籾を落とします」
俺は乾燥した稲束を一つ手に取った。穂先を上から鉄の歯の隙間に差し込み、両手で稲束をしっかりと握る。そのまま手前に勢いよく引いた。
ザザザッ!籾が鉄の歯に引っ掛かり、勢いよく外れて下へ落ちた。「おお!」村人たちから驚きの声が上がった。
俺は残った籾を落とすため、稲束の向きを少し変えてもう一度引いた。ザザザッ!二度ほど繰り返すと、稲穂についていた籾がほとんどなくなった。
「ほら、こんな感じです」俺は籾の外れた稲束を持ち上げて見せた。シンガさんが千歯扱きに近づいてきた。
「これは先ほどの機械とは違って、足で漕がなくてもよいのですな」「そうです。稲束を引っ張るだけです。ただ、こちらは腕の力を使います」「なるほど。わしにもやらせてください」
俺はシンガさんに場所を譲った。シンガさんは稲束を手に取り、鉄の歯の間に穂先を差し込んだ。そして力を込めて引いた。ザザザッ!
「おお、取れた!」シンガさんは驚いた顔で、籾の落ちた稲穂を眺めていた。「これは面白い。何度か引けば、ほとんど取れますな」「そうでしょう。二台あるので、こちらも交代で使ってください」
もう一台の千歯扱きにも村人が集まり、実演が始まった。最初は力の入れ方が分からず、稲束を途中で止めてしまう者もいた。だが、何度か繰り返すうちに、みんな上手に扱えるようになっていった。
鉄の歯の間に稲穂を差し込み、手前に引く。ザザザッ!次の稲束を差し込み、また引く。ザザザッ!二台の千歯扱きから、次々と籾が落ちていった。
「これは便利だな!」「これならわしらにも使えるぞ!」村人たちは楽しそうに作業を続けていた。
俺は千歯扱きの様子を見ながら、首里の職人たちの仕事ぶりに感心していた。図面を渡してからまだ日が浅いが、鉄の歯はきれいに並び、木枠もしっかり造られている。実際に使ってみても、ぐらつくことはなかった。試作品としては十分な出来だ。
「これなら、ほかの村でも使えそうだな」俺はシンガさんに声を掛けた。「シンガさん、この千歯扱き二台は村に置いていきますから、今後はこれを使って脱穀してください」
「分かりました。大切に使わせてもらいます」シンガさんは嬉しそうに頷いた。
俺は現代の倉庫から、最大三百キロまで量れる業務用の台はかりを持ってきた。脱穀した籾を入れた袋を台はかりに載せ、重さを確認する。
「これからは、籾を一袋三十キロずつ詰めてください。袋の重さは差し引いて量るようにしましょう」村人たちは交代で袋に籾を詰め、台はかりで重さを確認していった。
三十キロになった袋は口を縛り、倉庫へ運んで積み上げていくことにした。脱穀作業が順調に進んでいるのを確認した俺は、ウシマルさん、タルガニさん、シンガさんの三人に声を掛けた。
「皆さん、今回収穫した米のことで相談があります」三人が俺の方を向いた。「今回の米は、王府がすべて買い取ることになりました。ですから、脱穀が終わった籾は全部俺が首里へ運びます」
ウシマルさんが少し驚いた顔をした。「全部ですか。それでは村に残る米はどうなるのでしょうか」
「もちろん、そのまま持っていくわけではありません。今回収穫した米と同じ量の白米を、俺が代わりに村へ置いていきます。それから、次の田植えに使う種籾も用意します」俺は三人の顔を見ながら説明を続けた。
「今回は王府への税も納める必要はありません。収穫した分は、すべて村の取り分として考えてください」
今回植えたのは、現代から持ち込んだコシヒカリだ。琉球で栽培するために持ち込んだ品種だが、この米は今後の琉球にとって大切なものになる。特に気になるのは、他国の商人たちの存在だった。
もし籾のまま売られれば、海を渡った先でも栽培できる可能性がある。せっかく琉球で育て始めた米が、知らないうちに他国へ広まってしまうのは避けたい。
今後の食糧政策を考えれば、コシヒカリの種籾は王府で管理しておくべきだろう。俺にとって、この米は単なる食糧ではない。琉球の将来を左右する戦略物資でもある。だからこそ、今回の収穫分はここで全部回収しておきたかった。
「次に植える米は、今回よりも早く収穫できる品種を用意します。種籾はこちらで持ってきますから、心配しないでください」俺の説明を聞いていたタルガニさんが頷いた。
「同じ量の米をいただけて、次の種籾まで用意してくださるのでしたら、村として困ることはありませんな」シンガさんも口を開いた。「税も納めなくてよいのなら、むしろありがたい話です。次の田植えも予定どおりできますしな」
最後にウシマルさんがゆっくりと頷いた。「悠真殿がそのように考えておられるのでしたら、わしらに異存はありません。今回の米は、すべてお任せいたします」
「ありがとうございます。それでは、脱穀した籾は三十キロずつ袋に詰めてください。全部終わったら俺が引き取ります」三人とも快く了承してくれた。これで今回収穫したコシヒカリは、すべて王府で管理できることになった。
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