第82話 1600年8月2日
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朝、首里城の客間でコーヒーを飲んでいると、城の者が訪ねてきた。
「ユウマ殿、サンラーと申す者がお目通りを願っております」
「サンラーが? 分かった。通してくれ」
しばらくすると、見慣れた顔が現れた。
「ユウマ殿、お久しぶりでございます。陳殿の船が那覇に到着いたしました」
「おお、陳さんが来たか。少し遅かったな」
「海が荒れていたため、予定より数日遅れたそうでございます」
「そうか。無事に着いてよかったよ。ところでサンラー、ちょうど君に相談したいことがあったんだ」
「私にでございますか?」
「ああ。実は那覇に大城商会という商会を作ろうと思っているんだ」
「大城商会でございますか?」
「そう。明から来る商人との取引や、商品の仕入れと販売を行う商会だよ」
サンラーは興味深そうに話を聞いている。
「これから王府の仕事も忙しくなるし、俺が毎回那覇まで行くのは難しくなると思うんだ」
「なるほど」
「そこで、サンラーに大城商会を取り仕切ってもらいたいんだけど、どうかな?」
「わ、私にでございますか?」
サンラーは驚いて目を見開いた。
「そう。今まで何度も通訳をしてもらっているし、明の商人たちとも顔なじみだろう。俺としては、信頼できる人に任せたいんだ」
「しかし、私は商会を取り仕切ったことなどございません」
「最初から全部できなくてもいいよ。必要な人を雇って、少しずつ覚えていけばいい」
俺は少し間を置いてから続けた。
「給金は毎月、精米三百五十斤でどうだろう」
三百五十斤といえば約二百十キロだ。これだけ出せば了承してくれるだろう。
サンラーは目を大きく見開き、しばらく口を開けたまま固まっていた。
「さ、三百五十斤……でございますか? それを毎月?」
「ああ、毎月だよ。もちろん、仕事に必要な費用は別に出す」
「そのような大金を……。私などがいただいてよろしいのでしょうか」
サンラーは信じられないといった様子で、何度も俺の顔を見た。
「それだけ大切な仕事を任せたいんだ。どうかな?」
サンラーは慌てて姿勢を正し、深々と頭を下げた。
「ぜひ、お引き受けさせてください。精いっぱい務めさせていただきます」
「ありがとう。よろしく頼むよ」
顔を上げたサンラーは、まだ興奮が収まらない様子だった。
これで大城商会を任せる相手が決まった。
「それじゃ、陳さんに会いに行こうか。道中で商会のことも相談しよう」
「はい。よろしくお願いいたします」
俺は一度現代へ戻り、今回の取引に必要な商品をそろえた。
透明グラス十個、手鏡十個、ライター二十個、胡椒十本。それに、前回約束した文具四十組だ。
文具一組にはコピー用紙二千枚、鉛筆十ダース、鉛筆削り二個、バインダー二個、消しゴム五個が入っている。
四十組となれば、コピー用紙だけで八万枚だ。ほかの文具も合わせると、かなりの量になる。
商品をそろえた俺は首里城へ戻り、サンラーと一緒に那覇へ向かった。
那覇に到着すると、まず文具四十組を倉庫に置き、それから陳さんの船へ向かった。
港では、陳さんが俺たちを迎えてくれた。
「陳さん、久しぶり。今回もよろしくね」
サンラーが言葉を伝えると、陳さんは笑顔で応じた。
早速、持ってきた商品を並べて取引を始める。
透明グラス十個で金四匁。
手鏡十個で金七匁五分。
ライター二十個で金二十五匁。
胡椒十本で金十匁。
陳さんは品物を確かめ、すべて買い取ってくれた。
「それと、前回約束した文具四十組も用意してあるよ。倉庫に置いてあるから、船員さんたちに取りに行ってもらえるかな」
陳さんはすぐに船員を呼び、倉庫から運ぶよう指示した。
「ありがとう。文具は前回と同じ一組金二匁だから、四十組で金八十匁だね」
陳さんは了承し、代金を支払ってくれた。
これで今回用意した商品はすべて売れた。
合計金百二十六匁五分。
俺は受け取った金を確認し、収納した。
「ところで陳さん、前回の真珠はどうだった?」
取引も終わったので、少し気になっていたことを尋ねてみた。
陳さんはその話を待っていたかのように、身を乗り出して話し始めた。
「ユウマ殿、陳殿は前回の商売が大変うまくいったと申しております」
「へえ、そうなんだ」
「南洋真珠の首飾りは、明の有力な方に大変高く買い取っていただけたそうでございます」
「それはよかった。あれは相当いい品だったからね」
陳さんはさらに何かを話し始めた。
「それから、貝パールの首飾り百本ですが、福建の大商人に百本まとめて卸すことができたそうです」
「百本全部?」
「はい。しかも、かなりよい値で売れたそうでございます」
一本ずつ売るのではなく、まとめて買ってくれる相手を見つけたのか。
さすが陳さんだ。
「それはすごいな。陳さん、商売上手だね」
陳さんは満足そうな表情を浮かべていたが、やがて真剣な顔になった。
「ユウマ殿、陳殿からお願いがあるそうです」
「何だい?」
「前回の貝パールの首飾りを、今回も譲っていただけないでしょうか、と」
「ああ、あれか。今回は持ってきてないんだよ」
陳さんは残念そうな顔をしたものの、すぐに何かを訴え始めた。
「どうにかして百本用意していただけないでしょうか。必ずすべて買い取ると申しております」
「百本か。分かった、すぐに用意できるよ」
俺の返事を聞いた陳さんは、驚いてサンラーに何かを聞き返した。
「本当でございますか。ぜひお願いしたいと申しております」
「それじゃ、ちょっと取ってくるよ」
俺は一度現代へ戻り、前回と同じ貝パールのネックレスを百本購入した。
那覇へ戻ると、陳さんの前にネックレスを並べた。
「お待たせ。百本持ってきたよ」
陳さんは目を丸くしたあと、嬉しそうに品物を手に取った。
「百本すべて買い取るそうでございます」
「前回と同じ一本金一匁。全部で金百匁だね」
陳さんは代金を用意し、俺に手渡した。
俺は金百匁を受け取り、収納した。
これで今回の売上は、合計金二百二十六匁五分になった。
なかなかいい商売だ。
さて、ここからは今後の取引についての話だ。
「陳さん、実は今日、サンラーに新しい仕事をお願いしたんだ」
陳さんは不思議そうな顔をした。
「俺は那覇に大城商会という商会を作ることにしたんだ。そして、その仕事をサンラーに取り仕切ってもらうことにした」
陳さんは驚いた様子でサンラーに目を向けた。
サンラーは少し照れくさそうにしている。
「これから俺は王府の仕事で忙しくなるから、毎回那覇へ来るのは難しいと思う。だから、今後の取引は大城商会のサンラーを通して行いたいんだ」
陳さんはサンラーとしばらく言葉を交わした。
「サンラーならば安心して取引ができると申しております」
「ありがとう。これからもよろしくね」
陳さんは俺の手を取り、力強く握った。
これで今後の取引についても話がまとまった。
「それから陳さん、実はもう一つ、新しい商売の話があるんだ」
陳さんは興味を示し、こちらに向き直った。
「今度は銀を売ろうと思っているんだ」
「銀でございますか?」
「ああ。以前、那覇で華人の商人と銀を金に交換したことがあるんだ」
サンラーは思い出したような表情を見せた。
「そうでしたね。あのときは大変驚きました」
「確か、金一匁に対して銀十匁の条件を提示されたけど、俺が銀十匁五分にしたんだったよね」
「はい。華人の商人も大変喜んでおりました」
俺は陳さんに向き直った。
「そこで聞きたいんだけど、今の福建では金と銀をどのくらいの割合で交換しているんだい?」
陳さんは少し考えてから答えた。
「福建でも金一匁に対して銀十匁から十一匁ほどが相場だそうです。ただし、銀の品質や取引する相手によって変わるとのことでございます」
なるほど。
以前サンラーから聞いた話と同じくらいだな。
「それなら、俺は金一匁に対して銀十二匁で交換しようと思っているんだ」
陳さんは驚き、サンラーに条件を確かめ直していた。
「ユウマ殿、本当にその条件でよろしいのかと申しております」
「ああ。間違いないよ」
陳さんは興奮した様子で話し始めた。
「その条件ならば、福建の商人たちも大変喜ぶだろうと申しております」
「ただし、交換できる量には上限を設けるつもりなんだ」
俺は指を一本立てた。
「一隻の商船につき、銀百六十七斤までにしようと思っている」
サンラーがその量を伝えると、陳さんは目を見張った。
銀百六十七斤といえば、現代の重さで約百キロになる。
「それほど大量の銀を用意できるのかと尋ねております」
「もちろん。最初は少しずつになるかもしれないけど、いずれは毎月千六百七十斤ほど用意したいと思っているんだ」
陳さんはその量を聞くと、しばらく黙り込んだ。
「ユウマ殿、その量を本当に用意できるのであれば、福建の商人たちは大勢やって来るだろうと申しております」
「そうか。それならよかった」
「ただ、福建の商人たちに話をするには、確かな約束が必要だそうです」
「もちろん。交換比率は金一匁に対して銀十二匁。一隻につき銀百六十七斤まで。この条件で大城商会が取引するよ」
陳さんは納得した様子で、サンラーに返事をした。
「陳殿が福建の商人たちに話をしてくださるそうです」
「ありがとう。ぜひお願いしたい」
「特に、前回の貝パール百本を買い取った大商人なら、相当な量の金を用意できるそうでございます」
おお、それは都合がいい。
貝パールをまとめて買い取るほどの商人なら、資金力もありそうだ。
「それじゃ、その人にも話をしてみてくれないかな」
陳さんは快く引き受けてくれた。
「次に陳さんが来るころには、大城商会も準備しておくよ。銀の取引もサンラーを通して行うからね」
その言葉を聞いた陳さんは、上機嫌で俺に礼を述べた。
どうやら、相当楽しみにしているらしい。
「ところで陳さん、最近の明の様子はどうなんだい?」
陳さんは少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。
「朝鮮への出兵が終わったものの、戦に使った金が莫大で、国の財政が苦しくなっているそうです」
「そうなのか。それで民の暮らしは?」
「税の取り立てが厳しくなり、各地で不満が出ているそうでございます。特に商人への課税も増え、困っている者が多いとのことです」
「なるほど。朝廷の方はどうなんだい?」
「宮廷では役人同士の争いが続き、物事がなかなか決まらないそうでございます」
俺は腕を組んで考えた。
朝鮮への出兵による財政の悪化、厳しくなる税の取り立て、役人同士の争い。
なるほどな。1644年に明が滅亡する、その兆しが少しずつ現れ始めているのかもしれない。
もっとも、滅亡まではまだ四十四年もある。今すぐどうこうなる話ではないが、これから明との交易を広げる以上、情勢には注意しておいた方がよさそうだ。
「それでも福建の商売は盛んなのかな?」
「はい。福建の商人たちは今も各地との交易を続けております。特に銀は商売に欠かせないため、ユウマ殿のお話は大変魅力的です」
「そうか。それなら、これからもよろしく頼むよ」
陳さんは礼を述べ、船へ戻っていった。
陳さんと別れたあと、俺はサンラーと一緒に那覇の港を歩いた。
大小さまざまな船が停泊し、荷物を運ぶ人々が忙しそうに行き来している。
先ほど取引した文具も、陳さんの船員たちが倉庫から運び出し、船へ積み込んでいるところだった。
これだけの荷物を扱うとなると、やはり那覇に商会の建物と倉庫が必要になるな。
明から銀を求める商人たちが次々と那覇へやってくるようになれば、この港も大きく変わるだろう。
まずは大城商会の設立だ。
俺はサンラーと一緒に、商会に使えそうな建物を探すことにした。
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