第80話 1600年7月31日
朝、俺は津嘉山の水田に来ていた。目の前には、完成した二十ヘクタールの水田が広がっている。六月二十日に始めた工事は、昨日の七月三十日にすべて完成した。
当初は四十五日間かかる予定だったが、人夫たちが作業に慣れ、後半はずいぶん効率が上がった。結局、予定より四日早い四十一日間で完成させることができた。
すでに十四面の田植えは終わっている。今日は残り六面だ。水田の周囲には、朝から大勢の人が集まっていた。
農民百人、人夫二百人、職人四十六人、研究者四十六人、先生十二人。合わせて四百四人だ。もちろん、俺も参加する。
これだけの人数がいれば、午後には終わるだろう。
俺は水田を眺めながら、現代で過ごした一か月のことを思い出していた。
七月十九日、尚寧王と三人の親方との打ち合わせを終えた俺は、現代に戻った。日付は二〇二六年六月十五日だった。
最初に向かったのは、以前に機械を注文製作したメーカーだった。脱穀機、籾摺り機、精米機の量産型を、それぞれ十台ずつ注文するためだ。
それに今回は、銅銭を造るための機械も必要になる。俺は担当者に、用意していた一覧を見せた。
「農業機械は前に作ってもらったものと同じ構造でお願いします。それから、今回は金属加工の機械も追加したいんです」
「どのような機械でしょうか」
「プレス機が三台。それと圧延機が二台です。金属板を丸く打ち抜く設備と、専用の金型も必要になります」
担当者は一覧を確認しながら、うなずいた。
「プレス機の方は、金型の形状によって製作費が変わりますね」
「図面は用意してあります。まずは全部まとめて見積もってください」
「分かりました。確認してご連絡します」
俺はさらに、構造の簡単な市販の籾摺り機と精米機を二台ずつ購入することにした。こちらは各間切りの王府商店で使う機械の見本だ。
一台は実際に動かして研究し、もう一台は分解して内部構造を調べてもらう。琉球の職人たちが同じものを造れるようになれば、現代から何十台も運ぶ必要はなくなる。
数日後、見積もりが揃った。
脱穀機、籾摺り機、精米機の量産型が十台ずつで六千万円。銅銭用のプレス機三台が九百万円。圧延機二台が六百万円。
打ち抜き設備と金型が五百万円。銅合金板などの材料が五百万円。市販の籾摺り機と精米機は二台ずつで二十万円。
合計八千五百二十万円だった。
なかなかの金額だが、これだけの設備があれば、琉球の米作りも商いも大きく変わるはずだ。
俺は見積書を確認すると、琉球へ戻った。
首里城では、尚寧王に取り次いでもらった。
「ユウマ殿、神様には聞けたのか」
「はい。必要な道具の値段が分かりました」
「それで、金はいかほど必要なのだ」
「一貫二百匁ほどお願いしたいと思います」
尚寧王は少し考えたあと、うなずいた。
「それで、あの機械がすべて揃うのだな」
「はい。米を扱う機械も、銅銭を造る機械も揃えられます」
「分かった。用意させよう」
話は早かった。宝物庫から金を出してもらい、重さを確かめる。
一貫二百匁。現代の重さに直すと四・五キログラムだ。
俺は尚寧王に頭を下げた。
「ありがとうございます。これで必要な機械を揃えてきます」
「頼んだぞ、ユウマ殿」
「はい。揃いましたら、またご報告します」
俺は再び現代へ戻った。倉庫に戻ると、受け取った金の換金を進めた。
換金が済むと、すぐに機械メーカーへ正式に発注し、代金を支払った。今回も相当な数なので、完成したものから順番に倉庫へ納品してもらうことにした。
発注を済ませてからも、メーカーとの打ち合わせが続いた。
プレス機は三台。それぞれ一銭、十銭、五十銭の金型を取り付ける。銅合金の板を丸く打ち抜き、その円板をプレス機に挟んで模様を刻む仕組みだ。
最初は現代で作った銅合金板と円板を持ち込むが、いずれは琉球で材料から造れるようにしたい。そのために必要なのが圧延機だ。
二台のうち一台は実際の作業に使い、もう一台は研究班に渡す予定だ。
「こちらの一台には、できるだけ詳しい図面も付けてもらえますか」
俺が頼むと、担当者は少し驚いた顔をした。
「図面ですか。何か研究でもされるんですか」
「ええ。仕組みを勉強したい人たちがいるんです」
「なるほど。それでしたら、構造が分かりやすいように資料を用意しておきます」
ありがたい。研究班には、完成品をただ使わせるだけでは意味がない。
ただし、銅銭用の金型だけは別だ。こちらは王府が厳重に管理する。誰でも同じ銅銭を造れるようになっては困るからな。
農業機械の方も、完成したものから倉庫へ届き始めた。俺は届いた機械を一台ずつ確認し、実際に動かしてみた。
七月十五日、注文していた機械がすべて揃った。倉庫の中には、脱穀機、籾摺り機、精米機がずらりと並んでいる。
その横には、銅銭用のプレス機や圧延機も置かれていた。俺は納品書を確認しながら、一台ずつ数を確かめた。
「よし、全部あるな」
研究所で使う工具や機織り機、足踏みミシンなどは、以前に購入したものがすでに保管してある。あとは研究所の建物が決まれば、いつでも運び込める。
首里城へ戻り、尚寧王に機械が揃ったことを報告した。それからは津嘉山での工事を続け、今日を迎えた。
「ユウマ殿!」
声をかけられて、俺は我に返った。振り向くと、農民たちが田植えの準備を終えていた。
「そろそろ始められますぞ」
「分かりました。じゃあ、みんなを集めてください」
俺は水田の前に集まった人たちを見渡した。農民百人は、すでに何度も田植えを経験している。
だが、人夫や職人、研究者、先生たちの中には、初めて田んぼに入る者も多い。
「今日は残り六面の田植えを、ここにいる全員で終わらせます」
俺がそう言うと、あちこちから声が上がった。
「我々も田植えをするのですか」
職人の一人が驚いたように尋ねた。
「もちろんです。今日はみんなでやりますよ」
「鍛冶しかしたことがないのですが」
「大丈夫です。農民の皆さんが教えてくれます」
俺は笑いながら答えた。
「ただし、苗を植える場所は間違えないでくださいね。隣の人の列まで植えないように」
農民たちから笑い声が上がった。
まず、百人の農民を六面に分け、経験のない人たちの指導を任せた。俺も履物を脱ぎ、田んぼに入った。
足を踏み入れると、泥がぐにゃりと指の間に入り込む。久しぶりの感触だ。
隣では研究者の一人が、恐る恐る足を入れていた。
「うわっ!」
突然、声が上がった。見ると、その研究者が泥に足を取られ、尻もちをついている。
「大丈夫か?」
「はい! ですが、思ったより足が抜けません!」
「慌てず、ゆっくり動かせばいいですよ」
近くの農民が教えている。
少し離れたところでは、先生の一人が苗を片手に首をかしげていた。
「これでよろしいのでしょうか」
「先生、それは深すぎます。もう少し浅く植えてください」
教えているのは若い農民だった。普段は先生から文字や計算を教わっているのだろう。
今日は立場が逆になっている。その光景が何だか面白かった。
午前中は、あちこちで笑い声が絶えなかった。職人たちは意外と器用で、一度覚えると手際よく苗を植えていく。
研究者たちは、農民たちに質問しながら作業を進めていた。先生たちも、最初こそ慣れない様子だったが、しばらくすると黙々と苗を植えている。
昼になり、いったん休憩を取った。用意された食事を食べながら、みんな泥だらけの足を眺めて笑っていた。
「午後には終わりそうですね」
俺が農民の一人に尋ねると、男はうなずいた。
「これだけ人がおりますからな。もう半分以上終わっております」
「じゃあ、あとひと頑張りですね」
午後の作業が始まると、みんなの動きは午前中よりずっとよくなっていた。最初は一列ずつゆっくり進んでいた人たちも、今では農民たちに遅れないよう苗を植えている。
俺も負けずに手を動かした。鍛冶職人も、大工も、研究者も、先生も、今日は全員が田植えの仲間だ。
午後もだいぶ過ぎた頃、最後の一列が終わった。
「終わったぞ!」
誰かが大声を上げた。続いて、あちこちから歓声が上がった。
俺は腰を伸ばし、目の前の水田を見渡した。二十面すべてに、苗がきれいに並んでいる。
「皆さん、お疲れさまでした!」
俺が声をかけると、大きな拍手が起こった。
夕方には、王府が用意した慰労会が始まった。広場には大きな鍋が並び、料理が次々と運ばれてくる。
工事に参加した人夫たちも、今日は仕事を忘れて食事を楽しんでいた。尚寧王と三司官も顔を見せた。
「ユウマ殿、ついに完成したな」
王様は水田の方を眺めながら言った。
「はい。予定より四日早く完成しました。今日で田植えも全部終わりました」
「見事なものだ」
「ありがとうございます。でも、これから田んぼを守っていくのは農民の皆さんです」
俺は近くで食事をしている農民たちに目を向けた。
「水田は完成しましたが、米作りはこれからが本番です。ちゃんと育てて、たくさん収穫してもらわないと」
「そのとおりだな」
尚寧王は笑った。
少し離れたところでは、農民たちが工事の話で盛り上がっていた。
「それにしても、あのティーナガーには驚いたな」
一人の農民が杯を置いて言った。
「ああ。あんな大きな木の根を、まるで草でも抜くように持ち上げてしまうんだからな」
「俺たちが何日もかけて掘り起こすような根っこを、あっという間だった」
別の農民が身振りを交えて話している。
「俺はオーガターだな。あれが通った後は、土地がまるで別物だったぞ」
「そうそう。あれを見た時は、山を丸ごと動かせるんじゃないかと思ったぞ」
周囲から笑い声が上がった。
「ダンプもすごかったな。あれだけ土や石を積んで走るんだから」
「しかも荷台が持ち上がって、一度に全部下ろしてしまう。最初に見た時は、ひっくり返るんじゃないかと慌てたよ」
「俺なんか、あの荷台の下に入ったらどうなるんだろうと思ったぞ」
「そんなところに入るな!」
また大きな笑い声が起こった。
俺は少し離れたところで、その話を聞きながら笑っていた。最初に機械を見せた時は、みんな遠巻きに眺めていたものだが、今ではすっかり名前を覚えている。
「だが、一番驚いたのは、ユウマ殿が一人で全部動かしていたことだな」
年配の農民がそう言うと、周囲の者たちもうなずいた。
「そうだな。朝からティーナガーに乗っていたと思ったら、今度はオーガターだ。次はダンプで土を運んでいる」
「神様の道具とはいえ、あれだけ働いて疲れないのかね」
俺は思わず苦笑いした。疲れるに決まっている。
「でも、俺たちもよく働いたよな」
若い人夫がそう言うと、隣の男が杯を掲げた。
「当たり前だ! 機械が土を動かしても、最後に畦を仕上げたのは俺たちだからな!」
「そうだ、そうだ!」
あちこちから声が上がった。
しばらくすると、浦添親方が杯を持って立ち上がった。
「皆の者、よく働いてくれた。王府を代表して礼を申す」
広場が静かになった。
「四十五日かかると聞いていた工事を、四十一日で終わらせた。しかも、今日で二十面すべての田植えまで終わった。見事な働きである」
大きな拍手が起こった。
「今宵は十分に食べ、疲れを癒やしてほしい」
再び歓声が上がった。
俺も用意された料理を食べながら、周囲を眺めた。農民と職人が肩を並べて笑っている。
研究者たちは、さっきまで田植えを教えてくれた農民たちと楽しそうに話していた。先生の一人が、泥の中で転んだ話をしているらしく、周囲から笑い声が上がっている。
「ユウマ殿! こちらにも来て一杯やってくだされ!」
農民たちに呼ばれ、俺は杯を持って立ち上がった。
どうやら、今夜は簡単に帰してもらえそうにないな。




