第79話 1600年7月19日
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朝から津嘉山の水田は大勢の人で賑わっていた。今日から三日間、田植えの経験がある農民百人を集め、完成した十四枚の水田に苗を植えてもらうことになっている。
十四枚のうち四枚は琉球米、残り十枚は早場米だ。一枚が百メートル四方だから、全部で十四ヘクタールになる。
俺が現場に到着すると、すでに農民たちは水田の周囲に集まっていた。苗も運び込まれ、田植えの準備は整っている。
「おはようございます。今日はよろしくお願いします」
俺が声をかけると、農民たちが一斉に頭を下げた。
「ユウマ様、おはようございます」
「今日はいつもと少し違う植え方をしてもらいます。まずは説明しますので、こちらへ集まってください」
俺は水田の端に張ってある麻紐を指さした。麻紐には三十センチ間隔で印を付けてある。
「この印に合わせて苗を植えてください。隣の列との間隔も三十センチです」
農民の一人が不思議そうな顔をした。
「ずいぶんと間を空けるのですな」
「そうですね。でも、こうして真っすぐ植えておけば、後で草を取るときにも作業がしやすくなります」
俺は実際に水田へ入り、印の位置に苗を植えて見せた。
「こんな感じです。苗は深く植えすぎないようにしてください」
何人かの農民にも試してもらった。最初は少し戸惑っていたが、田植えそのものは慣れた仕事なので、すぐに要領をつかんだようだった。
「なるほど。印に合わせればよいのですな」
「はい。今日はこのやり方でお願いします」
説明が終わると、農民たちは組に分かれて水田へ入っていった。横一列に並び、次々と苗を植えていく。
遠くから見ると、苗がきれいな直線を描いていた。
「うん、いい感じだな」
俺はしばらく田植えの様子を眺めていた。
一方、まだ完成していない六枚の水田では、二百人の人夫たちが作業を続けている。俺もパワーショベルと大型トラクターを動かし、残りの工事を進めなければならない。
田植えの方は農民たちに任せ、俺は工事現場へ向かった。
午前中は水路の整備と地面の均し作業に追われた。水田の形ができても、水がきちんと行き渡らなければ意味がない。
俺は測量器で高さを確認しながら、パワーショベルで水路を掘り進めた。人夫たちも、掘り上げた土を運んだり、畦を固めたりしている。
昼前になると、尚寧王と三司官の浦添親方、名護親方、城間親方が現場を訪れた。
「ユウマ殿、田植えが始まったと聞いてな」
尚寧王は水田の方を見ながら言った。
「はい。今朝から百人で植えてもらっています。こちらへどうぞ」
俺は四人を田植えの行われている水田へ案内した。農民たちは一列に並び、苗を植えている。
尚寧王はその光景を興味深そうに眺めていた。
「見事に真っすぐ並んでおるな」
「はい。これなら後の作業も楽になります」
浦添親方が水田を見渡した。
「これほど広い田を、三日で植え終えるつもりか」
「その予定です。百人とも田植えに慣れていますから、順調に進めば間に合うと思います」
名護親方が感心したように言った。
「それにしても、これだけの田ができるとはな」
「まだ六枚残っていますけどね。そちらも工事が終わり次第、田植えを始めます」
俺は工事中の水田を指さした。
尚寧王はしばらく黙って眺めていたが、やがて口を開いた。
「六月に話を聞いたときには、これほど早く形になるとは思わなんだ」
「まだ収穫できたわけではありませんから。まずは無事に育ってくれることを願っています」
「うむ。収穫が楽しみだ」
尚寧王は満足そうに頷いた。
その後、俺たちは工事中の水田と水路も見て回った。川から引いた水が水田へ流れ込み、余った水が別の水路へ抜けていく。
名護親方は水路の分岐を見ながら、何度も質問してきた。俺は水の流れを指さしながら、一つずつ説明した。
一通り見学が終わったところで、俺は尚寧王に研究班の話を切り出した。
「王様、もう一つお願いがあります」
「何だ?」
「職人たちの研究場所を用意していただきたいんです」
七月五日から勉強を始めた研究班も、そろそろ作業場所が必要になる。今は図面の読み方や測量を学んでいる段階だが、いずれ実際に道具を造ることになる。
「できれば首里城の近くがいいですね。職人たちが集まって作業できて、道具や材料を置ける建物が欲しいんです」
浦添親方が少し考えた。
「城の外に、今は使っておらぬ王府の倉庫があったはずだ」
「それなら、ちょうどいいかもしれません」
俺は浦添親方の方を向いた。
「中を確認していただけますか。広さが足りれば、そこを研究所として使いたいと思います」
尚寧王が頷いた。
「浦添親方、その倉庫を調べておいてくれ」
「承知いたしました」
これで研究場所にも目処が立ちそうだ。建物が決まれば、作業台や工具を運び込めばいい。
尚寧王たちはその後、もう一度田植えの様子を眺めてから首里城へ戻っていった。
俺は工事現場へ戻り、午後もパワーショベルと大型トラクターを動かした。残り六枚の水田も、少しずつ形になってきている。
夕方、作業を終えて機械から降りると、田植えをしていた農民たちも片づけを始めていた。
俺は植え終わった水田を見渡した。朝には何もなかった水面に、整然と苗が並んでいる。
まだ小さな苗だが、これが育って黄金色の稲穂になると思うと楽しみだった。
俺は道具を片づけると、首里城へ向かった。
夕食を済ませた俺は、尚寧王と三司官の待つ部屋へ向かった。部屋に入ると、尚寧王と浦添親方、名護親方、城間親方がすでに席についていた。
「お待たせしました」
「いや、我らも今しがた集まったところだ。さあ、座るがよい」
俺は席につくと、持ってきた紙を机に広げた。
「今日は、これから必要になる設備と、米の流通について相談があります」
「うむ。聞かせてもらおう」
「まず、以前お話しした王府の商店についてですが、少し計画を変更したいと思っています」
浦添親方が顔を上げた。
「街道沿いに五十か所設けるという話か」
「はい。あれを各間切りの役所に一つずつ設ける形に変更したいんです」
「間切りの役所にか」
「そうです。役所なら役人もいますし、警備の者もいます。新しく人を集める手間が省けます」
俺は紙に簡単な建物の絵を描いた。
「役所の敷地に商店と高床式の米倉庫を建てます。村人が収穫した籾を持ち込めば、王府が銅銭で買い取る。必要な分だけ精米して販売し、生活用品も扱います」
名護親方が頷いた。
「役所であれば、各村からの道も通じておる。確かに都合がよいな」
「それに、役人が買い取り量や倉庫の在庫を記録できます。まずはこの形で始めて、必要になったら街道沿いにも商店を増やせばいいと思います」
尚寧王が三司官を見渡した。
「どうだ」
浦添親方が答えた。
「新たに五十か所を設けるより、はるかに早く始められましょう」
「では、そのように進めよ。秋の収穫までに倉庫を整えるのだ」
「承知いたしました」
三司官たちが頭を下げた。
俺は次の紙を取り出した。
「それと、米を扱うには機械が必要です。脱穀機、籾摺り機、精米機という三種類の機械を、神様のところで用意してあります」
「それはどのような機械なのだ?」
尚寧王が尋ねた。
「稲から籾を外し、籾殻を取り除き、白い米にする機械です。人の力で動かせるので、琉球でも使えます」
「そのような道具があるのか」
「はい。今回はそれぞれ十台ずつ、合計三十台を追加で用意したいと思っています。これらは首里城に置いて、王府の水田で収穫した米を大量に処理するために使います」
城間親方が尋ねた。
「では、各間切りの商店ではどうするのだ?」
「そちらには小型の簡易籾摺り機と簡易精米機を置きます。ただし、購入するのは研究用の見本を二台ずつだけです。あとは琉球の職人に造ってもらいます」
「なるほど。それなら数を揃えられるな」
「見本は一台ずつ実際に動かして使い方を覚えてもらい、残りの一台ずつは分解して構造を調べてもらいます。図面も用意するつもりです」
名護親方が頷いた。
「職人たちの腕の見せどころだな」
「それから、各村には千歯扱きという脱穀道具を配りたいと思っています」
「せんばこき?」
「稲穂を鉄の歯の間に通して、籾を落とす道具です。構造が簡単なので、これは琉球の鍛冶職人に造ってもらいます」
「それなら村々でも使えるな」
「はい。首里城では大量に処理できる機械を使い、各間切りでは簡易型の機械、各村では千歯扱きを使う形にしたいと思っています」
尚寧王が頷いた。
「うむ。よい考えだ」
俺は次の紙を取り出した。
「もう一つ、銅銭を造るための機械も必要です」
俺は一銭、十銭、五十銭の絵を広げた。
「銅銭の材料になる金属の板と、それを丸く打ち抜く道具、それから模様を刻むプレス機を三台用意します」
「それがあれば銅銭を造れるのか」
尚寧王が尋ねた。
「はい。ただし、この機械だけは王府が厳重に管理してください。誰でも勝手に銅銭を造れるようになっては困りますから」
「それは当然であろう」
浦添親方が頷いた。
「金型も王府で保管し、必要なときだけ取り付けるようにします」
「それがよかろう」
「ただし、金属の板を造る技術は別です」
俺はさらに二台の機械の絵を描いた。
「圧延機という、金属をローラーで挟んで薄く延ばす機械を二台用意します。一台は実際の作業に使い、もう一台は研究班に渡します」
「研究班にか」
「はい。そちらには図面も付けてもらいます。分解して構造を調べ、いずれは琉球の職人だけで同じ機械を造れるようにしたいんです」
名護親方が尋ねた。
「金属の板を造れるようになれば、何が変わるのだ」
「いろいろな道具を造れるようになります。それに、銅銭を打ち抜くと金属の切れ端が残ります。その切れ端を溶かして、もう一度板にする技術も研究させたいんです」
「捨てずに使い直すということか」
「そうです」
尚寧王は感心したように頷いた。
「なるほど。道具を買うだけではなく、造る技も覚えさせるのだな」
ここまで説明したところで、俺は紙を重ねて脇に置いた。
「ところで王様、一つお聞きしてもよろしいですか?」
「何だ?」
「王府には、金がどれくらい蓄えられているんですか?」
尚寧王は少し意外そうな顔をした。
「金か?」
「はい。今回の設備を揃えるにも金が必要になりますので、どれくらいあるのか知っておきたいんです」
尚寧王は三司官たちと顔を見合わせた。しばらく考えたあと、俺に向かって言った。
「口で説明するより、実際に見せた方が早かろう」
「見せていただけるんですか?」
「うむ。ついてまいれ」
尚寧王が立ち上がり、三司官たちも席を立った。俺は慌てて紙をまとめ、その後を追った。
廊下を進み、いくつかの扉を抜けていく。普段は立ち入ることのない場所らしく、途中には警備の者が立っていた。
尚寧王が声をかけると、警備の者たちは頭を下げ、道を開けた。
やがて、頑丈な扉の前に到着した。
「ここが王府の宝物庫だ」
尚寧王の言葉に、俺は思わず扉を見つめた。
鍵が開けられ、重そうな扉がゆっくりと開く。中へ入ると、壁際にいくつもの木箱が積まれていた。
尚寧王が警備の者に命じる。
「開けて見せよ」
木箱の蓋が外された。中には大小さまざまな金の塊が、ぎっしりと収められていた。
「おお……」
思わず声が漏れた。
別の箱も開けられる。そこにも金が入っている。さらに隣の箱も、そのまた隣の箱も同じだった。
「王様、これ全部が金ですか?」
「そうだ」
「いったい、どれくらいあるんです?」
尚寧王は浦添親方に目を向けた。
浦添親方が答える。
「王府に蓄えられた金は、およそ二百六十七貫ございます」
二百六十七貫。一貫が三・七五キロだから、ほぼ一トンじゃないか。
俺は改めて木箱を見渡した。
「王様、これだけの金があれば、どこの国よりも進んだ技術と知恵を琉球にもたらすことができますよ」
尚寧王が俺を見た。
「ほう。それほどのことができるのか」
「はい。それに、もっと面白いことがあります」
「何だ?」
俺は少し笑った。
「この金、今よりもっと増やせますよ」
尚寧王の眉がぴくりと動いた。
「何? 金が増えると申すのか?」
三司官たちも一斉に俺を見た。
「はい。もちろん、ただ置いておくだけでは増えませんけどね」
「では、どうするのだ?」
尚寧王が身を乗り出した。
「まずは必要な機械を揃えることから始めましょう」
「いかほどの金が必要なのだ?」
「それはまだ分かりません。神様に聞いてから、改めてご相談します」
尚寧王はしばらく考えたあと、頷いた。
「よかろう。必要な額が分かったら申すがよい」
「ありがとうございます」
俺は頭を下げた。
これだけの金があれば、機械の購入だけでなく、これからの琉球の発展にも十分な資金を回せそうだ。
あとは、神様に必要な金額を聞いてくるだけだな。
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