第78話 1600年7月4日
ブックマークしてくれた人ありがとうございます
朝、いつものようにコーヒーを淹れ、煙草に火をつけた。今日で王府の水田造りも15日目になる。
予定している工期は45日だから、ちょうど3分の1が過ぎたことになる。
100メートル四方の水田を20面造るという大仕事だが、今のところ工事は順調に進んでいる。
昨日までに6面が完成し、現在は7面目の仕上げに入っている。この調子なら予定どおり完成させられそうだ。
それよりも今日は、もう一つ大事なことがある。先生12名と研究者46名、合わせて58名に行ってきた基礎教育が、今日で14日目を迎えるのだ。
これまで教えてきた内容をどれくらい理解しているのか、今日は試験を行うつもりだった。
俺はコーヒーを飲み終えると、試験問題を入れた鞄を持って倉庫を出た。
水田の工事現場では、すでに大勢の人夫たちが働いていた。
人夫200名に加えて、職人46名も作業に参加している。鍛冶職人も木工職人も陶器職人も、今は同じように土を運び、石を取り除き、水路を整えていた。
専門の仕事とは違うが、測量や土地の高低差を実際に見て覚えることも、これからの仕事に役立つはずだ。
俺は作業の進み具合を確認しながら、7面目の水田へ向かった。
20トンのパワーショベルに乗り込み、残っている土を掘り起こしていく。
人夫たちは俺が掘り上げた土を運び、別の場所では水路の形を整えていた。
重機を使えば一度に大量の土を動かせるが、細かい仕上げはどうしても人の手が必要になる。
これだけの人数がいるからこそ、工事も順調に進んでいるのだろう。
しばらく作業を続けたところで、俺はパワーショベルを止めた。
今日は試験がある。工事ばかりしているわけにはいかない。
現場の様子をもう一度確認してから、苗代の方へ向かった。
6月24日に準備を始めた琉球米と、26日から準備を進めた早場米の苗も順調に育っている。
今回造る20面の水田のうち、4面には琉球米、残りの16面には早場米を植える予定だ。
早場米は年に2回収穫する計画なので、王府にとっても重要な作物になる。
苗が育つ頃には田植えのできる水田も増えているだろう。
俺は苗の様子を確認すると、教室として使っている2棟目の倉庫へ向かった。
教室に入ると、先生12名と研究者46名がすでに席についていた。
折りたたみ式のテーブルとパイプ椅子が整然と並び、黒板の前には安里さんが立っている。
14日前は数字の書き方にも戸惑っていた人たちだが、今ではノートを開き、鉛筆を持って俺が来るのを待っていた。
「皆さん、おはようございます」
「おはようございます、ユウマ殿」
全員が声をそろえて挨拶した。
「今日で14日間の勉強が終わります。そこで、これまで覚えたことを確認するために試験を行います」
俺がそう言うと、何人かが緊張した表情になった。
「難しい問題を出すつもりはありません。これまで勉強してきたことばかりですから、落ち着いて答えてください」
俺は用意してきた試験用紙を配ってもらった。
問題は長さや重さの単位、簡単な計算、それにこれまで教えてきた理科の基礎的な内容だ。
これから研究を進めるうえで必要になる知識を中心にしてある。
「それでは始めてください」
俺の合図で、58名が一斉に鉛筆を動かし始めた。
教室の中は静まり返り、紙に鉛筆を走らせる音だけが聞こえてくる。
俺は机の間をゆっくり歩きながら、皆の様子を見て回った。
問題を読み返している者もいれば、迷うことなく答えを書き進めている者もいる。
先生たちはもともと読み書きや計算に慣れているだけあって、比較的早く問題を解いているようだった。
研究者たちも、この14日間でずいぶん成長した。
最初は現代の数字や単位に戸惑っていたが、今では長さや重さを数字で表し、計算することにも慣れてきている。
しばらくして、俺は試験の終了を告げた。
「そこまでにしてください。答案を集めます」
全員が鉛筆を置き、前から順番に答案が集められた。
俺は58枚の答案を受け取ると、黒板の前の机に座って採点を始めた。
一枚ずつ答えを確認していく。
計算を間違えている者もいたが、全体的にはよくできていた。
単位の意味を理解しているかどうかを確認する問題も、ほとんどの者が正しく答えている。
途中で何度か顔を上げると、皆が不安そうにこちらを見ていた。
自分の答案がどうなっているのか、気になって仕方がないのだろう。
俺は採点を続け、最後の一枚を確認した。
結果は予想していた以上によかった。
「皆さん、お待たせしました」
俺が立ち上がると、教室の中が静かになった。
「試験の結果ですが、58名全員が及第点に達しています」
一瞬の静寂のあと、教室のあちこちから安堵の声が上がった。
隣の者と顔を見合わせて笑っている人もいる。
「14日間、よく頑張ってくれました。これで皆さんは、次の段階に進むことができます」
安里さんが立ち上がり、深々と頭を下げた。
「ユウマ殿、ありがとうございます。我々も、これほど多くの新しいことを学べるとは思っておりませんでした」
「いえ、皆さんが毎日真剣に勉強してくれたからですよ」
俺は答案を机の上に置き、黒板の前へ移動した。
「さて、明日からは勉強の進め方を変えようと思います」
皆の視線が集まった。
「これまでは俺が先生12名と研究者46名を直接教えてきました。しかし、これからは職人46名にも勉強してもらいます」
俺は黒板に人数を書き出した。
先生12名、研究者46名、職人46名。合わせて104名だ。
「俺一人で全員を教えることはできません。そこで、先生方には研究者を、研究者には職人を教えてもらいたいんです」
安里さんが手を挙げた。
「我々が研究者に教えるとなると、さらに新しい知識を学ばねばなりませんな」
「そうですね。先生方には俺が専門的なことを教えます。それを研究者に伝えてください」
「なるほど。順番に知識を伝えていくわけですな」
「はい。それに、いずれは俺がいなくても勉強を続けられるようになってほしいんです」
安里さんは真剣な表情で答えた。
「承知いたしました。我々も精進いたします」
俺は研究者たちに向き直った。
「研究者の皆さんには、職人たちと一緒に新しい道具を造ってもらいます。そのために、四人一組の班を作ることにしました」
「四人一組でございますか」
「研究者二名と職人二名です。鍛冶が十班、木工が十班、陶器が三班。全部で二十三班になります」
俺は黒板に班の内訳を書き加えた。
「同じ班の四人で相談しながら仕事を進めてください。研究者は新しい知識を伝え、職人からは実際の技術を学んでもらいます」
研究者たちは互いに顔を見合わせながら、話を聞いていた。
「午前中は職人たちに基礎的なことを教えてください。午後はこれまでどおり、水田造りに参加してもらいます」
「承知いたしました」
研究者たちから返事が返ってきた。
「それでは、午後に職人たちを集めて顔合わせをしましょう」
午前中の授業を終え、昼食を取ったあと、俺は再び教室へ戻った。
安里さんに頼んでおいた職人46名も集まり、教室は朝よりずいぶん賑やかになっていた。
鍛冶職人20名、木工職人20名、陶器職人6名。
研究者たちも席についており、これから一緒に仕事をする相手がどんな人物なのか、気になっているようだった。
「皆さん、今日はこれからの仕事について説明します」
俺が声をかけると、職人たちの話し声が止まった。
「明日から午前中は勉強をしてもらいます。午後はこれまでどおり、水田造りを手伝ってください」
職人たちの間に小さなどよめきが起こった。
「勉強でございますか」
鍛冶職人の一人が尋ねた。
「はい。これから新しい道具を造るために、長さや重さの単位、計算などを覚えてもらいたいんです」
「我々はこれまで、親方から教わったやり方で仕事をしてまいりました。それではいけないのでしょうか」
「いえ、今までのやり方が悪いわけではありません。ただ、これからは違う場所で造った部品を組み合わせたり、同じ大きさのものを何個も造ったりすることになります」
俺は机の上にあった物差しを手に取った。
「例えば、別々の職人が造った部品を組み合わせるとします。長さの決め方が違えば、うまく組み合わないこともありますよね」
「それは、確かに」
「だから全員が同じ単位を使い、正確な寸法で造れるようになってほしいんです」
職人たちは物差しを見ながら、互いに何か話し始めた。
「それから、皆さんには研究者と一緒に仕事をしてもらいます。研究者二名と職人二名で一つの班です」
木工職人の一人が、研究者たちの方を見た。
「研究者というのは、こちらの方々でございますか」
「そうです。この十四日間、いろいろなことを勉強してきました。明日からは皆さんにも教えてもらいます」
すると、年配の鍛冶職人が手を挙げた。
「ユウマ殿、一つよろしいでしょうか」
「どうぞ」
「我々は長年、鉄を扱ってまいりました。研究者の方々は、鍛冶の仕事もご存じなのでしょうか」
俺は首を横に振った。
「いいえ。皆さんほど詳しくはないと思います」
その答えに、職人たちの間から小さな笑い声が漏れた。
「ですから、鍛冶の技術は皆さんが研究者に教えてください。その代わり、研究者からは新しい知識を学んでもらいます」
俺は続けた。
「例えば、鉄を熱すると柔らかくなりますよね。皆さんは経験で、どのくらい熱すれば加工しやすいか分かるでしょう」
「はい。それは火の色を見れば分かります」
「そうでしょうね。でも、なぜ熱すると柔らかくなるのか、どのくらいの温度なのか。そういったことも調べていきたいんです」
年配の職人は腕を組み、しばらく考えていた。
「なるほど。我々の知らぬことを調べるのが、研究者の仕事というわけですな」
「そうです。ただし、研究者だけでは物を造れません。実際に形にするには、皆さんの技術が必要なんです」
「それならば、我々にもできることがありそうです」
職人がそう言うと、周囲から笑い声が上がった。俺も思わず笑ってしまった。
「できることがあるどころか、皆さんがいなければ何も始まりませんよ」
教室の雰囲気が少し和らいだところで、俺は研究者たちに声をかけた。
「それでは、同じ分野の研究者と職人で四人ずつ集まってください。今日は顔合わせだけにします」
安里さんにも手伝ってもらい、鍛冶、木工、陶器の順番に班を作っていった。
研究者と職人が互いに名乗り合い、あちこちで話し声が聞こえ始めた。
最初は少しぎこちなかったが、同じ分野の者同士だけあって、すぐに仕事の話が始まったようだった。
ある鍛冶の班では、職人が研究者に何かを説明しながら、手で鉄を打つ動作をしている。
木工の班では、研究者が持っていた物差しを職人が手に取り、目盛りを確かめていた。
陶器の班でも、焼き物の話をしているのか、皆が熱心に話し込んでいる。
俺はその様子を見ながら、少し安心した。
研究者と職人では、これまで学んできたことも仕事の仕方も違う。
それでも、同じものを造るという目標があれば、きっとうまくやっていけるだろう。
しばらく様子を見ていると、安里さんが近づいてきた。
「ユウマ殿、皆、思いのほか話が弾んでおりますな」
「そうですね。少し心配していましたが、大丈夫そうです」
「これからが楽しみでございます」
安里さんは、話し込んでいる職人たちを見ながら微笑んだ。
俺は皆に声をかけ、明日からの授業について最後の確認をした。
研究者たちには、最初に教える内容を準備しておくよう頼んだ。
こうして、王府で最初の二十三班ができあがった。
まだ何かを造ったわけではないが、研究者と職人が互いの知識を持ち寄るようになれば、これまでとは違うものが生まれてくるはずだ。
教室を出ると、俺は再び水田の工事現場へ向かった。
七面目の水田では、人夫たちが最後の仕上げを続けている。
四十五日間で二十面の水田を完成させる。その間に、王府で新しい技術を生み出せる人材も育てる。
やることは山ほどあるが、今日でようやく一つの形が見えてきた。
俺は完成間近の水田を眺めながら、明日から始まる新しい授業のことを考えていた。
読んでいただきありがとうございます。
続きが気になったらブックマークや評価をして頂けると励みになります
面白くなくても評価をして下さい今後の参考にしたいです。よろしくお願いいたします




