第8話 1600年1月3日 その2
「あとは海水を入れるだけだな」
俺は池を見ながら、昨日買ってきたバケツを取り出した。
「それじゃ今度は、このバケツを使ってここに海水を入れて」
タルガニたち5人に、バケツを1個ずつ渡す。
「これで海から汲んで、この池に入れてくれ」
タルガニが池と海を見比べた。
「どれくらい入れるんだ?」
「このくらい」
俺は池の底から10センチくらいの高さを手で示す。
池は5メートル×10メートル。
10センチまで海水を入れると、全部で約5,000リットルになる。
10リットルのバケツなら500杯。
5人だから、一人100杯だ。
俺は頭の中で計算して、思わず苦笑した。
「これは相当きつい仕事になるな……」
タルガニが俺を見る。
「そんなに多いのか?」
「ああ。一人100回くらい往復することになる」
「百回……」
さすがにタルガニも少し嫌そうな顔をした。
俺は笑う。
「がんばれ笑」
男たちから笑い声が上がった。
「今日中じゃなくていいよ。明日までにお願いな」
「分かった」
タルガニたちは早速バケツを持って海へ向かっていった。
海水を汲み、池まで運び、また海へ戻る。
これを何十回も繰り返す。
俺はその様子をしばらく見ていたが、さすがにこれだけ働かせて何も出さないのは悪い。
「昼飯でも作るか」
ちょうど目の前には、さっき完成させたばかりのロケットストーブがある。
どうせなら試運転も兼ねよう。
俺は100リットルの寸胴鍋をロケットストーブの上に載せた。
「何作ろうかな……」
あまり手間がかからず、大人数に分けられるものがいい。
その時、近くに生えている草が目に入った。
「ん?」
近づいて見る。
フーチバーだ。
「これ使えるな」
沖縄では昔から食べられているヨモギだ。
「フーチバーじゅうしーにするか」
雑炊みたいにしてしまえば量も作れるし、温かいから今の時期にもいい。
ただ、調味料と卵がない。
「ちょっと取ってくるか」
俺はタルガニたちから見えない場所へ移動し、草むらへ入った。
――現在に戻りたい。
ブラックホールを開いて部屋へ戻る。
必要な物だけ手早く準備する。
塩、醤油、だし。
それに卵。
「こんなもんでいいか」
袋にまとめ、すぐに1600年へ戻った。
海岸へ戻ると、タルガニたちはまだ黙々と海水を運んでいる。
「よし、それじゃ作ろうか」
俺はフーチバーを摘み、水で洗って細かく刻む。
寸胴鍋に水を入れ、米を入れる。
ロケットストーブへ薪を差し込み、火をつけた。
しばらくすると、ゴォッという音とともに火が一気に強くなる。
「おお、ちゃんと燃えるな」
初めて作ったにしては上出来だ。
タルガニもバケツを持ったまま立ち止まり、ロケットストーブを見ている。
「ユウマ、その火は昨日までの火と違うな」
「少ない薪でも強く燃えるように作ったんだ」
「そんなこともできるのか」
「まあな」
俺は少し得意になりながら、鍋をかき混ぜる。
米が柔らかくなってきたところで、刻んだフーチバーを入れる。
だしと醤油で味を整え、最後に溶いた卵を流し込む。
ふわっと卵が広がり、フーチバーの香りが立ち上った。
「いい匂いしてきたな」
海水を運んでいた男たちも、時々こちらを気にしている。
俺は鍋の中を見ながら笑った。
「あと少し待ってろ。昼飯できるぞ」
それから1時間ほどして、フーチバーじゅうしーが出来上がった。
ちょうど昼時だ。
「よし、できたな」
寸胴の蓋を開けると、湯気と一緒にフーチバーとだしの香りが一気に広がる。
俺は近くにいたマカトを呼んだ。
「マカト、村のみんな呼んできて」
「みんな?」
「ああ。昼ご飯できたから」
マカトの顔がぱっと明るくなる。
「分かった!」
そう言うと、マカトはすぐに村の方へ走っていった。
俺は海水を運んでいるタルガニたちにも声をかける。
「タルガニ、いったん休憩しよう。昼飯にするぞ」
タルガニはバケツを置いて、ほっとしたような顔をした。
「助かった……」
「まだまだ運ぶんだから、ちゃんと食ってからやれ笑」
しばらくすると、村人たちが次々に集まってきた。
昨日のカレーの時と同じように、子供たちは何が出てくるのか気になって仕方がない様子だ。
今日はあらかじめ、それぞれ自分の椀を持ってくるように言ってある。
「じゃあ順番にな」
俺は大きなお玉を手に取り、一人ずつ椀へじゅうしーをよそっていく。
米はかなり多めに入れてある。
そこに卵とフーチバーが混ざり、見た目にもそれなりに腹にたまりそうだ。
「はい、次」
「おお……」
「熱いから気をつけろよ」
村人たちは両手で椀を受け取り、その場で少しずつ食べ始めた。
最初に声を上げたのは子供だった。
「うまい!」
その声をきっかけに、あちこちから似たような声が聞こえてくる。
「これも米なのか?」
「昨日のとはまた違うな」
「柔らかい」
「この草、フーチバーだよ」
俺がそう言うと、何人かが驚いたように椀の中を見る。
普段から見慣れている草を、米や卵と一緒に炊いただけだ。
それでも、ほとんど米を食べることのない村人たちにとっては十分なご馳走らしい。
タルガニも椀を抱えながら夢中で食べている。
「ユウマ、これもうまいな」
「まだあるぞ」
俺は寸胴を軽く叩く。
「おかわりもあるから、たくさん食べてな」
その言葉を聞いた子供たちの反応が早かった。
一杯目を食べ終えた子から、すぐに椀を持って並び始める。
俺は次々におかわりへ並ぶ子供たちを見て、寸胴の中を一度確認した。
まだかなり残っている。
「よし、それじゃ一人2杯までな」
「えー!」
すぐに子供たちから不満の声が上がった。
「残りは夕飯にするから」
そう言うと、今度は表情が一気に変わる。
「夜もご馳走?」
「またこれ食べられるの?」
「そうそう。夜も食べるから、今全部食べるな笑」
子供たちはそれを聞いて大喜びだった。
昼に食べて、夜にもまた米が食べられる。
この村では、それだけでもかなり嬉しいことらしい。
俺は海水を運んでいるタルガニたちの方を見る。
「お前たちは3杯食っとけ」
タルガニが俺を見る。
「いいのか?」
「ああ。今からまた重労働だからな笑」
「それなら遠慮なく食う」
タルガニたちは嬉しそうに椀を差し出した。
俺はそれぞれにたっぷりよそってやる。
「しっかり食っとけよ。まだ海水いっぱい運ばないといけないからな」
「分かってる笑」
男たちは笑いながら3杯目を食べ始めた。
俺は全員に配り終えると、もう一度寸胴の中を覗いた。
「半分くらい残ってるな」
思っていたより十分残った。
これだけあれば夕飯にも使える。
「夜は何かおかずだけ作れば十分だな」
俺は半分ほど残ったじゅうしーを見ながら、夕飯のことを考えた。
「おかず、どうするかな……」
村には魚も貝もある。
そこで、ふと思った。
「もしかして、ここで釣りしたら結構釣れるんじゃないか?」
今は1600年だ。
当然、現代みたいに毎日大勢の人が釣りをしているわけでもない。
場所さえ良ければ、かなり期待できそうな気がする。
「試してみるか」
俺は人目の少ないところまで移動し、ブラックホールを開いて部屋へ戻った。
部屋に入ると、押し入れの奥から釣竿を取り出す。
それから、釣り道具をまとめて入れてある工具箱も持ってきた。
中には針、糸、ウキ、オモリ、ハサミ、それに細かい仕掛け類が一通り入っている。
「まさか、これが役に立つとはな」
俺はたまに趣味で釣りをする。
本格的にやり込んでいるわけではないが、仕掛けを作って魚を釣るくらいなら普通にできる。
1600年へ来てから、土木の知識や自衛隊での経験ばかり役に立っていたが、こんな趣味まで使えるとは思わなかった。
「夕飯のおかずくらい釣れれば十分だな」
俺は釣竿と工具箱を抱え、そのまま1600年へ戻った。
海岸へ向かうと、早速釣りの準備を始める。
「まずは餌ないから、ルアーでいくか」
手持ちのルアーを一つ選び、糸に結ぶ。
海を見る限り、魚の気配はありそうだ。
「とりあえず投げてみるか」
一投目。
ルアーが海へ落ち、少し沈めてから巻き始める。
すると、いきなり竿先が大きく引き込まれた。
「おっ!」
反射的に竿を立てる。
グッ、グッと魚が抵抗する。
「結構引くな」
糸を巻きながら少しずつ寄せてくる。
岸近くまで来たところで魚体が見えた。
「あ、ミーバイじゃん」
そのまま一気に引き上げる。
釣れたのは、そこそこの大きさのミーバイだった。
「一投目からこれかよ笑」
俺は魚を見ながら笑った。
「ここの魚、全然擦れてないな」
近くで作業していたタルガニを呼ぶ。
「タルガニ!」
「なんだ?」
「これ、池に入れといて」
俺はミーバイを見せる。
タルガニが目を丸くした。
「もう釣ったのか?」
「一投目笑」
「早いな」
「池の端に深くしたところあるだろ。あそこに入れといて」
「ああ、分かった」
タルガニは魚をバケツに入れ、そのまま池へ向かった。
俺はすぐに二投目を投げる。
またルアーを巻いてくる。
すると、
「また来た!」
今度はさっきより強い。
竿が大きく曲がる。
「これはでかいな」
慎重に巻き上げ、岸まで寄せる。
上がってきたのは、またミーバイ。
しかもさっきより一回り大きい。
「おお、いいサイズ」
これもタルガニに渡す。
「これも池な」
タルガニが呆れたように笑う。
「またか」
「今日は魚の日だな笑」
その後も場所を少しずつ変えながら投げ続ける。
何投かしたところで、急に当たりが連発し始めた。
「なんだ?」
一匹釣れる。
カマスだ。
すぐに投げ直す。
また当たる。
「群れいるな」
そこからはほとんど入れ食いだった。
投げる。
巻く。
食う。
上げる。
また投げる。
気づけばカマスを13匹釣り上げていた。
「さすがにもういいか笑」
十分釣りも楽しんだ。
夕飯のおかずとしてもこれだけあれば十分だ。
俺は竿をたたみ、道具を片付けた。
「タルガニ!」
少し離れたところで作業していたタルガニが振り返る。
「なんだ?」
「今日の夕飯、魚だぞ!」
そう言って、池の窪みに入れてある魚を指さした。
ミーバイ2匹。
カマス13匹。
タルガニが笑った。
「ずいぶん釣ったな」
「ああ。ちょっとやりすぎた笑」
ただ、一つ問題がある。
「……捌くの面倒だな」
俺は魚の山を見ながら少し考えた。
自分でできないわけではない。
でも15匹も捌くとなると、さすがに面倒だ。
俺は村の女性たちに声をかけた。
「これ、夕飯用に捌いてもらっていい?」
魚を見た女性たちの表情が一気に明るくなる。
「こんなに?」
「全部食べていいのか?」
「もちろん。みんなで食べよう」
それを聞くと、すぐに魚を運び始めた。
慣れているのか、手際もいい。
俺が一匹ずつ捌くより、こっちの方が圧倒的に早そうだ。
女性たちは夕飯のおかずが増えたことが嬉しいのか、楽しそうに話しながら魚を捌いている。
俺はその様子を見ながら笑った。
「これなら夕飯も十分だな」




