第7話 1600年1月3日
翌朝、目を覚ますと、村ではもうみんな起きていた。
小屋のあちこちから煙が上がり、女たちは火を起こして朝の煮炊きを始めている。子供たちも水を運んだり薪を集めたりしていて、俺が起きた時にはすっかり村の一日が始まっていた。
「みんな早いな……」
俺は昨日持ってきた鍋で湯を沸かし、コーヒーを淹れる。
そのまま少し離れたところに腰を下ろし、タバコに火をつけた。
コーヒーを一口飲み、煙を吐きながら今日の段取りを考える。
まずは塩を作るための池だ。
昨日は3つ作ると言ったが、一気に全部作る必要はない。まず1つ作って実際に海水を入れ、うまくいくか試した方がいい。
大きさは5メートル×10メートル。
深さは20センチくらい。
ただし海水は池いっぱいには入れず、半分の10センチまでにする。
その間に俺はロケットストーブを作る。
「よし、これでいこう」
コーヒーを飲み終える頃、ウシマルがこちらへ歩いてきた。
「ユウマ、今日は昨日言っていた池を作るのか?」
「ああ。まず1個作ってみるよ」
「塩を作るための池だったな」
「そうそう。うまくいけば、今までみたいに海水を最初から全部煮なくてもよくなる」
ウシマルはゆっくり頷いた。
「それで薪が少なくて済むならありがたい」
「多分かなり減らせると思う」
俺は立ち上がった。
昨日集まってもらった男たち4人にも声をかけ、ウシマルと一緒に海岸へ向かう。
海岸に着くと、俺は池を作る場所を探した。
海から近く、なるべく平らな場所がいい。
「この辺だな」
リュックからメジャーを取り出す。
ウシマルが横から覗き込んだ。
「それは何だ?」
「長さを測る道具」
俺がメジャーを伸ばすと、ウシマルだけでなく4人の男たちまで集まってきた。
「おお……」
「中から出てきたぞ」
「どこまで伸びるんだ?」
「ちょっと待って笑」
俺は笑いながら5メートルを測り、地面に印をつける。
そこから向きを変えて10メートル。
四隅に杭を打ち、大体の形が分かるようにした。
「この中を掘ってくれ」
一人の男が池の中になる場所を見渡す。
「全部か?」
「全部笑」
男たちが顔を見合わせた。
ウシマルも池の大きさを見て少し笑う。
「これは大仕事だな」
「昨日持ってきたスコップがあるから、何とかなるだろ」
俺はスコップを渡した。
次は深さだ。
数字で20センチと言っても伝わらない。
俺はしゃがみ込み、地面から20センチほどの高さを手で示した。
「これくらい」
ウシマルもしゃがみ、俺が示した高さを確認する。
「浅くていいのだな?」
「ああ。深く掘らなくていい。これくらいで十分」
「分かった」
ウシマルが男たちに声をかけると、4人は早速スコップで土を掘り始めた。
昨日初めて触ったばかりなのに、もう使い方にはかなり慣れている。
ザクッ、ザクッと次々に土が掘り返されていく。
「やっぱり早いな」
俺はしばらく作業を見てから、少し離れた場所へ移動した。
次は俺の番だ。
昨日運んできた耐熱レンガを並べる。
ここに100リットルの寸胴鍋を載せられるロケットストーブを作る。
「さて……作るか」
俺は地面を平らにすると、レンガを積み始めた。
施設科でこういう即席の物を組むことには慣れている。
燃焼室と煙の流れを考えながら、位置を決めて次々とレンガを積んでいく。
しばらくして、ロケットストーブの形が出来上がった。
「よし、こんなもんだな」
思っていたより早くできた。
ただ、池を見ているうちに疑問が出てきた。
この大きさの池に海水を入れて、本当にどのくらいで濃くなるんだ?
「ちょっと調べるか」
俺はウシマルたちから離れ、草むらの中へ入った。
周囲に誰もいないことを確認する。
――現在に戻りたい。
目の前にブラックホールが現れ、俺はそのまま中へ入った。
パッ。
部屋に戻った瞬間、なんとなく臭いが気になった。
「……なんか臭いな」
部屋かと思ったが、すぐに気づく。
「俺か笑」
考えてみれば、1600年へ行ってから2日間、一度もシャワーを浴びていない。
山にも登ったし、昨日は荷物を何度も運んだ。
そりゃ臭う。
俺は迷彩服を脱ぎ、そのままシャワーへ向かった。
頭と体をしっかり洗う。
「ふぅ……気持ちいい」
2日ぶりのシャワーは最高だった。
風呂から上がると、迷彩服には戻らず普段着に着替えた。
そのまま戻ろうとして少し考える。
「向こう寒いんだよな」
ジャンパーを羽織る。
「これでいいか」
ただ、戻る前に疑問を解決しておく。
俺はラップトップを立ち上げ、ChatGPTを開いた。
入力する。
『5メートル×10メートル×10センチの海水が、1月の沖縄で半分になるまでどれくらいかかる?』
回答を読む。
池の面積は50平方メートル。
水深10センチなら海水は約5,000リットル。
半分まで減らすには、水深を10センチから5センチまで下げる必要がある。
つまり約2,500リットルの水分を蒸発させる。
1月の沖縄では夏ほど蒸発は早くないため、天候や風にもよるが、雨が入らなければおよそ2週間から4週間程度が目安。
「2週間から4週間か……」
俺は少し考える。
「まあ、それくらいなら待てるな」
そこで別の問題に気づいた。
雨だ。
雨が降ったら、せっかく濃くなった海水がまた薄くなる。
俺は続けて質問する。
『雨が降った時はどうすればいい?』
池の上を防水シートで覆い、雨水が池へ入らないようにする方法が簡単らしい。
「シートか……」
そこで思い出す。
「いや、昨日買ったシートは池の底に使うじゃん」
雨よけ用がない。
「また買いに行かないといけんのか笑」
面倒ではあるが、仕方ない。
俺はもう一つ気になって質問した。
『5メートル×10メートル×10センチ、約5,000リットルの海水から、塩はどれくらい取れる?』
回答が出る。
海水の塩分濃度を約3.4から3.5%とすると、5,000リットルの海水には約170キロ前後の塩類が含まれている。
実際には全部を回収できるわけではないため、取れる塩は150キロ前後を目安にした方がいい。
「150キロ?」
俺は画面を見直した。
「池1個でそんなに取れるのか」
思ったより多い。
3つ作れば単純計算で450キロ前後になる。
「これなら村で使っても余るな」
町へ持っていけば、かなりの量を交換できそうだ。
今度は煮詰める時間が気になった。
『半分まで蒸発させた後の約2,500リットルを、100リットルの寸胴鍋とロケットストーブで煮詰めると、どれくらい時間がかかる?』
回答を見る。
1基だけならかなり時間がかかる。
火力にもよるが、昼間だけ作業するなら何日も必要になる。
「……こっちは結構大変だな」
俺は椅子にもたれた。
池で水を減らしても、最後は結局かなり煮ないといけない。
「ロケットストーブも何個か作った方がいいか」
そして、もう一つ気になる。
この塩を売ったらどれくらいになるんだ?
1600年の琉球で正確な値段を出すのは難しい。
ただ、塩は保存にも使えるし、生活必需品でもある。
「金で欲しいんだけどな……」
できれば粟や芋ではなく、金か銀に換えたい。
そうすれば現代へ持って帰れる。
俺はさらに調べていく。
金1匁は3.75グラム。
「3.75グラムか……」
現代へ持ち帰れば、それなりの金額になる。
俺は画面を見ながら少し笑った。
「塩150キロ作って金に換えるより……」
そこで、ふと思った。
「何なら塩、現代から持ってきた方が早いな笑」
現代なら塩なんて簡単に買える。
20キロ、30キロずつ運べばいい。
わざわざ何週間も待って、何日も薪を燃やして作る必要すらない。
「いや……でも、それじゃ村で塩作る意味なくなるな」
しばらく考える。
そして答えが出た。
「混ぜればいいか」
村で作った塩に、現代から持ってきた塩を混ぜる。
例えば村で100キロ作ったなら、現代の塩を50キロ足して150キロにする。
最初のうちはそれで量を増やせる。
村の塩作りが軌道に乗って池やロケットストーブが増えれば、現代から持ってくる量を少しずつ減らしていけばいい。
「これだな」
村には塩作りの技術が残る。
俺はその間に余った塩を町へ売り、金や銀に換える。
「うまくいけば、これ最初の資金源になるかもな」
俺はスマホを置いた。
あとは雨よけ用のシートを買う必要がある。
「またホームセンターか笑」
俺は財布を手に取り、そのままアパートを出た。
今日これで3回目だ。
「俺、今日ホームセンター行きすぎだろ笑」
自分でも少し笑えてくる。
必要なのは、池の雨よけに使う大きめの防水ブルーシートと、それを固定するための杭だ。
店内を回り、使えそうなサイズのブルーシートを選ぶ。
「これなら池全体を覆えるな」
あとは杭もまとめてカゴに入れ、そのままレジへ向かった。
会計は約1万3,500円。
「今日だけで何回来てんだよ笑」
とはいえ、これで雨が降っても海水が薄まるのを防げる。
俺はブルーシートと杭を抱え、そのままアパートへ戻った。
アパートへ戻り、荷物を部屋に置く。
ふと時計を見る。
PM2時30分。
「結構時間使ったな」
今日は何度もホームセンターへ行っているし、途中でシャワーにも入った。
「まあ、そりゃ時間も経つか」
俺は買ってきたブルーシートと杭をまとめ、持っていけるように準備する。
「とりあえず戻ろうか」
――1600年1月3日。
ブラックホールを開き、荷物を持ってそのまま中へ入った。
1600年へ戻ると、俺はそのままタルガニたちが作業している海岸へ向かった。
近づいてみると、思っていたより池は出来上がっていた。
「お、結構できてるな」
5メートル×10メートルの範囲はほとんど掘り終わっている。
まあ、深さ20センチ程度だから、昨日渡したスコップがあればそこまで時間はかからないか。
タルガニが俺に気づいて手を止めた。
「ユウマ、これでいいか?」
「ああ、いい感じ」
俺は池の中へ入り、深さを確認しながら歩いてみる。
大体、指示した通り20センチくらいになっていた。
ただ、一つ問題がある。
ここには海水を10センチしか入れない予定だ。
そのままだと、水位が浅すぎてバケツを沈めて汲むことができない。
俺は池の端を指さした。
「タルガニ、ここだけもう少し深く掘ってくれないか?」
「どれくらいだ?」
俺はしゃがみ込み、手で50センチくらいの深さを示した。
「ここだけ、このくらい」
タルガニが首を傾げる。
「池全部ではなく、ここだけか?」
「そう。海水はこれくらいしか入れないから」
俺は地面から10センチほどの高さを手で示した。
「これだとバケツが入らないだろ?」
タルガニは少し考え、池の底と俺の手を見比べる。
「なるほど」
「だから端だけ深くして、そこに海水が集まるようにする。そこならバケツを沈めて汲める」
「分かった」
タルガニが男たちに声をかける。
4人はすぐに池の端へ集まり、俺が示した部分だけをさらに掘り始めた。
しばらくすると、端の一角に50センチほどの深さの窪みができた。
「よし、これなら汲めるな」
次は雨対策だ。
俺は現代から持ってきた杭を取り出した。
池の周囲に間隔を空けながら杭を打っていく。
タルガニがまた不思議そうに見ている。
「今度は何をするんだ?」
「雨が降った時のため」
俺は持ってきたブルーシートを広げて見せた。
「雨が池に入ると、せっかく濃くなった海水がまた薄くなるからな」
池の周囲に打った杭へシートを結べるようにしておけば、雨が降りそうな時だけ上から覆うことができる。
水が中央に溜まらないよう、少し傾斜をつけて張れるようにもしておく。
「これで雨が降っても大丈夫だろ」
俺は池を見渡した。
浅い蒸発池。
端にはバケツで汲むための深い部分。
そして周囲には雨よけのシートを張るための杭。
とりあえず、必要な形にはなった。
「あとは底に防水シート敷いて、海水入れるだけだな」




