第76話 1600年6月21日
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朝食を済ませた俺は、米倉庫へ向かった。王府直轄水田の造成を始めて今日で2日目になる。昨日は草刈りや切り株の撤去を進め、米倉庫も1棟完成した。
今日は水田の整地を進める予定だが、その前にやっておきたいことがあった。先生12名と研究者46名、合わせて58名の教育だ。
せっかく王府が人材を集めてくれたのだから、工事をしている45日間を有効に使いたい。まず2週間、俺が先生と研究者を集中的に教える。
その後は彼らが職人46名に教え、座学と水田での実地教育を並行して進めるつもりだった。そのためには教室が必要になる。
米倉庫は幅10メートル、長さ20メートルある。昨日完成した1棟目にはすでに米を保管しているが、58名が勉強するくらいの場所は確保できるだろう。
2棟目が完成したら、そちらを教室にすればいい。俺はブラックホールを開き、そのまま現代へ戻った。
事務所に入ってスマホを確認すると、2026年6月15日、午前10時になっていた。さて、買い物だ。
まず必要なのは机と椅子、それから黒板だ。先生と研究者だけなら58名分で足りるが、2週間後には職人46名も加わる。
どうせ買うなら、最初から全員分をそろえておいた方がいい。俺は事務所の机に座り、必要なものを書き出した。
会議用テーブル35台、パイプ椅子104脚。テーブルは幅180センチの折りたたみ式にする。1台に3人座れば、35台で105人分になる。
黒板は学校で使っているような大きなものがいい。幅360センチ、高さ120センチの黒板を1枚。
あとはチョーク、黒板消し、ノート、鉛筆、消しゴム、定規。それに小学校高学年の算数と、中学校の数学、理科のドリルも必要だ。
もっとも、1600年の人間が現代の日本語で書かれた問題を、そのまま読めるとは思っていない。最初は俺が黒板を使って説明し、計算や図形を中心に教えていくつもりだ。
必要なものを確認した俺は、さっそく電話をかけ始めた。まずは学校用の黒板を扱っている業者だ。
事情を説明すると、ちょうど希望する大きさの黒板が1枚あるという。しかも今日中に引き取れるらしい。これは運がいい。
俺はすぐに取り置きをお願いした。次に事務用品を扱う業者へ電話し、折りたたみ式の会議用テーブル35台とパイプ椅子104脚を注文した。
こちらも在庫があるというので、江洲の倉庫まで届けてもらうことにした。配送を待つ間に、俺は車で黒板を引き取りに向かった。
学校用の黒板というのは、間近で見ると思っていた以上に大きい。幅3メートル60センチもあるのだから当然だ。
普通なら運搬方法を考えなければならないところだが、俺にはブラックホールがある。業者に江洲の倉庫まで運んでもらい、そこで受け取ることにした。
続いて文具店でノートや鉛筆、消しゴム、定規を大量に購入する。算数や数学のドリルも、小学校4年生から中学校までのものを何種類か選んだ。
理科の教材も忘れない。最初から難しいことを教えるつもりはないが、力の働きや水の流れ、てこや滑車の仕組みなどは、これからの工事にも役立つはずだ。
買い物を終えて倉庫へ戻ると、ちょうど机と椅子の搬入が始まっていた。それにしても、35台の机と104脚の椅子というのは、なかなかの量だ。
倉庫の一角が、あっという間に学校の備品置き場のようになってしまった。黒板も無事に届いた。
俺は納品された品物を確認し、支払いを済ませた。会議用テーブル35台で28万円、パイプ椅子104脚で31万5,000円、学校用の大型黒板が15万円。
チョークや黒板消しで5,000円、ノートや鉛筆などの文具が3万5,000円、ドリルが2万5,000円。全部合わせて81万円になった。
スマホで銀行の残高を確認すると、79,275,344円だった。
もう一つ、忘れてはいけないものがある。給油タンクだ。
王府の水田造成では、20トンのパワーショベルに10トンダンプ、大型トラクターと小型トラクターを使っている。これだけの機械を動かしていれば、当然ながら軽油も大量に必要になる。
毎回現代へ戻って給油するのは面倒だ。以前用意した5,000リットルの移動式給油タンクが4基あるので、そのうち1基を王府の工事現場に置くことにした。
タンクには軽油が満タンに入っている。設置場所は米倉庫の隣がいいだろう。
倉庫には米を守る警備兵が毎日いるから、燃料タンクも一緒に見張ってもらえる。これなら新たに警備の人間を増やす必要もない。
俺は現代での準備がすべて整ったことを確認した。事務所に戻り、コーヒーを飲みながら一息つく。
今日は思ったより買い物に時間がかかった。スマホを見ると、2026年6月15日、午後4時18分になっていた。
日付と時刻を頭に入れ、俺は立ち上がった。さて、戻るか。
ブラックホールを開き、再び1600年の米倉庫へ戻った。まずは購入した机と椅子を運び込む。
倉庫の中に積まれている米の邪魔にならないよう、空いている場所へ会議用テーブルを並べていった。最初の2週間は58名だけなので、テーブル20台と椅子58脚を使う。
残りは2棟目の倉庫が完成するまで、まとめて保管しておけばいい。学校用の大きな黒板は、会議用テーブルの上に載せ、壁にもたれかけさせた。
倒れないようにしっかり支えを付けておく。黒板の前に立ってみると、なんだか学校の先生になったような気分だ。
もっとも、俺は教師ではない。九州大学で土木を学び、自衛隊の施設科にいたとはいえ、人に勉強を教えるのは初めてに近い。
うまく教えられるか少し不安だったが、まあ何とかなるだろう。次に給油タンクを運び出した。
米倉庫の隣に5,000リットルのタンクを設置すると、近くにいた警備兵が不思議そうにこちらを見ていた。
「ユウマ殿、これは何でございますか?」
「神の道具を動かすための油が入っている。火を近づけると危ないから、誰にも触らせないでくれ」
警備兵は真剣な顔でうなずいた。
「承知いたしました。近づく者があれば止めます」
「頼んだぞ。給油は俺がやるからな」
これで燃料の準備もできた。俺はその足で、2棟目の米倉庫の建築現場へ向かった。
そこではジルーを中心に、王府の大工たちが作業を始めていた。シルーたちは少し離れたところから様子を見ながら、必要に応じて指示を出している。
昨日の1棟目は塩屋村の者たちも一緒になって建てたが、今日からは王府の大工が主体だ。
「ジルー、調子はどうだ?」
俺が声をかけると、ジルーが振り向いた。
「ユウマ殿。まだ始めたばかりですが、昨日教わったとおりに進めております」
見ると、柱を立てる位置を確認しながら、寸法を測っているところだった。
「分からないことがあったら、シルーたちに聞けばいい。今回は自分たちで建てることが大事だからな」
「はい。必ず立派な倉庫を完成させてみせます」
俺はうなずいた。
「完成したら、この建物はしばらく教室として使わせてもらう。先生や職人たちが勉強する場所だ」
「教室、でございますか?」
「ああ。文字や計算、それに建物や水田の造り方を学ぶ場所だよ」
ジルーは建築中の倉庫を見上げた。
「我々が建てた建物で、皆が学ぶのでございますか」
「そういうことだ」
ジルーは嬉しそうに笑った。
「それならば、なおさら丈夫に造らねばなりませんな」
俺も笑って、その場を後にした。
午前中は水田の造成を進めるつもりだ。俺は1面目の水田予定地へ向かった。
昨日の作業で草や切り株の撤去が進み、地面がかなり見えるようになっている。ただ、実際に歩いてみると、思っていた以上に高低差があった。
これを水田にするには、まず土地を水平にしなければならない。俺は測量器具を取り出し、何人かの人夫を呼び寄せた。
「これから地面の高さを測る。そこの棒を持って、向こう側に立ってくれ」
人夫が指示した場所へ移動するのを待ち、俺は測量器をのぞいた。場所を変えながら何か所か測り、ノートに数字を書き込んでいく。
一通り測り終えたところで、高い場所と低い場所に目印を付けた。
「ここは土を削る。削った土は、あっちの低い場所へ運ぶぞ」
近くにいた人夫が首をかしげた。
「ユウマ殿、全部同じ高さにするのでございますか?」
「この100メートル四方は同じ高さにする。ただし、隣の水田まで同じ高さにする必要はない」
俺は隣の区画を指さした。
「向こうは少し低いから、その高さに合わせて別の水田を造る。水は高い方から低い方へ流せばいい」
人夫たちはうなずいていたが、どこまで理解できたかは分からない。まあ、実際に造ってみれば分かるだろう。
俺はパワーショベルに乗り込み、エンジンをかけた。最初に高くなっている場所へバケットを入れ、土を削り始める。
削った土はダンプに積み込み、低い場所へ運んで下ろす。人夫たちには土を広げる作業を頼んだ。
「一度に厚く盛らず、少しずつ広げてくれ。後で機械を使って均すからな」
人夫たちが鍬やスコップを手に動き始めた。
俺は再びパワーショベルを操作し、次の場所を削っていく。大きな石が出てくれば掘り起こし、切り株が残っていれば根ごと引き抜いた。
周囲では別の組が草刈りを続けている。昨日よりも作業に慣れたのか、刈り取った草や枝を集める動きも早くなっていた。
一方、測量を手伝った者たちには、次の区画の目印を付けてもらった。俺が測った位置を確認しながら、杭を打ち込んでいく。
しばらく作業を続けると、最初に削った場所と土を盛った場所の差が小さくなってきた。
俺はパワーショベルを止め、地面の様子を確認した。
まだ水平にはほど遠いが、作業の進め方はこれでいい。大まかな高低差をなくしてから、大型トラクターで土を均していくつもりだ。
ただし、トラクターを入れるのは、大きな切り株や石を取り除いてからになる。無理に走らせて機械を壊すわけにはいかない。
俺は作業を取りまとめている者を呼んだ。
「ここは引き続き土を広げてくれ。草刈りの組は、次の100メートル四方へ進んでいいぞ」
「承知いたしました」
「それと、石や切り株は水田の外へまとめておいてくれ。後でダンプで運ぶ」
人夫たちはそれぞれの持ち場へ戻っていった。
20面すべてを一度に平らにするのではなく、まず1面目を完成させる。その間に次の区画の草刈りや撤去を進めておけば、重機も休ませずに済む。
俺はもう一度パワーショベルに乗り込んだ。昼までには、もう少し土を動かしておきたい。
昼食を済ませた俺は、安里朝徳に声をかけ、先生12名と研究者46名を米倉庫へ集めてもらった。
しばらくすると、58名が次々とやって来た。倉庫の中に並んだ机と椅子を見て、皆が驚いた顔をしている。
「ユウマ殿、これは……」
安里が黒板を見上げながら尋ねてきた。
「今日からここで勉強してもらう。まずは座ってくれ」
俺が椅子を示すと、皆は恐る恐る腰を下ろした。初めて座るパイプ椅子が珍しいのか、何人かは座面を触ったり、背もたれを確かめたりしている。
「机も椅子も、勉強するための道具だ。慣れれば使いやすいぞ」
俺は黒板の前に立ち、白いチョークを手に取った。黒板に大きく数字を書いていく。
『1m=100cm』
「まず、これから使う長さの単位を覚えてもらう」
安里たちは真剣な表情で黒板を見つめた。
「昨日、水田で100メートルという長さを測っただろう。今日はその単位をもう少し詳しく教える」
俺は巻尺を取り出し、1メートルの長さを見せた。
「これが1メートル。そして、これを100に分けた長さが1センチメートルだ」
説明しながら黒板に線を引き、数字を書き加える。58名は俺の話を聞きながら、配ったノートに一生懸命書き込んでいた。
どうやら筆記用具も気に入ったらしい。しばらく授業を進めたところで、俺は黒板に簡単な問題を書いた。
『2m50cm+1m30cm=?』
「これを計算してみてくれ」
安里たちは互いに顔を見合わせたが、すぐにノートへ数字を書き始めた。もともと読み書きと計算ができる者たちだから、考え方さえ理解すれば早い。
ほどなくして、安里が手を挙げた。
「3メートル80センチメートルでございましょうか」
「正解だ」
俺がそう言うと、周囲から小さなどよめきが起こった。
「難しく考える必要はない。今まで使っていた長さの単位が変わるだけだ。計算の仕方は同じだからな」
その後も何問か練習させた。最初は戸惑っていた者たちも、少しずつ慣れてきたようだ。
俺はチョークを置き、皆を見渡した。
「これから14日間、俺が皆に勉強を教える」
安里が姿勢を正した。
「14日間でございますか」
「ああ。その後は、皆が職人46名に教える側になってもらう」
その言葉に、何人かが驚いた顔をした。
「我々が教えるのでございますか?」
「そうだ。俺一人では全員を教えられない。だから、まず皆に覚えてもらう」
俺は黒板を軽くたたいた。
「それに、ここで勉強するだけじゃない。水田の現場でも実際に測量や計算をしてもらう」
安里はしばらく考えてから、深く頭を下げた。
「承知いたしました。皆で励みます」
「よろしく頼む」
俺は次の問題を黒板に書いた。今日から始まるのは、ただの勉強会ではない。
これから王府が自分たちの力で水田を造り、建物を建て、道具を改良していくための第一歩だ。
俺がいなくても技術を伝えられる人間を育てる。それが、この45日間でもう一つ成し遂げたいことだった。




