第75話 1600年6月20日
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朝
目が覚めた俺は、いつものようにコーヒーを淹れ、煙草に火をつけた。昨日と一昨日の二日間は、今日から始まる王府直轄水田の造成工事に向けて、準備に追われていた。
資材の搬入や道具の確認など、やることはいくらでもあったが、どうにか準備は整った。いよいよ今日から工事が始まる。
コーヒーを飲み終えて外に出ると、シルーがいた。
「おはよう、シルー。首里の暮らしはどうだ?」
「ユウマ、おはよう。飯もうまいし、寝る場所にも困らない。ただ、少し落ち着かないな」
「ははは、塩屋とはずいぶん違うからな」
シルーは小さく笑った。
「今日から水田造りが始まるんだろう?」
「ああ。今日は王様たちも見に来る予定だ。忙しくなるぞ」
しばらく話をしてから、俺は朝食のために客間へ向かった。尚寧王と三司官はすでに席についていた。
「おはようございます」
「おお、ユウマ殿。いよいよ今日からじゃな」
「はい。最初に皆へ単位を教えて、それから測量を始めます」
「先日話しておったことじゃな。わしも楽しみにしておるぞ」
「ぜひ見ていってください」
朝食を終えると、俺たちは現場へ向かった。到着すると、すでに大勢の人々が集まっていた。
王様たちのために、大きな木の下には椅子が四脚と机が置かれ、水も用意されていた。俺は皆の前に立った。
「おはようございます。今日から皆さんと一緒に仕事をしていきます」
集まった人々が静かになった。
「まず、仕事を始める前に覚えてもらいたいことがあります。長さと重さ、それから水などの量の測り方です」
俺は用意していた一メートルの物差しを取り出した。
「この長さを一メートルといいます。一メートルを百に分けた長さが一センチメートルです」
次に一リットルの容器を見せた。
「こちらは一リットル。水などの量を測る単位です」
容器に水を入れ、皆に見せる。
「そして重さはキログラムを使います。これが一キログラムの重りです」
俺は重りを持ち上げてから、近くにいた職人に手渡した。
「持ってみてください」
職人は重りを受け取ると、何度か持ち直した。
「なるほど。これが一キログラムですか」
「そうです。これから造る道具や建物は、できるだけ同じ単位で寸法を決めていきます」
俺は物差しと重りを順番に回してもらった。鍛冶職人も木工職人も、興味深そうに手に取っている。
「今日一日ですべて覚える必要はありません。これから毎日使っていれば、自然に覚えます」
説明を終えると、先生たちが集まってきた。その中から一人の男が前へ進み出た。
「ユウマ殿、初めてお目にかかります。私は安里と申します。先生十二名の取りまとめを任されております」
年の頃は四十五歳ほどだろうか。落ち着いた物腰で、いかにも学問を教えることに慣れていそうな人物だった。
「大城悠真です。これからよろしくお願いします」
「こちらこそ。先ほどのお話、大変興味深く聞かせていただきました。特に長さを百に分けるという考え方は、実に分かりやすいものですな」
「これから皆さんには、測量や計算も覚えてもらいます。先生方にも一緒に学んでもらい、職人や研究者に教えていただきたいんです」
「承知いたしました。我らも学ぶ身として励みましょう」
俺は安里に物差しと筆記用具を渡した。
「まずは実際に土地を測るところから始めます。先生方も一緒に来てください」
安里はほかの先生たちに声をかけ、職人と研究者を集めた。皆が移動を始めたところで、俺も測量機器を取りに向かった。
予定地には草地が広がっており、大きな木はそれほど多くない。俺は測量機器を取り出し、何人かに手伝ってもらいながら、最初の水田の位置を決めていった。
「ここから向こうまでが百メートルです」
杭を打ち、紐を張って境界を示す。
「水田は水をためる場所なので、土地の高さも大切になります。高い場所を削り、低い場所には土を入れて、できるだけ平らにします」
俺は測量機器を使い、土地の高低差を確認していった。先生や職人たちも、巻尺を使って長さを測ったり、数字を書き留めたりしている。
安里は測った数字を見ながら、何やら熱心に書き込んでいた。
「ユウマ殿、この数字を使えば、土地の広さも求められるのですかな?」
「はい。縦と横の長さが分かれば面積を計算できます。あとで計算の仕方も教えますよ」
「それは楽しみですな」
最初の一区画を決め終えると、俺は人夫たちを集めた。
「草刈りをする者はこちらへ。木の根を掘り出す者は向こうに集まってください」
人夫たちが次々と移動していく。木の根を撤去する班には、用意していたチェーンブロック十台を渡した。
「これは重いものを引っ張る道具です。まず根の周りを掘り、しっかり固定してから使ってください」
実際に一台を使って見せると、人夫たちは驚いた顔をした。
「これなら人の力だけでは動かぬものも引けますな」
「そうです。ただし、無理に引っ張ると危険なので、固定する場所をよく確認してください」
大きな根や石は俺がパワーショベルで撤去することにした。人夫たちに作業を説明していると、一人が不思議そうな顔をした。
「ユウマ殿、パワーショベルとは何ですか?」
「ああ、あの手の長い道具だよ」
俺が指さすと、男は納得したように頷いた。
「なるほど、あの大きな道具ですか」
そうか、パワーショベルと言っても通じないよな。俺は少し考えてから口を開いた。
「パワーショベルじゃ分かりにくいから、これからはティーナガーと呼ぶことにしよう」
「ティーナガーですか。確かに手が長いですな」
周りの人夫たちも頷いている。これなら覚えてもらえそうだ。
俺はパワーショベルに乗り込み、エンジンをかけた。大きな音が響くと、人夫たちは少し離れて作業を見守った。
俺は邪魔になっている木の根を掘り起こし、大きな石を取り除いていった。人の力では何日もかかりそうな根も、パワーショベルなら短時間で取り除ける。
一方、草刈りを任された人夫たちは、鎌を手に草を刈り始めていた。広い草地に何十人もの人夫が並び、少しずつ草を刈り進めている。
木陰では尚寧王と三司官が、その様子を眺めていた。
昼になり、作業をいったん止めて食事を取った。人夫たちは朝からの仕事で汗を流していたが、まだ初日ということもあって元気そうだった。
午後になると、再び作業を始めた。俺はパワーショベルで根の撤去を続け、人夫たちは草刈りや掘り起こした根の片付けに取りかかった。
チェーンブロックを使う班も、少しずつ扱いに慣れてきたようだ。
しばらくすると、米倉庫の建築を指揮していたシルーがやって来た。
「ユウマ、米倉庫が完成したぞ」
「おお、もう完成したのか。ありがとう。ちょっと見に行こう」
俺はシルーと一緒に完成した倉庫へ向かった。10メートル×20メートルの高床式倉庫だ。柱もしっかりしているし、床も頑丈に造られている。
「シルー、ご苦労さん。立派な倉庫ができたな」
「ああ。塩屋の猟師と漁師、それに王府の大工たちもよく働いてくれたよ」
「二棟目からはジルーたち王府の大工に造ってもらおう。シルーたちは作業に加わらなくていいから、分からないところがあれば教えてやってくれ」
「なるほど。俺たちは教えるだけでいいんだな」
「ああ。二棟目が完成するまでは首里に残ってもらうけど、それが終われば塩屋に帰れるからな」
「分かった。ジルーたちが自分で造れるよう、しっかり教えておくよ」
「頼んだぞ。それじゃ、米を運び込もう」
俺は倉庫の近くにブラックホールを開き、現代の江洲倉庫へ戻った。現代の倉庫には、あらかじめ用意しておいた米が積まれている。
俺はフォークリフトに乗り込み、米を載せたパレットを持ち上げた。そのままブラックホールを通り抜け、1600年の倉庫前まで運んでいく。
突然現れたフォークリフトに、近くにいた職人たちが作業の手を止めた。
「また新しい神の道具だ……」
「米をあんなに積んで運べるのか」
俺はフォークリフトでパレットを降ろすと、再び現代の倉庫へ戻った。何度か往復して、用意していた米をすべて運び出した。
「よし、これで全部だ」
フォークリフトを現代の倉庫へ戻し、ブラックホールを閉じた。あとは王府の役人と人夫たちに、米を新しい倉庫へ運び込んでもらう。
役人たちは米の数量を確認しながら、順番に倉庫へ収めていった。
「これで今日から日当を支払えますな」
役人の一人が安心したように言った。
「ああ。あとは毎日、仕事が終わった人夫たちに渡してくれ」
「承知いたしました」
俺は倉庫の様子を確認すると、再びパワーショベルの作業へ戻った。
午後も作業は順調に進んだ。俺がパワーショベルでの作業を一段落させたころには、草刈りの人夫たちもかなりの面積を刈り終えていた。
ただ、まだ広い草地が残っている。俺はパワーショベルから降りると、今度は大型トラクターへ向かった。
それを見ていた人夫の一人が声をかけてきた。
「ユウマ殿、今度は何をなさるのですか?」
「残っている草を刈るんだ」
「草を? その大きな道具でですか?」
「ああ。まあ、見ていてくれ」
俺は大型トラクターに乗り込み、草刈り用の機械を動かした。エンジンの音が響き、トラクターがゆっくりと前へ進み始める。
すると、目の前の草が次々と刈り取られていった。それまで何十人もの人夫が鎌を振るっていた草地を、大型トラクターが一気に刈り進んでいく。
一往復、二往復とするうちに、広い範囲の草がなくなっていった。俺はそのまま残っている草を刈り続けた。
しばらくして作業を終え、大型トラクターを止める。振り返ると、草刈りをしていた人夫たちが、呆然と立ち尽くしていた。
「……おい、俺たち朝から何をしていたんだ?」
「そんなこと俺に聞くなよ……」
二人は目の前の草地を見つめたまま、しばらく黙っていた。周りの人夫たちも、鎌を手にしたまま呆然としている。
「あれがあれば、俺たち何十人もいらなかったんじゃないか?」
その言葉に、誰も言い返せなかった。
俺は大型トラクターから降り、人夫たちのところへ歩いていった。
「悪かったな。最初からこれを使えばよかったんだが、俺はティーナガーを動かさなきゃならなかったんだ」
「ユウマ殿、あの草を刈った道具は何というのですか?」
「あれは大型トラクターというんだ。でも小型もあるから、そうだな……」
俺は少し考えた。
「大きい方はオーガター、小さい方はコーガターと呼ぶことにしよう」
「オーガターとコーガターですか」
「ああ。少し安易だけど、これなら覚えやすいだろ」
男は何度か口の中で繰り返してから頷いた。
「確かに、それなら我らにも覚えられますな」
「それに、今は俺しか動かせないけど、いずれは皆にも使えるようになってもらいたいと思っているんだ」
男たちは顔を見合わせた。
「我らにも、あの道具が使えるようになるのですか?」
「ああ。少しずつ教えていくつもりだよ」
男たちは、もう一度オーガターに目を向けた。
木陰で見ていた尚寧王も、三司官と何やら話していた。俺が近づくと、尚寧王が声をかけてきた。
「ユウマ殿、あれは見事じゃった。しかし、あの者たちは少々気の毒じゃな」
「そうですね。ただ、あの機械は俺しか動かせませんから」
「なるほど。あの大きな道具を動かすには、特別な技が必要なのじゃな」
「はい。いずれは扱える者を育てたいと思っています」
尚寧王は大きく頷いた。
「それができれば、琉球の仕事も大きく変わるであろうな」
夕方になるころには、最初の水田の測量が終わり、草刈りも大きく進んでいた。木の根や石の撤去も進み、翌日からは本格的に土地を平らにする作業に入れそうだ。
仕事を終えた人夫たちは、王府の役人が待つ場所へ順番に並んだ。役人たちは名前を確認し、一人ずつ米二斤を渡していく。
最初に米を受け取った男が、袋の中を覗き込んで目を丸くした。
「お、おい! この米を見てみろ!」
隣にいた男も袋を覗き込んだ。
「何だこれは……真っ白ではないか!」
その声を聞いた人夫たちが、次々と集まってきた。皆、袋の中を覗き込んでは驚きの声を上げている。
「こんな白い米は見たことがないぞ」
「俺たちが普段食べている米とは、まるで違うな」
「これが今日の日当なのか?」
人夫たちは信じられないといった顔で、役人に尋ねた。
「そうだ。一人二斤、間違いなく今日の日当だ」
役人が答えると、人夫たちの間にざわめきが広がった。
「これを家に持って帰れるのか……」
「女房や子どもが驚くぞ」
米を受け取った男たちは、嬉しそうに袋を抱えていた。中には何度も袋を開き、白い米を確かめている者までいる。
俺は少し離れた場所から、その様子を見ていた。現代では当たり前の白米も、この時代の人々にとっては随分と珍しいものなのだろう。
まだ最初の一日が終わったばかりだが、まずは順調な滑り出しだった。
明日からは、いよいよ本格的な整地が始まる。




