第71話 1600年6月15日
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午後
俺たちは尚寧王を含め、塩屋村に一泊して首里城まで戻ってきた。昨日からあちこち見て回ったうえに、今日は長時間の移動だったので、さすがに疲れた。
とりあえず湯浴みをして、夕方から尚寧王と三司官の浦添親方、名護親方、城間親方、それに俺の五人で、今後の琉球をどうしていくか話し合うことになった。
夕方、俺は用意しておいた紙を持って、尚寧王たちの待つ部屋へ向かった。昨日、塩屋村で見てもらったのは、まだほんの一部だ。王府の力を借りれば、あの村でやってきたことをもっと大きな規模で進められる。ただし、俺一人で何もかも動かせるわけじゃない。人を集め、仕事を任せ、覚えてもらう必要がある。
部屋に入ると、尚寧王と三司官がすでに揃っていた。
「昨日は遠いところまでお越しいただき、ありがとうございました」
「いや、良いものを見せてもらった。あれほど村の暮らしが変わるとは思わなんだ」
尚寧王は機嫌がよさそうだった。城間親方はまだ少し疲れた顔をしている。昨日の酒が残っているんじゃないだろうか。
俺は紙を広げた。
「昨日、塩屋村と周辺の村を見ていただきました。今日は、あの仕組みを琉球全土に広げる方法をお話ししたいと思います」
尚寧王が頷いた。
「聞かせてもらおう」
「まず、三つの村を一組として考えます。一つの村におよそ百八十人から二百人が暮らしているとすれば、三つの村で五百六十人ほどになります」
俺は紙に三つの丸を描き、それぞれを線で結んだ。
「それぞれの村には共同畑を造り、琉球芋や粟、野菜を育ててもらいます。それとは別に、三つの村で一つの水田を共同管理します」
「水田はどれほどの広さになるのだ」
浦添親方が尋ねた。
「三つの村で二町八反ほどです。一町歩ほどの田を三枚弱と考えてください」
「それほどの田を造れるのか」
「場所にもよりますが、神様から借りる道具を使えば可能です。塩屋村でもご覧になったでしょう」
俺は続けた。
「この水田には、年に二度収穫できる多収米を植えます。うまく育てば、一年間に精米で五百担ほどの米が採れます」
※1担=約60kg。500担=約30トン。
三司官たちが顔を見合わせた。
「その米を、どう分けるのだ」
尚寧王が尋ねた。
「一割を王府への税とします。五割は王府が買い取ります。そして残りの四割は、村人たちの食料です」
「王府が米を買うのか」
「はい。税として取り上げるだけでは、農民の暮らしは豊かになりません。王府が買い取れば、農民の手元に対価が残ります」
俺は新しく造る銅銭の絵を取り出した。
「そこで、いずれ王府がこの銅銭を発行します。一銭、十銭、五十銭の三種類です」
「銭の価値は誰が決めるのだ」
今度は名護親方が口を開いた。
「王府です。ただし、勝手に価値を決めるのではありません。米を基準にします」
俺は十銭銅貨の絵を指さした。
「十銭で精米一斤、五十銭なら五斤と交換できるようにします。王府が米との交換を保証するのです」
「銭を持っていけば、本当に米がもらえるのか」
「はい。そのために王府は米を蓄えます」
俺は次の紙を広げた。
「街道沿いには、王府が直接運営する商店を五十か所ほど設けたいと思っています。そこでは米や琉球芋などを買い取り、衣服や農具、塩なども売ります。米の備蓄倉庫も併設します」
「村人が収穫した米を、そこへ運ぶのだな」
「そうです。ただし、米は精米せず、籾のまま持ってきてもらいます」
「籾のままか」
「その方が長く保存できます。十分に乾燥させた籾を量って買い取り、高床式の倉庫に保管します。必要になった分だけ籾摺りと精米を行います」
俺は買い取り価格についても説明した。
「乾燥した籾は、一斤当たり六銭ほどで買い取ることを考えています。籾には殻がありますから、精米にすると量が減ります。その差で保管や精米の費用を賄います」
浦添親方が腕を組んだ。
「なるほど。王府は米を蓄え、農民には銭が渡る。そして農民は、その銭で必要な物を買うわけか」
「そのとおりです。商店に戻ってきた銭は、次の買い取りにも使えます。銭を何度も使うことで、物が売れ、人が働き、国の中で商いが盛んになります」
尚寧王はしばらく考え込んでいた。
やがて顔を上げた。
「だが、田を造るにも道を整えるにも、人手が要る。その者たちはどうする」
「そこも考えています。銅銭が行き渡るようになれば、王府が人を雇い、働いた分だけ銭を払うのです」
「賦役に銭を払うというのか」
城間親方が驚いたように言った。
「はい。農民に無償で働かせるのではなく、日当を払います。普通の土木作業なら一日二十銭、石積みや運搬なら三十銭、大工なら五十銭ほどを考えています」
「大工なら一日で米五斤か」
「そうです。腕のある大工が働けば、家族を養えるようにしたいのです」
俺はさらに説明した。
「農民も、一年中畑に出ているわけではありません。三つの村で水田を管理するなら、普段は十五人ほどいれば十分です。田植えや収穫の時だけ大勢で手伝えばいい。空いた時間には道路を造ったり、大工仕事を覚えたりして、銭を稼げます」
名護親方が頷いた。
「農作物だけでなく、働くことでも銭が手に入るのだな」
「はい。そして王府にも利益があります。道が良くなれば荷物を運びやすくなり、商店にも人が集まります。農民が豊かになれば、国全体が豊かになります」
尚寧王が尋ねた。
「その銅銭と商店は、いつ始めるつもりだ」
「それはもう少し先です。まず米を十分に蓄えなければ、銅銭の価値を保証できません。先に田を造り、収穫を増やします」
俺は最後の紙を取り出した。
「まずは王府自身が手本を示しましょう。国場川の上流、津嘉山の辺りに、水田を二十町歩造ります」
「二十町歩だと?」
浦添親方が目を見開いた。
「五十五間四方の水田を二十枚です。あの辺りなら平坦な土地があり、川から水も引けると思います」
「それほど広い田を、いつ造るつもりだ」
「人夫二百人を雇います。神様から借りる道具を使えば、四十五日ほどで完成させられると思います」
「四十五日……」
城間親方が呟いた。
「もちろん、最初に現地を見て、取水する場所と水の流れを確かめます。木を切る人、切り株を片づける人、水路を掘る人、畦を造る人と、仕事を分けます。道具を動かすのは私です」
名護親方が尋ねた。
「川から田まで、水はどう引くのだ」
「上流側から水路を引き、田を順に満たします。余った水を逃がす道も別に造ります」
「なるほど」
「ただし、雨が続けば工事は遅れます。四十五日は目標です」
尚寧王が尋ねた。
「二百人の人夫は、どこから集める」
「津嘉山の近くの村から希望者を募ってください。日当は米二斤とします」
「二百人に毎日二斤ずつか」
「はい。四十五日間で百八十担ほど必要になります」
※1担=約60kg。100担=約6トン。180担=約10.8トン。
「それほどの米を、王府から出すのか」
浦添親方が尋ねた。
「いえ、米は私が準備します。その代わり、米の代金は金で支払っていただきたいのです」
「金でか。いかほど必要なのだ」
尚寧王が尋ねた。
「四十匁でお願いします」
「四十匁?」
尚寧王が驚いたように聞き返した。
「百八十担もの米を、金四十匁で揃えられるというのか」
「はい」
三司官たちも顔を見合わせている。
「それでは安すぎるのではないか」
浦添親方が言った。
「神様は米だけは対価が安いんですよ」
俺がそう言うと、尚寧王が声を上げて笑った。
「ははは! それはありがたい神様だな!」
三司官たちもつられて笑った。
尚寧王は頷いた。
「よかろう。米は悠真が用意し、その対価を王府が金四十匁で支払うことにしよう」
「ありがとうございます。働いた人には毎日きちんと米を渡します。これなら人夫も集まりやすいと思います」
「それで、何を植える」
尚寧王が尋ねた。
「米だけです。八割は年に二度収穫できる多収米、残り二割は琉球米にします」
本当はコシヒカリなんだけど、この際、琉球米ということにしてしまおう。琉球で育てる米なんだから、それでいいだろう。
「琉球米とは、どのような米だ」
「多収米ほど量は採れませんが、味の良い米です。王府で食べる米や、大切な客人をもてなす米に向いています」
「それは楽しみだな」
尚寧王が笑った。
「工事はいつ始めるのだ」
「六月二十日を目指します。苗は工事と並行して別の場所で育て、田が完成したところから順に植えます。八月上旬には二種類とも田植えを終えたいと思います」
「田がまだないのに苗を育てるのか」
「はい。田が完成してから苗を育て始めたら、それだけ遅くなりますから」
俺は別の紙を取り出した。
「収穫した米を入れる蔵も必要です。水田のそばに高床式の米蔵を二棟造ります」
「首里城の蔵へ運べばよいのではないか」
「運ぶ分は運びますが、収穫した場所に蔵があれば便利です。籾のまま保管して、必要な分だけ精米します。床を高くして湿気を避け、ネズミが入らないようにもします」
名護親方が頷いた。
「籾のままなら、蓄えにも向く」
「はい。王府の米を蓄える場所として、まず二棟造り、足りなければ増やします」
「どれほど採れる見込みだ」
尚寧王が尋ねた。
「多収米は一度の収穫で、一町歩当たり百担ほどを目指します。年に二度収穫できれば、その倍になります。琉球米は年に一度です。全部合わせれば、年間三千六百担ほどになる計算です」
※1担=約60kg。100担=約6トン。3,600担=約216トン。
「それほどの米が毎年採れるのか」
浦添親方が驚いたように言った。
「はい。ただし、今年は八月からの田植えになりますので、最初から年間の計算どおりにはいきません。まずは実際に育てて、収穫量を確かめたいと思います」
尚寧王が大きく頷いた。
俺はここで少し言葉を切った。
俺は尚寧王を見た。
「王様、金を蔵に積んでおくだけでは、民の腹は満たせません。しかし、その金で道具を買い、人を雇い、田を造れば、毎年米が採れます」
尚寧王は黙って俺の話を聞いていた。
「米があれば銅銭の価値も守れます。そして銭があれば、農民は米以外の物も手に入れられます。職人は腕を磨き、商人は品物を運び、王府は税を集められる。そういう国にしたいのです」
しばらく沈黙が続いた。
やがて尚寧王が口を開いた。
「悠真。そなたの話は、これまで我らが考えてきた国の治め方とは、まるで違う」
「そうかもしれません」
「だが、昨日見た塩屋村の者たちは、確かに以前より良い暮らしをしておった」
尚寧王は三司官たちを見渡した。
「まずは津嘉山の田から始めよう。そなたの申す仕組みが本当に成り立つのか、この目で確かめたい」
「ありがとうございます」
浦添親方が言った。
「人夫を集めるには、村々へすぐに知らせねばならんな」
「お願いします。私も工事が始まる前に現地へ行き、道具を動かす場所を決めておきます」
これで水田の話はひとまずまとまった。だが、今日相談しておきたいことがもう一つある。
「王様、もう一件、人を集めていただきたいのです」
「まだあるのか」
尚寧王が笑った。
「今度は職人たちの話です。農業とは別に、琉球で新しい道具を造れるようにしたいと思っています」
「どのような職人が要るのだ」
「鍛冶職人二十人、木工職人二十人、陶器職人六人です。それぞれ同じ人数の研究者も集めてください」
城間親方が眉を上げた。
「研究者とは何をする者だ」
「道具の仕組みを調べ、造り方を試し、うまくいかなかった理由を考える者です。読み書きと算術のできる者を優先してください」
「職人だけでは駄目なのか」
「職人の腕はもちろん必要です。ただ、同じ失敗を繰り返さないためには、試したことを記録する人も必要です。職人と研究者が一緒に働く形にします」
俺は紙に四つの丸を描いた。
「職人二人、研究者二人で一組です。鍛冶が十組、木工が十組、陶器が三組。全部で二十三組、九十二人になります」
「九十二人か。かなりの人数だな」
浦添親方が言った。
「はい。でも、これからの琉球に必要な仕事です」
俺はまず鍛冶の欄を指さした。
「鍛冶職人には鉄の加工を研究してもらいます。以前、神様から借りた旋盤という機械があり、すでに倉庫に置いてあります」
「旋盤とは何だ」
「鉄を回しながら削って、丸い棒や部品を正確に造る機械です。まず私が使い方を教えます。実際に触って、どんな加工ができるか覚えてもらいます」
「その機械を真似て造るのか」
名護親方が尋ねた。
「すぐに同じ物を造るのは難しいでしょう。最初は機械を使って部品を造ることから始めます。壊れた道具を直したり、農具を改良したりする仕事にも役立ちます」
「鉄を削るだけで、それほど変わるのか」
「同じ大きさの部品を何個も造れるようになれば、道具の修理がずっと楽になります。今は神様から借りた物を使っていますが、少しずつ自分たちで造れる物を増やしたいのです」
城間親方は旋盤の絵をしばらく眺めていた。
「見たこともない機械だな」
「動かしているところを見れば、すぐに分かると思います」
次は木工職人だ。
「木工職人には機織り機を研究してもらいます。神様から実物を借りてきますので、仕組みを調べ、琉球の木材で造れるようにしてもらいます」
「布を織る機械なら、今もあるではないか」
浦添親方が言った。
「あります。ただ、もっと速く、同じ幅の布を安定して織れる仕組みを覚えてもらいたいのです。織物は衣服だけでなく、いろいろな用途に使えますから」
「なるほど」
「それと、ミシンという布を縫う機械も神様から借りてきます」
「縫う機械まであるのか」
尚寧王が身を乗り出した。
「はい。手で縫うよりずっと速く、縫い目も揃います。ただし、細かな鉄の部品が要るので、木工職人だけでは造れません。鍛冶職人にも協力してもらいます」
「別々の職人が力を合わせるわけだな」
「そうです。機織り機はまず木の部分から、ミシンは動く仕組みを理解するところから始めてもらいます。最初から完成品を造ろうとは考えていません」
俺は最後に陶器の欄を指さした。
「陶器職人には耐熱レンガを量産する研究をしてもらいます」
「塩屋村のかまどに使っていたものか」
「はい。以前、神様から借りてきた耐熱レンガが倉庫にあります。それを使って窯を造り、琉球で採れる土で同じようなレンガを造れないか試してもらいます」
名護親方が言った。
「土のことなら陶器職人の得意とするところだな」
「その知識が頼りです。土の種類や混ぜ方、焼き方を変えながら、熱に強くて割れにくいレンガを探します」
「耐熱レンガができれば、何に使うのだ」
「高い熱を出せる窯やかまどに使えます。鉄の加工にも必要になりますし、将来はもっと大きな炉を造ることも考えています」
俺は三つの欄を線で結んだ。
「鍛冶、木工、陶器の仕事は別々に見えますが、実際にはつながっています。機械には木と鉄が要りますし、鉄を加工するには熱に強い材料が要ります。だから同時に進めたいのです」
尚寧王が頷いた。
「それぞれの技を高めれば、互いに役立つということだな」
「はい。それと、研究者には必ず記録を残してもらいます」
「何を書かせる」
「使った材料、分量、作業の順番、できた物の状態です。成功したときだけでなく、失敗したときも書き残します」
「失敗まで記すのか」
城間親方が首をかしげた。
「はい。同じ失敗を別の組が繰り返したら、時間も材料も無駄になります。うまくいかなかった方法が分かるだけでも、次の試みに役立ちます」
浦添親方が腕を組んだ。
「職人の勘だけに頼らず、後の者にも技を伝えるというわけか」
「そうです。腕の良い職人が一人いるだけでは、その人がいなくなれば技術も失われかねません。誰が見ても分かるように残しておきたいのです」
尚寧王は少し考えたあと、俺に尋ねた。
「この者たちにも報酬を払うのか」
「もちろんです。研究している間も仕事ですから、米で日当を払ってください。成果が出るまで無給では、誰も安心して取り組めません」
「どれほどで成果が出る」
「それは分かりません。旋盤の使い方なら早く覚えられるかもしれませんが、耐熱レンガを量産したり、ミシンを造ったりするには長い時間がかかると思います」
「それでも始める価値があると」
「はい。今のうちから人を育てておけば、数年後には自分たちでできることが増えているはずです」
しばらく沈黙が続いた。
やがて尚寧王が三司官を見渡した。
「よかろう。津嘉山の水田を造る人夫二百人と、職人と研究者九十二人を集めよ」
三司官たちが揃って頭を下げた。
「承知いたしました」
俺も頭を下げた。
「ありがとうございます。職人たちが集まったら、まず道具を見せて、使い方を教えます。研究する場所も必要なので、それは改めて相談させてください」
「うむ。まずは始めることだ」
尚寧王はそう言って笑った。
部屋を出る頃には、すっかり日が暮れていた。
「それでは、今から神様のところへ行って米を仕入れてきます。ついでに職人たちに見せる機織り機やミシン、それに必要な道具も揃えてきます」
「今から行くのか」
「はい。早い方がいいでしょう。戻りましたら、またご報告します」
尚寧王が頷いた。
「分かった。金四十匁は用意させよう。人夫と職人たちの手配はこちらで進めておく」
「ありがとうございます。それでは、行ってまいります」
俺は一礼して部屋を後にした。
米百八十担、つまり十・八トン。いつもの米問屋なら三十キロ一万円だから、仕入れは三百六十万円だ。
それに機織り機とミシンも探さないといけない。旋盤はすでに倉庫にあるし、耐熱レンガも残っている。
さて、現代に戻ったら、また忙しくなりそうだ。
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