第70話 1600年6月14日
みんなのおかげでランキングにも乗ってきました
ブックマーク、評価してくれた人ありがとう
朝
俺は首里城の客間で目を覚ました。いつもならコーヒーを飲むところだが、ここにはないので、とりあえず人を呼んで水を一杯もらった。
水を飲んで一息つくと煙草が吸いたくなったが、さすがに人の家、それも首里城の客間で吸うのは気が引ける。俺は外に出て御庭へ向かった。
「あっ、しまった!」
御庭に出て、昨日持ってきたパワーショベル、ダンプ、トラクター、ハイラックスをそのまま置きっぱなしにしていたことに気づいた。しかも周りには五人の警備兵が立っており、どうやら神様の道具ということで一晩中警備していたらしい。
「悪いことしたなあ……」
俺が片づけるのを忘れたばかりに、余計な仕事をさせてしまった。警備兵たちに礼を言うと、ブラックホールを開き、今日使うハイラックスだけを残して、パワーショベル、ダンプ、トラクターを倉庫へ戻した。
片づけを終えて煙草を吸っていると、浦添親方が御庭に出てきた。俺に気づくと、こちらへ近寄ってきた。
「悠真殿、昨日は美味い酒をありがとう」
「おはようございます、浦添親方。それにしても酒が強いんですね。昨日は誰よりも飲んでいたじゃないですか」
「ははは、あれほど美味い酒は初めてだったからな。ついつい飲みすぎてしまったわ」
そう言って笑っているが、二日酔いの様子はまったくない。昨日も誰よりも飲んでいたのに、酒に飲まれることなく、最後までしっかりしていた。
この人は酒が強いだけでなく、冷静に物事を判断できるタイプなんだろう。三司官の中では一番落ち着いているように思えた。
続いて名護親方が御庭に出てきた。
「悠真殿、おはようございます。昨日は美味い酒をご馳走になりました」
「おはようございます、名護親方。気に入っていただけたようで何よりです」
名護親方は穏やかに笑っていた。この人は昨日の会談でも酒宴でもあまり自分から主張することはなく、どちらかというと聞き役に回っていた。
ただ、何も考えていないわけではなさそうだ。人の話をじっと聞いているのだが、いまいち何を考えているのかわからない。三司官の中では一番つかみどころのない人だった。
そして城間親方。この人については、昨日だけで十分に性格がわかった気がする。
見たとおりの熱い男で、薩摩が攻めてくるという話をしたときも真っ先に怒り出した。酒宴の席でも「薩摩が来たら、わしが一刀両断にしてやる!」と何度も言っていた。
ただ、酒は好きなようだが、あまり強くはないらしい。飲み始めてしばらくするとすっかり酔っ払い、最後のほうは何を言っているのかわからなかった。威勢のいいことを言っているが、ただの酔っ払ったおじさんだった。
最後に尚寧王が御庭へ出てきた。
「悠真、おはよう。もう起きておったのか」
「おはようございます、王様。昨日はよく眠れましたか?」
「うむ、実によく眠れた。昨日の酒は美味かったぞ。あれなら毎晩でも飲みたいものじゃ」
「毎晩あんなに飲んでいたら、体を壊しますよ」
「ははは! わしはまだまだ若いぞ!」
いやいや、昨日は最後のほう、だいぶ酔っていたじゃないか。
「ところで悠真、あれが今日乗せてくれるという車か?」
尚寧王は御庭に残してあったハイラックスを指さした。
「そうですよ。今日はこれで塩屋村まで行きます」
「ほう! 昨日は眺めるだけだったが、今日は本当に乗れるのだな!」
王様は嬉しそうにハイラックスへ近づき、車体を眺めていた。昨日の酒宴でも陽気だったが、どうやら元から好奇心旺盛な人らしい。
「悠真、一つ聞いてもよいか?」
「何でしょう?」
「お前の力があれば、琉球の民は皆、腹いっぱい飯を食えるようになるのか?」
さっきまで嬉しそうに車を眺めていた王様が、急に真剣な顔になった。
「すぐに全員とはいきません。でも、田畑を増やして、作物の育て方を変えれば、今よりずっと多くの食料を作れます」
「そうか……」
尚寧王はしばらく黙っていたが、やがて俺のほうを向いた。
「わしは王でありながら、民の腹を満たすこともできぬ。それが口惜しいのじゃ」
「王様、だからこそ今日は塩屋村を見てもらいたいんです。まだ小さな村ですけど、実際に何ができるのか、見ればわかりますよ」
「うむ。楽しみにしておるぞ、悠真」
そう言って笑った顔は、さっきまでの陽気なおっさんに戻っていた。酒が入ると陽気になり、珍しいものには子供のように目を輝かせる。でも、民のことになると真剣になる。
この王様は、本当に民のことを考えているんだな。昨日一日で、尚寧王と三司官の性格が少しわかった気がした。
「それじゃ、そろそろ出発しますか」
俺がそう言うと、浦添親方が警護兵を呼びに行った。しばらくすると御庭にぞろぞろと兵士たちが入ってきたのだが、その数を見て俺はびっくりした。
どう見ても百人くらいいる。
「ちょっと待ってください! こんなに大勢連れていくんですか?」
「当然であろう。国王陛下がお出かけになるのだぞ。これでも少ないくらいじゃ」
いやいや、百人でも十分多いだろう。
「さすがに全員は連れていけませんよ。助手席には王様、後部座席には親方三人が乗りますから、もう車内はいっぱいです」
俺はハイラックスを指さしながら説明した。
「荷台には金城さんとお供の人、それから護衛を五人だけ乗せます。城間親方、申し訳ありませんが、精鋭を五人選んでもらえますか?」
「五人だと!? 陛下の警護がたった五人では、あまりにも少なすぎる!」
案の定、城間親方が難色を示した。
「大丈夫ですよ。何かあれば俺が守りますから。それに、塩屋村は危険な場所じゃありません」
「しかし、万が一ということもある!」
「だったら、なおさら腕の立つ人を五人選んでください。百人連れていくより、そのほうがいいでしょう」
城間親方は納得できない様子だったが、尚寧王が笑いながら口を開いた。
「城間、悠真がそう申しておるのだ。五人でよかろう」
「しかし、陛下……」
「心配するな。昨日、あれほど大きな鉄の道具を動かしてみせた男じゃぞ」
尚寧王にそう言われては、城間親方もそれ以上は反対できなかったようだ。渋々ながら兵士たちの中から五人を選び、俺のところへ連れてきた。
これでようやく出発できると思ったのだが、今度は浦添親方が口を開いた。
「では、残りの兵は後ろからついていくことにしよう」
「いやいや、それじゃ意味がないじゃないですか!」
思わず突っ込んでしまった。
「俺たちは車で行くんですよ。歩いてついてきても追いつけませんし、百人も移動させるだけ無駄になります。残りの兵士たちは首里城の警護をお願いします」
浦添親方と城間親方は顔を見合わせていたが、最後は尚寧王が「悠真の言うとおりにせよ」と言ってくれたので、どうにか納得してもらえた。
ようやく話がまとまり、俺は尚寧王を助手席へ案内した。すると尚寧王は躊躇することなく、さっさと乗り込んでしまった。
まったく、好奇心の強い人だ。
親方たちも尚寧王が乗り込んだのを見て、後部座席へ恐る恐る乗り込んでいった。三人とも初めて乗る車に緊張しているようだったが、尚寧王だけは座席に座るなり嬉しそうな声を上げた。
「おおっ! 何じゃ、この柔らかさは! まるで体が包まれているようじゃ!」
尚寧王は背もたれに体を預けたり、座面を手で押したりしている。
「王様、気に入りましたか?」
「うむ! これはよい! わしの椅子よりも座り心地がよいぞ!」
王様はすっかりご満悦だった。
続いて荷台にも八人全員が乗り込んだ。金城さんとお供の二人、それに警護兵五人だ。
「皆さん、走っている間は危ないので、できるだけ座っていてくださいね」
荷台の八人は互いに場所を譲り合いながら腰を下ろした。
金城さんは首里城に来るときには助手席に乗っていたのに、帰りは荷台になってしまった。少しかわいそうな気もするが、今回は王様が一緒だからしょうがない。
全員が乗り込んだのを確認すると、俺も運転席に座った。
いよいよ塩屋村へ出発だ。
出発してしばらくは大変だった。尚寧王は初めて乗る車に大喜びで、三司官たちも窓の外を眺めながら、あれこれ話していた。
最初こそ車内はワイワイと賑やかだったが、まあ三時間近くも走っていれば、さすがに慣れてくる。だんだん会話も少なくなり、尚寧王も静かに外の景色を眺めるようになっていた。
ふと荷台を見ると、乗っている八人が揺られながら、すっかりげっそりした顔をしているのが見えた。考えてみれば、前回首里城に来たときは荷台に誰も乗っていなかったので、休憩もせずに走ってきたが、今回はそうもいかない。
「王様、少し休憩しましょうか」
「うむ、そうじゃな。わしも少し体を伸ばしたいところじゃ」
俺は道の脇にハイラックスを止め、全員に降りてもらった。すると金城さんが腰を押さえながら、ゆっくり荷台から降りてきた。
「金城さん、すいませんね。荷台は乗り心地が悪くて」
「いえいえ、滅相もございません。歩いて野宿をしながら帰ることを考えれば、これほどありがたいことはございません」
そう言って笑っていたが、腰は相当つらそうだった。ほかの七人も荷台から降りると、体を伸ばしたり腰をさすったりしている。
少し早いが、ここで昼食を取ることにした。
とはいえ、これだけの人数の食事を今から作っていては時間がかかる。俺は尚寧王たちに少し待ってもらうよう伝えた。
「王様、せっかくなので昼飯にしましょう。ちょっと神様からご飯をもらってきますので、皆さんここで待っていてください」
「おお、神から食べ物をいただくのか。それは楽しみじゃな!」
尚寧王は嬉しそうに笑っていた。
俺は皆から少し離れたところにブラックホールを開き、現代へ戻った。さて、何を食べさせようかと考えたが、こういうときは弁当が一番手っ取り早い。
俺はほっともっとに電話をかけ、幕の内弁当を十三個注文した。受け取り時間を確認してから店へ向かい、出来上がった弁当を受け取った。
幕の内弁当は一個690円なので、十三個で8,970円。
これなら全員分を一度に用意できるし、いろいろなおかずが入っているので、尚寧王たちの反応も楽しみだった。
俺は幕の内弁当を十三個持って尚寧王たちのところへ戻り、一人に一個ずつ配っていった。尚寧王は受け取ると真っ先に弁当箱を開け、中に入っている料理を興味深そうに眺めていた。
「おおっ! これは何じゃ! なんと見事な料理じゃ!」
隣にいた城間親方が尚寧王の弁当を覗き込み、自分の弁当と見比べている。それを見て俺は思わず笑ってしまった。
「城間親方、皆さん同じものですよ」
「なに? 陛下と同じものだと?」
その言葉を聞いた警護兵たちや金城さんたちが、慌てた様子で顔を見合わせた。
「悠真殿、我らが陛下と同じものをいただくなど、滅相もございません!」
「そうです! これは陛下がお召し上がりになるべきものです!」
ああ、もう面倒くさいなあ。せっかく全員分買ってきたのに、身分がどうのこうのと言い始めたら、いつまでたっても昼飯が食べられない。
「皆さん、神様の前では皆平等ですよ。身分なんて関係ありません。せっかくいただいたものですから、一緒に食べましょう」
すると尚寧王が笑いながら口を開いた。
「ははは! 悠真の申すとおりじゃ。わしは気にせぬ。皆も遠慮せずにいただこうではないか」
王様がそう言ってくれたので、ようやく全員が弁当を開け始めた。
まず驚いていたのは、ぎっしりと詰められた真っ白なご飯だった。塩屋村ではすでに白米を食べているが、王府の人たちにとっても、これほど白く粒のそろった米は珍しいらしい。
「なんと白い米じゃ。しかも一粒一粒が美しい」
浦添親方が感心したように眺めている。その隣では名護親方が、おかずの入った仕切りを不思議そうに見ていた。
「悠真殿、これは一つの箱に、いくつもの料理が入っておるのですな」
「そうですよ。こういうのを幕の内弁当と言うんです。ご飯もおかずも一緒に入っているので、どこでも食べられるんですよ」
尚寧王は箸を手に取ると、まずおかずを一口食べた。
「うむ! 美味い! この味付けは何じゃ?」
「いろいろな調味料を使っているんですよ。今日は説明すると長くなるので、とりあえず食べてみてください」
そう言うと、今度は城間親方が勢いよくご飯を口に運んだ。
「おおっ! この米は美味いぞ! しかも冷めておるのに、これほど美味いとは!」
さっきまで身分の違いを気にしていた警護兵たちも、一口食べると表情が変わった。互いに顔を見合わせながら、弁当の中身を指さして何やら話している。
金城さんも嬉しそうに箸を進めていた。
「悠真殿、こんなにいろいろな料理を一度にいただけるとは……。神様の国では、いつもこのようなものを食べておられるのですか?」
「まあ、こういう弁当は普通に売っていますよ。忙しいときなんかは便利なんです」
「これほどの料理が普通に……」
金城さんは呆れたように弁当を見つめていた。
尚寧王はそんな皆の様子を眺めながら、楽しそうに笑っている。
「悠真、これはよいな。皆で同じものを食べるというのも、なかなか愉快なものじゃ」
「そうでしょう。美味しいものは皆で食べたほうがいいですからね」
王様も三司官も警護兵も、金城さんたちも、同じ弁当を食べている。最初はどうなることかと思ったが、どうやら全員気に入ってくれたようだった。
食事を終えて再び走り出すこと約二時間。午後二時ごろ、ようやく塩屋村に到着した。
俺はハイラックスをゆっくりと村の広場へ乗り入れた。すると車に気づいた子供たちが、一斉にこちらへ駆け寄ってきた。
「ユウマが帰ってきたー!」
「ユウマー!」
車を降りた途端、子供たちに取り囲まれ、あっという間にもみくちゃにされてしまった。昨日から留守にしていただけなのに、まるで何日も帰ってこなかったような騒ぎだ。
「おいおい、ちょっと待てって!」
俺が子供たちをなだめていると、荷台から警護兵たちと金城さんたちが降りてきた。見慣れない男たち、それも腰に刀を差した兵士が五人もいるのを見て、子供たちの様子が変わった。
さっきまで大騒ぎしていたのに、急に静かになってしまった。
続いて後部座席から三司官の親方たちが降り、最後に助手席から尚寧王が姿を現した。広場にいた大人たちも何事かと集まってきたが、誰も口を開かない。
考えてみれば、村人たちが三司官や尚寧王の顔を知っているはずもない。王様なんて一生に一度も見る機会がない人のほうが多いだろうし、皆ただ突っ立ったまま、見知らぬ一行を眺めていた。
すると金城さんが一歩前へ出て、大きな声を上げた。
「皆の者! こちらにおわすのは琉球国王、尚寧王陛下であらせられる! そして三司官の親方様方じゃ! 控えよ!」
おお、なんか時代劇で見たことのある光景だな。
金城さんの声を聞いた途端、村人たちの表情が一変した。長老とタルガニが真っ先にその場に平伏すると、周りの大人たちも慌てて地面にひれ伏した。
子供たちは何が起きたのかわかっていない様子だったが、大人たちの真似をして次々と頭を下げている。さっきまで俺に飛びついていた子供たちまで、地面に額を近づけていた。
尚寧王はそんな村人たちを見渡すと、落ち着いた声で言った。
「皆の者、面を上げよ」
おお、さっきまで弁当を食べて喜んでいたおっさんとは別人みたいだ。こうして見ると、やっぱり王様なんだな。
村人たちがおそるおそる顔を上げると、尚寧王は穏やかに話し始めた。
「突然の訪問、申し訳ないのう。今日はこの塩屋村を視察させてもらうことになった。悠真に案内してもらうゆえ、皆は気にせず、いつもの仕事に戻ってくれ」
そう言われても、村人たちはしばらく動こうとしなかった。まさか自分たちの村に国王が来るとは夢にも思っていなかっただろう。
俺も長老とタルガニに声をかけた。
「王様がこう言ってるんだから、皆いつもどおりでいいよ。仕事の邪魔はしないからさ」
ようやく村人たちは立ち上がり、何度も頭を下げながら、それぞれの持ち場へ戻っていった。ただ、気になるのか、何度もこちらを振り返っている。
俺は近くにいたウシマルを呼び寄せた。
「ウシマル、ちょっとこっちに来てくれ」
ウシマルは緊張した面持ちで駆け寄ってきた。
「王様、こちらはウシマルといいます。俺がこの村に来たときから、いろいろと世話になっている男です」
「ウシマル、こちらが琉球国王の尚寧王様だ」
ウシマルは慌てて頭を下げた。
「ウシマルと申します。陛下にお目にかかれるとは、夢にも思っておりませんでした」
尚寧王は笑みを浮かべてうなずいた。
「そうか。悠真が世話になっておるのだな。これからもよろしく頼むぞ」
「は、はい! もったいないお言葉でございます!」
ウシマルはすっかり恐縮していた。いつもは気さくに話している男なのに、こんなに緊張している姿を見るのは初めてだった。
「それじゃ王様、まずは広場の周りに建てた家から見てもらいましょうか」
俺は尚寧王と三司官を連れて、広場を囲むように建てられた住宅へ向かった。村にはすでに十八棟の家が完成しており、どれも地面から床を持ち上げた高床式の造りになっている。
「ほう……これは見事じゃな」
尚寧王は家を見上げながら感心したように声を漏らした。三司官たちも興味深そうに家の周りを歩き、柱や床下を覗き込んでいる。
「悠真殿、この家はなぜ床をこれほど高くしておるのだ?」
浦添親方が不思議そうに尋ねてきた。
「沖縄は雨が多いでしょう。こうして床を高くしておけば、大雨が降って地面に水がたまっても、家の中まで水が入ってきにくいんです」
「なるほど。確かにこれなら雨が降っても床が濡れる心配は少ないな」
「それだけじゃありません。床の下に風が通るので湿気がこもりにくく、木材も腐りにくくなります。沖縄は暑くて湿気も多いですからね」
名護親方は床下を覗き込みながら、しきりにうなずいていた。
「地面から離れておれば、虫や鼠も入りにくくなるというわけですな」
「そうですね。完全に防げるわけじゃありませんけど、地面に直接床を作るよりはずっといいですよ」
今度は城間親方が柱を手で叩きながら口を開いた。
「しかし、これほど床を高くして、台風が来ても大丈夫なのか?」
「そこは柱や梁をしっかり組んで、筋交いも入れています。もちろん絶対に壊れないとは言えませんけど、風に耐えられるように考えて建てているんです」
「筋交い?」
「柱と柱の間に斜めに入れる木材です。これがあると横からの力に強くなるんですよ」
俺が実際に筋交いを指さして説明すると、三司官たちは顔を近づけて眺めていた。
尚寧王は家の周りをゆっくり歩きながら、床下を通り抜ける風を感じているようだった。
「なるほどのう。雨を防ぎ、湿気を逃がし、虫や鼠も入りにくい。しかも風にも耐えられるよう工夫しておるのか」
「はい。それに床下にはちょっとした道具なんかも置けますし、家の中も地面からの湿気が上がりにくいので、暮らしやすいと思いますよ」
「うむ。これはよい家じゃ」
尚寧王は満足そうにうなずいた。
「悠真、このような家を建てる技術も、いずれ琉球中に広められるのか?」
「もちろんです。特別な材料がなくても、木材と建て方を工夫すれば作れますから。ただ、大工を育てる必要はありますね」
「そうか。家まで変われば、民の暮らしもずいぶんよくなるであろうな」
尚寧王はもう一度住宅を見渡し、感心したように何度もうなずいていた。
住宅を一通り見てもらったところで、俺は尚寧王たちを広場の炊事場へ案内した。そこには大きな鍋が置かれたロケットストーブが並んでおり、ちょうど夕食の準備を始めるところだった。
「王様、ここが村の共同炊事場です。村人たちの食事は基本的にここで作っています」
「ほう、皆の食事を一か所で作っておるのか?」
「そうです。各家庭で別々に作るより、まとめて作ったほうが薪も食材も無駄になりませんからね」
浦添親方はロケットストーブに近づき、興味深そうに覗き込んだ。
「悠真殿、この妙な形をしたかまどは何じゃ?」
「ロケットストーブといいます。少ない薪でも強い火力が出せるように作ったかまどです」
「少ない薪で強い火が出るのか?」
「はい。中に空気が勢いよく流れ込むようになっているので、薪がよく燃えるんです。普通のかまどより燃料を節約できますし、煙も少なくなります」
俺が薪をくべて火をつけると、しばらくして勢いよく炎が立ち上がった。三司官たちは驚いた様子で火の様子を眺めている。
「おお、これは見事じゃ! これだけの火が出るなら、大きな鍋でもすぐに煮えるであろう」
城間親方が感心したように声を上げた。
「そうですね。ここでは一度に大勢の食事を作るので、火力が強いと助かるんですよ」
尚寧王は並んだ大鍋を眺めながら尋ねてきた。
「しかし悠真、村人は皆、ここで食事をするのか?」
「はい。朝と夕方は基本的に皆で集まって食べています。仕事の都合で時間が合わない人の分は取り置きしますけどね」
「家族ごとに食べるのではないのか?」
「もちろん家族で食べてもいいんですが、ここでは皆で一緒に食べるようにしているんです」
俺は広場に並べられた食卓を指さした。
「まず、料理を作る人の負担が減ります。各家庭で毎日火を起こして食事を作る必要がありませんから、その分ほかの仕事ができます」
「なるほど。薪も人手も節約できるというわけじゃな」
「それに、食材をまとめて管理できるので、無駄が出にくいんです。魚がたくさん獲れた日も、畑で野菜が採れた日も、皆で分けられますからね」
名護親方が静かにうなずいた。
「食べ物が少ない家にも、同じように食事が行き渡るということですな」
「そうです。子供や年寄りも含めて、村の皆がきちんと食べられるようにしています。誰かが食べられずに困っていても、一緒に食事をしていればすぐに気づけますから」
尚寧王はその言葉を聞くと、少し考えるような表情になった。
「確かに、皆が顔を合わせる場があれば、誰が困っておるのかもわかるのう」
「はい。それに食事をしながら自然と会話も生まれます。今日の仕事の話や明日の予定なんかも、ここで相談できるんですよ」
「ふむ。食事の場が、村の話し合いの場にもなっておるのじゃな」
「そういうことです」
尚寧王は広場の食卓と炊事場を交互に眺め、満足そうにうなずいた。
「家の造りもそうじゃが、食事の仕方まで工夫しておるとはな。悠真、お前はただ食べ物を増やすだけでなく、村人の暮らしそのものを変えようとしておるのじゃな」
「まあ、皆が腹いっぱい食べて、元気に働ければ、それが一番ですからね」
「うむ。それが何より大切なことじゃ」
尚寧王はそう言って、もう一度ロケットストーブを興味深そうに眺めていた。
「それじゃ、次は倉庫を見てもらいましょうか」
俺は尚寧王たちを倉庫へ案内した。中には先日収穫した琉球芋が大量に保管されており、その量は約三トンにもなる。
「王様、これが今回収穫した琉球芋です。全部で八百貫ほどあります」
「なんと……これがすべて芋なのか!」
尚寧王は目の前に積まれた芋を見て、驚きを隠せない様子だった。三司官たちも倉庫の奥まで続く芋を眺めながら、しきりに感心している。
すると城間親方が芋を一つ手に取った。
「悠真殿、これは昨日食べた、あの芋か?」
「そうですよ。昨日、南殿で食べてもらった琉球芋です」
「おお、あの甘くて美味い芋か! これほどの量があるとは!」
城間親方は手に持った芋をまじまじと眺めていた。
「しかも王様、あと数か月すれば、今度はこれよりも多くの芋が収穫できる予定なんです」
「まことか!?」
尚寧王が思わず大きな声を上げた。
「はい。すでに次の芋を植えてありますからね。あとで畑も見てもらいますよ」
名護親方は積まれた芋を見渡しながら、静かに口を開いた。
「これだけの芋があれば、民も飢えずに済みますな」
「そうですね。でも、これだけじゃないんですよ。次は水田を見てもらいましょう」
俺は皆を連れて倉庫を出ると、水田へ向かった。
目の前には百メートル四方の水田が広がり、植えられた稲がきれいに列を作っている。田植えからしばらくたち、稲も順調に育っていた。
「おお……なんと見事な田じゃ」
尚寧王は水田を見渡しながら、感嘆の声を漏らした。
「悠真殿、これほど整然と稲が植えられておる田は初めて見ましたぞ」
浦添親方も驚いた様子で稲を眺めている。
「これは正条植えといって、稲を一定の間隔でまっすぐ植えているんです。こうすると田んぼの中に入りやすくなりますし、草取りや管理もしやすくなるんですよ」
「なるほど。確かにこれなら稲の間を歩くこともできるな」
「この水田では、収穫量を千三百貫ほど見込んでいます」
「千三百貫だと!?」
今度は城間親方が驚きの声を上げた。
「はい。もちろん予定ですから、実際に刈り取ってみないとわかりませんけどね」
尚寧王は水田を見つめたまま、しばらく言葉を失っていた。
「これほどの米が、一つの田から採れるというのか……」
「それに王様、ここで作っている米は、昨日南殿で食べてもらった米よりも美味い米なんですよ」
「なんと! あの米よりも美味い米があるのか!?」
城間親方が目を丸くした。
「ありますよ。収穫したら、ぜひ食べてもらいたいですね」
「それは楽しみじゃ! 昨日の米でも十分に美味かったというのに、それ以上とはな!」
尚寧王も嬉しそうに笑っていた。
「さて、次は第二畑を見てもらいましょうか」
水田を後にした俺たちは、第二畑へ向かった。ここではゴーヤーやヘチマが育っており、ちょうど収穫の時期を迎えている。
「王様、こちらでは今、ゴーヤーとヘチマが収穫できます」
俺は実っているゴーヤーを指さした。
「これがゴーヤーです。少し苦いですが、炒め物なんかにすると美味しいですよ」
「ほう、ずいぶん変わった形をしておるのう」
尚寧王はゴツゴツした表面を興味深そうに眺めていた。
「そして、こちらがヘチマです。若いうちに収穫すれば食べられますし、味噌で煮ても美味しいんですよ」
名護親方がヘチマに近づき、実の大きさを確かめていた。
「こちらも食べられるのですな。実にいろいろな作物を育てておられる」
「はい。米や芋だけじゃなく、野菜も作っておけば食事の種類が増えますからね」
俺はそのまま畑の隣の区画を指さした。
「それから、ここが次の琉球芋を植えている畑です。あと数か月すれば収穫できます」
「先ほどの倉庫にあった芋よりも多く採れるというのは、この畑のことか?」
「そうですよ。順調に育てば、前回以上の収穫になる予定です」
浦添親方は畑を見渡しながら、感心したようにうなずいた。
「米に芋、それに野菜まであるとは……。これだけの作物を育てておれば、村の食料にも余裕ができるであろうな」
「そうですね。これだけあれば村人が飢える心配も減りますし、余った分は王府へ税として上納することもできますね」
その言葉を聞いた尚寧王は、しばらく黙って畑を見つめていた。
「悠真よ……これだけのものを、よくぞ作り上げたものじゃ」
尚寧王の声には、先ほどまでとは違う感慨がこもっていた。
「いやいや、王様。まだまだですよ。これからもっと田畑を増やして、収穫量も増やしていくつもりですから」
「そうか……。実に頼もしいのう」
尚寧王はもう一度、水田と畑を振り返った。昨日、首里城で話したときには半信半疑だったのかもしれないが、実際に目の前でこれだけのものを見れば、少しは信じてもらえただろう。
「それじゃ王様、次は隣の村を見てもらいましょうか。ここから先に二つの村があって、さらに奥にも村があるんです」
「うむ。ぜひ見せてもらおう」
俺たちは再びハイラックスに乗り込み、隣の二つの村と、その奥にある村を視察するため出発した。
俺はハイラックスをゆっくり走らせながら、尚寧王たちにそれぞれの村の様子を説明していった。どの村でも琉球芋は必ず栽培しているが、それ以外の作物は村ごとに種類を変えている。
「悠真、なぜ村ごとに違う作物を植えておるのじゃ?」
「王様、琉球芋はどの村でも作っています。まずは自分たちが食べる分を確保するためです。そのうえで、ある村では粟、別の村ではほかの雑穀というように、栽培する作物を分けているんですよ」
「ほう、それはなぜじゃ?」
「同じ作物ばかり作っていると、病気や天候の影響で一度に不作になる危険がありますからね。芋を基本にして、ほかの穀物も育てておけば、どれかが不作でも食料を確保しやすくなるんです」
浦添親方が感心したようにうなずいた。
「つまり、どの村も最低限の食料は自分たちで確保し、そのうえで違う作物を育て、互いに交換するということですな」
「そういうことです。これなら一つの村だけが不作になっても、ほかの村から食料を回せますからね」
俺はそれぞれの畑が見えるところで車を徐行させ、実際に育っている作物を見てもらった。どの村にも琉球芋の畑があり、そのほかに粟や雑穀など、それぞれ違う作物を育てている。
そして最後に、共同で管理している水田へ向かった。
「王様、ここが最後の水田です。ここでは塩屋村で見てもらった米とは違う、多収米を栽培しています」
「多収米とは何じゃ?」
「収穫量の多い米のことです。しかも、この米は一年に二回収穫できるんですよ。二期作といいます」
「なんと! 一年に二度も米が採れるのか!」
城間親方が驚いた声を上げた。
「はい。うまく育てれば、同じ田んぼから年に二回収穫できますから、食料を大幅に増やせます」
名護親方は水田を見つめながら、感心したようにうなずいた。
「なるほど。先ほどの美味い米とは別に、たくさん収穫できる米も育てておるのですな」
「そうです。美味しい米も大切ですが、まずは皆が腹いっぱい食べられるだけの量を確保することが先ですからね」
尚寧王は目の前に広がる水田を眺めながら、何度もうなずいていた。
「王様、こうして三つか四つの村がまとまれば、もっと強くなると思いませんか?」
「うむ。確かに一つの村だけでは難しいことも、いくつかの村が協力すればできるようになるのう」
「そうです。これを琉球全体でやるんです。食料が増えれば飢える人も減りますし、余った食料を蓄えることもできます。国を豊かにして、守る力もつけられますよ」
「なるほど。それが昨日申しておった富国強兵というわけじゃな」
「そういうことです。それと王様、もう一つ考えていることがあります」
「何じゃ?」
「王府にも直轄の田畑を作ってもらいたいんです。そして民から取る税は、収穫した作物の一割だけにします」
「一割だと?」
浦添親方が驚いた声を上げた。
「はい。その代わり、王府が自分たちの田畑で食料を作るんです。それから、民が収穫した作物の半分を王府が買い取ります」
「買い取るとは、どういうことじゃ?」
「王府で銅銭を作るんです。民が作った穀物を王府が買い取り、その代金を銅銭で支払います」
三司官たちは顔を見合わせた。
「税として取り立てるのではなく、銭を渡すというのか?」
「そうです。税は一割だけ。残りのうち半分は王府が銭で買い取るんです。民は受け取った銭で、ほかの村の作物や必要な道具を買えるようになります」
「しかし、その銭を皆が使うようになるのか?」
名護親方が首をかしげた。
「そこは王府が仕組みを作る必要があります。銭を使って品物を売り買いできるようにして、島全体に流通させるんです」
尚寧王も三司官たちも、どうやら話についてこられていないようだった。
まあ、いきなり税を一割にして、王府が穀物を買い取って、銅銭を流通させるなんて言われても、わけがわからないよな。
「王様、この話はあとで詳しく説明します。今は、いくつもの村が協力すれば、もっと豊かになれるということだけ覚えておいてください」
尚寧王はうなずいた。
「うむ。それは今日、実際に見てよくわかった。悠真よ、三つ四つの村を一つにまとめて運営するとは、実によい考えじゃ」
浦添親方と名護親方も感心した様子でうなずいている。
「これならば、どこかの村で不作が起きても、ほかの村が助けられますな」
「村ごとに別々に考えるより、はるかによい方法かもしれませぬ」
尚寧王は水田を見渡しながら、満足そうに笑った。
「悠真よ、今日ここへ来てよかった。首里城で話を聞くだけでは、これほどのこととは思わなんだ」
「まだ始まったばかりですよ、王様。これからが本番です」
銅銭や税の話はまだ理解してもらえていないようだが、村同士で協力して食料を増やすという考えは、十分に伝わったようだった。
読んでいただきありがとうございます。
続きが気になったらブックマークや評価をして頂けると励みになります
面白くなくても評価をして下さい今後の参考にしたいです。よろしくお願いいたします




