第68話 1600年6月13日 その2
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車中。
俺はハイラックスを運転し、塩屋村から首里へ向かっていた。
金城さんの話では馬が通れる道が首里まで続いているということだったが、さすがに現代の道路とはまるで違う。舗装などされているはずもなく、道幅も狭いところが多かった。大きな石や深いわだちを避けながら走るため、どうしても速度が上がらない。
塩屋村から首里までは100キロもないはずなのに、結局5時間近くかかってしまった。
途中、何人もの人とすれ違ったが、そのたびに大騒ぎだった。
「うわああっ!」
「何じゃ、あれは!」
俺の車を見るなり道端へ飛び退き、その場に尻餅をつく者までいる。バックミラーを見ると、みんな口を開けたまま、遠ざかるハイラックスを見送っていた。
まあ、無理もないよな。400年以上前の人間が、突然走ってきた車を見たら、そりゃ驚くだろう。
助手席の金城さんは、そんな人々の反応を見て苦笑いしていた。最初は自分たちも同じように腰を抜かしていたのに、今ではすっかり鉄の馬に慣れてしまったようだ。
首里に近づくにつれて、道を行き交う人の数も増えてきた。当然、それだけハイラックスを目撃する人間も増えるわけで、あちらこちらから悲鳴や驚きの声が聞こえてくる。
だが、いちいち停まって説明していたら、いつまでたっても首里城に着かない。
俺は気にせず、そのまま車を走らせた。
やがて、警備兵らしき男たちが立っている場所に差しかかった。
「止まれ! 止まれ!」
男たちが慌てて声を張り上げている。
どうやら俺たちを止めようとしているらしいが、ここで停まっても話がややこしくなるだけだ。俺は速度を落として横を通り抜け、そのまま首里城へ向かった。
バックミラーを見ると、警備兵たちが何やら叫びながら追いかけてきている。
おいおい、走って追いかけてくるつもりか?
首里城へ不審な鉄の馬が向かっているとなれば、当然、城へ知らせなければならないのだろう。だが、彼らが走って報告に行くのと、俺たちが車で到着するのとでは、勝負になるはずもない。
案の定、追いかけてきた男たちの姿は、あっという間にバックミラーから消えてしまった。
しばらく走ると、前方に首里城の大きな門が見えてきた。
「金城さん、あれが首里城ですか?」
「さ、左様でございます。あれが首里城でございます」
「ようやく着きましたね」
俺は門の手前でハイラックスを停め、エンジンを切った。
当然ながら、門の周辺にいた兵士たちは、突然現れた鉄の馬を見て騒然としている。槍を持ったまま立ち尽くす者もいれば、こちらを指差して何やら叫んでいる者もいた。
「金城さん、とりあえず皆さんで中に入って、事情を説明してきてもらえませんか?」
「わ、分かりました。私どもから説明してまいります」
「俺はここで待っていますから。よろしくお願いします」
金城さんはお供の二人を連れ、車から降りた。
三人は門の前にいる兵士たちに何やら説明すると、大きな門の横にある通用口のようなところから城内へ入っていった。
さて、どうなることやら。
俺はとりあえず車内で待つことにした。
首里城まで来たのはいいが、ここから先は王府の人間がどう判断するかによる。いきなり城の中に入れてもらえるとも思えないし、金城さんたちが戻ってくるまで、のんびり待つしかないだろう。
それから5分ほどたった頃だった。
「おい! あれだ! あの鉄の化け物だ!」
門の方から大きな声が聞こえてきた。
見ると、先ほど途中で振り切った警備兵らしき男が、息を切らしながら走ってきている。
男はハイラックスを指差し、門を守っている兵士たちに必死で何かを説明していた。
どうやら、俺たちを追いかけて、ここまで走ってきたらしい。
ご苦労なことだな。こっちはもう5分も前に到着しているというのに。
門兵たちは男の話を聞きながら、何度もこちらを振り返っている。警備兵の男も興奮が収まらないらしく、しきりに車を指差していた。
俺は車内でCANDY TUNEの『倍倍FIGHT!』をCDで大音量で聴いていたので、外で何を言っているのかさっぱり分からない。
だが、門兵FIGHTで間違いない。
窓の向こうでは、門兵たちが何やら言い合っている。こっちは陽気なアイドルソングを聴きながら、その様子を眺めているだけだ。
そうこうしているうちに、金城さんとお供の二人が戻ってきた。
俺は音量を下げ、三人を車に乗せた。
「中に入ってよろしいそうです」
「分かりました。それじゃ行きましょうか」
門兵たちが慌てて左右に道を開け、大きな門がゆっくりと開き始めた。
俺は再び音量を上げた。
「門門ファイトー!」
曲に合わせて適当に口ずさみながら、ハイラックスをゆっくり発進させる。
門の両側に立つ兵士たちは、目を丸くしてこちらを見つめていた。俺はそんな彼らを横目に、徐行しながら首里城の門を通り抜けた。
門を抜けて少し進むと、前方に石段が見えてきた。
ハイラックスなら、これくらいの段差は何ともないだろう。しかし、ここは琉球王国の王城だ。いくら車で上れるからといって、勝手に石段を乗り越えて進むのは、さすがに無礼というものだろう。
俺は手前で車を停め、エンジンを切った。
「金城さん、鉄の馬はここまでにします。神様からお借りした道具ですから、一度、祠に戻しておきますね」
「は、はい。承知いたしました」
俺は三人に車から降りてもらうと、ハイラックスの前にブラックホールを開いた。
突然現れた真っ黒な空間を見て、周囲にいた兵士たちが一斉に後ずさった。門のところからこちらを見ていた者まで、何やら叫び始めている。
俺はそんなことには構わず、再び運転席に乗り込んでハイラックスを動かし、ブラックホールを通って現代の倉庫へ戻した。
車を停めてエンジンを切り、今度は俺一人で城内へ戻る。
そしてブラックホールを閉じた。
つい先ほどまで目の前にあった大きな鉄の馬が、跡形もなく消えてしまったのだ。兵士たちは口を開けたまま、俺と車が消えた場所を交互に見ている。
まあ、説明したところで理解できるはずもないよな。
そんなことを考えていると、石段の上の方から、何やら人を乗せるための御輿のようなものを担いだ男が二人、こちらへやって来た。
「大城殿、こちらにお乗りください」
金城さんが御輿を指差して言った。
「えっ、俺が乗るんですか?」
「はい。城内の方々が用意してくださいました」
俺は思わず金城さんの顔を見た。
「金城さん、いったい中で何て説明したんですか?」
すると金城さんは、少し困ったような顔をした。
「それが……私にも、どのようにご説明すればよいのか分かりませんでしたので……」
「はい?」
「とりあえず、神様のお使いが塩屋村からお越しになったと、お伝えいたしました」
なるほど。そういうことか。
どうやら金城さんは、俺のことを神様の使いとして報告してしまったらしい。
もちろん、城内の役人たちも、その話が本当なのかどうか判断できなかったようだ。しかし、国頭間切の役人がわざわざ連れてきた人物である。まさか嘘をついているとも思えず、とりあえず丁重に迎えることになったらしい。
しかも、門の外には見たこともない鉄の馬が現れ、城内ではその鉄の馬が黒い穴の中へ消えてしまった。
これでは、神様の使いだと言われても、簡単には否定できないだろう。
「ちなみに、城の中は今どんな様子なんですか?」
俺が尋ねると、金城さんは苦笑いを浮かべた。
「それはもう、上を下への大騒ぎでございます。皆、どのようにお迎えすればよいのか分からず、慌てております」
そりゃそうだろうな。
俺だって、突然神様の使いがやって来ると言われたら、どう対応すればいいのか分からない。
しかし、これは案外都合がいいかもしれない。
これから王府の人間たちと、いろいろな話をしなければならない。塩屋村のこともあるし、今後の琉球についても考えていることがある。
ただの村人としてやって来たのでは、まともに話を聞いてもらえるかどうかも怪しい。だが、神様の使いということになれば、少なくとも最初から門前払いされることはないだろう。
別に俺から神様の使いだと名乗ったわけでもないしな。
よし、ここは金城さんの説明に乗っかることにしよう。
俺はそう決めると、目の前に用意された御輿へと視線を向けた。
御輿に乗ると、二人の男が息を合わせて担ぎ上げた。人に担がれて移動するなんて初めての経験だが、思っていたよりも揺れは少ない。
金城さんたちは御輿の後ろについて歩いている。途中、何人もの役人や兵士とすれ違ったが、皆こちらを見て驚いたような顔をしていた。どうやら神様の使いが来たという話は、すでに城内に広まっているらしい。
いくつかの門を通り抜け、やがて正殿の前に広がる御庭へ出た。
広いな。
周囲を見渡していると、御輿がゆっくりと止まった。
「大城殿、こちらでございます」
金城さんに促されて御輿を降りると、正殿へと案内された。金城さんとお供の二人も、俺の後ろについてきている。
建物の中へ入り、さらに奥へ進むと、大きな部屋に通された。
どうやら、ここが謁見室らしい。
正面には立派な装飾が施された場所があり、そこに一人の男が座っていた。その近くには、身なりの整った三人の男が控えている。
金城さんから聞いていた尚寧王と三司官だろう。
俺が部屋に入ると、後ろにいた金城さんたちは、その場で一斉に平伏した。
しかし、俺は立ったままだ。
何しろ、今の俺は神様の使いということになっている。ここで一緒になって平伏したら、せっかくの設定が台無しになってしまう。
もっとも、本当に神様の使いというわけではないんだけどな。
部屋の中にいる者たちの視線が、俺に集まっているのが分かる。
俺は正面に座る男へ顔を向け、いつもどおりに挨拶した。
「初めまして。大城悠真です」
俺が挨拶すると、正面に座っていた男と、その近くに控える三人が互いに顔を見合わせた。どうやら、平伏もせず普通に挨拶したことに驚いているらしい。
しばらくして、三人のうち年配の男が口を開いた。
「私は三司官の浦添親方朝師と申す。こちらが名護親方良豊、そして城間親方盛久でございます」
紹介された二人が、それぞれ軽く頭を下げた。
「そして、こちらにおわす御方が、我らが琉球国王、尚寧王様であらせられる」
俺は正面に座る尚寧王に向かって、軽く頭を下げた。
「お目にかかれて光栄です」
尚寧王は俺の顔をじっと見つめていた。年齢は三十代半ばくらいだろうか。俺が想像していたよりも若い王様だった。
「大城悠真と申したな。そなたは神の使いと聞いておるが、まことか?」
尚寧王が直接尋ねてきた。
さて、どう答えたものか。
神様の使いだと断言するのも気が引けるが、ここで否定してしまえば、金城さんの説明が嘘になってしまう。それに、せっかく王様と直接話せる機会を得たのだから、この立場は利用させてもらおう。
「私は神様から、この琉球を豊かにするため、そして敵国からの脅威を退けるために遣わされました」
俺がそう答えると、室内が静まり返った。
尚寧王は少し身を乗り出し、三司官たちも真剣な表情になった。
「敵国からの脅威とな?」
浦添親方が問い返してきた。
「はい。ただ、私はこの国を治めるつもりも、王府の役職に就くつもりもありません。琉球が豊かになり、民が安心して暮らせるよう、お手伝いができればと思っています」
俺はそこで一度言葉を切った。
ここからが本題だ。
俺には400年以上先の歴史を知っているという、天下の宝刀がある。もちろん、これから先の歴史が必ずそのとおりになるとは限らないが、少なくとも今の琉球が置かれている状況については、ある程度分かっている。
俺は尚寧王と三司官の顔を順番に見た。
「ところで、尚寧王様。今、薩摩国からかなりの圧力をかけられているんじゃないですか?」
その瞬間だった。
尚寧王の表情が変わった。
浦添親方、名護親方、城間親方の三人も、一斉に顔を見合わせた。
誰もすぐには口を開かなかった。
どうやら図星だったらしい。
「……大城殿」
しばらくして、浦添親方が低い声で尋ねてきた。
「その話、いったいどこでお聞きになられた?」
「誰かから聞いたわけではありませんよ」
「では、なぜ薩摩のことをご存じなのですか?」
俺は落ち着いて答えた。
「神様から、この琉球に迫る危機について教えていただいたからです」
再び沈黙が流れた。
尚寧王は三司官たちと視線を交わしている。先ほどまでの好奇心に満ちた表情とは違い、今は明らかに緊張していた。
俺が薩摩のことを知っているとは、思ってもいなかったのだろう。
やがて尚寧王が口を開いた。
「浦添」
「はっ」
「人払いをせよ」
「承知いたしました」
浦添親方はすぐに後ろを振り返り、平伏したままの金城さんたちに声をかけた。
「金城三良、お主ら三人は御庭にて待つように」
「はっ、承知いたしました」
金城さんたちは深々と頭を下げ、静かに部屋を出ていった。
扉が閉まると、尚寧王は改めて俺に向き直った。
その目は、先ほどまでとは明らかに違っていた。
俺の素性も分からず、神様の使いという話も半信半疑だったはずだ。しかし、王府が抱えている薩摩との問題を、俺は何の前触れもなく言い当てた。
彼らにしてみれば、神の啓示でも受けていなければ知り得ない話なのかもしれない。
尚寧王はしばらく俺を見つめた後、静かに口を開いた。
「大城殿……そなたは、薩摩が我が琉球に何を求めておるのかも、ご存じなのか?」
尚寧王の問いに、俺はゆっくりとうなずいた。
「はい。豊臣秀吉が朝鮮へ兵を送った際、薩摩から琉球にも大量の兵糧米を出すよう要求がありましたよね」
その言葉を聞いた途端、浦添親方の表情が険しくなった。
「……なぜ、そのことを?」
「確か、七千人分の兵糧米を十か月分だったと思います。それだけではなく、肥前名護屋城の築城に関する負担も求められたはずです」
名護親方が思わず身を乗り出した。
「そこまでご存じとは……」
「ですが、琉球は要求された兵糧米をすべて用意することができなかった。足りない分を薩摩が肩代わりしたため、その負担をめぐる問題が残っている。違いますか?」
三司官の三人は、誰も答えなかった。
その沈黙が答えのようなものだった。
俺は続けた。
「そもそも、琉球は朝鮮へ攻め込んだわけでもありません。それなのに、薩摩を通じて大きな負担を求められた。王府としては納得できない部分もあるでしょう」
「……まさしく、そのとおりでございます」
城間親方が小さく答えた。
尚寧王は玉座に座ったまま、俺の話をじっと聞いている。最初に会ったときのような好奇心は消え、今は一言も聞き漏らすまいという表情だった。
「しかし、尚寧王様。私が心配しているのは、その兵糧米の問題だけではありません」
「ほう。まだ何かあると申すか」
「薩摩が本当に欲しがっているものは、別にあると思っています」
浦添親方が眉をひそめた。
「別のものとは?」
「明国との交易です」
その言葉に、三司官たちが再び顔を見合わせた。
「琉球は明国と長年にわたって交易を続けています。中国からさまざまな品物を仕入れ、それをほかの国へ運ぶことで利益を得てきましたよね」
「そのとおりだ」
尚寧王が答えた。
「薩摩にしてみれば、その交易は非常に魅力的なはずです。琉球を自分たちの影響下に置けば、明国との交易から利益を得られる。兵糧米の問題は、そのための口実にもなり得ます」
名護親方が腕を組み、難しい顔をした。
「確かに、薩摩が我が国の交易に関心を持っておることは承知している。しかし、それだけで琉球に兵を向けるとは考えにくいのではないか?」
「普通なら、そう考えますよね」
俺はうなずいた。
「ですが、これから日本の情勢は大きく変わります。豊臣秀吉はすでに亡くなりました。そして今、日本では大きな争いが起ころうとしています」
「日本で争いが……?」
尚寧王が問い返した。
「はい。その争いの結果、日本を治める者も変わっていきます。薩摩は、その新しい支配者との関係を利用して、琉球への圧力をさらに強めることになります」
三司官たちは黙り込んだ。
俺は一度、尚寧王の顔を見た。
「尚寧王様。私は先ほど、琉球を豊かにするため、そして敵国からの脅威を退けるために来たと申し上げました」
「うむ。確かに聞いた」
「それには理由があります」
ここまで話せば、もう隠しておく必要はないだろう。
俺が知っている歴史では、1609年に薩摩が琉球へ攻め込んでくる。そして尚寧王は捕らえられ、日本へ連れていかれることになる。
もちろん、今の時点では誰もそんな未来を知らない。
だが、俺は知っている。
尚寧王も三司官たちも、俺の次の言葉を待っていた。
俺は四人の顔を順番に見てから、静かに告げた。
「九年後、琉球は薩摩に支配されます」
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