第67話 1600年6月13日
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朝。
俺は目を覚ますと、いつものように湯を沸かしてコーヒーを淹れた。温かいコーヒーを飲みながら煙草に火をつけ、ゆっくりと一服する。
そういえば、昨日は国頭間切の役人、金城さんたちが村に泊まったんだった。
昨日の宴会では、金城さんは俺が持ってきたパックの泡盛をずいぶん気に入ったようで、うまいうまいと言いながらずっと飲んでいた。あれだけ飲んで、今朝は大丈夫だろうか。
コーヒーを飲み終えた俺は、広場へ出て炊事場に向かった。朝食の準備をしている女たちの中にかなさんの姿を見つけたので、声をかける。
「かなさん、おはよう」
「悠真さん、おはようございます」
かなさんは俺の顔を見ると、いつものように優しく微笑んだ。
「悠真さん、昨日は遅くまで飲んでいたみたいですけど、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫だよ。そんなに飲んでないから」
そう答えると、かなさんは安心したように笑った。こうして何気なく体を気遣ってもらえるのは、なんだか嬉しいものだ。
大きな鍋の中では、今朝も雑炊がぐつぐつと煮えている。琉球芋が入った具だくさんの雑炊で、ヘチマもたっぷり入っていた。さすがにゴーヤーは入っていないようだ。昨日のゴーヤーチャンプルーはうまかったけど、朝から苦い雑炊はちょっと勘弁してほしい。
俺は鍋の中を覗きながら、かなさんに今日の予定を伝えることにした。
「かなさん、今日は初めて首里に行ってくるよ」
「……首里に、ですか?」
かなさんは手を止め、俺の顔を見た。
「うん。金城さんたちと一緒に行ってくるつもりなんだ」
「そうですか……。どうか、気をつけて行ってきてくださいね」
そう言ったかなさんの顔が、少し寂しそうに見えた。
俺も今回の首里行きについては、いろいろと考えている。初めて琉球王国の中心に足を踏み入れるわけだし、王府の人間と関わることになるかもしれない。これが、この島での俺の暮らしを大きく変える転機になる可能性だってある。
だから、いつものように「大丈夫、すぐ帰ってくるよ」と気軽には言えなかった。
「まあ、まずは行ってみないと分からないからね。そんなに心配しなくても……」
自分でも何とも歯切れの悪い返事になってしまった。
かなさんは何かを感じ取ったのか、それ以上は何も聞かず、少しうつむいてしまった。
……まずいな。こんな言い方をしたら、余計に心配させるじゃないか。
「それじゃ、俺は子供たちを起こしてくるよ」
俺はそう言って炊事場を離れた。
倉庫へ行くと、サンルー、チラー、クマの三人はまだ寝ていた。昨日は宴会で遅くまで起きていたから、無理もない。
「おーい、朝だぞ。起きろー!」
三人は布団の中でもぞもぞと動き始めたが、なかなか起きようとしない。
「早く起きないと朝飯なくなるぞ!」
そう言うと、三人は慌てて体を起こした。まったく、飯のこととなると反応が早い連中だ。
三人を連れて広場へ戻ると、村人たちが朝食のために集まり始めていた。その中には、金城さんとお供の二人の姿もあった。
おっ、ちゃんと起きているじゃないか。昨日あれだけ飲んでいたのに、意外と元気そうだ。
「金城さん、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」
「おお、悠真殿。おはようございます。いやはや、昨日は実に楽しい夜でしたぞ」
金城さんは上機嫌で答えた。少なくとも、ひどい二日酔いというわけではなさそうだ。
「この村では、毎朝みんなで集まって朝食を食べるんですよ。金城さんたちも一緒にどうですか?」
「ほう、村の者が皆で朝餉を?」
「ええ。せっかくですから、どうぞ」
俺は倉庫から予備の椀とスプーンを三組持ってきて、金城さんたちに渡した。
ちょうど朝食の準備が整ったようで、女たちが大鍋から雑炊を椀によそい始めた。琉球芋やヘチマの入った具だくさんの雑炊が次々と配られていく。
金城さんたちの前にも、湯気の立つ椀が置かれた。
「こ、これは……朝から米が入っておるのですか?」
金城さんが驚いたように椀の中を覗き込んだ。
「ええ。少しですけど、毎朝米を入れていますよ」
「しかも、これほど具が入っておるとは……」
お供の二人も椀を手に取り、中を覗き込んでいる。
「朝からこれほどの食事をいただけるとは、驚きましたな」
「本当に。芋も野菜もたっぷり入っておりますぞ」
三人は顔を見合わせ、しきりに感心していた。
確かに、米が貴重なこの時代では、朝から米の入った雑炊を食べられるだけでも贅沢なのかもしれない。俺たちにとっては、もうすっかり当たり前の朝食になっているんだけどな。
金城さんは改めて椀の中を眺めると、感心したように何度も頷いていた。
朝食を終えた俺は、金城さんに首里までの道のりを尋ねることにした。
「金城さん、ここから首里までは、どんな道になっているんですか?」
「首里までなら、道はずっと続いておりますぞ。馬でも行き来できる道ですからな」
「途中で岩山を登ったり、崖を下りたりするような場所はありませんか?」
「そのような場所はございません。坂道はありますが、馬で通れる道が続いております」
なるほど。それなら何とかなりそうだ。
道幅や路面の状態は実際に走ってみないと分からないが、少なくとも馬が通れる道が首里まで続いているらしい。途中で車が通れない場所があれば、そのとき考えればいいだろう。
「金城さん、これから首里へ向かう前に、神様の祠から道具を借りてきます。少し驚くかもしれませんが、心配しないでくださいね」
「神様の祠……でございますか?」
「ええ。今からお見せします」
俺は金城さんたちを連れて倉庫の前へ向かい、いつものようにブラックホールを開いた。
目の前に真っ黒な入口が現れる。
「うわあああっ!」
「な、何じゃこれは!」
「ひいいいっ!」
振り向くと、金城さんとお供の二人がそろって腰を抜かし、地面にひっくり返っていた。
その様子を見ていたタルガニたちは、ニヤニヤしながら三人を眺めている。
おいおい、お前たちだって最初は同じだったじゃないか。今ではすっかり慣れているからって、人のことを笑うんじゃない。
「大丈夫ですよ。これが神様の祠です。ちょっと道具を取ってきますから、ここで待っていてください」
俺はそう言い残してブラックホールに入り、現代の倉庫へ戻った。
倉庫に置いてあるハイラックスに乗り込み、エンジンをかける。今日はいよいよ、こいつで首里まで行くことになる。
俺はハイラックスを運転してブラックホールを通り、塩屋村へ戻った。
ブロロロロ……。
「うわあああっ!」
「ま、また何か出てきたぞ!」
「ひいいいっ!」
さっきようやく立ち上がったばかりの金城さんたちが、今度は目の前に現れたハイラックスを見て、再びひっくり返りそうになっている。
まあ、そうなるよな。真っ黒な穴から、見たこともない大きな鉄の塊が音を立てて出てきたんだから。
俺は車を倉庫の前に停め、エンジンを切って降りた。
「タルガニ、悪いけど、倉庫にある米を荷台に積んでくれるか?」
「分かった!」
タルガニが男たちに声をかけると、みんな手分けして米を運び始めた。こういう作業はすっかり慣れたもので、次々と袋を荷台に積み込んでいく。
その間も金城さんたちは、ハイラックスを遠巻きに眺めていた。
「ゆ、悠真殿……これは一体、何でございますか?」
金城さんがおそるおそる尋ねてきた。
「これは神様から借りた鉄の馬です」
「て、鉄の馬……?」
「ええ。馬と同じように人や荷物を運べるんですよ。ただし、普通の馬よりずっと速く走れます」
金城さんは目を丸くしたまま、ハイラックスを上から下まで眺めている。お供の二人も、恐る恐る近づいては離れるのを繰り返していた。
「金城さん、今から出発すれば、日が高いうちには首里に着くと思いますよ」
「な、何をおっしゃいます! ここから首里まで、一日で着くなど到底無理でございますぞ!」
「そうですかねえ」
俺はあえて否定しなかった。
まあ、実際に乗ってもらえば分かるだろう。俺だってこの時代の道を走るのは初めてだから、どれくらい時間がかかるかは分からないけどな。
米の積み込みが終わったところで、俺は炊事場にいるかなさんのもとへ向かった。
「かなさん、それじゃ、行ってくるよ」
かなさんは俺の顔を見ると、少し寂しそうに微笑んだ。
「はい。悠真さん、どうかお気をつけて」
「うん。行ってきます」
俺はそう答えて、ハイラックスのところへ戻った。
「それじゃ金城さん、出発しましょう。こちらに乗ってください」
俺が助手席のドアを開けると、金城さんはその場で固まってしまった。
「こ、この中に入るのでございますか?」
「そうですよ。大丈夫ですから」
「し、しかし……」
お供の二人も後部座席の開いたドアを覗き込んでは、顔を見合わせている。誰一人として乗ろうとしない。
まったく、これじゃいつまでたっても出発できないじゃないか。
その様子を見かねたタルガニが、俺たちのところへやってきた。
「何を怖がっているんだ。こうやって乗ればいいんだよ!」
タルガニはそう言うと、ひょいと後部座席に乗り込んでみせた。
「ほら、何ともないだろ?」
それを見て、金城さんたちもようやく安心したらしい。恐る恐る車に近づき、まず金城さんが助手席に、お供の二人が後部座席に乗り込んだ。
「悠真、俺も一緒に行くぞ!」
タルガニが後部座席から顔を出して言った。
「いや、タルガニは留守番しててくれ」
「何でだ? 首里に行くんだろ? 俺も行くぞ」
「今回は俺一人で大丈夫だよ。何かあったら神様の祠に逃げ込めばいいからね」
俺一人なら、万が一のときでもブラックホールを開いて現代へ逃げ込める。だが、タルガニが一緒にいたら、そう簡単にはいかない。何かあったとき、かえって足手まといになってしまう可能性がある。
もちろん、タルガニが頼りにならないわけじゃない。むしろ、今まで何度も助けてもらっているからこそ、今回は村に残っていてほしかった。
「それに、俺がいない間の村のことも頼みたいんだ」
「……分かったよ」
タルガニは少し不満そうだったが、ようやく納得して車から降りた。
「それじゃ、留守番よろしくな」
「おう。気をつけて行ってこいよ!」
俺はタルガニに手を振り、運転席に乗り込んだ。
助手席には金城さん、後部座席にはお供の二人。三人とも初めて乗る鉄の馬が珍しいのか、落ち着かない様子で車内を見回している。
俺は窓を開け、見送りに集まった村人たちに声をかけた。
「それじゃ、行ってくる!」
「気をつけてな!」
「悠真さん、行ってらっしゃい!」
村人たちに手を振り、俺はゆっくりとハイラックスを発進させた。
車が動き出した途端、助手席の金城さんが体を硬くした。後部座席の二人も背もたれにぴったりと背中をつけ、口を閉じたまま前を見つめている。
最初は三人とも完全に固まっていたが、村を離れて数分もすると、少しずつ様子が変わってきた。
「ゆ、悠真殿! これは何と速いのでしょう!」
金城さんが窓の外を見ながら声を上げた。
「まだそんなに速度は出していませんよ」
「これで、まだ速くないとおっしゃるのですか!」
すると、後部座席からも興奮した声が聞こえてきた。
「金城様! 馬よりずっと速うございますぞ!」
「それに、馬と違って体が上下に跳ねませんな! これほど楽に座っていられるとは!」
「いやはや、これは驚いた! まるで座ったまま飛んでいるようではありませんか!」
さっきまで乗るのを怖がっていた三人が、今ではすっかり子供のようにはしゃいでいる。
金城さんは窓の外を流れていく景色を眺め、何度も感嘆の声を上げていた。後部座席の二人も左右の窓を交互に覗き込み、馬とは比べものにならない速さと乗り心地に興奮しっぱなしだ。
「悠真殿! この鉄の馬は、まことに素晴らしいものですな!」
「気に入ってもらえてよかったです」
俺は笑いながら答えた。
ついさっきまで、乗るのも嫌がっていたくせに。まったく、現金な人たちだ。
それにしても、初めて車に乗った人間の反応というのは、見ていてなかなか面白い。三人のはしゃぎようを横目に、俺は首里へ続く道を慎重に進んでいった。
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