第60話 1600年5月27日 その2
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俺は陳さんが来るまで、コーヒーを飲みながら煙草を吸っていた。現代で買ってきた商品はすでに倉庫の中に運び込んである。今回はいつもの商品に加えて、とっておきの品も用意している。陳さんがどんな反応をするのか、今から楽しみだった。
コーヒーを飲み終える頃、外が少し騒がしくなってきた。人の話し声が聞こえ、何人かが行き来している気配がする。どうやら陳さんが到着したらしい。
俺は煙草の火を消し、倉庫の前まで出迎えに行った。
「陳さん、こんにちは」
陳さんは俺の顔を見るなり、満面の笑みを浮かべた。前回会った時よりも明らかに機嫌がいい。何度もうなずきながら大きな声で話しかけてくるが、相変わらず何を言っているのか分からない。
おそらく前回の商品が高値で売れたんだろう。これだけ嬉しそうにしているところを見ると、相当な利益が出たのかもしれない。
俺は陳さんとサンラーを部屋へ案内した。
「まあ、とりあえず座ってください」
二人を椅子に座らせ、棚からグラスを二つ取り出した。冷たい水を注いで、それぞれの前に置く。
「どうぞ」
陳さんはグラスを手に取ると、何やら感心したような声を上げた。そしてグラスを持ち上げ、サンラーに向かって何か話している。
サンラーは陳さんの言葉を聞き、俺の方を向いた。
「ユウマ殿、陳殿が申しております。このような高価な入れ物を、普段から水を飲むためにお使いになるとは、さすがユウマ殿ほどのお方だと」
「ああ、そういうことか」
俺は思わず笑ってしまった。
現代では百円で買えるグラスだが、この時代では透明で均一なガラス製品そのものが珍しい。しかも俺はそれを客に水を出すためだけに使っている。陳さんからすれば、ずいぶん贅沢なことをしているように見えるんだろう。
「大したものじゃないんだけどな」
サンラーがそれを訳すと、陳さんはさらに感心したように何度もうなずいた。
それから陳さんは、待ちきれないといった様子で勢いよく話し始めた。身振り手振りも大きく、時折笑い声まで上げている。サンラーは途中で口を挟むこともなく、真剣な表情で話を聞いていた。
しばらくして、ようやく陳さんの話が一区切りついたらしい。
「ユウマ殿、陳殿は大変お喜びです。前回お持ち帰りになった品々は、どれもたいそう評判がよく、非常によく売れたそうです」
「やっぱりそうか」
「特に珍しい品を求める方々が多く、もっと手に入らないのかと尋ねられたそうです。それで今回は、金をたくさん用意して参ったと。よい品があれば、すべて買い取りたいと申しております」
俺は陳さんの顔を見た。
相変わらずニコニコしている。どうやら相当儲かったらしい。
「それはよかった。俺も今回、いくつか商品を用意していますよ」
サンラーが訳すと、陳さんは嬉しそうに両手を広げた。
俺はまず、いつもの商品を取り出すことにした。
透明なグラス十個、手鏡十個、それからライター二十個。順番に机の上へ並べていく。
陳さんは商品を見るなり、何度もうなずいた。グラスを一つ手に取り、光にかざして眺めると、今度は手鏡を確認する。ライターについては、以前購入したものがよほど好評だったのか、手に取る前から笑顔になっていた。
「それと、今回は胡椒も十本用意してあります」
俺は小さな胡椒の瓶を十本、机の上に並べた。
陳さんはすぐに一本を手に取り、中身を確かめるように瓶を眺めた。前回の取引で胡椒の価値は十分に分かっているらしい。サンラーに何かを話しかけ、満足そうにうなずいている。
「胡椒もすべて買い取りたいそうです」
「もちろん。そのつもりで用意したんだ」
俺はサンラーを通して値段を伝えた。
グラス十個で金四匁、手鏡十個で金七匁五分、ライター二十個で金二十五匁、胡椒十本で金十匁。合わせて金四十六匁五分になる。
陳さんは特に値切ることもなく、すぐに了承した。
いつもの商品の取引が済んだところで、俺は少し姿勢を正した。
さて、ここからが本番だ。
「サンラー、陳さんに伝えてくれ。今回は、前回と同じように、献上品にできるくらいの特別な品を持ってきたと」
サンラーは一瞬俺の顔を見た。
「献上品にできるほどの品でございますか?」
「ああ。俺としても、かなり自信がある」
サンラーはすぐに陳さんへ向き直り、俺の言葉を訳した。
すると陳さんの表情が一変した。
それまでの笑顔とは違い、目を大きく見開き、椅子から身を乗り出してきた。サンラーに何かを早口で尋ね、俺の方を見る。まるで子供が欲しかったものを目の前にしたように、目を輝かせている。
「ずいぶん期待しているな……」
俺は小さく笑い、倉庫から持ってきた包みに手を伸ばした。
中から取り出したのは、南洋真珠のネックレスが収められたケースだった。
ケースそのものが上品な造りで、表面には落ち着いた光沢がある。陳さんはそれを見ただけで、先ほどまでの落ち着きのなさが嘘のように静かになった。
俺の手元をじっと見つめている。
「それじゃ、お見せします」
俺はケースを机の中央に置いた。
留め具に指をかけ、ゆっくりと蓋を開ける。
中には、直径十五ミリ級の大粒の白い南洋真珠を連ねたネックレスが、柔らかな布の上に収められていた。
部屋に差し込む光を受け、真珠の表面に柔らかな輝きが浮かび上がる。丸みを帯びた一粒一粒が、まるで内側から光を放っているように見えた。
陳さんは動かなかった。
いや、正確には動けなくなったようだった。
目を大きく見開いたまま、真珠を見つめている。先ほどまであれほど勢いよく喋っていた男が、突然言葉を失ってしまった。
やがて、ゆっくりと椅子から立ち上がった。
「……!」
何かをつぶやいたが、声が小さくて聞き取れない。
陳さんは机に両手をつき、顔を近づけた。真珠の一粒一粒を確かめるように目で追い、最後まで見終えると、今度は俺の顔を見た。
そして、また真珠を見る。
信じられないといった表情だった。
サンラーまで、口を半開きにして固まっている。
しばらくして陳さんが何かを言った。
今度は先ほどとは違い、低く、慎重な口調だった。サンラーも真剣な顔で聞き、俺に向き直った。
「ユウマ殿……陳殿が、これは本当に真珠なのかと、お尋ねです」
「もちろん。本物の真珠だよ」
サンラーが訳した瞬間、陳さんは大きく息を吸い込んだ。
そして胸の前で両手を合わせるようにして、もう一度ネックレスを見つめた。
今度は何かを確かめるように、ゆっくりと言葉を発した。
サンラーが訳してくれた。
「これほど大きく、しかも粒のそろった真珠を、これだけの数、一つの首飾りに仕立てたものは見たことがない、と申しております」
陳さんはさらに言葉を続けた。
サンラーはうなずきながら聞いていたが、途中で驚いたように俺を見た。
「ユウマ殿……陳殿は、これほどの品ならば、明の皇帝に献上する宝物としても恥ずかしくないと申しております」
俺は思わず真珠に目を落とした。
百九十八万円。
現代では高級品だが、金さえ出せば買えるものだ。
それが四百年以上前の商人の目には、皇帝への献上品に見えるらしい。
陳さんはまだ真珠から目を離さない。
その表情を見て、俺は今回の買い物が間違いではなかったと確信した。
俺は陳さんが少し落ち着くのを待ってから、サンラーに声をかけた。
「この真珠の首飾りだけど、金百匁でどうだろう」
サンラーが訳すと、陳さんは一瞬だけ俺の顔を見た。それから再び真珠へ目を落とし、何やら考え込んでいる。
百匁といえば金三百七十五グラムだ。決して安い金額ではない。しかし、陳さんの反応を見る限り、まったく予想外の値段というわけでもなさそうだった。
陳さんは真珠をじっと見つめながら、指先で机を軽くたたいた。しばらくしてサンラーに何かを尋ねる。
「ユウマ殿、陳殿は、こちらの品は一つしかないのかとお尋ねです」
「今のところ、これ一本だけだよ。これほど粒の大きさがそろったものを探すのは、俺の方でも相当苦労したからね」
サンラーが訳すと、陳さんは納得したようにうなずいた。
そして、もう一度ケースの中の真珠を眺めたあと、ゆっくりと大きくうなずいた。
「百匁でお引き取りになるそうです」
「ありがとうございます」
俺はケースの蓋を閉じ、陳さんの方へ差し出した。
陳さんは両手で大事そうに受け取った。ところが、すぐにはしまおうとしない。もう一度ケースを開き、真珠をまじまじと眺め始めた。
光の当たり具合を変えながら、首飾り全体を何度も確かめている。
やがて、その顔に満足そうな笑みが広がった。
おそらく、どこへ持っていけば最も高く売れるかを考えているんだろう。裕福な商人か、地方の有力者か、それとも本当に皇帝への献上品を扱うような相手なのか。俺には分からないが、陳さんの頭の中では、もう何人もの買い手が浮かんでいるのかもしれない。
さて、次の商品だ。
俺は倉庫から持ってきた別の包みに手を伸ばした。
今度は貝パールのネックレスだ。
ただし、こちらは説明の仕方が重要になる。
本物の南洋真珠と同じものだと言って売るわけにはいかない。かといって、単に真珠に似せた人工の品だと説明すれば、粗悪な模造品のように受け取られる可能性もある。
実際には、貝殻を加工した核に何層もの真珠調の塗装を施し、磨き上げて仕上げた装飾品だ。天然の真珠とは製法も価値も違うが、人の技術によって美しい光沢と形をそろえられるところに、この商品の特徴がある。
俺はまずサンラーを呼び寄せた。
「サンラー、次の商品は説明が少し難しい。だから、俺の話を最後までよく聞いてくれ」
「はい、ユウマ殿」
「さっきの南洋真珠は本物の真珠だ。あれほど大きくて粒のそろったものを集めるには、非常に大きな労力がかかる。だから高価なんだ」
サンラーはうなずいた。
「でも、次に見せるものは違う。こちらは貝を材料にして、人の手と技術で作り上げた首飾りなんだ」
「人の手で、真珠を作るのでございますか?」
「正確には真珠そのものを作るわけじゃない。貝殻を加工して丸い珠を作り、その表面に何度も特殊な塗料を重ねて、真珠のような光沢を出すんだ。最後に丁寧に磨き上げて仕上げる」
サンラーは不思議そうな顔をしている。
「つまり、先ほどの真珠とは別の品ということでございますね」
「そういうこと。ただし、ここが大事なんだ。粗悪な偽物という説明はしないでほしい。天然の真珠とは違う、職人の技術によって作られた装飾品だと、正確に伝えてくれ」
「職人の技術によって作られた装飾品……」
「そう。天然の真珠は自然が作り出した宝物。こちらは人が技術を尽くして作った工芸品だ。価値の理由が違うんだよ」
サンラーは何度もうなずいた。
「承知いたしました。陳殿にも、その違いが分かるようにお伝えいたします」
「頼むよ。それと、明の言葉に訳す時も気をつけてくれ。安物とか、粗悪品とか、そういう意味に聞こえる言葉は使わないでほしい。ただし、本物の真珠ではないことは、はっきり伝えてくれ」
「はい。分かりました」
俺は説明を終えると、テーブルの上を片付けた。
そして持ってきた清潔なクロスを広げ、しわを伸ばす。そこへ貝パールのネックレスを一つずつ、丁寧に並べ始めた。
まずは十本。
六ミリから八ミリほどの珠が連なった首飾りは、南洋真珠ほどの迫力こそないが、粒の大きさがそろっていて、どれも美しい光沢を放っている。
十本を等間隔に並べると、なかなか見栄えがよかった。
俺は少し離れて全体を確認した。
うん、悪くない。
これを百円ショップの商品みたいに袋からまとめて出したら、印象はまったく違っていただろう。やはり、こういうものは見せ方も大事だ。
「陳さん、次はこちらです」
サンラーが訳すと、陳さんは真珠のケースから顔を上げた。
そしてテーブルに並んだ十本の首飾りを見た瞬間、またしても目を丸くした。
陳さんは一本を手に取り、光にかざして眺めた。続いて隣の一本を持ち上げ、珠の大きさや光沢を見比べている。
どうやら、これほど形のそろった珠を何本も用意できることが不思議らしい。
俺はサンラーに説明を頼んだ。
サンラーは先ほど俺が話した内容を、時間をかけて陳さんに伝え始めた。
天然の真珠ではないこと。貝殻を材料として丸い珠を作り、特殊な加工を何度も重ねて美しい光沢を出していること。そして、一粒一粒の形や色をそろえるために、職人の技術と手間がかかっていること。
陳さんは最初、怪訝そうな表情を浮かべていた。
しかし、説明が進むにつれて、その顔つきが変わっていった。
首飾りをもう一度光にかざし、指先で珠を転がすようにして確かめる。
それからサンラーに何かを尋ねた。
「ユウマ殿、陳殿は、この十本すべてが人の手で作られたものなのかとお尋ねです」
「そうだよ。だから、どれも形がきれいにそろっているんだ」
サンラーが訳すと、陳さんは大きくうなずいた。
今度は感心したような声を上げ、十本の首飾りを見渡している。
「ユウマ殿、陳殿は、この首飾りはいくらで譲っていただけるのかとお尋ねです」
来たな。
現代での仕入れ値は一本三千九百八十円。
それをいくらで売るかは、すでに決めてある。
「一本につき、金一匁でどうだろう」
サンラーが訳すと、陳さんは手に持っていた首飾りを見つめた。
それからテーブルの十本に視線を移し、何やら頭の中で計算を始めたようだった。
しばらくして陳さんが顔を上げ、サンラーに何かを尋ねた。
「ユウマ殿、陳殿がお尋ねです。この首飾りは、ここにある十本ですべてなのでしょうか。それとも、まだほかにもございますか」
来たな。
実は、最初から貝パール百本すべてを陳さんに売るつもりだった。現代で百本まとめて購入したのも、そのためだ。ただ、最初から百本ありますと言ってしまうのも面白くない。これほど珍しがっているんだから、少しもったいぶってみることにした。
「実は、まだあるんだ。ただし、残りは南蛮人との取引に使おうと思って取ってあるんだよ」
「南蛮人でございますか?」
「ああ。今回は陳さんのために、最高級の南洋真珠を一本と、この貝パールを十本用意したんだ。ほかに貝パールが九十本あるけど、そちらは南蛮人向けに考えていてね」
サンラーは少し驚いた顔をした。
「九十本もあるのでございますか」
「そうなんだ。それに、さっきの最高級の真珠は陳さんのために用意した特別な品だから」
我ながら、ずいぶん調子のいいことを言っている。
南蛮人に売る予定なんて最初からない。そもそも、まだ取引相手すらいないんだから。ただ、陳さんがどうしても欲しいと言ってくれれば、こちらとしても話を進めやすい。
サンラーが俺の言葉を陳さんに伝えると、陳さんの表情が変わった。
何やら勢いよく話し始め、サンラーがこちらを向いた。
「ユウマ殿、陳殿がお願いしたいことがあるそうです。残りの九十本も、すべて見せていただくことはできないでしょうか、と申しております」
やっぱり来たか。
俺は少し考えるふりをした。
「うーん……南蛮人向けに取ってある品だからなあ」
サンラーが訳すと、陳さんはさらに熱心に話しかけてきた。
「ユウマ殿、陳殿は、決して無理に譲ってほしいと申し上げているわけではないそうです。ただ、これほど見事な首飾りが百本もそろっているところを、一度この目で見てみたいと」
俺は少し間を置いてから、うなずいた。
「まあ、陳さんにはいつも世話になっているし、見るだけなら構わないよ。ちょっと待っててくれ」
俺は席を立ち、倉庫へ向かった。
残り九十本の貝パールは、すぐに取り出せるようにまとめてある。俺は倉庫に置いてあった平らな台に清潔な布を敷き、その上へネックレスを並べた。
九十本ともなると、さすがに壮観だった。
現代では一本三千九百八十円の貝パールだが、こうしてきれいに並べると、まるで高級宝飾店の商品展示のように見える。
俺は台を慎重に運び、部屋へ戻った。
「お待たせしました」
陳さんは俺の姿を見るなり立ち上がった。そして、台の上に並んだ大量のネックレスを見た瞬間、ぴたりと動きを止めた。
「……!」
サンラーまで驚いた顔をしていた。
「ユウマ殿……これが、残りの九十本でございますか」
「ああ、そうだよ」
俺は台をテーブルの脇に置いた。
「これで全部、百本だよ」
サンラーが訳すと、陳さんはしばらく言葉を失っていた。
やがて一本を手に取り、光にかざして確かめる。隣の一本と見比べても、珠の大きさや光沢はほとんど変わらない。
「ユウマ殿、陳殿は、これほど同じ品質の首飾りが百本もそろっていることが信じられないと申しております。いったいどれほどの職人を抱えているのかと……」
俺は思わず苦笑した。
職人を抱えているどころか、店で百本買ってきただけなんだけどな。
もちろん、そんなことを説明するわけにはいかない。
「まあ、作るのにはそれなりの技術が必要だからね」
サンラーが訳すと、陳さんは感心したようにうなずいた。
俺は椅子に座り直し、残っていたコーヒーを口に運んだ。
百本すべてを陳さんに売るつもりだったが、どうやらこちらから持ちかける必要はなさそうだ。
そこで俺は、さらに燃料を投下することにした。
「サンラー、ちょっと陳さんに伝えてほしいことがあるんだけど」
「はい、何でございましょう」
「例えばの話だけど、この貝パールを一本金一匁で仕入れて、向こうで一本二匁で売ったとするだろう?」
「はい」
「百本全部売れれば、売上は金二百匁になる。仕入れは百匁だから、差し引き百匁が残るわけだ」
サンラーは指を折りながら計算している。
「確かに、そのとおりでございます」
「そうすると面白いことになるんだよ。さっきの最高級の南洋真珠は金百匁だっただろう?」
「はい」
「つまり、この貝パール百本を二匁ずつで売り切れば、その利益だけで最高級の南洋真珠の仕入れ代金が丸ごと戻ってくる。考え方によっては、あの真珠をただで仕入れたのと同じ計算になるな」
俺はわざと軽い調子でそう言った。
もちろん、船賃や人件費、税金なんかを考えれば、実際の利益はもう少し減るだろう。それでも、商人にとってはなかなか魅力的な話のはずだ。
サンラーは一瞬きょとんとしていたが、すぐに意味を理解したらしい。
「ああ、なるほど……!」
思わず声を上げた。
「それは確かに、そういう計算になりますな」
「だろう? まあ、全部売れればの話だけどね」
俺が笑うと、サンラーも笑った。
そして陳さんに向き直り、今の話を説明し始めた。
陳さんは最初、首飾りを手に持ったまま聞いていた。
ところが、サンラーが指を一本立て、次に二本立てて何やら説明すると、陳さんの表情が変わった。
サンラーはさらに指を折りながら、百本、二百匁、百匁という数字を交えて話している。
その瞬間だった。
陳さんが、はっとしたように顔を上げた。
「おおっ!」
大きな声を上げ、手に持っていたネックレスを慌ててテーブルへ戻した。
そして何度も何度もうなずき始めた。
陳さんはサンラーに向かって早口で何かを話し、今度は先ほど購入した南洋真珠のケースを指さした。
それからテーブルいっぱいの貝パールに目を向け、両手を広げる。
どうやら頭の中で、すでに百本を売りさばいた後の勘定をしているらしい。
俺はコーヒーを飲みながら、その様子を眺めていた。
南洋真珠を百匁で買った時には、少し迷いが見えた。ところが今は、その百匁すら大した負担ではないような顔をしている。
人間、利益の計算が見えると、こうも表情が変わるものなんだな。
陳さんはしばらくサンラーにまくし立てていたが、やがて俺の方を向き、真剣な表情で何かを言った。
サンラーがうなずき、こちらに向き直る。
「ユウマ殿、陳殿からお願いがございます」
「何だい?」
「この貝パールの首飾り、百本すべてを譲っていただけないでしょうか、と申しております」
来た。
俺は心の中で小さくガッツポーズをした。
最初から百本全部を売るつもりだったんだから、断る理由なんてない。
ただ、ここまで陳さんが熱心に頼んでくれたんだ。少しくらい格好をつけてもいいだろう。
「そうだな……」
俺はテーブルに並んだ百本のネックレスを眺めた。
それから陳さんの顔を見る。
陳さんはじっと俺の返事を待っていた。
「本当は南蛮人向けに取っておいた品なんだけど、陳さんにはこれまで何度も世話になっているからね」
サンラーが訳し始めると、陳さんは背筋を伸ばした。
「今回だけは特別に、百本全部お譲りしますよ。もちろん、一本金一匁で」
サンラーが最後まで訳した瞬間、陳さんの顔がぱっと明るくなった。
「おおおっ!」
陳さんは大きな声を上げ、勢いよく立ち上がった。
そして俺に向かって深々と頭を下げた。
何かを繰り返し話している。
サンラーも嬉しそうな顔をしていた。
「ユウマ殿、陳殿は大変感激しておられます。これほどの品を、南蛮人との取引を取りやめてまで自分に譲っていただけるとは、何とお礼を申し上げればよいか分からない、と」
「いやいや、そんな大げさなことじゃないよ。陳さんとはこれからも長く付き合っていきたいからね」
サンラーが訳すと、陳さんは何度も力強くうなずいた。
それから俺の手を両手で握り、また何かを話し始めた。
言葉は分からない。
それでも、感謝してくれていることだけは十分に伝わってきた。
俺は笑いながら、その手を握り返した。
これで最高級の南洋真珠が金百匁、貝パール百本が金百匁。
合わせて金二百匁の商談がまとまったことになる。
最後に、陳さんからもう一つ話があった。
陳さんは何かを思い出したようにサンラーに声をかけ、指で文字を書くような仕草をした。
サンラーがこちらを向いた。
「ユウマ殿、以前お譲りになった文具の組について、陳殿がお尋ねです」
「ああ、文具か。どうだった?」
サンラーが訳すと、陳さんは嬉しそうに笑い、また勢いよく話し始めた。
「前回の二十組は、商売仲間の方々に大変好評だったそうです。持ち帰って見せたところ、皆が欲しがり、すぐに売り切れてしまったと申しております」
「へえ、二十組全部売れたのか」
売値までは聞かなかったが、陳さんの嬉しそうな顔を見る限り、相当いい値段で売れたんだろう。
「それで、今回は何組欲しいんだい?」
サンラーが訳すと、陳さんは間髪入れずに答えた。
サンラーは少し笑いながら俺に伝えた。
「ユウマ殿、あるだけすべて買いたいと申しております」
「全部かあ……」
俺は苦笑した。
文具は、ただ同じものを大量に持ってくればいいというわけでもない。中身をそろえて、一組ずつまとめる必要がある。数が増えれば、それだけ準備にも手間がかかる。
「悪いけど、今回は前回と同じ二十組で勘弁してくれないかな。そろえるのが結構大変なんだよ」
サンラーが訳すと、陳さんは少し残念そうな顔をした。
そして何かを尋ねてきた。
「ユウマ殿、もう少し増やすことはできないかと申しております」
「今回は二十組でお願いしたい。その代わり、次に来る時には倍くらい、四十組を目標にそろえておくよ」
サンラーがその言葉を伝えると、陳さんは少し考えたあと、納得したようにうなずいた。
どうやら引き下がってくれたらしい。
「それじゃ、文具二十組も前回と同じ値段でいいかな?」
サンラーが訳すと、陳さんはすぐに了承した。
「ただ、文具は今ここにはないんだ。明日の朝までに用意しておくから、明日取りに来てもらえるかな?」
サンラーが訳すと、陳さんは笑顔でうなずいた。
「明日の朝、受け取りに参るとのことでございます」
「分かった。それじゃ、明日の朝までに二十組そろえておくよ」
これで文具二十組の追加注文もまとまった。あとは現代に戻って、必要なものを買いそろえればいい。
今日の売上は、いつもの商品と胡椒で金四十六匁五分、南洋真珠で金百匁、貝パール百本で金百匁。合わせて金二百四十六匁五分だ。
さらに明日の文具二十組が金四十匁。すべて引き渡せば、今回の取引総額は金二百八十六匁五分になる。
すべての商談が終わると、陳さんは上機嫌で帰り支度を始めた。
南洋真珠のケースは特に大切そうに扱い、貝パールのネックレスも丁寧にまとめている。
出発する時には、何度も俺の手を握り、笑顔で話しかけてきた。
サンラーが訳してくれた。
「ユウマ殿、今回も大変よい取引ができたと、陳殿は心から喜んでおられます。明日の朝、文具を受け取りに参るとのことでございます」
「こちらこそ。また明日よろしくお願いします」
サンラーが伝えると、陳さんは大きくうなずいた。
そして最後まで機嫌よく笑いながら、帰っていった。
俺はその姿を見送り、ようやく一息ついた。
すると、陳さんの後を追おうとしていたサンラーの姿が目に入った。
「サンラー、ちょっと待ってくれ」
「はい、ユウマ殿」
「今回も通訳をありがとう。これ、いつもの報酬だよ」
俺は用意しておいた米十合と塩二斤を持ってきて、サンラーに渡した。
「こんなにいただいてよろしいのでございますか」
「もちろん。今日もずいぶん助かったからね。特に貝パールの説明は難しかっただろう?」
サンラーは少し照れたように笑った。
「いえ、私も初めて聞くことばかりで、大変勉強になりました」
「そう言ってもらえると助かるよ。また明日も頼むな」
「はい。喜んでお手伝いいたします」
サンラーは米と塩を大事そうに抱え、深々と頭を下げた。
俺は軽く手を振り、その後ろ姿を見送った。
今日の商談は上々だった。最高級の南洋真珠一本に貝パール百本、いつもの商品と胡椒もすべて売れた。さらに文具二十組の注文まで入っている。
明日の朝には陳さんが文具を受け取りに来る。それまでに現代へ戻って、必要な品をそろえなければならない。
俺は部屋に戻り、すっかり冷めてしまったコーヒーを飲み干した。
読んでいただきありがとうございます。
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