第58話 1600年5月27日
朝
俺は目を覚ますと湯を沸かし、コーヒーを淹れて一服した。朝の空気はまだ涼しく、鳥の鳴き声が聞こえてくる。ここ二十日ほどの出来事を思い返していた。
5月4日にグシーの妻の村から帰ってきて、7日にはカマルーの妻の村へ向かった。そして13日からはマチューとタルーの妻たちの出身村だ。三つの村の畑を整備した後は、共同水田を造るところまでが最初からの計画だった。
まずは5月5日のことだ。俺は現代へ戻り、残り二村に必要な資材を買いそろえた。トラクターや作業機はすでに購入してあるし、テントも使い回せる。今回買うのは、村に残していく資材と食料、それに種芋や種だけでいい。
買い物を終えてレシートを並べ、電卓を叩いた。一村分の内訳は、六メートル四方の倉庫の資材が37万9,212円、炊事場と百リットル鍋、椀やスプーンが11万2,600円。肥料五百キロとバケツ十四個、スコップ二十本、斧十本、ナタ十本、一輪車三台が24万4,812円だった。
共同トイレ四基が5万16円、二ヘクタール分の防鳥ネットと支柱、ロープが22万9,632円。米百八十キロが6万円、琉球芋の種芋二百キロが13万6,000円。ここまでで一村121万2,272円になる。
二つ目の村には大豆、三つ目の村には高粱の種を用意し、それぞれ3万円を見込んだ。したがって一村124万2,272円、二村合わせて248万4,544円だ。
前回の買い物を終えた時点で、残金は1,843万2,936円だった。そこから248万4,544円を引くと、残りは1,594万8,392円。端数まで確認してノートに書き込んだ。
安い買い物ではない。それでも三つの村、合わせて二百四十人ほどの暮らしを立て直すための出費だ。食料を渡すだけでは、食べ終わればまた元に戻ってしまう。自分たちで作物を育て、次の種を残せるようになってもらわなければ意味がない。
5月7日、俺はカマルー夫妻とシンガたちを連れて二つ目の村へ向かった。荷物は前回とほとんど同じ量だ。トラクターも運び、着いてすぐに村の長老と作業の段取りを確認した。
ここでも百メートル四方の畑を二つ造る。一つは琉球芋、もう一つは大豆だ。畑にする場所は前もって決めてあり、村人たちが切り株や大きな石を片づけてくれていた。
「今日から畑を耕します。俺が機械で土を起こすので、皆さんは残った根や石を拾ってください」
俺がそう言うと、男たちはすぐに持ち場へ散った。初めて見るトラクターに驚く者もいたが、作業が始まるとそれどころではない。掘り起こされた根を運び、石を拾い、畑の端へ積み上げる。女たちも炊事や資材の整理を手伝ってくれた。
シンガには畑の管理方法を説明してもらった。琉球芋は種芋を植えた後、伸びた蔓を使って植える場所を増やしていく。大豆は種を播き、芽が出た後の草取りや排水に気をつけてもらう。
「収穫したものは、全部食べてしまわないでください。次に植える分を必ず残しておくんです」
村の長老は何度もうなずいていた。大豆はうまく育てば乾燥した豆で二トンを目指せるが、最初の年からそこまで採れるかどうかは分からない。まずは栽培を覚えてもらうことが先だ。
畑の作業と並行して、六メートル四方の倉庫を建て、炊事場には大鍋を据えた。共同トイレも四基設置し、農具は村で管理してもらう。朝と夕方の雑炊に使う米も百八十キロ持ってきていた。
三日間、村人たちと一緒に働き、10日には一通りの作業を終えた。最後にシンガが水やりと草取りの手順をもう一度説明し、俺たちは塩屋村へ戻った。
少し休んで、13日には三つ目の村へ向かった。ここはマチューとタルーの妻たちの出身村だ。二人の妻たちの故郷ということもあり、塩屋村とのつながりを大切にしていきたい。
三つ目の村でも畑は百メートル四方を二つ。一つは琉球芋、もう一つは高粱だ。高粱は穀物として食べられる品種を選んである。収穫したら乾燥させ、粉にしたり粥にしたりして使ってもらうつもりだ。
こちらも切り株の撤去を事前に頼んでいたおかげで、トラクターでの作業は順調だった。村人たちは交代で石を拾い、畦を整え、種を播いていった。シンガも各作業を見て回り、分からないことがあればその場で教えていた。
「高粱は収穫した後、しっかり乾かしてから保管してください。湿ったままだと傷みます」
村人たちは熱心に聞いていた。高粱の収穫目標は三トン。これもあくまで目標だが、琉球芋と合わせれば食べ物の種類も増える。余剰分はほかの村との交換にも使えるだろう。
倉庫、炊事場、共同トイレを整え、農具と食器を渡す。米も百八十キロ持ち込み、共同の炊事に使ってもらう。作業は16日までに終わり、これで予定していた三村すべての畑が完成した。
だが、俺たちの仕事はまだ終わりではなかった。三村共同の水田造りが残っている。三つの村それぞれに米作りを始めてもらうより、まずは一か所にまとめ、力を合わせて管理した方がいいと考えていた。
水田の場所は、三村の中間あたりにある小川沿いの土地を選んであった。広さは百メートル四方、一ヘクタール。三村から男を十人ずつ出してもらい、合計三十人で作業する段取りもついていた。
17日は人員と道具を集め、水路をどこに通すか確認した。18日から本格的に作業を開始する。俺はトラクターで土を起こし、男たちは石や根を拾って運んだ。土地の低いところと高いところを見ながら、何度も整地を繰り返した。
塩屋村でも水田を造った経験があるので、何から始めればいいかは分かっている。ただ、場所が違えば土の状態も違う。水がきちんと溜まるようにしなければ、田植えをしてから困ることになる。
21日からは畦造りと水路の掘削を進めた。小川から水を引き込み、余分な水を逃がす場所も確保する。三十人が交代で土を運び、踏み固めていった。
「ここはもう少し高くしてくれ。水があふれたら困るからな」
俺が声をかけると、男たちは鍬を振るい、土を積み上げた。日が傾く頃には皆泥だらけだったが、誰も文句を言わない。自分たちの米を作るための水田なのだから、気合いも入っているのだろう。
24日には水を入れ始め、25日は水漏れがないかを確かめながら仕上げをした。畦の弱いところには土を足し、水の流れも調整した。こうして百メートル四方の共同水田がようやく形になった。
種籾の準備も、水田造りと並行して進めていた。現代で選んだのは、沖縄の気候に適した多収性の品種だ。今回は食味より収穫量を優先する。三村合わせて約二百四十人いるのだから、まずは食べる量を確保したい。
塩水選を済ませた種籾は苗代に播いてある。今は育苗の最中で、田植えは六月中旬を予定している。苗が育つまで、水田の水を管理しながら待つことになる。
一回目の収穫目標は五トン、二回目は四トン。二期作がうまくいけば年間九トンになる計算だが、天候や病害虫のこともある。数字は目標として置いておき、まずは一回目を無事に収穫することだ。
収穫した米は三村で三等分し、水路の掃除や草取りも交代で行ってもらう。長老たちにもその約束を確認してもらった。共同で造った水田なのだから、管理も共同で続けてほしい。
26日、俺たちは道具を片づけて塩屋村へ帰ってきた。三村それぞれに二ヘクタール、合わせて六ヘクタールの畑。そして三村共同の一ヘクタールの水田。予定していた農地の整備は、これでひとまず終わりだ。
俺は残っていたコーヒーを飲み干した。今日は5月27日。ずいぶん長く村を空けたり、行ったり来たりしていた気がする。体は疲れているが、やるべきことを一つずつ片づけられたのはよかった。
外ではもう塩屋村の人たちが動き始めている。そういえば、こっちの水田も4月20日に田植えをしたから、もう一か月以上経っている。稲がどれくらい育ったか、あとで見に行こう。
さて、今日は久しぶりに村の様子をゆっくり見て回るとするか。
俺は外へ出て広場に向かった。炊事場を見ると、かなさんとナビーが朝食の準備をしている。大鍋から湯気が上がり、二人は手際よく野菜を刻んだり、椀を並べたりしていた。
「かなさん、ナビー、おはようございます」
「ユウマさん、おはようございます」
「おはよう、ユウマ」
二人が顔を上げて挨拶を返してくれた。かなさんは俺の顔を見ると、いつものように微笑んだ。ここ最近、かなさんとの距離がずいぶん近くなった気がする。三つの村を回っている間も、村造りの仕事で一緒に行動することが多かったからだろう。以前よりも自然に話せるようになったし、ちょっとしたことで笑い合うことも増えた。
その分、マカトには寂しい思いをさせてしまったかもしれない。村を空ける日が続いて、ゆっくり相手をしてやれなかったからな。もっとも、帰ってくるたびにチョコレートをせがまれたのは相変わらずだった。俺の顔を見るなり駆け寄ってきて、まずチョコの話をするのだから、まったく調子のいいやつだ。
「もうすぐ朝ご飯ですよ」
かなさんにそう言われ、俺はうなずいた。食事の前に、まだ起きていない三人を呼んでこよう。
俺は炊事場を離れ、孤児のサンルー、チラー、クマが寝ているところへ向かった。三人が塩屋村に来てから、しばらく経つ。最初に会った頃は顔色も悪く、体も細かったが、最近はずいぶん変わってきた。
「おーい、朝だぞ。そろそろ起きろ」
声をかけると、布団の中でもぞもぞと動く気配がした。最初に顔を出したのはサンルーで、その後にチラーとクマも眠そうな目をこすりながら起き上がった。
「おはよう、ユウマ」
「おはよう。ほら、顔を洗ってこい。もうすぐ飯だぞ」
三人は返事をして立ち上がった。改めて顔を見ると、来たばかりの頃より血色がよくなり、頬にも少し肉がついてきている。毎日きちんと食べて、安心して眠れるようになったことが大きいのだろう。
俺は三人が外へ出ていくのを見送りながら、ここへ連れてきてよかったと思った。まだまだ小さな体だが、この調子ならもっと元気になってくれるはずだ。
食事を終えた俺は、鶏小屋へ向かった。三つの村の開拓に出かける前、ちょうど第3陣の卵を抱かせていたことを思い出したからだ。あれからずいぶん日が経っている。もう孵化している頃だろう。
鶏小屋に着くと、小さな雛がたくさん走り回っていた。やはり俺が留守にしている間に孵化したようだ。数えてみると二十八羽もいる。三十個の卵から二十八羽とは、今回はなかなかの成績だ。
第2陣の二十五羽は、すでに育成小屋へ移されていた。そして、最初に生まれた第1陣の二十五羽は、育成小屋を追い出され、成鳥たちと一緒に飼われている。生後二か月近くになるので、体もずいぶん大きくなっていた。
俺はしばらく鶏たちの様子を眺めた。第1陣もそろそろ雄雌の区別がつく頃だ。雄が何羽いるか分からないが、あまり多く残しても仕方がない。隣村の鶏と交換するか、食用にすることも考えないとな。血が近い鶏ばかり増やすわけにもいかない。
最初に購入した親鶏は十六羽。その後、雄二羽を新しく購入し、最初の雄二羽は食べたので、親鶏の数は変わっていない。第1陣が二十五羽、第2陣も二十五羽、そして今回の第3陣が二十八羽。全部合わせると九十四羽になる。
このまま雛たちが順調に育ってくれれば、もう百羽近い規模だ。最初は卵を少しでも増やしたいと思って始めた養鶏だったが、いつの間にかここまで増えていた。いずれは卵だけでなく、鶏肉も村の食卓に並ぶ機会が増えるだろう。
鶏小屋を出た俺は、第一畑の琉球芋を見に行くことにした。畑に着くと、芋の蔓が地面を覆うように広がり、葉も青々と茂っている。見たところ順調に育っているようだ。
俺は畝の端にしゃがみ込み、土を少し掘ってみた。すると、思っていた以上に立派な芋が顔を出した。
「おお、結構大きくなってるな」
手で周りの土を払い、大きさを確かめる。これなら十分に収穫できそうだ。俺は芋を傷つけないように土を戻し、元どおりに埋め直した。
来週あたり、一度収穫してみるか。どれくらいの量が採れるか楽しみだ。村人たちも喜ぶだろうし、収穫した芋の一部は次の栽培用に残しておきたい。
そんなことを考えながら畑を見て回っていると、遠くから誰かが俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ユウマー! ユウマー!」
振り返ると、タルガニがこちらへ走ってくる。ずいぶん慌てている様子だ。
「どうした、タルガニ?」
「塩屋湾に船が来てるぞ!」
「船?」
一瞬、何のことか分からなかったが、すぐに思い当たった。
「あちゃー、陳さんか!」
そういえば、前回来たときに二か月後にまた来ると言っていた。三つの村の開拓や水田造りに夢中になって、すっかり忘れていた。前回も慌てたというのに、また同じことをやってしまった。
「タルガニ、船はもう岸に着いたのか?」
「いや、まだ湾の中だ。こっちへ向かってきてる」
「分かった。ちょっと準備するから、上陸したら俺の部屋に案内してくれ」
「分かった!」
俺は急いで倉庫へ戻った。まずい。ハイラックスもおーはちーも、まだこちらに置いたままだ。陳さんたちに見られたら面倒なことになる。
倉庫に着くと、急いでハイラックスとおーはちーを動かし、ブラックホールを通って現代側のガレージへ戻した。ほかに見られて困るものがないか確認してから、再び塩屋村へ戻る。
とりあえず大きな機械は片づけられた。あとは陳さんが来るまでに、こちらも準備をしなければならない。
俺は自分の部屋へ戻った。タルガニには陳さんたちを部屋へ案内するよう頼んであるので、上陸してからここへ来るまで多少は時間があるだろう。
それでも、のんびりしているわけにはいかない。
「さて、どうするかな……」
俺は少し考えてから、もう一度ブラックホールを開いた。
とりあえず時間を稼ぐため、現代へ戻ることにした。
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